13 親鳥と雛
「あのっ、私、料理は得意なんです。昔からやっていて。それで・・」
上がったテンションのまま何も考えずに口を開き、自分の言った内容の愚かさにハっと気づいて言葉を詰まらせた。
何を言っているんだろう、私。
料理なんて、できるわけない。見えないのに。
「あ、ご、ごめんなさ・・」
「いずれは、作ってもらう」
すっかり意気消沈した私の頭に、ぽん、と乗せられた手。
馬鹿にするでも笑うでもない、淡々とした、 低い声。
「スープも冷める前に飲め」
そう言って、手からフォークが取られて代わりにスプーンが持たされる。
いつの間にか目の前のお皿もスープに変わっていた。
私はありがとうございます、と先生に言ってから慎重に掬って口に運んだ。
「美味しい・・です」
「そう? よかった。たくさん食べてね」
慎兄ちゃんの声。
私は機械的に、具沢山のスープを掬っては口に入れ、掬っては口に入れる。
「シン、スープおかわりしていい? 私これすっごい好きなのよねー」
明るいマユさんの声、ハイハイと苦笑する慎兄ちゃんの声。
椅子を引き席を立つ音。
・・・音ばかりの世界。
色が無い食卓は食欲が減ると聞いたことがある。
だから料理は盛りつけや色彩が大事だって。
では、見えない食卓にはなんの意味があるのか。
そんなことを考え始めると、美味しいと思っていた今食べていた物も、途端に何だったのか分からなくなる。
だって、何を食べたのか、見えてない。
知らないうちにスプーンを持つ手が止まってしまう。
「石崎」
名を呼ばれてギクリとした。
「今、スプーンに乗っているのはジャガイモとニンジンだ。ちゃんとイメージしながら食え。何を食べてるか分からないのは味気ないだろ」
私の思考を見透かす様な言葉に驚き、思わず先生の声がした方に視線を上げる。
「お前はもっと食え。軽すぎる。ほら、口、開けろ。肉を食え、肉を」
言われたとおりに口を開けると、ちょっと大きめの肉が押し込まれて、口がいっぱいになった。
もぐもぐと咀嚼してごくんと飲み込めば、付いてるぞ、と口の端を布らしきもので拭われた。 小さな子どもにするような対応だ。
「もう、テツったら、甲斐甲斐しく雛の世話をする親鳥みたいねえ」
「テツにも人間らしい感情があったんだな。驚きだよ」
しかもバッチリ見られていたようで、マユさんと慎兄ちゃんが楽しそうに茶化してくる。
私は未だかつて無いほどの羞恥を覚え、顔がカーっと熱くなった。
慌てて俯いて両手で両頬を被って隠す。無駄だろうけど。
「さて、綾乃ちゃん、ご飯が終わったらちょっと早いけどお風呂にしましょ。
今日は私、夜勤だから」
「は、はいっ」
マユさんがそう言ってくれて、助かった、とばかりに私は勢いよく立ち上がる。
こんな恥ずかしい顔はこれ以上見られたくない。
「なんだ、もう食わないのか?」
「あ、はい。お腹がいっぱいで・・。あっ、ど、どのくらい残ってますか?
すみません」
チキンは完食したように思うけどスープがまだ残っている気がする。
「まあ、残りは食っといてやる。明日は全部食えよ」
「はい。あ、ありがとうございます。ごちそうさまでした。
あの、食器を・・」
「気にするな」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、お風呂の用意をするために部屋に向かう。急いで。
「走るな、コケる。マユ、手を引いていけ」
駆け出す前にぴしゃりと止められた。
・・・先生は私の心が読めるんだろうか。
だったら恥ずかしいまでの子ども扱いは止めてほしいのだけれど。
もちろん本人にはそんなこと、言えそうにもない。
だってきっと、先生は何とも思っていない。
抱き上げて移動するのも、手を繋ぐのも、頭を撫でるのも、あーんして食事を食べさせたり口を拭いたりするのも。
あれらは全部、手の掛かる子どもにするお世話と一緒だ。
改めて思い返すと、父以外の男性とここまで接触したのは初めての経験だ。
先生の手があまりにも自然に触れてくれるから、あまり意識することが無かったのだけれど。
よく考えたらこれって相当恥ずかしいことだ。
一刻も早くこの生活に慣れて、あまり手を患わせないようにしよう、と
私は決意した。