15 リハビリ
困ったことと言えば、先生は気軽に私を抱き上げて移動する。
本当に恥ずかしいので止めてもらいたいのだけど、片手でひょいっと簡単に持ち上がってしまうチビな自分が悪いのだろうか・・・。
確かに、クラスの中でも背の順は前から三番目だけれども。
リハビリが途中の段階で無理に歩くと足に負担が掛かって良くない、車椅子はエレベーターまで遠回りしないといけないし押して進むのは面倒、と正当っぽい理由を挙げられると、逆らい辛い。
今日も病院の廊下を先生に担がれて運ばれる。コアラみたいに。
「・・あ、あの、人目が気になりませんか? 先生。
小さい赤ちゃんならともかく、私みたいな大きな子を抱っこしてる人、誰もいないでしょう?」
「問題ない。ここは病院だからな。
俺は白衣だし、足が悪い患者だと思うくらいだろ。
それに俺は、人に見られることは慣れてる。視線は全く気にならない」
私の悪あがきのような反論はバッサリ切り捨てられた。
人に見られることに慣れてる、とかはよく意味がわからないけど。
全く気にならないらしい。
そうですか・・・。
リハビリは週に二回。
先生が午前中だけの勤務の日に合わせて、私のリハビリのスケジュールも組まれている。先生は土日も出勤する代わりに週に何回か半日で上がれるそうだ。
ここのマンションは病院に近いので、三人とも基本的に自転車で通っている。
何か大きな荷物がある時や遠出の時は慎兄ちゃんの所有する車を借りるらしい。
小さな座布団を置いてもらった荷台に跨って先生の広い背中にしがみつく私は、大木にしがみつく小猿の様だろう。
初めて乗せてもらった時は、目を瞑ってジェットコースターに乗っているようでかなり怖かったけど、先生の背中が逞しくて暖かいから、帰り道にはもう慣れて怖いと思わずに済んだ。もともと絶叫系は好きだし。
先生は「揺れるぞ」とか「段差だ」「坂道だ」って毎回実況してくれるから、安心して乗れる。
落ちないようにぎゅうっとしがみ付いているのは変わらないけど。
リハビリが終わると私は、広いリハビリトレーニングルームの奥にあるソファに座って、音楽を聞きながら先生が終わるまで待っている。
簡単な間仕切がしてあるので他の患者からは見えない場所。
時折聞こえる先生の指導をする声と、鈴の音を聞きながら目を瞑る。
眠るわけじゃないけど、長い時間座っている時、どこを見てたらいいのか分からないからそうしている。
お昼過ぎ、先生とまた自転車でマンションに帰る途中で、パン屋で昼食を買っていく。先生の知り合いの人がやってるパン屋で、ドアから入らずに窓をコンコン叩いて店の人を呼び付けて直接買う。
自転車から降りることすらしないので驚いた。
パン屋の店長はよくしゃべる社交的な人で、先生とは幼馴染なんだそうだ。
折原 健人と名乗ったその人が九割方しゃべって、先生が一言二言相槌をうつ。昔からそれで会話は成り立っているのだと彼は言って笑う。
「いやあ、テツにこんな可愛い天使が舞い降りてくるなんてね〜。
本当に、世の中不思議なことがあるもんだねえ」
「ケン、早く寄越せ。いくらだ?」
「まったくさあ、こんなに愛想のいいイケメンのオレが寂しい独り身なのにさあ、可愛い彼女を見せびらかすようにニケツして来るなんてね〜。
マジでズルいよね。オレだって彼女が欲しいっ!」
「あと五秒で渡さなかったら、二度と来んぞ」
「うっわ、ハイハイハイハイ。どうぞ、どうぞ。お会計は飲み物も合わせまして千円です。小銭はまけといてやるし。三個、サービスで入れておいたから。
あ、可愛いコだし、今月新商品の焼き菓子も付けちゃおっと」
「ん。じゃ、またな」
悪い人ではないのだけれど、パンを買いに行く度に、私を見て可愛い可愛いと大声で騒ぐから、あの人は苦手なタイプの人間だと私の中で認識された。
サンドイッチをはじめ、パンはどれも絶品だけど。