番外編 先生の家族 前編
先生と一緒にソファに座ってテレビを観ていたら、携帯の着信が鳴った。
キスしてる最中だったので先生はしばらく無視してたんだけど、音楽は鳴り続けている。
可愛いオルゴールのメロディは先日私が好きだと言ってた曲。
マユさんに着メロに設定してもらったらしい。
最後に私の唇をペロリと舐めて、先生は「チッ」と小さく舌打ちしてから出た。
「ちょっと・・! 電話・・早く出なさいよ」
スピーカーホンにしてないのに大きな女の人の声が携帯から響いた。
「いつになったら・・帰って来るの!」「早くお・・見せてよ!」など断片的に聞こえる高めの声。
「・・・母だ」
先生は携帯を耳から遠ざけて、私にそう言った。
え!? おかあさん?
おかあさんはすごくたくさん喋っているのに先生は「ああ」と「そうか」くらいしか答えていない。
会話、成り立っているのかな・・とか思ってしまう。
十分くらい経って電話を切った先生は、少し疲れた顔で私にこう言った。
「俺の家族に会ってくれるか、アヤ」と。
「は、はい。もちろんです」
「今週末の、土日に行く」
「え!? あ、明後日ですか?」
「なにか予定があったか? カレンダーには何も書いてないようだが」
「あ、い、いえ、大丈夫です」
そう答えながらも私の心臓はバクバク緊張し始めていた。
先生と結婚して二ヶ月。挨拶どころか、会ったこともない。
うちの父には直接会って結婚の許しをもらいに行ったというのに、先生のご両親の方には「別に事後報告でいい」とさっさと婚姻届を出してしまったのだ。
ご家族の方、失礼な嫁だって思ってないかな・・。会って、嫌な顔されたらどうしよう。
「どうした?」
先生に聞かれて顔を上げると、ちゅっちゅと頬やおでこ、唇、顔中にキスが降ってくる。
「ん、あの、ちょっと・・」
「イヤだったか? 今からでも断れるぞ」
「い、いえ! ダメですよ。そんな失礼なこと!
嫌なわけではなくて、・・緊張してしまうなあって思っただけです。
わ、私・・・うまくしゃべれないかも・・」
「無理にしゃべる必要はない。俺の家族は皆 話好きだから、しゃべらなくても他の奴らがどんどんしゃべって会話が絶えない。心配いらないぞ」
「はあ・・」
「やかましいけど、あったかい家族だ。嫌でなければ会って欲しい。
アヤに会いたがってるから、大歓迎される。
・・そんなことより、続きをしよう、アヤ」
「んっ」
さっきよりも深いキス。
それに先生の手も私の太ももを撫でて上がってくる。
え? テレビ、観てたんですよね? 続きって・・なんて言う暇もない。
今日も先生は情熱的に私を包む。
*****
先生の言った「しゃべらなくていい」っていうのは、先生の自宅に行ってすぐに納得した。
「きゃー!! ちょっと、信じられない! 超かわいいじゃないの! ウソでしょ、夢みたい!」
「信じられんな、徹と結婚してくれる子がこんな・・」
「じょ、ジョシコーセー? 徹兄さんそれはマジやばいって! 犯罪でしょ」
「トオル、なんでもっと早く帰ってこないんだよ!」
玄関を開けた途端、わっと押し合うようにして出迎えられる。
圧倒されて思わず一歩下がってしまった私を隠すように先生が前に立ってくれる。大きな背中に手を添えて、ほっとした。
「玄関を塞ぐな。上がらせろ。挨拶は部屋でだ」
「あ、ああそうね。どうぞどうぞ、上がって。さあ、どうぞ」
「はい、スリッパ、スリッパ」「オレ、お茶いれてくる」
「母さん、お茶菓子は?」「もう出してあるわよ」
先生が無言で紙袋を差し出すと、おかあさんは顔をパアッと明るくして受け取った。
「わあ、徹が手土産? 初めてじゃないの! いつも手ぶらで帰ってくるのに。やっぱり結婚すると違うわねえ。何かしら。あら、これ知ってるわ。有名な和菓子屋さんのじゃない。テレビで観たことあるわ」
「あ、それオレも好き」
そして廊下を何回か曲がって奥のお座敷に通してもらう。
とても広いお家。
畳に並んだ座布団の上に座ると、おかあさんやお兄さん達もお茶を持ってすぐにやってきた。
「アヤ、やかましくて悪いな。うちの家族だ」
「あ、綾乃と申します。よ、よろ・・しくお願い、します」
たったそれだけをカミながら震える声で何とか言って、ぺこりと頭を下げた。
顔を上げると、テーブルの向こう側にいた皆さんがずいっと身を乗り出している。
「かっわいいわあ。私は徹の母よ。よろしくね、綾乃ちゃん」
「父です。よくこんな朴念仁と一緒になってくれたね。どうもありがとう」
「兄の啓です。いやあ、こんな可愛いお嬢さん、どうやって捕まえたのかね」
「ハイハイ、次男の颯です。ね、ね、綾乃ちゃん、いくつ? 」
「女子高生なんでしょ? 若いわー」「ほんと可愛いな」「かわいい!」
「もう籍入ってるんだよな。挙式はしないのか?」「ウェディングドレス絶対似合うわ」
「美女と野獣だな」「警察に通報されないようにしろよ、トオル」
「病院で知り合ったんだって? シン君に感謝感謝だなあ」「ほんと可愛い」
しゃべる、しゃべる。
四人が代わる代わるしゃべるので、会話は途切れない。
すごい・・。圧倒されてしまう。




