48 赤い薔薇の花束
学校も終わって、嶋田さんと一緒に教室を出た。
朝からゴキゲンな嶋田さんは、フンフン鼻歌を歌っている。何かいいことがあるらしい。聞いたら「ナイショ」って言われた。
「でも、綾乃もすごーくハッピーになることよ。でもまだナイショ。
あー、ホントは言いたいんだけど! でもやっぱりナイショ」って。
ニヤニヤ笑って言うから、気になる。
「あ、帰り、どっかに寄って行くってこと?」
実は先週、初めて、学校帰りに嶋田さんとクレープのお店に行った。
美味しかったし嶋田さんとのおしゃべりは楽しかった。時間も忘れて話してたら携帯が鳴って、なんだかんだで先生がクレープ屋まで迎えに来てくれることになった。
可愛いピンクの店内に現れた先生は、周りがどよめくぐらい異質なオーラを放っていたけど。
先生は心配性で、委員会とかちょっと遅くなったりしても迎えに来てくれる。
迎えに来てくれた時は、「遅いぞー」なんてことは言わずに「楽しかったか?」
と一言だけ聞いてくる。ほんと先生はやさしい。
私が聞くと、嶋田さんはニヤーっとますます楽しそうな顔になった。
「ハズレ。今日はどこにも行きませーん。先約があるから」
? じゃあ、なんだろう・・。
帰りの下駄箱のところで、ドタバタと逆行する女子生徒が数名。
わたしと目が合うと、きゃあ、と叫ばれた。なに?
「ねえ、早く校門、行きなよー!」名前も知らない女の子が、笑いかけてきた。
「いとしの彼が、おまちかねですよぉ」他の子も。
「・・・え?」先生が?
なんでまた、学校に? なんか用があるって言ってたっけ?
隣の嶋田さんを見ても、首を傾げられる。・・・けど、すごくイイ笑顔。
なにか知ってるのかな。ハッピーって先生が来ること?
靴を履き替えて昇降口を出ると、また知らない何人かに声を掛けられる。
「すごいわね。お幸せに!」「ステキだわあ」「ドラマみたいよねえ」
???
いったいなんのことだろう?
校門のところにまたしても白い車と、先生が・・・スーツを着て大きな赤い薔薇の花束を持った先生が立っていた。
今日はカツラはかぶってない。いつもの先生。
その場に固まってしまった私を、嶋田さんが手を引いてく。
先生の目の前に来るまで、私は驚いて、ただ先生を見つめていた。
「アヤ・・」
いつもの声より甘く感じる。
せんせい、かっこいい・・・!! こんなバッチリ決められたら見惚れてしまう。
ずいっと目の前に差し出された花束。
止まってしまっている私にふっと優しく笑うと、「ほら」と腕に乗せられる。
すごく大きな花束はずっしり重かった。
こんなの、映画や小説でしかないと思ってた。
女の子なら誰でも密かに憧れるシーンだ・・・。
ぽかんと花束を見つめていると、先生が花束ごと私を抱き上げた。
「結婚するぞ、アヤ」
まさか今日、こんな場所でそんなことを言われるとは思ってなかった。
目をパチパチさせていると、頬に唇が寄せられる。
くすぐったい。
「アヤ、返事は? まあ、イエス以外は受け付けないが」
先生らしい。
びっくりの連続だったけど、ようやく頭が追いついてきた。
じわっと込み上げてきた喜びで、顔が緩む。嬉しくて自然と言葉が出た。
「はい、先生」
その瞬間、周りを囲んでいた何人もの生徒がわあっと歓声をあげ、拍手をした。
「おめでとー!」「まじかよ、すっげ」「なに? プロポーズ?」
パチパチパチと祝福の拍手が響く。
「これで、俺の嫁だ」
言い終わったと同時に先生の唇が私のと重なった。
触れるだけのキス・・と思ったらいつものように先生の舌が入ってきてギョッとした。
「んっ」
ちょっと先生、みんなの前でっ!
「コラコラコラ! 健全な高校生達の目前でナニ始めるつもりなのよ、あんた!」
「シマ、うるさい。俺の嫁になにしようと俺の勝手だ」
「バッカじゃないの!? 綾乃が恥ずかしい思いするでしょ!」
私を抱きかかえたまま、嶋田さんと先生はギャーギャー言い合いを始めた。
この二人、何だかんだ言って仲良くなってる、のかな。
・・・結婚するぞ、だって。
さっきの先生の言葉が何度も頭の中で繰り返される。
嬉しくて、目頭が熱い。
ああ、しあわせ。本当に、しあわせ。
私は抱えた薔薇の花束に顔を寄せて、一生に一度きりの今の幸せを噛み締めた。
次で、最終回です!




