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プロローグ

 プロローグ


 都内、某出版社編集部。


「…お前、これどう思う?」

 無精ひげを蓄えた細身の男が、爽やかな後輩らしき人物に声を掛けた。

「面白いのがありましたか?」


 タイトルには「プロジェクトXX」とある。どうやら小説らしい。


梗概こうがいあります?」

「これだ」


 梗概こうがいとはあらすじの要点をまとめたもので、一般読者向けに紹介するためのものではなく編集者などが取り扱う際に参考にするための短い文章である。

 ネタバレであろうが、最初から最後まで全て書く。ミステリであればトリックや犯人も全て書く。それが梗概こうがいである。


「では」


 後輩君が読んでいるあいだ、先輩はその場で明後日あさっての方を見ながら煙草をふかしている。

 どうやら読み終わったらしい後輩。流石に出版社の編集部勤務、読むのは早い。


「これは…独特ですね」

「だろ?」

「小説…と言っていいんですかね」


 梗概を読む限りはまるで計画書だ。その名の通りに。本文はもっとすごく、およそ小説の体を成していない。


「一応な。インタビュー集の体裁を取った『小説』だってありえるし、架空のハウトゥ本ってジャンルもある。だから面白くさえあれば何だっていいんだ」

「でもボクはタイポグラフィは邪道だと思います」

「あれは別さ」


 「タイポグラフィ」とは、文字フォントをいじって小説本文の文字配列を使って図形や絵のごとく配置する表現だ。

 場合によってはかなり迫力は出るが…ふざけてんのか?…というのが大半の読者のファーストインプレッションだろう。


「余りしっかり読んでませんけど…面白くはありますね」

「うん…装丁をしっかりやってもっと読みやすくすればもしかして異色小説として目立つ存在にはなれるかもしれんな。ただ…問題はこいつが応募してるのが『新人賞』ってことだ」

「ライトノベルのね」


 目の前に山と積まれた茶封筒の束。これらが全て応募作らしい。


「で?先輩はここに書かれてることに興味あるんですか?」

「いや…ムチャクチャ美人のニューハーフのお姉ちゃんに鼻の下伸ばすこともあるかもしれんけど、それって逆に男らしい反応だろ?」

「あはは…確かに」

「そういうお前はどうなんだよ。優男やさおとこだし、案外女装が似合うかもしれんぞ」

「似合うかどうか分かりませんけど、まあよくやってましたよ」

「…なんだと?」

「姉がいましてね。今地方局でアナウンサーやってます。子供の頃はそれほど裕福じゃなかったからあのおさがりばかり着せられてて、幼稚園の頃はスカートが普段着でした」

「おいおい」

「流石に幼稚園に入ったら男の子の制服着てましたけど、小中高大学まで姉に女装させられてましたよ」

「…衝撃の告白だな。適当に話題振っただけだったんだが」

「みんなそんな感じの反応になるんですけど、ボクにとっては普通だったんで…」

「中学高校って…普通に制服とかあるだろ」

「ええ。着てましたよ。姉の女子高生の制服」

「お前なあ」

「まあ、正確には着せられていたというか…」

「何かに目覚めたりしてないよな?」

「全く。普通にカノジョいますし」

「そういうもんなのか」

「休みの日ともなれば普通に姉と一緒に女装して街歩いてましたよ」

「…いつごろの話だ?」

「大学生くらいまでは」

「大学生だぁ?」

「ええ」

「そんな不審人物、普通に職質されるだろ」

「一回もありません。姉ともどもナンパはしょっちゅうされてましたけど」

「な、ナンパって…」

「でも、この小説に書かれてる内容って別に女装どうこうじゃないですよね?」

「…まあな」


 素っ気ないフォントの「プロジェクトXX」の紙の束。


「全ての人類を女性化してしまえば平和になる…か」


 次の煙草に火をつける先輩。


「まあ、戦争を起こすのは大抵男ではありますが」

「マリア・テレジア、則天武后、西太后、ブラッディ・メアリー、忘れちゃいけないクレオパトラにマーガレット・サッチャー首相みたいに戦争や虐殺を指揮した女性なんて歴史上うじゃうじゃいる。不勉強としか言えん」

「詳しいですね先輩」

「歴史ファンでな」

「で?この出来損ないの実験作がなんです?まさか大賞候補なんてことは」

「一次予選落ちさ。下読みは編集者の仕事なんでね」


 これ見よがしに掲げられている審査員の著名な先生方が読むのは最終選考まで残った数作だけである。


「じゃあどうして…」

「オレが別の出版社から転職してきたのは知ってるよな?」

「ええ」

「それと関係がある」

「どういうことです?」


 煙を吹く先輩。


「こいつは別の新人賞にも手を変え品を変えて似たような内容を送りつけてる」

「…でも、別に普通でしょ」


 ある出版社の新人賞ですげなく却下された作品が別の出版社で大賞を受賞し、大ヒットすることなどこの業界では日常茶飯事だ。

 受付側も未発表でありさえすれば別に「他の賞」に同じ作品を応募することを禁止してはいない。唯一、同時期に別の賞に同時に送りつけるのだけは困るというくらいだ。


「ああ。ただ、10年以上ってことになると気になってな」




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