6 鈴の音
翌日、先生は予告どおりやって来た。
「坂口だ。入るぞ」 声と共にドアが開く。
近づいてくる靴音と一緒に、ちりんちりんと何か音が聞こえて私は首を傾げた。
「先生? 何か音が・・」
「手を出せ」
言われる通り出した手のひらの上に、ころんころんと乗せられたのはどうやら何個かの小さな鈴で、揺するとちりんちりんと可愛らしい音を立てる。
ストラップのように紐が付いているみたいだ。
「身近な持ち物につけておくといい。見失った時にちょっとでも音が鳴ると、わかりやすい」
「あー・・」
なるほど、と感心した。
もしかして、ベッドの上でプレーヤーを失くして探しているところを見られたことがあるんだろうか。
恐る恐る聞いてみると、ああ、と短く肯定の返事が返ってきた。
情けなくて、それ以上は聞けなかったけど。
先生に手伝ってもらって、プレーヤーと携帯、着替えなどを入れているカバンに鈴をつけた。と言うか、先生がつけてくれた。
やっぱり見えないと不便だとこういう時はつくづく思う。
「一つ、余りが・・」
そう呟くと先生は私の手から鈴を持っていった。
「これは俺が持ってる。またつけたい物があったら、言えばいい」
「あ、はい。わかりました」
そしていつものようにマッサージが行われる。
先生が動く度、ちりん、ちりん、とさりげなく微かに鈴の音が聞こえる。
無言の先生と鈴。
そのミスマッチさが妙に可笑しくて、自然と私の口元も緩む。
「先生、鈴、わざわざ買ってきてくれたんですか?」
「・・・ついでだ」
何の?と突っ込みたいけど、ここは聞かない方がいいのかな。
「ありがとうございます。先生って、優しいんですね」
ピタリと先生の手の動きが止まる。
「・・・先生?」
十秒ほど静止した後、マッサージが再開された。
「お前が目が見えないってことを改めて納得したな、今の発言は」
「え? どういうことですか?」
「・・・俺の顔を見て、優しい、という言葉を使う奴はいない」
軽く溜息を吐きながら、先生はそう断言した。
「ええ? 見た目と性格は別でしょう?」
「中身も見た目通りの極悪人だ、とシンは言うけどな」
シン、とは先生の親友で内科の河合慎吾先生のこと。
私の従兄弟のお兄さんで、幼いころから私のことを妹のように可愛がってくれている。
この病院は自宅から少し遠いのだけれど、父の会社が近いことと彼がいるという
ことで入院を決めたそうだ。
父の姉の息子である彼は、幼いころから父を慕っていて親交が深い。
慎兄ちゃんは、穏やかで人柄が良い好青年だ。
彼がただの悪口で先生にそんなことを言うようには思えない。
軽口を叩けるほど親しい仲なのかなって思う。
「慎兄ちゃんはふざけてそう言ってるだけですよ。仲良しなんでしょう?
坂口先生は優しい人です。私は、そう思いますよ?」
「・・・そうか」
そっけない言葉で会話は終了する。
でも、私はこんなやり取りも嫌いじゃない。
先生はいつも、私の言葉にちゃんと何かしら反応してくれる。
ああ、とか短い一言でも。
無視するようなことは絶対にしない。
「今日はこれで終わりだ」
「はい。どうもありがとうございます、先生」
先生の声に向かってぺこりとお辞儀すると、ぽん、と頭を撫でられた。
やっぱり先生の手は大きくてあったかい。
「明日、また来る」
「はい」
遠ざかっていく靴の音と、よく耳を澄ましていないと分からないくらいの小さな鈴の音。
やっぱり可笑しくて、ドアが閉まってからまたくすりと笑ってしまった。
*****
リハビリに本気になって取り組むようになってから二週間が経った。
まだまだぎこちないけど自分の意志で足を持ち上げたり下ろしたり、
少しずつだけど動かせれるようになった。
ピクリとも動かせれなかったのが嘘みたい。
明日からは歩く練習だと言っていた。
腕はピカイチだと看護婦さんが言っていたのは本当みたいだ。
先生の指示するリハビリはキツいけど、やれる範囲に収まっている。
無理をしていないから痛みもない。
それに、ノルマをクリアすると「よくできたな」と頭を撫でてくれて、
飴までもらえるのが密かに楽しみだったりする。
もう普通に歩くことはできないと思っていたのに、今は、先生に任せておけば
大丈夫だと思えるから不思議。
先生って、すごい人だ。




