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31 記憶の中の母

先生は根気良く私の話を聞いてくれた。

涙が溢れて話せなくなると、抱きしめてトントンとゆっくり背中を叩いて落ち着かせて。

自分でも、もどかしく思えるくらいたどたどしいしゃべりしかできなくて。

なのに、先生は呆れもせず真剣に私の目を見て、私の次の言葉を待っててくれた。

だから、私はどんどん溜め込んでいた心のドロドロを吐き出していた。


「あの日、の事故、私が計画した家族旅行の行き道だったんです。

温泉に向かう途中でした。

事故だから、しょうがないってお父さんは言うけど、

でも、・・・私が、あんな旅行の計画なんて立てなければ、事故に巻き込まれることもなかったんです。

いつも通りに過ごしていたら、お母さんが死ぬこともなかったのに、って」

ギリっと痛いくらいに拳を握り締めた。


涙はさっきからずっと流れてる。

泣きすぎて、頭が痛い。

悲しくて悲しくて、悔しくて、申し訳なくて、そんな感情がぐるぐると回っている。


どうして母は私をかばって、死んでしまったのか。

私に構わずちゃんと身を伏せていたら、命を失くすほどの衝撃を受けずに済んだんじゃないかって。

運転席から身を乗り出して、真っ赤に染まったお母さんの体を抱き寄せる父は、

壊れたように泣きながら、母の名を叫び続けていた。

それは私が知ってる父親の顔ではなく、愛する伴侶を失った一人の男としての姿だった。


「わたし・・の、せいで。

・・・・・・お母さん、どうして私なんかをかばったの?

私が、私が・・・死ねば良かったのに」

ゆるく私の背中に回されていた腕に力が篭もり、痛いくらいにぎゅっと抱きしめられる。

「バカだな、お前は」

これ以上ないくらい先生に密着しているので、先生の声もくぐもって聞こえる。

馬鹿呼ばわりされた私は呆然と顔を上げた。 見えないけど、反射的に。



「なんでお前の母さんがお前を助けたのかって?

そんなの、お前が大事だからに決まってるだろ」

なんてことないように先生は言う。


「事故が起きた時、後悔するのは、誰でも皆そうだ。

もしあの時こうしてたらって、誰だって考えるものだ。

でも、お前の母さんの気持ちまで見失うなよ。

大事な大事な娘で、お前に生きてて欲しいから、守ったに決まってるだろ」

先生は腕の力を抜いて、また私の頬に手を添える。 目もとに何か触れる。先生の手にしては柔らかい、何か。


「お前の母さんは、総司さんにとって大事な人だったことに間違いないけど、お前は二人にとって、なにより生きてて欲しい大事な娘だってことだ。

だから、お前は今、こうして生きてる」


一度止まっていたはずの涙がまた溢れた。


「い、生きてて、いいの? わたし・・・」

「当たり前だ」断言された。

「勝手な罪の意識に押しつぶされるな。お前は悪くない。

母さんが護ってくれた命、大切にしてめいっぱい幸せに生きろ」


先生の声はやっぱり低くてぶっきらぼう。

でも、すごくすごく優しくて、あったかかった。


どうして知ってるの? 先生。

だってそれは、私が一番聞きたかった言葉。


「・・・ありがとう、先生。ありがとう」


そんな短い言葉じゃ先生への感謝の気持ちはとても言い表せないけど、何度でも言いたいと思った。


散々泣き喚いてブチまけて、泣き疲れた私は夢をみた。





*****


「二人とも、お疲れさま! 今日はポトフだよ。あと、大根サラダ。

お父さんもお母さんも好きでしょ?」

帰ってきた二人を玄関で出迎える私。

お母さんもお父さんも、私の顔を見るなり目を細めて笑った。

「まあ、うれしいわー。綾乃の料理は昨日接待で食べた高級懐石より、ずっと美味しいもの」


お母さんはいつも私の料理を褒めてくれる。ううん、料理だけじゃない。

掃除や洗濯、家事のことも学校のテストのことも、何でも大袈裟なまでの褒めてくれるんだ。


「褒めすぎだよ、お母さん。でも、うれしいな」

「本当だぞ。綾乃の料理は世界一だからな」

お父さんも、デレデレにな顔でうんうんと頷いてる。くすぐったくて、うれしい。


「ふふ。将来、綾乃と結婚する旦那さまは幸せね」

突然、お母さんが突拍子もないこと言うのでビックリしてしまう。

「もう、なに言ってるの、おかあさんってば」

「ホントだよ。莉乃、何を言ってるんだ。綾乃、まだお嫁に行かないでくれよ?」

私よりも慌てふためくのはお父さん。

私たち二人を見て、お母さんはおかしそうにくすくす笑う。

「そうね、さみしいものね。まだ私達だけの子どもでいて欲しいわよねえ」

「も、もう! 冷めるから早く食べよ!」

「そうだよ。そうしよう。おお、今日もすごく美味しそうだね」

「ほんと! ありがとう、綾乃」」


いつか過ごした幸せな時間を思い出しながら、私はじんわりと心があったかく

なるのを感じた。


・・・ああ、お母さんだ。


やっと会えた。


楽しそうに笑うお母さんは、やっぱり綺麗で、私の大好きなお母さん。

お母さんはいつだって、笑顔でいることが幸せを呼ぶのよって笑ってた。


仕事が忙しくて一緒に過ごす時間は短かったけど、一緒にいる時にはいっぱい、

「大好きよ。綾乃は私達のたった一人の大事な娘なのよ」って言葉にして、

抱きしめて、愛情を示してくれてた。




ごめんね、大事なこと、忘れてたね、私。

お母さんが私を助けてくれたのを、どうして、なんて思ってごめんね。

きっとお母さんは、当たり前みたいに私のこと、守ってくれたんだよね。

本当に、ありがとう。


こんな娘だけど、私のこと、見守っててくれる? お母さん。


「もちろんよ」って笑うお母さんの声が、聞こえた気がした。


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