22 テツという人間は
衝撃的な朝の出来事をうまく頭で対処しきれてないうちに、あっという間に一日が終わり、夜になった。
今夜の夕飯は先生の担当で、焼肉丼だった。
焼いたお肉に市販の焼肉のタレをからめてざっくりちぎったレタスと一緒に丼に乗せるというシンプルな男料理。
でも私は、美味しいお肉も、緊張しているせいか味がよく分からなかった。
お風呂でマユさんから何かあったでしょ、と聞かれた。
明らかに朝から挙動不審になっていたので当然だけど。
私一人ではどういていいかわからなかったので相談することにした。
そしたらマユさんは あっけなく答えをくれた。
「そりゃ、一緒に寝るのが一番いいんじゃないのー?
私、この前もそう言ったでしょ」
そんな、と思う。
常識的に考えてマズいんじゃないとか、反対されるのを想像していたのに。
「で、でも、駄目じゃないですか? い、い、一緒に寝るとか・・。
だって、そんな迷惑なこと・・」
「迷惑じゃないでしょ。むしろテツは役得よー?」
役得? 意味が分からない。私と寝て得することなんかなにもないのに。
「でも、先生って、・・あの、お付き合いしてる人とかいないんですか? ご、誤解されたら」
「その心配はいりませーん。私の知ってる限り、テツが自分から誰かに関心を持って関わったのはあなただけよ、綾乃ちゃん」
驚きで何も言えなかった。
「だから私達も驚いているのよ。テツの変わりように。
・・・ねえ、綾乃ちゃん。あなたはテツが怖くない?
テツはあなたにとってどんな人?」
「こ、怖いなんて思ったことないです。先生はいつも優しいから・・・」
私の返事にマユさんはふっと笑ったようだった。
「テツを優しいなんて言えるのはきっとあなただけよー?
テツはね、無口 無愛想 無表情の三無い男なの!
与えられた仕事はちゃんとやるし、腕もいいからリハビリ指導員としての評価はされるけど、 人としては他人に認められにくいわねー。
人に合わせる気ぃなし、自分の意志を貫く、の唯我独尊タイプだし。
他人とのコミュニケーション能力ゼロだし。
そのテツとルームシェアできるような仲になるのに私達がどれだけ苦労したか。
挨拶を交わすのに一年、名前を覚えさせるのにまた一年、飲み会に誘えるようになったのは出会ってから四年経ってからよ?
大学生活の間中アイツの攻略をしてたのよ?」
だんだんエキサイトしてきたマユさんは声のボリュームも大きくなって、
最後の方は興奮気味に捲し立てる。
言い終えると、はあーっと大きく息を吸って、呼吸を整えた。
「つまりね、何が言いたいかというと。
そんなテツが、初めて他人に興味関心を持ったのがあなたなのよ、綾乃ちゃん。
あんな甘々な男だったなんて、正直私達もビックリしまくってるんだけどね。
最初あなたを紹介してもらった時なんて、テツの覆面を被った別人かと思ったくらいよー? 手を握ってたでしょ、あなたの。驚いたわー」
テンションが上がってきたマユさんのおしゃべりは止まらない。
先生が呼ばれている異名の数々も教えてくれた。
「まずは、ヤクザ、殺し屋、テロリスト・・・。
これはサングラスを掛けたとこを見た人が言ってたらしいわー。
あと、マフィアのボス。何人かヤっちゃってそうな雰囲気もってるものねえ。
あとー、笑わないし無表情だから、氷の魔王とか、鉄仮面とか。
実は暴力団の組長でうちの病院を影で仕切ってるって噂も聞いたことあるし。
噂と言えば、小児科に行ったらその場にいた子どもが全員泣いて、それ以来、小児科には立入禁止令が出ているらしい、とか」
すごい。
なんてコメントしていいのかわからない。
「えっと・・・、先生って、そんなに怖い顔なんですか?」
「怖いわねー。十人中十人が怖いって言うと思うわ。とにかく背が高くてガタイがいいの。ムキムキのマッチョじゃないけど喧嘩は強いぞ、みたいな。
それで顔が整ってるから余計にあの無表情が際立って怖いし。
目つきもハンパなく悪いし。眉間にしわ寄せてギロって睨んでくるのよ。
本人は睨んでるつもりないのかもしれないけど。そうとしか見えないのよね。
あの顔の傷とか、とても堅気には見えないし」
「顔に傷があるんですか?」
「右目のとこに、縦にザックリ刀傷みたいなやつがね。すんごく目立つのよ。
海賊か! みたいなねー」
初めて改めて聞く先生の外見を、頭にイメージしてみるけど、なかなか想像がつかない。
「そうね、分かんなかったら、洋画に出てくる全身黒ずくめの悪役のボスとか想像したらいいわよー。ラスボスよ」
マユさんの挙げる俳優さんの名は確かに強面の人ばかり。
それもイケメンな人気俳優。
ますますイメージできなくなって、うーんと唸ると、楽しそうに笑われた。
「まあ、見えてからのお楽しみね。フランケンシュタインみたいな、すごっく怖い顔だって覚悟してれば、いざ、見た時に衝撃を受けないと思うわー」
「はあ・・・わかりました」
「テツがあなたを抱き上げてる姿なんて、下手したら美少女を誘拐している凶悪犯だものね」
どこをツっ込んでいいのかわからなくて、私は苦笑を返した。
「私から見れば、あなたが心配で大事で堪らないって顔してるんだけどね。
ねえ、綾乃ちゃん。テツからのスキンシップは嫌じゃない?
抱きしめるのも抱っこされるのも、本当に嫌で止めて欲しいなら、私から言ってあげるわよ?」
突然そう言われて私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「えっと、・・嫌、ではありません。恥ずかしいですけど。
真っ暗で何も見えない中、先生のあったかい手とか安心させられますし」
ぶんぶんと手を振って否定すると、そっかーと嬉しそうな声で返された。
「よかったわー。私やシンが言ったってテツは絶対聞きっこないもの。
綾乃ちゃんがいいって言ってくれてよかった」
あ、いえ、いいと言ったわけではないし、人目のある所では止めてほしいんですけど、とモソモソ言った私の反論はさらりと流され、マユさんは続けた。
「私ね、今の状況は二人にとって良いものだと思うのよ。
綾乃ちゃんはテツと居ることで危険も不安も取り除かれるでしょー?
くっついてると安心するし。
で、テツは綾乃ちゃんと居ることで、初めて人間らしいまともな感情を持つことができる! ほら、完璧じゃない。
一石二鳥よー! もういっそ付き合っちゃった方がいいのにー」
マユさんはきゃっきゃと楽しそうに笑う。
本気で言っているんだろうか。
先生、随分な言われようだけど・・・。




