8 ルームシェア
「先日、お前の父親・・石崎さんとシンと食事をした。
その時に俺から、同居の話を提案した。
当事者のお前を差し置いて話を進めるのは悪いと思ったが、
お前の保護者である石崎さんの意見を先に確認しておきたかった」
先生の声。
低くて落ち着いた声。
「石崎さんは、お前と離れるのは辛いし一緒に暮らしたいのは勿論だが、
現状では難しいと言った。仕事が忙しく家に帰る時間もなくて、会社の仮眠室に寝泊まりしている状態らしい」
「お父さん・・」
・・そうじゃないかと思っていた。
会社、家、病院の行き来は時間がかかりすぎる。
今までと同じように働いていて、ここにも毎日顔を出しているとなれば、想像がつく。
うっすらと分かっていながら、私は知らないふりをしていた。
きっと、父は家に帰るのが辛いんだろう。
母の思い出が色濃く残るあの家に。
母がいなくなった今、以前と同じように暮らせるはずがない。
もし目が見えていたとしても、 私では母の穴を埋められない。
「お前はどうしたい?」
先生の低い声が私に問いかける。
「・・・」
私は・・?
「まだ父親に話すことができないなら、俺が責任持って面倒見てやる。
だからうちに来い」
言葉をなくした私に先生は続ける。
「シンも、今から来るマユも、俺の大学からの友人だ。信用できる。
状況を説明して、協力を得るべきだと俺は思う。
男の俺にはできないこともあるし、同性の手助けがいるだろう。
だからシン達にルームシェアの話をした。
お前の目のことはまだ話していない。どうしたいか、お前が決めろ」
どうして? 私に決めろ、なんて。
こんな状況なのに。私に決定権をくれるの?
俯いたまま、私は当然の疑問を口にする。
「どうして?
どうして、・・・私なんかの為に、そこまでしてくれるんですか?
私は何も返せません。先生にとってのメリットがなにも・・・」
「そんなに難しく考える必要はない」
私の言葉を先生が遮り、髪をわしわしっといつもより乱暴に掻き回される。
強い腕の力に頭がぐらぐら揺れた。
「俺はお前と話すのが好きだしな。俺にビビらない貴重な存在だ。
それだけでも十分なメリットだろ」
「・・でも、迷惑になります。今の私は何も・・・」
「迷惑ならこんな話は持ちかけない。俺は偽善者ではないからな。
俺がしたいからするだけだ」
私の小さな声を掻き消すようにズバッと先生は言い切る。
「でも・・」
「石崎」
ちりん、と音がしたかと思うと、全身をあたたかく力強いものに包まれた。
「言っただろ。お前はもっと甘えていい。辛いのを隠すな。
メリットだのなんだの、そんなことにまで気を回すな」
見えない目が熱を持つ。どうしよう。泣いてしまいそうな程嬉しい。
深呼吸をして涙を抑えた。
ぶっきらぼうな言葉も、とくんとくんと先生の鼓動を聞きながらだと優しい言葉にしか聞こえない。
「・・いいんですか?」
こんな、手の掛かる私を引き取ってくれるの?
なんの役にも立たない私を。