26(テツ) 付き合うとか
久しぶりに四人揃っての夕飯。
今日の食事係はシンで、美味そうな料理がテーブルに並んだ。
俺ならただ焼いて塩コショウを振るだけの肉も、コイツにかかるとレストランで出てくるようなポークソテーにな る。
一口大に切り分けてやった肉を、まだぎこちない手つきで口に運んだアヤは、おいしい、と顔を綻ばせた。
肉の焼き加減が絶妙だとかハーブのソースには何が入っているだとか、料理好きなアヤとシンは楽しそうに会話する。
話に入れそうにもないし、いつもよりよくしゃべるアヤの相手がシンなのが面白くなくて、俺は自分の皿の肉を箸で一切れ挟み、アヤの名を呼んで口に入れてやった。
もごもごと肉を咀嚼して、ありがとうございます、と照れたように笑う。
自分に向けられた笑みに、 俺の何かが満たされる。
「テツー、明らかに邪魔するの、やめてもらえる?
てか何だよ、その勝ち誇ったような笑み」
「オトコの嫉妬はみっともないわよー?」
シンもマユもからかいを含んだ楽しそうな顔で口を挟んできた。
「ってゆーか、ずいぶん良い雰囲気ね、お二人さん。
なあにー? おねえちゃんの知らないところで 何か発展してなーい?
呼び方もアヤ、になってるし。もしかして、くっ付いちゃったー?
男女の お付き合い、スタートですかあー?」
「えぇ!? そ、そん・・」
マユの言葉に真っ赤になったアヤは、フォークをガシャンと床に落とした。
「や、いえ、あのっ、まだ、そういうことには・・」
俺は床のフォークを拾い、布巾で拭ってアヤの皿の上に戻した。
慌てふためく彼女の頭を軽く撫で、 マユに視線を向ける。
睨んだ訳でもないのにマユはギクっと竦み上がった。
「・・・俺が勝手に告白しただけだ。男女交際には発展しない」
「きゃあ! マジ直球! ・・え? なになに? 告ったの?
えー? なんで付き合わないのー?」
俺の回答は火に油を注いだようで、マユは矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「あ、あのっ、ご、ごちそうさまでした!」
アヤは勢いよく席を立ったかと思うとくるりと背を向け、そのまま自分の部屋に向かって走り出そうとする。いつにない迅速な行動だ。
「アヤ、走るな。コケる」
「は、はい!」 思わず口から出た注意にも勢いよく返事をし、アヤは走る一歩手前の、急ぎ足程度の早さで去って行った。
残された俺は、二人の好奇の視線に晒され、ため息をついた。
早く続きを話せ、と無言で催促されているみたいだ。
「・・・さっき言った通りだ。俺はアヤが好きだし、本人にもそう告げた。
けど、お前らが期待するような関係に進めるつもりはない」
「ええー? どうしてえー? 綾乃ちゃんも絶対テツが好きでしょ。
ちょっと押せばイケちゃうって」
「意外だな。テツなら強引にでも自分のものにしそうなのに。どうして?」
何故かなんて。少し考えれば分かりそうなものだろうに。
目を伏せてもう一度大きく息を付いた。
「・・・アヤは、俺の顔を知らない」
「そう、みたいだね。残念ながら」
「あー・・」
納得したように沈黙する二人。
「で、でもでも、テツは悪人ヅラだけど整ってるし美形だし!
海外のスターとかにもいそうだし! 凶悪犯のような外見でも、内面は優しいんでしょ? 綾乃ちゃん限定で」
自分が善人でないことは百も承知だ。
アヤ以外の人間に対して自主的に何かしてやろうなんてこれぽっちも思えない。
「見かけで人を判断するような子じゃないから、大丈夫だと思うんだけどな。
あんなに慕ってるんだし」
「だが、顔も知らない男と付き合いたいとは思わないだろう。
今現在は嫌われてはいない自信はあるが、俺に寄せる好意は・・・ある意味、雛が親鳥を慕うインプリンティングのような気もする。
俺を頼らざるを得ない状況だしな。
これで付き合えとか言うのは、・・・詐欺師みたいだ」
仮に付き合うことになったとして。・・・その後、目が見えるようになって、顔が怖いとアヤに泣かれたら、さすがの俺も立ち直れない・・。
ふう、と一息ついて湯のみに残った茶を飲み干す。
珍しく二人が何も言わずに黙っているので、顔を上げると、二人の目が驚きに目開かれていた。
「・・なんだ?」
眉を寄せて尋ねると、弾かれたように立ち上がりマユが叫んだ。
「すっごーーーーいっ!! 超レア! こんなテツ、初めてっ!」
地でもでかい声がさらにボリュームアップしている。
「本気なのね、マジなのね! すごいわー。
よしよし、おねえさんが、一肌脱いでやろうではないか!」
「やめろ。お前が首を突っ込んでくるとロクなことにならん」
「でもさあ、テツ。恋愛は自己解決はよくないのよー? 相手がいることなんだから、きちんと相手の気持ちも聞いてあげないと。
って、ちょっとー、聞いてるのー?」
五月蝿いマユは無視して食事を終え、俺も自室に引っ込むことにした。