19 赤い悪夢
夕食の後、先生と一緒にソファに座ってテレビで洋画を見た。
私は聞くだけなんだけど、先生がところどころ解説をしてくれたので、とても楽しめた。ほのぼのとした素敵なラブストーリーだった。
ラストは日常の一コマで、これからもずっと共にいよう、と恋人同士が笑い合って終わった。
・・・ずっと共に、なんて。
脳裏に浮かぶのは、仲睦まじく寄り添う両親の姿。
あんな二人でも、ずっと共には生きられなかった。
今、こうして背中に触れているぬくもりも、ずっとじゃない。
・・わかっている。
考えないようにしているのは、私の弱さとズルさだ。
これ以上依存してはいけない。
迷惑掛けちゃいけない。
そうだ。もし、先生に恋人とか好きな人がいるなら、私はものすごい迷惑な存在だろう。
一時的な同居だとしても、相手は良くは思わないはずだ。
・・・大丈夫。離れることになっても大丈夫。
もともと、私はずっと一人でなんでもやってきたんだから。
自分に言い聞かせるように、私は立ち上がる。
ずっと座っていたせいで少し足元がよろめいた。すぐに大きな腕に支えられる。
それを反射的に振り払っていた。
「あ・・、だいじょうぶ、です。ごめんなさい」
失礼な態度をとってしまった。
「先生、おやすみなさい」
きっと私は今、すごく情けない顔をしているだろう。
先生から隠れるように顔を伏せたまま、逃げるように自分の部屋に戻った。
ようやく頭に入った部屋の間取り。
ベッドの位置を確かめるように手で触りながら横になる。
知らず、ため息が漏れた。
今日はやたらと眠い気がする。
午前中にリハビリ、午後にカウンセリングを受けてたくさん話したから、肉体的にも精神的にもぐったりだ。
事故の前に比べて体力が大幅に落ちているし、人と話すのは疲れる。
ぐらりと頭が揺れる。
ああ、この感覚は駄目。夢を見てしまう眠りだ。
嫌だ、起きないと。
抗おうとするも虚しく、気持ち悪いほどの波に飲まれて意識が途切れた。
どろりとした、赤に包まれる。
嫌。嫌だ。
逃げても、逃げても、赤一色の景色は変わらない。
走っていた足を止め、自分の手を見つめる。
べっとりと染まった赤色が、どんどん身体中を侵していく。
いやだ。
怖い。怖い!・・怖い!!
「石崎!」
名を呼ばれて意識が浮上する。
ベッドの中で丸く縮こまっていた私は、そのまますっぽりと先生の身体に抱えられていた。
布団も跳ね除けていたようで冷えきっていた私の身体に、先生の熱がじんわりと伝わってくる。
先生は私を抱えたままベッドの上に座り直し、ゼイゼイと呼吸の整わない私の背中を何度も擦ってくれる。
ようやく落ち着くと、上から「ずっとか?」と低い問いかけが降ってきた。
意味が分からず首を傾げると、ぎゅうっと抱きしめられた。
「ずっと、こんな風に一人で堪えてきたのか?」
先生の声はいつも通りのようにも思えるし、どこか怒っているようにも思える。
「どうして、俺を呼ばない? 俺は・・夜は薬で眠れているのだと思っていた。
これでは、すぐ近くにいる意味がない」
非難されているようで、私は頭を下げた。
「ご・・めんなさい」
「謝るな。言ったはずだ。一人で何でも我慢するなと」
「だって・・」
「なんだ?」 責める口調ではなく、ただ問いかけるもの。
そう分かっているのに、言葉がつまって何も言えなくなってしまう。