37(テツ) 可愛がりたい
「ちょっとテツ。ニヤけてると顔が怖いんだけど。みんな逃げて行ってるわよ」
ポンと背中を叩かれて振り返ると、マユがいた。
夜勤が終わり今から帰るところらしい。
「ニヤけてたか?」
手を口にやる。マユはにんまり笑って俺を肘で小突いてきた。
「ひっじょーに。なあに? 愛しい綾乃ちゃんとのアレコレを思い出してたの?
いやーん、えっちー」
「アヤは可愛すぎる」
頭に浮かんだアヤの姿は、どれもこれも最高に可愛い。
マユもうんうんと力強く同意してきた。
「ホントよねえ。女の私でもぎゅうーって抱きしめたくなるもの」
「俺のだ。やめろ」
思わず反射で答える。
アヤは目をまん丸にして、すぐにぷっと吹き出した。げらげらと笑い、俺の腕をバンバン叩く。
「もう、テツは気持ちイイくらい、どストレートねえ」
ストレートと言えば言葉は良いが、俺は回りくどい真似ができない。
相手の気持ちを察するのも苦手だし、言葉にしてハッキリ言われても、理解できない時もある。
だから正直、アヤが何か悩みを抱えていても俺は気づいてやれないだろうと思える。
「マユ。頼みがあるんだが」
「なになに?なあに? 改まっちゃって。珍しいわねえ。ん? おねえちゃんに、はなしてごらん?」
こんなフザけたような話し方をする奴だがマユはカウンセラーだ。
「アヤが、何か悩んでいたり困っていたら助けて欲しい。俺はこの通りだから、気づかないことが多い」
「あら。あらあらあらー。良い傾向ね、テツ。そうやって言ってくれるの、すごく嬉しいわー。もちろん、なんでも、相談役になってあげるわよ。
綾乃ちゃんは溜め込むタイプのコだけど、つつけば色々と話してくれるものね。
あ、テツとのえっちで困ったことがないか、とかも聞いておくわー」
ニシシと笑うマユ。
こいつはこういう下ネタが好きだな。全く。だが、頼りになる奴だ。
マユはパチリと片目を閉じる。
「綾乃ちゃんにとって一番悩んでたことはもう解決されたから、あとは・・・。
パパさんのことと、学校の友達とかのことかな、あの子が悩みそうなことだと」
「総司さんか?」
アヤの父親は毎週会いに来る。
アヤの好きな甘い菓子を持って「会いたかったよ、元気だったかい?」と笑ってアヤを抱きしめる。父親じゃなかったら殴ってるところだ。
すごく仲が良い親子だと思うが、何が問題なんだ?
「あの二人は似た者親子ねえ。辛いとこは隠し合ってきたっぽいから、上手く支え合えないんじゃないんじゃないかしら。よそよそしい感じでしょ?
一度腹を割って話すとスッキリするんだろうけどね」
「そうか」
よくわからないが、マユがそう言うならそうなんだろう。
「・・学校については何も聞いてないな」
目も治ったんだから、そろそろ復学の手続きを取らなければならない。
確か、あそこの学校だと言っていたな。
あそこなら距離的にうちのマンションから通うこともできるだろう。
「確か、綾乃ちゃんが運び込まれたすぐ後に、何度か面会に来てた子がいたわ。
・・女の子よ。そんな嫉妬した顔しないの。
あの年代の子にお友達はとってもとっても大事なんだからね!
いくら可愛いからって、綾乃ちゃんを自分一人で独占しちゃ駄目よ、テツ! 」
「・・善処しよう」
「政治家が誤魔化す時みたいなこと言わないの!」
ツッコミで肩をまた殴られた。こいつの張り手は地味に痛い。
話していたらアヤの顔を見たくなった。
「俺も早く家に帰りたい。・・早退するか」
「いや、ダメでしょ。何言ってんのアンタ。仕事なさいよ。
私は、綾乃ちゃんとお出掛けなのー。デエト! 可愛い服を買いに行くのよ」
ふふんと見せつけるように笑うマユ。
そう言えば朝、アヤがそんなことを言っていた。
マユがワザと俺をからかうように言っていると分かっていても腹が立つ。
「っち。・・・代われ」
「バカ言ってんじゃないわよ。じゃーね」
少し歩き出し、マユはくるりと俺を振り返った。
「テツが好きそうな、えっちーな下着も選んであげるわ。楽しみにしてなさい」
きゃはははと高笑いして去って行く。
あいつには恥じらいというものはないのか。恐ろしい女だ。
アヤの慎ましさや恥らう可愛らしさを見習えと言ってやりたい。
言っても無駄か。
しかし、あいつはああ言ったら本当に買わせるだろうな。
・・今夜が楽しみだ。
早くアヤを抱きしめたい。あの可愛い唇を塞いで、全身を撫で回して、
あの目に俺を写して欲しい。
「たっぷり可愛がってやろう・・・」
また無意識で笑っていたらしい。
横を通り過ぎた患者の男がヒイっと声を上げて逃げて行った。




