49 私を包む大きな手
最終話です。
「アヤ、今から総司さんに会う約束をとってある。
そこでサインをもらって、その後で市役所に行く」
「へ?」
「市役所って、アンタまさか今日、婚姻届だすつもりじゃないでしょうね!」
目を丸くして言葉を無くした私に代わって、嶋田さんが聞く。
「もちろん、そのつもりだ」
返ってきたのは肯定。しかも、当然だろ、みたいな。
「はあ? なんで今日なの? なんかあるの?」
急展開に着いていけない。嶋田さんの質問は当然だと思う。
すると先生はこう答えた。
「シンと話していたら、アヤがもう十六歳になってると聞いた。
だったら結婚できる年齢だろ」
「でも普通、卒業を待ってとか・・」
「待ってられるか。今でも一緒にいることには違いないが、ちゃんと正式にアヤと家族になりたい」
「でもでも、学校が許さないでしょ。在学中に生徒が結婚、とか」
「・・・・許すと言わせる。誰にも文句は言わせん」
嶋田さんは、はあーっと大きくため息をつくと、やれやれと言わんばかりに首を振った。
「こーんな魔王に睨まれたら、うちの気弱な校長は、真っ青になって了承する
でしょうよ」なんて言って呆れた顔で笑う。
車に乗り、窓を開けて嶋田さんにお礼を言って別れた。嶋田さんは、急すぎるとか本当に大丈夫なのとかブチブチ文句を言っていたけど、最終的には笑っておめでとうって言ってくれた。大きなため息と共に、だったけど。
「幸せそうだもん綾乃。まあ、これで良かったんでしょうね。
けど! これからもバンバン口は出させてもらうからね!
坂口センセー、綾乃にヤリたい放題しないでよね!」
窓から車内に入って来そうな勢いの嶋田さんに、先生は非情にも窓をウィーンとゆっくり閉めた。
「ヤリ放題・・確かにそうだな」ニヤリと笑う先生の横顔を見て、嶋田さんが
「ヤバっ! ちょ、綾乃、今ならまだ間に合う!
考え直して一緒に逃げましょ! エロ魔王に食いコロされるわ!」
とかなんとか騒いでたけど、車は出発した。
嶋田さんには後でメールでもしておこう・・。
「アヤ」
先生が私の手を握る。赤信号で車が止まった。
「俺に食われる前に、逃げたいか?」
「いいえ」
私はこちらを向いた先生の目をしっかり見て、笑って答えた。
「先生になら食べられてもいいです。私・・」
がぶっと大きな口で、私の言葉ごと食べられた。
いきなり容赦のない深いキスで、頭がクラクラする。
パパーっと後ろの車からクラクションを鳴らされ、先生はチッと舌打ちして車を発進させた。私はまだ、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしているし、息もあがっている。
「挨拶も、手続きも全部済ませたら。
今夜は、新婚初夜だな。・・・楽しみだ」
先生は目を細めて、獲物を狙う野獣さんな顔で笑う。
「・・・は、はい」
声を振り絞ってどうにかそう答える。
先生は嬉しそうに口の端を上げ、大きな手を伸ばして私の頭を撫でた。
その心地よさに目を閉じる。
まぶたの中に見える黒は、永遠に続くんじゃないかって思えて怖かった色。
でも今は、先生がそばにいてくれるから、その黒の中になにか小さな光が見える気がする。
真っ赤に染まった悪夢も、先生と眠れば絶対に見ない。
怖いことは全部、先生が追い払ってくれる。
「アヤ」
名を呼ばれて目を開けると、先生の顔が視界に飛び込んでくる。
先生が呼んでくれる名前は短くて、でもその二文字にすごく心が込められてる
って思う。
だから名前を呼んでもらえるだけで、すごくうれしい。
先生が、私を暗闇から救い出してくれた。
暗くて怖くて縮こまってた私を、明るい世界に連れ出してくれた。
先生はきっと、これからもずっと私の手を引いてくれる。
あったかくて、私を優しく包んでくれる。
その大きな手で。
最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございました!
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