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11 抱っこ

「どうした? 手が強張っているぞ」

知らずに緊張が手に表れていたのか、力のこもった私の手を先生が揉みほぐしてくれる。 リハビリのマッサージみたいで気持ちいい。


「あの。今更ですけど、・・私、本当にお世話になってしまっていいんですか?

やっぱり・・」

「俺から誘ったんだ。うちに来いと。あれこれ遠慮するな。言ってるだろ。

素直に甘えておけ」


強い口調で言われた先生の言葉に、私はただ「はい」と返す。


私はズルい。 やっぱり、に続く言葉なんて何も考えていないのに。

他に行く場所なんてどこにもないのに。

ただ、もう一度肯定して欲しかっただけ。

先生の言葉が聞きたかっただけなんだ。


「シンとマユもすっかりその気なんだからな。今更、止めるって言ったって聞かないだろ。さ、そろそろ 俺達も行くぞ」

「あ、はい。あの、私の靴・・・きゃあっ」

突然、ふわっと身体が浮かび上がり、思わず目の前のものにしがみついた。

へ? もしかして、もしかしてこの体勢って?


「あ、あの! お、お、降ろして、くださいっ」

「なんでだ? 歩けないだろ、お前」

もちろん先生は私のリハビリの進み具合を把握していて、まだ一人で歩けないことも分かっているのだけれど!


けれど、こんな風に抱っこされて病院の中を歩いて行くなんて有り得ない。

私の慌てっぷりを気にもせず歩き始めた先生に、声を大きくして訴える。


「せ、先生! く、車椅子とかあるでしょう? 私、重いですし」

「重いワケないだろ、お前ぐらいの軽さなら三人くらいならいけるぞ。

車椅子なんてメンドくさい。 エレベーターなかなか来ないしな。

三階くらい、階段のが早い」

「で、でもっ」

私の反論はあっけなく無視された。


ガラリと病室のドアを開けて、先生はズンズン進んでいく。

親に抱っこされる小さな子どものように、ほぼ片腕で縦抱っこされた私は、隠れるように先生の肩に顔を埋めた。

恥ずかしさで、きっと顔は真っ赤になっているだろう。


「あ、あの、先生。誰にも見られてませんよね? 

まだ朝早いし、階段使う人は少ないし・・」

「・・・・・・そうだな」

不自然に間の開いた返事は聞かなかったことにした。





*****


病院を出ると車で私の家に行き、服など必要な物を持ち出した。

と言っても私は見えないので、マユさんが鞄につめてくれた。

簡単に着られる部屋着と下着。それだけあればじゅうぶん。

母に選んでもらったよそ行きの服も、父が買ってくれた可愛い雑貨も、今の私には必要ない物。


先生は、またいつでも取りに来ればいい、とだけ言った。


学校にも当分の間は行けないから制服も置いていく。

教科書やノートも今の私には意味がない。


車での移動時間は長くも感じたし、短くも感じた。

真っ暗なので不安はあったが、マユさんや慎兄ちゃんは色々おしゃべりしてくれたし、黙ったまま隣に座っている先生がずっと私の手を握ってくれていて、ひどく安心した。


車を降りると問答無用で抱き上げられ、私は大人しく先生の首に腕を回して掴まった。

部屋は二階だよと慎兄ちゃんの声がして、とんとんと階段を登る振動が伝わる。




がちゃりと鍵を開ける音、ドアを開く音、そして靴の音。

「今日から、ここがお前の家だ」

そっけない先生の言葉は、何よりも私の心をあったかくした。


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