17 カウンセリング
マユさんのカウンセラーを本格的に受けることになった。
病院の四階にある、カウンセリング専用だという部屋に連れてきてもらう。
病院特有の消毒の匂いではなく、アロマを焚いたような香り。
壁も床も真っ白でカーテンも白くて、いかにもそれっぽい部屋なのよーと、マユさんは笑いながら私の手を引いてソファに座らせた。
それにしても同じマンションに暮らしていて、いつもおしゃべりしているのに改めてこんな場所で話す必要があるのだろうか。
そう思い疑問をぶつけてみる。
「カウンセリングはね、その人その人によって聞き方やシチュエーションを変えるのよ。
カフェとかで友達感覚でおしゃべりしながら悩みや愚痴をブチまけれるタイプの子もいれば、表面上の人付き合いしかできない溜め込むタイプの子もいる。
そういう子にはこうやって、ちゃんとした形式を取った方が、普段言えないことも言えたりするのよ」
私が後者タイプだというのはもう分かっているようだ。
「さて。色々と聞いてもいいかしら、綾乃ちゃん。
見えなくなった時のことだけじゃなくて、それ以前の生活とかも。
もちろん、言いたくないこととか嫌なことは、そう言ってくれて構わないわ」
「はい、マユ・・先生」
マユさんはさすがにカウンセラーだと思わせる巧みな話術で、次々と色々な質問をしてきて、私はぽつりぽつりとそれらに答えていった。
まずは家族について。
私の両親は子どもの私から見ても仲のいい夫婦で、共通の趣味が仕事みたいな人達だった。
互いに支え合って働いている両親のことを私は誇りに思っているし、少しでも役に立とうと家事も早くから覚え、こなしてきた。
料理は好きだったので負担だと思ったことはない。
そこまで話して、私は一息ついた。
私の作るシチューが一番好きだと言って笑う母の顔が思い出される。
それを見ながら微笑む父の姿も。
もう二度と見れない光景なんだと思うと悲しくなる。
「目が見えなくなった、きっかけは何だかわかる?」
そう聞かれて、私は、はいと即答した。
「・・・見えなくなって欲しいと、そう、思ったんです」
「どうして?」
「・・こわかった、から、です」
口にすれば、なんて馬鹿げた理由だろうか。
黙ってしまった私の次の言葉を促すように、こくんと一つ頷きを返され、私は口を開いた。
「事故の日から、夢を見るようになりました。
・・真っ赤な、夢です。真っ赤な、血の色」
私は言葉を切り、深く呼吸をした。
「私、事故のこと、何が起きたかよく覚えていなくて。
気づいたら病院のベッドの上でした。
それでも、夢は毎晩、毎晩、続きました。
真っ赤な世界に、一人私は立っていて、どっちに逃げて行っても赤いんです。
そのうち、起きている時でも、急に・・・目の前が真っ赤に染まるような幻覚を、見るようになって・・・」
あの、鮮やかな赤い色を思い出すと、身体がガタガタと震えた。
「・・・突然、自分の手が、ペンキをかけたみたいに赤く染まるんです。
服も。身体中、全部が。
でも、手を洗っても落ちないし、鏡で見ると何も付いてなんかいない。
・・・気が狂いそうでした。
怖くて、怖くて。
もう何も見たくない、と強く願ったんです。
そしたら、プツッと電気を消したみたいに真っ暗になりました」
そっと手が握られた。
「辛かったわね、綾乃ちゃん。話してくれて、ありがとう」
坂口先生とは全然違う柔らかくて暖かい手がそっと撫でてくる。
「・・・これは自業自得なんです。自分からそう望んだんですから。
でも今は、浅はかだったと反省しています。
考えなしにこんなことになってしまって、皆さんにも迷惑掛けて・・・」
「いやあね、そんなの、いいのよー」
マユさんの口調がいつもの間延びしたものに戻り、握っている手にぐっと力が込められる。
「何でも一人でやってきたあなたには、こんな形で他人に依存するのは不本意かもしれないわね。
けど、私達はね、あなたに頼ってもらえるとうれしいのよー?
特に、テツはね」
うふふ、と笑った後、マユさんは、ハグしていい?と聞きながら、ぎゅうっと抱きしめてくれた。 優しい、あったかい抱擁だった。
その後は、マユさんがたわいもないおしゃべりをたくさんしてくれて、楽しく時間が過ぎた。