エレベータの秘密
結衣は通勤電車に揺られながら、ドアの窓から外を眺めてボーっと取りとめないことを考えていた。
いつも決まって乗る電車。いつもの女性専用車両。通勤時間でも比較的空いている。
“今日も普通の日が普通に過ぎて行くんだろうな・・・。ああ、何か退屈”
電車の窓を外の景色が勢いよく駆け抜けて行く。
“私、何で女性専用車両なんか乗ってるんだろ?”
確かにこの車両は空いているし、痴漢に逢ったりするのは嫌なのは確かだ。
だが、周りに男がいないというのも・・・とも思ってみたりもする。
女子校を卒業して、社会に出てやっと男が周りに来たと喜んでいた頃もあったのに。
スケベそうなおやじは・・・近づかれるのはやっぱり嫌かなぁ。
でも、ダンディなおじさまだったら、ちょっとドキドキしちゃうかも知れない。
素敵な若い男性だったら・・・やっぱり目の保養になるな。
そう考えるとやはり、周囲に男が一人もいないという状況は残念なものだ。
この車両の中が結衣以外は全員、背が高くてイケメンの男性ばかりだったら・・・
結衣は自分の荒唐無稽な妄想に思わず苦笑してしまった。
“やっぱり私、かなり疲れてるのかな・・・”
イケメンに囲まれなくても良いから、もし、同じ電車の同じ車両に早川さんが乗っていたら・・・
そう想像して、結衣は昨晩の自分の妄想のことを思い出していた。
昨晩は、早川を想像しながら自分を慰めてしまった。
早川の指に自分の身体が弄ばれるところを思い浮かべながら。
身体じゅうを早川の意のままに蹂躙されて・・・
そして最後には、自分の身体の上に早川が覆いかぶさって来て・・・
電車が日なたから日陰に駆け入って、扉の窓ガラスの自分の顔と目が合ってドキリとする。
“やだ、なんか凄くスケベな顔してる・・・エロい眼つき・・・”
慌てて自分から眼を逸らして、他の乗客の方に視線を動かした。みんな、スマホいじりに没頭して、いつも通りの風景がそこにあった。
オフィスに着いて自分のロッカーからノートPCを取り出して、結衣は自分の席に向かう。まだ始業には時間があるせいかオフィスは空席も目立つ。
結衣のロッカーから自席まで向かう間に、ちょうど早川の席の島がある。
早川はすでに出社しており、自席でPCのディスプレイに向かっていた。
昨晩の妄想を思い出して、結衣はドキドキしながら早川の近くのフロアを通り過ぎようとした。
今日の早川は明るめのグレーのスーツ。インナーは青いストライプの入った白のYシャツに、ちょっと濃い目の同系色ブルーのネクタイ。
早川の傍らをそそくさと通り過ぎようとした時、机の上に置かれた早川の右手に結衣の目が止まった。
そう、あのちょっとゴツゴツしていながらも細くて長い指。爪は男性なのに綺麗な縦長の形をしている。
思わずその手に見入って唾を飲み混む。昨晩、妄想の中で私のことを犯したのはこの素敵な手だ。。。
結衣が見とれていると、早川の手の指が突然動く。
机の上に無造作に置かれていただけの右手が、突然、ピアノの鍵盤でも叩くかのように、人差し指、中指、薬指と順繰りに動いてそれを繰り返している。
結衣はドキリとする。そう、想像の中で私の身体を弄んだのはこんな動きの指だった。。。
自分の妄想を見透かされたような思いが湧く。思わす早川の顔を見入る。
彼は眼を閉じたまま眉間にしわを寄せて、PCに向かって何かを考えているようだ。
結衣はホッとする。
あまりに絶妙なタイミングだったので、思わず心の中を見透かされたのかと訝しんだが、そんな事はありえないと改めて思い直した。
結衣は背筋を伸ばして歩く速度を上げ、自席に向かって真っ直ぐに進んで行った。
今日もいつものように一日が過ぎていく。部長の川田は結衣に文書入力を依頼すると、また自席から離れていった。おそらく喫煙所だろう。
そして、もう一人のパッとしない男、20代半ばの社員なのに男としての魅力を何にも感じられない男、若林は席でパソコンに向かいながら何かブツブツとつぶやいている。
本人としては、必死になって企画書でも書いているところなのだろう。ただ、独り言の声が大き過ぎて、頭の中の堂々巡り感が周囲にだだ漏れになっている。
散々堂々巡った末だろうか、若林は席に座ったそのまま両手を大きく突き上げて、うーーーんと唸りながら大きく伸びをして、思い出したように結衣に話しかけた。
「あ、結衣ちゃん、一つお願いがあるんだけど」
結衣にすぐ雑用を依頼してくるは、部長の川田とこの若林と決まっている。結衣は慣れたもので軽く受け答える。
「はい、何ですか?」
「ちょっとさ、受付に俺宛の荷物が届いているみたいなんで、取ってきてくれないかな?」
「はい、良いですよ。荷物って、大きなものですか?」
大きな荷であれば、台車を持っていかなくてはならない。
「いやいや、手提げ袋1個くらいの大きさかな」
「じゃ、台車は無くても大丈夫ですね」
「うん、中身は包装箱のサンプルなんで重さも軽いと思うよ。女性一人でも全然平気」
「そうですか、わかりました。じゃ取りに行って来ますね!」
結衣は席を立って、エレベータの方に向かって歩きだした。
若林の雑用を引き受けるのはあまり気分が良いものでもないが、1日デスクワークの身からすと時々席を立って他の場所に移動できることは悪いことではない。
結衣も周りに悟られないくらいの小ささで伸びをしてから軽く深呼吸をした。
チラリと早川のデスクの方に視線を移す。
早川は居ない。営業なので外回りにでも出ているのかも知れない。
結衣はちょっと残念に思いながら、早川のデスクの横をゆっくりと抜けて、エレベータホールに向かって歩いて行った。
早川の机を通り過ぎ際にじっと見る。綺麗に整理された書類の束が詰まれ、メインのスペースには無造作に卓上カレンダーが置かれていて、いかにも仕事をする人間のデスクという感じだ。
若林のただ汚いだけの机や、逆に不要に几帳面な男の机とは違って、適度な秩序と男っぽさが共存するスペースに見える。
結衣はゆっくりとエレベータホールに到着すると、下りのエレベータに乗った。
受付は1階にある。エレベータを1階で降りて受付に向かう。
そこまで歩を進めて、若林宛の荷物を引き取りに来たことを告げる。
受付嬢はすぐに合点して、結衣に若林宛の紙袋を手渡す。それは思ったよりも小さな手提げ型の紙袋だった。
“あら、随分小さい。でも、これなら楽チンでいいや”
手提げを受け取って、再びエレベータホールに向かう。
なにか、今日の1階の受付フロアはいつもより人が多く混雑している。
どうやら、就活のインターンか何かで学生が多数集まっているようだ。
多分、人事部の社員と思われる男が、声を張り上げてリクスー姿の学生に向かってなにやら説明をしている。
結衣にも数年前には就職活動時期があった。懐かしく思い出しながらフレッシュな学生たちのぎこちない仕草に微笑んでいた。
待っていたエレベータが地下階から上がって来た。
地下は駐車場と車止めになって、タクシーなども地下に着くことになっている。
結衣は地階をあまり利用したことはないが、地下から上がってきたエレベータには既に社員さんが乗っていることが多い。
エレベータが止まり扉が開く。既に4~5人ほどの人が中には、乗り込んでいた。
結衣は紙袋を両手で持ってエレベータに乗り込もうと顔を上げる。
結衣のちょうど目の前、そこには革のバッグの手提げ部分を両手で持ちスラリと立っている早川がいた。
結衣はちょっと向き合ってそれに気付いて、思わす恥ずかしくなってクルリと早川に背中を向けた。
“やだ、早川さんとちょっと目が合っちゃった・・・
今日は良い日かも・・・
でも恥ずかしくてこれ以上、面と向かって顔は見れないよ・・・”
他の数人の社員も1階からエレベータに乗り込んで来る。押し込まれるような形になり、結衣は早川に背中を向けた状態で、彼のすぐ目の前に立つことになった。
そしてその時、先ほどの人事部の男が大きな声で何かを訴えていた。
「あのーーー。すみませーーーーん。ちょっと乗せてくださーーーい」
彼の後ろには先ほど受付前に集合していた学生さんたちが続いている。
「ちょっと、学生さんたちのインターンなんですけど、バラバラになっちゃうと迷っちゃったりするかもなんで」
「キツイかもしれませんけど、乗せちゃってください」
そう言い放つと、後ろに続いていた学生たちをエレベータの中へと押し通し始めた。
「うわっっっ」
何人かが思わず声を上げる。
学生の波がまとまってエレベータの中に流入してきて、満員電車の中に押し込められるような状態になる。
結衣も思わず押されて後ずさりする。後ずさりした後ろには、早川が立っている。
後ろにあまり近付きすぎないように必死に踏ん張ったが、学生が一気に入ってきた瞬間、結衣の身体は押されて背後の早川に密着した。
突然、押されて密着し、また、思わず小さな声を上げそうになってなんとかこらえた。
早川の両手は、カバンの手提げをしっかり掴んでおり、その手の甲が結衣の尻にぴったりと密着し強く押し付けられている。
結衣は思わず真っ赤になって、自分の手でしっかりと握り締めている紙袋の手すり部分が汗で湿っていくのを感じていた。
「まだ乗れるよーーー。ほら、みんな乗って!」
人事がまた声を上げる。3人ほど乗りそびれていた学生をまたエレベータに押し込む。
押された人はドミノのように奥に押し込まれて、結衣もさらに押し込まれることになる。
結衣の尻は早川の甲により強く押し付けられ、尻の腹に彼の手の甲がグイグイと食い込むような状態になった。
“は、恥ずかしい。早川さんの素敵な手が、私のお尻にこんなに食い込んでいる・・・”
結衣は全身が真っ赤になって、全身が激しく熱くなっていくのを感じていた。
熱い。汗が体中から噴出しているのがわかる。
誰に見られても明らかに赤面がバレるくらいに、顔が火照っているのを感じる。
エレベータはゆっくりと上に上がっていく。途中で誰も降りない。
静まり返ったエレベータ内。結衣は、自分の心臓の鼓動音が室内でこだましてバレないか心配になる。
そう考えれば考えるほど、心臓の鼓動は大きくなっていく。
ゴクリ。唾を飲み込む音さえも響きそうな静寂。
自分の身体の熱さは、背後の早川に伝わってしまっていないだろうか?
この全身の汗を早川に悟られはしないだろうか・・・
じりじりと尻の割れ目に沿って汗が流れ落ちているように感じる。これは錯覚なのか、それとも・・・
結衣は尻に、早川の手の甲の感触をずっと感じ続けていた。
ちょっとでも動くと、早川の手が結衣の尻にギュッと擦れて、尻の密着感がより感じられてしまう。
これほどまで強く、男性の手が自分の尻に食い込んだ経験は思い出せない。
尻に力を入れると、おそらく筋肉の動きが手の甲に伝わってしまうので、それすらできない。
そして、前の学生たちが少し動くと、また結衣の尻は早川の手の食い込みをより強く感じることになる。
感じられるのは手の甲の感触だけではない。手提げを握っている指の関節の感じがしっかりと伝わってくる。
そして、また、昨日の晩の妄想がよみがえる。
この手にお尻をまさぐられて・・・そして、ギュッとお尻の肉を掴まれて・・・そして全身を好きなようにされて・・・
真っ赤な顔が周囲にばれないようにずっと下を向いたまま、結衣はじっと眼を閉じて羞恥心と戦っていた。
オフィスフロアについて、みんなが押し出されるようにエレベータから降りていく。
結衣もその流れに乗ってそっと早川の前から離れた。
早川の手の甲を押し返していた尻の柔らかさも、その反発力を発揮する対象を失うことになった。
結衣はふらつきながらエレベータから降りて、そのまま振り返ることもなく廊下を歩いて女子トイレへと駆け込んだ。
鏡の中の自分はまだ頬が真っ赤のままで、このまま人に顔を合わせることなどできない。
見た目にはそれほど目立っていないが、額と脇にはしっかりと汗をかいていた。
結衣は個室に駆け込む。
便座に腰掛けてすぐに下着を下げる。
そこはしっかりと濡れていた。
下着にはいやらしい染みがついて、蛍光灯の光に照らされテラテラと濡れて輝いていた。