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34(テツ) 逸らされる視線

アヤの目が治った。

しかし、予想通りというか、危惧していた通り、今までと同じようにいかなくなってしまった。


目の見えないアヤは、真っすぐに俺を見てきた。少し潤んだ大きな瞳で。

見えていないのだから視線は少しずれている。それでも、顔を上げ、パチパチと瞬きをしながら話す様子は可愛かった。

頬を触ったり、頭を撫でたりすれば顔を赤らめて微笑む。

抱き寄せれば、すり寄って来て、本当に愛おしかった。



それが今は、手を伸ばせばビクリと竦み上がり、逃げていく。

長い前髪とメガネで大きな瞳は隠れているし、顔を伏せているので表情もロクに分からない。


やはり、俺の顔が、嫌だったんだろうな・・。

こんなことなら、一生あのままでもよかったのに。

そんな愚かな思考が頭を過る。

あのまま、俺だけに依存させて、俺がいなければ何も出来ないでいてくれたなら。

俺だけを見つめて、俺だけに笑ってくれたのに。


・・・馬鹿か、俺は。

彼女の弱みにつけ込んでいい思いをしてきたのは誰だ?

彼女が俺にしか頼れないような状況を作って、好意をもつようにしむけたのは。

俺の告白を断れなかったのも、すべて状況がそうしたに過ぎない。

目が見えるようになって、冷静になって後悔したんだろう。

俺は、あの愛しい存在を離せれるのか。考えただけでも気が狂いそうになる。

アヤ・・・。




*****


目が治って、ギクシャクした生活が数日続いた。

もうずっとアヤに触れていない。

禁断症状を起こしそうだ。

手を伸ばせば届く距離にいるのに、また怯えた顔で逃げられると思うと、尻込みしてしまう。



四人で朝食をとっている時、アヤが、そろそろここを出て自宅に帰ると言い出してきた。

俺は会話をブッた切るように乱暴に席を立ち、出勤した。

続きを聞いていられなかった。

彼女は人の世話になることを人一倍負担に感じるタイプだ。目が治ったならそう言い出すことは当然だろう。

だが、俺はアヤがここにいることは当たり前のように感じていた。

だからショックだった。





昼休憩の時。美味くも感じない昼メシを腹に収めていると、珍しくシンが俺のところにやってきた。コンビニで買ったらしいおにぎりを食べながら、いつものヘラヘラ笑った顔を真面目なものにして俺に言う。


「いいの? テツ。このままだと綾乃ちゃん、うちを出て行っちゃうよ?」

「・・・仕方ない」

いいのも何も、彼女が決めることだ。

短く答えると、シンは、ふうっと大げさなまでにため息をついた。


「今まで綾乃ちゃんが見えてないのをいいことに、やりたい放題だったよね、テツ。抱っこしたり、ぎゅーしたり、ちゅーしたり。

僕が知る限り、今の綾乃ちゃんが本来の恥ずかしがり屋で奥手な彼女の正しい反応であって、今までのが例外、なんだからね?」

だから、何だと言いたくなるくらい、シンの話は長い。

いつもなら話半分にしか聞かないが、アヤのことだから全部きちんと聞いた。


シンは、アヤがいかに大人しくて、人付き合いが苦手で、遠慮深くて、引っ込みがちで、自分に自信がなくて、人と目を合わせるのが苦手で・・ということを延々と語った。

「目を逸らされた、手を振り払われたって、ショック受けてるでしょ、テツ?」

「・・・」

図星だ。腹が立つ奴だな。

「でもそれは、あの子の普通の反応なんだってば。

それでも、テツに対しては、他の人と違うんだよ。

ねえ、テツ。ちゃんと綾乃ちゃんの顔を見てる?」


見ていない。

俯いていて見えなかった。


「・・あの子、テツといる時、すっごく困った顔してる。真っ赤になってたよ。

あんな顔させてるのはテツなんだよ?

意味、わかる?」


わからない。どういうことだ?


「困ってるだけだよ。どうしようって。現状に追いつけてないだけ。

悲しいとか、嫌だとか、そういう顔はこれっぽっちもしてなかったからね」


理解できない俺に構わずに、シンは続ける。


「綾乃ちゃんは遠慮深い子だよ。

ちょっとでもテツが引いたり迷ったりした気持ちを感じ取ったんじゃないの?

短い期間だったけど、一緒にいて、テツは分かったと思ったんだけどな。

自分の外見にこだわってるのはテツだよ?」


シンは俺を睨みつけるように真っすぐ見てさらに言い寄ってくる。


「ちゃんと聞いたの? あの子の本心を。

何度も言ってあげた? 好きだって。

いつも強引なテツが、なに怖じ気づいてんの。

あんなに不安そうな目をしてたのに、覗き込んで見てやらなかったの?

そんな中途半端な思いで、手、出してたんだったら、僕は許さないよ」


いつも穏やかなシンの怒りに満ちた言葉は、俺に喝を入れた。


「・・・手に入れるって決めたなら、ちゃんと最後まで責任とってよ。

綾乃ちゃんは僕の前では絶対に泣かないし、弱いとこ見せてくれないんだから。

早く、抱きしめてやって。甘えさせてやるんでしょ?」


「シン。悪いな。ありがとう」

「・・・。まあ、友達ですから」

素直な礼を言うと、シンは目を細めて笑った。


俺は今日が午前だけの勤務だということをありがたく思って、大急ぎで帰った。


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