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18 眠ること

今日、先生は昼前だけの勤務の日。

いつものように私とその他数人のリハビリを済ませ、帰りにパンを買って、一緒に自転車で家に帰る。


昼ご飯に、と買ってくれた今日のパンは、エビと卵のサンドイッチ。

先生の味噌カツサンドとハムチーズクロワッサン、メロンパンとチョコパンも一口食べさせてもらった。

・・と言うか、口を開けろと言われて開けたら、ほら、と突っ込まれた。

口に入れてくれる前に、わざわざその名前を言ってくれるのはいいのだけど、どんどん食べさせてくれるので、すぐにお腹がいっぱいになってしまう。

食べきれないサンドイッチの残りは先生に食べてもらった。


先生とは食べ物の好みが似ていると思う。

先生が口に入れてくれた物にハズレはない。

前、甘い物が好きで辛い物は苦手ですと言ったら、俺もだ、と短く返ってきた。

残しても俺が食べるから好きなだけ食え、といつも言ってくれるから、美味しいものを色々ちょっとずつ食べられるのが楽しい。


・・・いつも買ってもらってばっかりで気が引けるなあと思っていたら、

「食費は総司さんに貰ってるから、心配するな」と。

先生、今、私の心、読みました?

「ほら、もっと食え。これも美味いぞ」

わ、クリーム美味しい。

お。煮リンゴ甘い。ってか、先生、パンいくつ買ったの。






食事も終わって、今はリビングのソファで二人寛いでいる。

先生は読書中、らしい。

私はソファで足を抱えて体育座りをして、背中は先生に預けている。

先生の身体はあったかくて、ふかふかのソファに座るよりもずっと気持ちいい。

この密着した体勢、もちろん最初は驚いたし緊張した。

けど、今ではこれが二人で座る時のお決まりの姿勢。



何でこんな風になったかっていうと。

ある日、私が一人でソファに座っていたら先生が無言で隣に腰を下ろした。

ふかふかソファの座面は大きく沈んで 私は先生の方に倒れこんだ。

慌てて体勢を立て直そうとしたら頭をぐいっと引き寄せられ、寄っかかってろ、と一言。

意味が分からなくて首を傾げると、一人で居るよりこの方が安心するだろ、と言いながら頭を強めに撫で回された。


それ以来、先生の左側が私の定位置になった。




私は傍に置いたプレーヤーの電源を切って、周りの音を聞く。

本のページを捲る音、こほん、と軽い咳払いの音。

小さく鳴る鈴の音、・・・以前余った鈴は先生の携帯に付けられているらしい。

耳を澄ましていないと聞こえない、かすかな先生の息遣い。

私自身の鼓動と、先生の鼓動の音まで聞こえてくるような気がする。

・・・心地いい。ずっとこうしていたい。

こうしている間は、絶対に安全だって、怖いものは何もないんだって思える。

だって、絶対に先生は守ってくれるから。


そう思うと肩の力が抜けて、途端に睡魔が襲ってくる。

ふわあっと吸い込まれるように意識が薄れていく中、そっと何かが私の頬を撫でた。





*****


次の日。二度目のカウンセリングは最近の睡眠状況について聞かれた。

大丈夫です、と一言で済ませたかったけどそうはいかない。

私に睡眠薬が処方されていることは、三人とも知っている。

ベッド横のサイドテーブルには、水の入ったペットボトルと薬が堂々と置かれているのだから。

どうしても眠れない時に、と言われている睡眠薬は、毎日一錠づつ着実になくなっている。

目が見えなくなって日中幻覚に怯えることはなくなったけど、眠ればやっぱり赤い夢を見る。


あの夢で飛び起きて、周りが真っ暗だと、一瞬パニックに陥る。

自分は誰で、ここはどこなのか。わけがわからなくなるのだ。



だから私は自分から寝ようとしない。

ギリギリまで起きていて、薬が効いてパタリと電池が切れたように眠る瞬間を待つのだ。

その眠りはからっぽで、夢も見ない。ただの生命維持のための睡眠。


でも最近、薬に耐性が付いてきたのか、深く眠れる時間が短くなってきている。

薬が効かなくなったら私はどうすればいいのだろうか。



深みに嵌ってしまいそうな思考は取りあえず止めて、カウンセリング中であることを思い出す。マユさんに簡単に現状を告げた。

毎日服用しいていることについては知っていたようだけど、夢を見ないように自分からは寝ないようにしていると言ったら驚いているようだった。


しばらく、うーん、と悩むような唸り声がしたかと思ったら、マユさんの手がパチンと音を鳴らした。

「夜に寝れないならね、お昼寝すればいいのよ。

綾乃ちゃん昨日、ソファでテツを枕にして良く寝てたじゃない」


見られていたらしい。

恥ずかしくて顔が上げられない。

確かに先生の側だと、夢も見ずに安眠できてしまうのだけれど、それを毎回頼めるほど図々しくなれない。


「そ、そんなの、とんでもないです」

慌ててぶんぶんと大きく首を振る。

「えー? いいアイデアなのにー」とマユさんはしばらくブーブー言っていた。

どうやら本気の提案だったらしい。

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