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24 先生の声

これ以上甘えちゃいけない。

迷惑を掛けてはいけない。

だって、忘れちゃいけないんだ。今の生活は一時的なもの。

もう少しして父の仕事が落ち着けば、家政婦を雇うなりしてもらってでも、家に帰るべきなのだ。 わかっている。


先生達の負担を考えれば、すぐにでもそうするべきなのだろう。

それでも、好意に甘えて、しがみついてしまっている。

関わってしまった以上、私のことを見捨てられないのだろう。

先生達は優しいから。

気づかないうちに噛み締めていた唇。

私は見えないけど、先生に私の顔を見られたくなくて俯いた。


「何を考えている?」

「・・いえ、・・・なんでも、ないです」

「そんな顔で、なんでもないなんて言われても信じられないな」

先生の手が肩から下り、私の手に重ねられた。

「・・・自分の中に溜め込むな。思っていることは全部吐き出せ。

どんな些細なことでも良い」


心が、ぎゅうっとなる。

目が、真っ暗しか見えない目が、熱い。

息が、上手く吸えない。

どうして、この人はこんなに、優しくしてくれるんだろう。

これ以上甘えちゃ駄目なのに。

そんなにしてもらう理由なんて何もないのに。


「・・・これ以上、やさしくしないで、ください」

涙を堪えるのに必死で声が震える。


「どうしてだ? 甘えればいい」

先生に握られた手を、震えるもう片方の手で、そっと離した。


「私は、・・子ども、じゃありません。

ずっと、ここにいれないってこともちゃんとわかってます。

だから、だから、・・・ここを出たら、私はまた・・一人なのに、あんまり先生が優しいから、独りに戻るのが怖くなっちゃいます。 だから・・」

離してください、と続けられるはずの言葉は、先生にぐいっと抱き寄せられて遮られる。


「ひとりになんか、させるか」

先生の言葉が耳に直接送られる。

今までにないくらい近い距離で、低い声が脳に響く。


心臓がドクン、と大きく跳ねた。



「お前が好きだ。・・理由は、それで十分だろ?」



先生が落とした言葉は、あまりにも衝撃的で。

今までの人生でこんなに驚いた出来事があっただろうかって思えるくらいだった。

驚きすぎて、思考が停止した私は、しばらくの間 何も言えずに固まっていた。


どうしよう


ようやく動き出した私の頭の中は、その五文字で埋め尽くされた。


どうしよう、何?

今、何て言った? 先生が、私を・・・すき?

聞き間違い? でも、先生の声だった。

でも、そんなわけない。好き、なんて。


「うそ・・」

「俺が言うこと、信じられないか?」

心の声は実際に呟かれていたようで、先生にそう返される。

私は慌てて首を横に振った。

「い、いえ、あの、ち、違います。そうじゃなくて。

先生が信じられないとかそういうのではなくて。

わ、私なんかを好きになる人なんて、いないと思っていたし・・」

「自分を卑下するな」

強い口調で窘められ、少し弛んでいた先生の腕にまた力が込められる。


「お前は可愛い。顔も中身も、全部、なにもかも。

・・食っちまいたいくらい、かわいい」


先生は抱きしめる片腕を解き、呆然となっている私の頭を撫でる。

耳元で囁く声が、どんどんやわらかくなる。


「俺を頼ってくれ。もっと、もっと」

低くて優しい声が、耳元に近づいててくる。


「・・アヤ」

!

息が、止まるかと思った。

返事も、相槌すら返せない私を、またぎゅうっと抱きしめてくれる。

アヤ、と先生は何度も何度も私の名前を呼んだ。

その度に心が震える。


「もう寝ろ。ほら、倒すぞ」

大きな腕に抱きしめられ、そのままゆっくりベッドに寝かされた。

「ゆっくり眠れ。アヤ。怖い夢はもう見ない」

固まってる私の頭を先生の手が何度も撫でてくれる。


先生のさっきの声のひとつひとつが頭の中で繰り返されていて、

心臓は、ありえないくらいドキドキしてるのに、

自分の許容範囲を越えてしまって、うまく頭が働かない。


頭を撫でられる心地よさに包まれて、暗闇の中、目を閉じた。


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