29 親公認の彼氏
先生とお付き合いすることになった。
好きだって何度も言ってもらったし、抱き締めてもらった。
キスも・・。
指で、自分の唇にそっと触れた。
その感触を思い出すと恥ずかしさで顔が熱くなっていく。
それ以上に嬉しくて、口元が緩む。
「ご機嫌だね、綾乃」
父は部屋に来るなりそう言って、ぽんぽんと私の頭を撫でる。
「いいことがあったみたいだね。こんな綾乃を見るのはいつ以来かな」
ふわりと大きな両手で私の頬を包み、こつんとおでこに何かがぶつかる。
それは見えなくてもお父さんのおでこだと分かる。
昔から父は、すごく嬉しいことや楽しいことがあると、こうやって額と額を合わせてくる。
喜びを分かち合うみたいに近い距離で笑い合うのだ。
久しぶりにされたこのポーズにくすくすと笑いがこみ上げる。
「もう、機嫌がいいのはお父さんでしょう?」
「そりゃあすごく嬉しいよ。綾乃がうれしそうだから。初めて見たね、恋する女のコの顔してる綾乃は」
そう言ってそのまま、ぎゅうっと抱きしめられた。
「・・・テツ君に感謝、だな。いくら感謝しても足りないくらいだ」
父の言葉に驚いて顔を上げる。
見えないけれど、お父さんが笑っているのがわかる。
「テツ君がね、先々週くらいかな? 僕に宣言したんだよ。綾乃が好きだって」
絶句した。
「今時、珍しいよね。交際宣言でもなく、好きでいることを許してくださいだって。未成年だから、まずは親の許可を得たいんですって言うんだよ。
律儀というか真面目だよね。
何度か彼と話して、彼の気持ちが真っ直ぐで強い思いだってすごく伝わった。
だから僕は彼を認めたよ。綾乃も・・好きなんだよね?」
どんどん熱くなる顔を隠すように深く頷けば、また頭を撫でられた。
「両思い、だね。綾乃はテツ君に好きだって言えた?
お付き合い、するの?」
もう一度こくんと頷く。
「そっか。おめでとう。初めての彼氏、だね。
綾乃ももう高校生なんだもんなあ。・・あー、パパは複雑な心境だよ」
よいしょっと掛け声と共に身体が持ち上げられ抱きしめられる。
「お、お父さんっ」 高校生にもなって父親の膝に抱かれるとか、先生の時とは違う種類の恥ずかしさがある。
父は おかまいなしにぐりぐりと私の顔を胸に押し当てて抱きしめている。
「・・・ほんと、大きくなったね。ついこの間まで泣き虫で甘えん坊の小さな女の子だったのに。
・・・いつからだったかな、綾乃が泣かなくなったのは」
父の声が、あったかい身体を通して聞こえる。
「綾乃はいつも、お帰りって笑って迎えてくれるから、お父さんたちは仕事の疲れも癒されて、また頑張ろうって思えたんだよ。本当にありがとう。
・・・でも、きっといっぱい、我慢させたね。
もっと甘えたかったよね。・・ごめんね、気づいてやれなくて」
そんなことないって言いたいのに、言葉が何も出てこない。
私は顔を埋めたまま、ふるふると首を横に振った。
「・・・わかってたはずなのにね。
綾乃は僕に似て、恥ずかしがり屋で、人に甘えるのが下手くそで、そのくせ、寂しがり屋でしょ?」
おどけた口調に笑ってしまう。
「・・・お父さんも、そう、なの?」
「そうだよ。だから、お母さんにいっぱいいっぱい甘えさせてもらったんだ」
どこまでも優しく穏やかな声で、父はそう言った。
「テツ君は綾乃をいっぱいいっぱい甘えさせてくれるだろうしね。
彼が側に付いていてくれるなら僕も安心だよ」
「私で、いいのかな。先生の・・彼女」
ぽつりと不安に思っていることが漏れる。ん? と優しく聞き返された。
「先生は大人だし、私みたいな子どもで・・いいのかなあって」
「綾乃」
抱きしめられていた身体が離れて、またこつんとおでこに何かぶつかる。
「綾乃はお父さんとお母さんの自慢の娘だよ。自信を持って」
自信・・・。
今の私に一番ないものかもしれない。
「・・ああ、でもちょっと嫌だなあ。娘を奪られたみたいで。
あ! まだ、嫁にはやらないからね。
ダメだよ、綾乃。結婚するには早過ぎるよ!」
「お、おとうさんっ! なに言ってるの。もうっ」
父の妄想に、私まで顔が熱くなってしまった。




