32 先生の顔
先週のカウンセリングで事故の記憶を取り戻して、私なりに受け止めることができたと思う。先生がいてくれたから。
でも、私の目はまだ、見えていない。
カウンセリングが終わったタイミングで見えるようになると思ったんだけど。
期待していただけに落胆は大きい。これ以上、何をしたらいいんだろう。
はあ、とため息を漏らすと頬をむにっとつままれた。両方。
「・・・なんれふか」
なんですか、はマヌケな声になった。
「ため息ついてると幸せが逃げていくぞ」
先生にしてはカワイイことを言う。迷信とか、信じてなさそうなのに。
・・・先生って、どんな顔なんだろう。
ふと思う。前に看護師さんとかマユさんがアレコレ教えてくれたけど、イマイチよくわからない。
殺し屋とかマフィアのボスとかイメージできないし。
うーんと悩んでいると先生がどうしたと聞いてくる。
「えっと、先生ってどんな顔なのかなあって考えてたところです」
「なんだそれ。考えてわかるのか」
わかりませんでしたと素直に答えると、先生は少し笑った。
そして私の手を握り、ペタッとどこかに触らせる。え?声が聞こえる位置からして、顔!?
「せ、せんせいっ」
焦って離そうとするけど、先生に戻された。
「思う存分触ってみるといい」
ドキドキした。男の人の顔に触るなんて、初めて。
いいのかな。
手が、緊張で震えそう。
ほっぺは思ったよりすべすべで、顎に近づくとざりざりとヒゲが少し。
鼻は高い・・・鼻筋がシュッとしてる。頬から上にあがろうとすると、不自然に盛り上がったでこぼこを感じる。
「・・・ずっと昔の傷跡だ」
「あ、す、すみません」マユさんが言ってたのを思い出す。海賊みたいに、目のところに縦にざっくり切り傷があるって。
「いや。構わない。お前が嫌じゃなければ触ってくれ」
そう言われて、引っ込めようとした手をもう一度伸ばした。
こんな風に痕が残ってるってことは、けっこう深い怪我だったんだろう。
「中学生の時だった。喧嘩してる奴らのイザコザに巻き込まれて、ちょっとな。
しばらく包帯でぐるぐる巻きにされてたから、目が見えないことの不便さはよく分かる。身の回りのものがどこにあるのか探したり、メシが食いづらかったり」
ああ、と納得する。だから先生はすごく的確なサポートをしてくれるんだ。
「先生、ありがとう。先生のおかげで私、すごく助けられてます」
顔の方を見てそう言ったら、いきなり指が何かに挟まれた。
ぱくって。指先が生あったかい、濡れた感触・・!?
「せ、せん・・っ」
「ああ、すまん。アヤが可愛すぎて。食べたくなった」
さらっと、すごいことを言われた。
指先はちゅっちゅっと啄まれるようなくすぐったい感覚。
先生、ナニしてるの!?
「・・・アヤの目が見えるようになって、・・・俺の顔を見ても、恐怖を感じなかったら、その時には、アヤを抱きたい」
先生が言ったことは半分も理解できなかった。
私の許容範囲をオーバーしちゃって、固まってしまう。
そんな私を見て先生はくすりと笑うと、もう一度耳元でハッキリと言った。
「全部、俺のものにしたい。抱きたい。好きだ、アヤ」
色気たっぷりの低音ボイスに、脳みそがクラクラした。何も答えられずにいるとまた繰り返されそうなので、肯定を示すために私はコクリと一回だけ頷いた。
「・・・楽しみだ」
ちゃんと見られていたようで、そう返事があった。ああ、恥ずかしい。
でも、こんな風にストレートに求められて、喜びを感じているのも確かだった。




