28(テツ)すき
「俺が付き合えないと言ったのはそういう意味じゃない」
両手で頬を包んで、額にそっとくちづけた。
「俺はお前が好きなんだ。アヤ。勿論、一人の女としてな。
子どもだなんて思ったことはない。そう言ったのは、その方がお前が負担に思わずにいられるかと思ったからだ。
できるものなら今すぐにでも俺の女にしたい。
だが、・・・お前は俺の顔を知らないだろ? だから、目が見えない今の状況で、交際を申し込むのは、駄目だと思ったんだ。不安にさせたな。悪い」
「いえ、私が一人で勝手にそう思って落ち込んでいただけ、ですから。
先生がそんな風に考えてくれているとは思わなくて。
けど、先生、・・律儀、というか真面目、ですね」
アヤは少し気の抜けた声でそう言いくすりと笑う。
強張っていた肩からも力が抜けたようだ。
「ふざけて言っているわけじゃないんだぞ、アヤ。
見えるようになって、俺の顔が怖かったら、その時もちゃんと言ってくれ。
・・・それで嫌われても仕方ないと思ってる。
それは俺の非だ。お前は悪くない」
「な・・・! そ、そんなこと、あるはずないです!」
弾かれたように顔を上げ、初めて聞くような大きな声で否定された。
その勢いに驚く。
「わたしっ、先生なら、のっぺらぼうでもいいんです!
どんなに怖い顔だって先生の顔なら、絶対に好きになります。ぜったい、に。
だって私、ずっと、先生のこと・・」
どんどん小さくなる声は掠れて、俺に向けられていた視線も伏せられてしまう。
それが惜しくてアヤの頬を両手で包み、そっと顔を上げさせた。
「アヤ? 続きは?」
白くなめらかな肌は、上気して頬も首筋も赤く色づいている。
一言一言、懸命に言葉を紡ぐその小さな唇から目が離せない。
「・・すき」
どくり、と自分の鼓動が聞こえたような気がした。
他人の言葉にこれほど動揺させられたのは初めてかもしれない。
そして俺は、好きな女に好きだと告げられて、自分を抑えられるほど理性の強い男ではない。
気づいたらアヤを掻き抱いていた。
吸い寄せられるようにその柔らかそうな桃色の唇に自分のものを合わせる。
触れるだけに留めた口付けは想像以上に甘く、頭の中まで痺れるような感覚に襲われた。
もっと、と切望する欲求が脳内で警告のブザーを鳴らし、ハッと我に返った。
・・危ない。
もう少しで本能のまま行動するところだった。
慌てて顔を離し、頬に添えた両手も肩に移動する。
少し目を閉じて数回深呼吸した。
アヤはゆでダコのように真っ赤になって放心状態だ。
今時、小学生のガキでもしているような軽いキス一つでこんな様子では、いきなり押し倒したりしたら失神するのではないか。
まあ、それは回数こなせば、じきに慣れるだろう。
アヤの潤んだ大きな目に俺が映っている。
またキスしたい衝動をぐっと堪えて口を開く。
「お前といて初めて知ったんだが、・・・俺は独占欲が強い。
一度俺のものにしたら二度と離してやれない。 それでもいいのか?」
「は・・・はい」
「お前に関しては我慢が利かない。だが、お前が嫌がることはしたくない。
嫌なことは嫌とちゃんと言って欲しい」
「は、はい」
許可を求めているというより、言質をとっているという感じだ。
本当はきちんとアヤの目が治るのを待つべきなのに、それができない。
思春期のガキのように、ドクドク高鳴る感情を抑えられない。
少し身体を離すと上目遣いに俺を見上げてくる。
堪らなくて左手でその頬に触れ、右手で髪をするりと撫でた。
くすぐったそうに首をすくめ、花が綻ぶようにふわりと俺に微笑んだ。
「アヤ」 もう迷いはなかった。
どうして迷ったりしたのか、過去の自分をぶん殴ってやりたいぐらいだ。
こんなに愛おしいと求めて止まない存在が、自分を求めてくれているのに、応えないわけがない。
「大事にする。べったべたに甘やかしてやるから、覚悟しておけよ?」
軽い口調でそう言えば、くすくす笑い、よろしくお願いします、と返ってきた。
はにかんだ笑顔は今まで見た中で一番可愛かった。
それを見た俺は欲望のまま、彼女を抱きしめ、もう一度キスをした。




