39 幸せを、願う
もう一度、父は私の手を握り、おでことおでこを合わせた。
「綾乃が生きてるだけで、僕は幸せだよ。
綾乃には幸せになって欲しい。笑っていて欲しい。
・・なのに、辛い思いをさせちゃって、ごめんね。
一緒に向き合おうとしなくてごめん。
・・・仕事してたら莉乃が帰ってくるんじゃないかって、そんな気がして、一人で殻に閉じこもって仕事に没頭してた。
莉乃、が、・・・し、死んだって、認めたくなくて、受け入れたくなくて」
初めて、父の口から、母の死をハッキリ聞いたように思える。
病院に運ばれて私に母のことを言った時にも、「もうダメだった」とか
「もう会えない」とか、曖昧な言葉を選んで告げられていたから。
父は流れた涙を慌ててティッシュで拭う。
「・・・本当に、情けない父親でごめんね」
「ううん」私は首を振った。
愛する人の死を悲しむことが情けないことだなんて思わない。
「翔平に怒鳴られたよ。そんなツラして仕事してんなって。
過労死するつもりかって、殴られた。
はは。そうやって叱ってくれる友達がいて、よかったよ。
友達っていうのは有り難いものだね。あいつにずいぶん助けられてる」
あははと頭を掻いて苦笑いする父の口元には確かに殴られた痕が少しあった。
翔平さんにも会ったことがある。何度かうちで一緒にご飯を食べた人だ。
父とも母とも昔からの友達だって言ってた。
三人で楽しそうに話してた。
そっか。その人がいてくれるから、今も父は大丈夫なのかな。
「みんなで食事でもしたいな。慎君とテツ君と、マユさんと、翔平・・も呼ばないと拗ねるだろうな。どうだい?」
父に訊ねられ、先生が「是非」と短く答える。
私も笑って答える。
「うん、慎兄ちゃんとお料理作るね。お父さんの好きなポトフも作ろうかな」
「お、嬉しいな」
「早く元気になって退院しないとね。ここでパソコンしちゃダメだよ」
「はは。わかったよ」
父はスッキリした顔になっているように見えた。
きっとずっと言えずに、悩んでいたんだろう。
私のこと、色々と考えてくれてたんだなって、申し訳ないんだけど、嬉しく思う。
ありがとう、おとうさん。
*****
「アヤ」
マンションに帰ると、玄関に入るなり先生に抱きしめられた。
抱きしめられると流れるような動作でキスが降ってくる。
「せんせ・・、んっ」
濃厚なキスに身体中の力が奪われてぐったりしてしまうと、ひょいっとお姫様抱っこされて部屋に運ばれた。降りた先はベッドの上。
「今日は、父親とたくさん話せて、よかったな」
「あ、はい。一緒に来てくれてありがとうございます」
「点滴をしてしばらく休めば良くなるそうだ。心配いらない」
「はい」
「総司さんも溜め込んでいたことを吐き出せたみたいだしな」
「はい。父の本音が聞けてよかったです」
普通に会話をしながら、先生の手は私の服を一枚一枚脱がしていく。
「あの・・」
「お前に幸せになって欲しいと、笑っていて欲しいと、総司さん、言ってたな。
俺もそうだ。だけど俺の感情は父親とは違う。
俺はお前の幸せを願ってるだけじゃない。
幸せにしてやりたい。俺の手で。俺の手の中で、笑っていて欲しいと思う」
「先生・・」
「独占欲の塊みたいな男で悪いな。
総司さんにも嫉妬した。父親だってわかっていても。
アヤを抱きしめられるのは俺だけがいい」
じっと私を見つめる目は、ギラギラしていて、心臓が飛び出そうになる。
それを見透かすように、ハダカになった私の左胸に頬を寄せる。
「鼓動が速いな」くすりと笑う。
「せ、先生のせいです」
「そうだな」先生は私の手を取り、自分の左胸に触れさせた。
筋肉の付いた固い胸は、私と同じように速い心音を刻んでいる。
「・・・俺も、アヤといるといつもこうだ。アヤが欲しくて、全身が熱くなる」
先生の纏う甘い空気に酔いそうになる。
息が苦しくなるくらいキスが続いて、頭もぼんやりしてしまう。
「アヤ・・好きだ」
ああもう、全部、とろけそうです、先生。