14 父と私
ここに同居させてもらって、三日が過ぎた。
最初言っていたように、先生達の勤務時間はバラバラで、三人のうち誰かは家にいてくれている。たまにみんないなくなる時でも二、三時間くらい。
困ったことがあれば何でも言ってと皆言ってくれるけど、困るどころか、むしろ、至れり尽くせりにしてもらって申し訳ない。
いつか恩返しをしようと思っているのだけど、もしずっとこのままだったら恩返しどころか迷惑を掛けっぱなしになってしまう。
たかが三日、されど三日。
この三日間で私がやらかした失敗は数え切れないほどだ。
本当に恥ずかしい。
まずは物につまづいて転けた。
これは慎兄ちゃんが片付け忘れた物だったらしくて、先生が慎兄ちゃんを叱り飛ばしていた。
あと、お風呂でマユさんと長い時間おしゃべりしたらのぼせてしまい、出てからふらっとしたところを先生に支えてもらった。
長湯させるな、とやっぱりマユさんが怒られてしまった。
慎重に歩いているつもりなんだけど、間取りが頭に入っていないせいか、ドアや壁にもよくぶつかる。
そして、見ていたわけじゃないはずなのに先生に気づかれる。
何でも私の肌が白いから打ったところはすぐ赤くなって分かる・・らしい。
他にも、携帯をベッドの下に落としてしまったり、服を前後ろ逆に着ていたり、コップの水を溢してしまったり、手を滑らして食器を割ってしまったり。
失敗を思い返すだけでも情けなくて、皆さんに申し訳なくて、自分が嫌になる。
本当に、穴があったら入りたい、と切実に思う。
*****
父は病院にいた時と同じように一日に一回はここを訪れる。
朝ご飯の後だったり夕飯の後だったりその日によって時間はバラバラだけど、先生か慎兄ちゃんがいる時、ケーキやお菓子のおみやげを持ってやって来る。
どうやら私の知らないところで連絡を取り合っているらしくて、慎兄ちゃんはともかく、先生と父はとても親しくなったようだ。
今日は何時に来るとか今大きなプロジェクトを任されていて相当忙しいらしいとか、先生から父の現況を聞くことも多い。
「綾乃、会いたかったよー。今日はリハビリに行ってきたんだってね。
辛くないかい?」
父は毎日、来た途端にぎゅうっと抱きしめてくれる。
怪我をする前はこんな触れ合うことがなかったから、照れくさいけどとても嬉しい。
父のスーツの匂いも無条件で安心させてくれる。
「リハビリは順調だよ。あのね、お父さん。ここでの生活、とても楽しいの。
先生たちには迷惑掛けちゃって申し訳ないんだけど」
「そうか。そんな綾乃の笑顔が見れただけでも、感謝しないとね」
笑顔・・私は今、上手く、笑えてたんだろうか。
父に会うときは特に意識して微笑んでいるけど、自分がどんな表情をしているのかわからない。
ぎこちなくはないだろうか。
「お父さんも、ちゃんと身体休めてる? お仕事、頑張りすぎちゃダメだよ?」
「ああ、ありがとう。今日も帰ったらすぐ寝るよ」
その言葉に、自宅でもパソコンを広げて仕事をする父の姿を思い出す。
あの時も、もう終わるもう寝るよ、と言っていたけど、深夜にトイレに起きたとき、リビングの電気は付いていた。
次の朝、 眠そうな父を見て、母はスケジュールを調節したから今日は昼前は寝なさい、と寝室に押し込んでいた。
父はいつも、私に疲れた顔は見せない。
大丈夫だよ、平気だよ、と笑う。
きっと私に心配を掛けまいとしているのだろう。
父は私を可愛がってくれるし、私も父が好きで、私達は昔から仲のいい親子だけど、会話はいつも当たり障りの無いことばかりだった。
いつも忙しいお父さんと過ごす貴重な時間に、悩みとか、ネガティブな話題を出すのは嫌だったし、楽しいことを話して喜んでもらいたかったから。
きっと、 そういうところは、私と父はよく似ているのだろう。
母にだけは仕事の愚痴も体調の悪さも全部、素直に曝け出していた父。
母がいなくなってしまった今、誰か父を支えてくれる人は側にいるんだろうか。