20 ぬくもり
沈黙が続くと先生はふうっと軽く息を吐いた。
「俺はそんなに頼りないか?」
「ち、違います! だって、ずっと、一人でやってきたから。
それが当たり前だったから・・・」
がばっと顔を上げてぶんぶん首を振る。
先生が頼りないなんて思うわけがない。こんなに依存してしまっているのに。
ただ、自分一人で何でもやってきたのに、今では先生や誰かがいないと、最低限の生活もできないことが 恥ずかしくて、情けないと思うのだ。
こんなに色々してもらっているのだから、せめて、自分で我慢できることは我慢して、少しでも迷惑掛けないように、と。そう思うのに、そうできない。
ぽん、と先生の大きな手が私の頭に置かれる。
「・・そうか。今までずっと、一人で頑張ってきたんだな」
くしゃくしゃと髪が撫でられ、目の奥がじんわりと熱くなる。
なんで今、そんなことを言うんだろう。労うような優しい言葉を。
ぐっと唇を噛んで堪えた。
なのに。
すっと、唇がなぞられ、頬を暖かなもので包まれる。
いつも頭を撫でる先生の手は、あったかくて、固くて少しゴツゴツしている。
触り方も慎兄ちゃんみたいにそっとじゃなくて、たまに乱暴なほどの力が
こもってる時もある。
なのに、こんなにも安心するのは何故なんだろう。
「泣いてもいい」
「・・・いや、です」
「意地を張るな」
「・・・っ」
「溜め込むと、もっと辛くなる。悲しい時には、泣いた方がいいんだ」
先生の声は私の中にストンと入って、抑えてた涙がぽろりと溢れた。
「やだ。なんで・・・」
止まれ。そう思うのに、ぽろりぽろりと後から後から流れて行く。
両親がいない間、一人でいるのなんて当たり前のことだった。
二人は一生懸命働いているのだから、私が家事を頑張るのも当たり前のこと。
我侭を言って困らせたくない。
いつも二人には笑顔を向けたい。
でも、それでも心の奥に押し込んだ気持ちは、いつもあった。
「言えよ。思ってること全部。ちゃんと聞いてやるから」
先生の言葉は魔法の言葉みたい。
いつも私を素直にしてしまう。
先生の言葉の前では、繕った自分がどこかへ行ってしまう。
「・・・ひとりは、いや。・・・ずっと、・・さみしかった」
自分でも聞き取れないくらいの小さな掠れた声。
なのに、先生はぎゅっと抱きしめて言ってくれた。
「ああ」って。
先生はすごくあったかくて。すごく大きくて、私を丸ごと全部、包んでくれる。
一人じゃないって、全身で感じさせてくれる。
「ありがと、せんせ・・」
ああ、そうだ。
本当は、こうやって、ぬくもりを感じたかった。
一人で過ごす家は、広くて、静かで、さびしかった。
それでも、家族みんなの大事な家だから、きれいに掃除しておきたかったし、ご飯を作ると喜んでくれるのが嬉しかった。
褒めてもらえるのが嬉しかった。
二人の笑顔が嬉しかったから、私も笑っていなくちゃって思ってた。
でも、やっぱり一人で食べるご飯はさみしくて、少しお腹がふくれればすぐに箸を置いてしまう。
・・どうして私はひとりぼっちなの?
他の子は家には家族が居て楽しそうなのに。
私を置いて仕事になんか行かないで。
頭を撫でて、ぎゅって抱きしめて。
いつも、ずっと、もっと、そばにいてよ・・・
私はきっと、ずっとその気持ちを心の奥に押し殺してきたんだ。