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7 慎兄ちゃん

お昼ご飯が終わると、内科の診察があって慎兄ちゃんが来た。

「やあ、綾乃ちゃん。元気かな?」


慎兄ちゃんは見た目も中身も爽やかな好青年。

だから病院内では、幼い女の子からお年寄りのおばあちゃんにまで大人気のモテモテなんだ、と看護師さん達が言っていた。


父と慎兄ちゃんとは昔から仲が良くて、食事に行ったり一緒に出掛けたりしていたようだけど、私は、家に来ている彼に挨拶したりたまに言葉を交わす

程度だった。

それでも、美味しいケーキを買ってきてくれたり、素敵なお土産をくれたり、面白い話を聞かせてくれる、私の憧れのお兄さんだ。


この病院で久しぶりに会ったんだけど、怪我もあってまともに話すこともできずにいた。

坂口先生のおかげで吹っ切れてからは、以前のように話すことができるようになれた。もともと私はおしゃべりは苦手なので、ほとんど慎兄ちゃんに一方的に話しをしてもらうばっかりなんだけど。

それでも笑って言葉を返せるようになった。



「うん。顔色も良い。ご飯もちょっとずつ食べれるようになってきたね。

欲を言えばもう少し食べてほしいけど、元々少食なんだよね、綾乃ちゃんは。

そろそろスプーンから箸にも替えられるけど、手の痺れとかはあるかな?」

「あ、・・っと。少しだけ。坂口先生には言ってあります」


見えない中での食事は結構難しい。

手探りで食べるのだし、こぼしたりしているのか自分では確認できないから、

とても人前では食べられない。


「テツ・・坂口先生が、リハビリを頑張ってやってるって褒めてたよ。

アイツの指導、厳しくない? 無理しちゃダメだよ。

なんか怖かったら言ってくれれば・・・」


「怖くなんてありません! 先生はすごい、優しくて・・・」


自分の出した声に驚く。

つい、反射的に答えていた。

慎兄ちゃんもびっくりしているだろう。私が大声を出すことなんてめったにないから。


「ごめんごめん、変な事を言って。優しいならいいんだよ。

さあ、今日の診察をしてもいいかな?」

内診をしてもらっている時、ドアの向こうでちりん、と音が聞こえた。

私はめくっていたパジャマの裾を慌てて直す。


「石崎、入るぞ」

「は、はい」

やっぱり先生だった。ついもう一度パジャマを整える。

同じ先生でも、慎兄ちゃんや他の先生に見られるのは別に何とも思わないのに、先生だとすごく恥ずかしく思うのは何故だろう。


それにしても予告もなしに来るなんて珍しい。

どうしたんだろう、と首を傾げる。


「こら、テツ。入るぞ、じゃ駄目だよ。着替えてたらどうするの。

女の子の部屋に入るときはもっと気を遣わないと。今、内診中だったんだよ。

声を掛けた時にはもうドア開けてるんじゃ遅いでしょ」

「・・・・悪い」

短く謝罪され、いつものように、ぽん、と頭を撫でられる。


「あ、いえ、大丈夫です。どうしたんですか? 先生。

リハビリは午前中に終わったし・・」

「話がある」

ガタン、と椅子が引かれる音がして、ちりん、とすぐ横で音が鳴った。


「あのね、詳しくは担当医の高橋先生から話があると思うんだけど、あと一週間ぐらいで、綾乃ちゃんの退院が決まると思うんだ」


話があると言ったのは先生なのに、慎兄ちゃんが話し始めた。



そんなことより、今、何て言った?

退院・・・家に、帰る?

この状態で?

「で、でも、まだ歩けないし・・・」

「家から通院でリハビリって形になるよ」

「でも・・・」

家に帰っても母はいないのだ。

家事も全部私がしないといけないのに、目が見えないからそれどころじゃない。

自分のことも自分でできない。すぐに父にもバレてしまうだろう。


どうしよう?

・・・どうしたらいい?


ぎゅっと拳を握り締めた。

焦りから手が震え、冷たくなっていくのを感じる。


「石崎」

あたたかいものが手を包む。

「大丈夫だ。心配はいらない。シン、早く続きを話せ」


低い声と手のぬくもりが私の心を落ち着かせる。

「あー・・・っと、でね、綾乃ちゃん。

今、総司さんも仕事が忙しくて、家に帰っても家事とかできないだろうし、退院したら、僕達のうちに来ないかなって」

「え?」

慎兄ちゃんの発言に、私は見えない目をぱちぱちと瞬いた。


「僕達、ここから近くのマンションにね、僕とテツと、もう一人女の人と三人でルームシェアしてるんだ。部屋も余ってるし。どうかなって」


ルームシェア? 

ますます混乱する私は、何て返せばいいか分からなくて言葉が出ない。


「落ち着け、石崎。

悪い、シン、少し外せ。マユを連れてこい。休憩所に呼んである」

「あ、ああ。わかったよ」

がらりとドアが開いてまた閉まる。


手を握っている方とは反対の手で、ポンポンと頭を撫でられた。

「急に話をして悪かった。説明する」

先生の声はとても近い。


「シンが言ったとおり、退院の話が出ている。容態はだいぶいいからな。

いつまでも入院していることはできない。

足のリハビリは自宅から通ってという形になるが、それではマズいだろう?

今のお前の状況では、自宅に戻ったら父親をごまかして生活するなんてとても無理だ。すぐにバレる」


すぐ近くから響く低い声に、こくんと頷く。

その通りだ。

「だから、俺のうちに来い」

頭に触れていた大きな手が離れ、私の手がさらにぎゅっと包まれた。



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