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3 坂口先生

朝ご飯を終えて、イヤホンから九曲目が流れる頃、ドアが開いた。

ご飯が八時で、これがアルバムの最後の曲だから、今は九時くらい。

先生は時間に正確だし。


「調子はどうだ、石崎」

抑揚のない低い声。しかもこのぶっきらぼうな口調。

さっき看護師さんが言っていたことを思い出す。

さらに顔まで強面なんだ、この先生・・。そりゃ子どもは怖がるかもね。

私は別に坂口先生、苦手じゃないけど。


病院に搬送されてから俯いてばかりで碌に人と向き合うことをしなかったせいか、医師も看護師の顔も全く記憶にない。坂口先生はどんな顔なのかな・・。



「痛みはあるか?」

「少し。でも、そんなには痛くありません」

そうか、と短く呟いた坂口先生は、いつものように私の両足をマッサージしていく。先生の手はあったかくて、ほどよい力加減がとても気持ちがいい。


先週から始めたリハビリは、全くと言っていいほど進んでいない。

右足に力が入らない。自分の意志でぴくりと動かすこともできない状態。

外傷は手術で治ったし神経に異常はない。

もう動かせれるはずなのに。

左足は何とか動くし大きな歩行器に体を支えられてなら、トイレやお風呂までくらいは移動できるから、この狭い空間で生活する分には、さほど不便ではないのだけれど。


先生はほぼ毎日こうやって病室に来て、何をしゃべるでもなくただマッサージをしてくれる。

早く歩けるようになれるといいわね、頑張らなきゃねと繰り返す看護師さん達に比べて、先生の沈黙はむしろ有難いくらい。

静まったこの空間も、私には心地いい。


丁寧なマッサージを終えた先生の手が止まり、ガタンと椅子が動く音がした。


「今日はいい天気だな。空が青い」

すぐ横から聞こえる先生の低い声。

こんなに近い距離で、こんな風に話し掛けてくるなんて珍しいと思いつつも、不自然にならないように窓の方に視線を向ける。


「そう、ですね」

当たり障りのない返しをしたつもりだった。でも・・


「石崎、お前、・・やっぱり見えていないのか?」

返された鋭い声。


ガツンと頭を殴られたような衝撃に、見えない目が見開く。

一瞬で頭が真っ白になった。

「・・な、に、を言っているのか、・・わかりません」

掠れる声を振り絞って、それだけ言うのが精一杯だった。


「今日は曇りだ。ここから見える空は青くない」

「・・・っ」

しまった。

ハメられた。

まさかそんな試すようなことを言われるとは思っていなかったから油断した。

無意識でキツく握り締めていた手に、あたたかいものが触れ、ビクリと身体が竦む。


「いつからだ? 見えないのは」

「・・み、見えてます」

震える声での反論は何の意味も持たないだろうと分かっていても、そう答えるしかない。


「何故、そんな嘘を吐く? ここは病院だ。悪いところを治す場所だろう。

そんな嘘は、お前にとってなんのメリットもない」

「・・・」

「早くきちんとした治療を受けないと、手遅れになってからでは大変だろ」

先生の言っていることは正論。

何も間違ってはいない。

この人はこれ以上ごまかせない。そう思う。

それでも、父には知られたくない。


深呼吸をして、震える体を鎮める。

考えなくては。どうしよう。

このままだとすぐに父に連絡されてしまう。


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