番外編 先生の家族 中編
おかあさん達のマシンガンのようなしゃべりに呆気に取られてると、先生が私の手を握る。
「シンが連絡を入れてくれてるから、俺達のなれそめも全部知ってる。
イチイチ説明する必要ない。勝手にしゃべらせておけばいい。
少し経てば収まる。・・菓子でも食うか」
耳元でそう言って、菓子鉢に手を伸ばし、私に一つとってくれる。
「二種類あるな。半分こするか」
この和菓子は前にテレビでやってて、食べてみたいなあって思ってたから嬉しい。
いつもやるみたいに先生が割った半分をもらって私も半分を渡す。
「ありがとう、先生・・」
「おおー!」「すごいっ!」
突然沸き起こった歓声に驚いて顔を上げれば、おかあさん達は目をまん丸にして私達を見てる。っていうか、先生を。
「トオルが笑ってる!」「信じられないわあ」「はんぶんこ、とか」
「あのトオルが・・」「好きなコには優しくできるんだな・・うう、よかった」
「あんな笑顔、激レアだぞ! 写真撮れ、写真!」
「・・・」
ちっと小さく舌打ちする先生。
先生、ご家族にも笑顔はレアだったんですか。
「先生、トオルなのにどうして慎兄ちゃん達はテツって呼んでるんですか?」
おかあさん達が四人で盛り上がっているので、先生に小声で聞いてみた。
実は私もお付き合いするまでは先生の名前はテツだと思ってた。たまたま見た郵便物に名前がフリガナ付きで書いてあって、あれ?って驚いたんだよね。
先生は「アダ名だ」と一言。
それを受けて、お兄さんが説明をしてくれた。
「トオルの漢字は一徹とか、徹底的に、とかのテツだろ」
「んで、この顔。この性格」
「金属のテツのような男だということで、中学・・いや、小学校高学年の頃からすでにテツのアダ名は定着してたんだよ」
「ケンカも強かったしな」
お兄さん達は代わる代わるしゃべってはウンウンと納得しているよう。でも私は納得いかない。
「はあ・・。でも、鉄とか・・冷たい硬いイメージは、ないですけど。
先生は優しいし、あったかいですし。
トオル、の方が断然合ってます。真っ直ぐ筋が通ってるような・・」
思わずそう呟くと、おかあさんが目を輝かせた。
「まあ・・! イイ子ね、綾乃ちゃん。トオル、こんな素晴らしいお嬢さん、絶対に逃がしちゃダメよ!」
「・・・もう捕まえた」
しれっと答える先生。食べていない方の手はずっと繋がれている。
うう、ここでは恥ずかしいんですけど・・。
すぐにでも帰ろうとする先生を、家族皆が引き止めて、夕飯は食べて行くことになった。
しゃべるのは下手だけど、お料理でなら挽回できるかも・・。
勇気を振り絞って「手伝います」と言うと、「あら、嬉しいわ」とおかあさんにキッチンに招かれた。
「まあ、似合うわー、可愛いわ」
渡されたエプロンは白くてレースもついてて、とっても可愛らしいものだった。
ちょっと恥ずかしいけど、おかあさんはものすごく喜んでくれてる。
メニューを聞くと、メインとサラダは決まっていて、後は考え中なんだそうだ。
「ふふ。実はね、お料理上手だってシン君から聞いてるの。
材料は色々あるから、なにか、お任せしちゃっていいかしら?」
「は、はい」
人様のお家のキッチン・・しかも先生のご実家のキッチンで料理なんて、すごく緊張したけど、慣れたことなので野菜を洗ったり切ったりしているうちに落ち着いてきた。
「綾乃ちゃん、手際いいのね。まだ高校生なのに、すごいわ。
私ね、娘と一緒にお料理って夢だったの。ほら、うちって男ばっかり三人も四人もいるでしょう? みんなお父さんに似てズンズンズンズンでっかくなっちゃって、可愛くないんだもの。
だから憧れだったの。うふふ。叶っちゃった」
おかあさんは両手を頬に当てて、きゃっきゃと笑って私の手を握った。
「・・ねえ、綾乃ちゃん。私にとって、あんなでっかい朴念仁でもトオルは可愛い可愛い息子なの。
末っ子だし、皆かわいがってたんだけどね。あの子は昔から、誰にも何にも執着することがなくてねえ。ずっとずっと心配してきたの。
あの子を幸せにしてくれて、本当にありがとう。あなたには、本当に本当に感謝してる」
おかあさんは私の目を真っ直ぐに見てそう言い、目を細めて笑った。
「綾乃ちゃんがいなかったら、トオルはこの家に寄り付きもしなかったわ。ほら、私達おしゃべりでしょ?
あの子は子どもの頃から無口で、だからちょっとイヤだったのよね。うるさいのが」
「そんなこと、ないです! 先生、言ってました。やかましいけど、あったかい家族だって。だから会わせたいんだって」
おかあさんは目を大きくして、それからふふふと嬉しそうに笑う。
「そう。あの子が。・・ありがとう、綾乃ちゃん。
ね、私はあなたのこと、もう自分の娘みたいに可愛く思ってるわ。だから、あなたも私のこと、母だと思って甘えて頂戴」
私の手を取り、ね? と首を傾けるおかあさん。
「一度、あなたのお父様にもご挨拶に伺いたいわ。お母様の墓前にも。こんな可愛いお嬢さんを息子のお嫁さんにいただいちゃって、ありがとうございますって」
「・・・っ」
目頭がきゅうっと熱くなった。
涙をこらえようと俯くと、ふわりと抱きしめられる。
私を包んでくれるお母さんは柔らかくて、あったかくて。髪を撫でてくれる手つきは先生と同じで優しかった。
「ありがとうございます。・・お母さん。きっと、父も母も喜びます」
「家族が増えるって、うれしいわね」
あったかい家族。先生の言ったとおりだ。
先生が育った家族の中に私も入れてもらえるなんて、なんだかうれしくて不思議な感じ。




