1 見えない目
新連載です。
よろしくお願いします!
人の心と身体は密接な関係を持つ。
病は気から、という言葉があるように、精神的な疾患が肉体に影響を及ぼす事例は多くみられる。
『精神疾患』というと気が狂っているような酷い印象を受けるが、それは間違った認識だ。
人前で上手く話せなかったり、緊張して手が震ったり、そういった誰にでもあるような症状も、精神障害の一つ。
日常でみられる不眠症や潔癖性、うつなどもそうだと言える。
事故や事件の後に見られる記憶障害や外傷後ストレス障害などもそうだ。
ストレスなど精神的なものが原因で、自分で意図していないのに身体が勝手に症状を起こしてしまうようなことを広く、精神障害と呼ぶ。
これは特別なことではなく、誰にでも起こりうること。
精神というのは、つまり人の心。
心が傷つくことを恐れて、体が過剰に反応しているのかもしれない。
心を守るための自己防衛本能なのだ。
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朝、私は自分でセットした目覚まし時計のアラームで起きる。
病院の起床時間より一時間以上前に起きるようにしているのは、看護師さんが回ってくるまでに身支度を全部整えなければいけないから。
低血圧な私は、起きてからしばらくぼうっとしてしまって頭が上手く働かない。
行動もトロくなる。だから余計に時間がいる。
・・・目が見えなくなってから一週間が経っていた。
まだ、誰にも気づかれてはいない。
父にさえ。
事故で大怪我をしてこの病院に運び込まれてから、もう何日が経つのか。
記憶はところどころ飛んでいて、あやふやだ。
傷の処置は一通り終わり、後はリハビリをして、時間が経てば治ると言われた。
私の目は、三日ほど前、『見る』という機能をストップさせた。
精神的に追い詰められていた。
最初は夢。悪夢を見るようになったのが始まり。
次第に、起きているときでさえ幻覚を見るようになった。
それは、私を恐怖のどん底に落とした。怖くて怖くて、一人で震えてた。
もう何も見たくない・・っ!
そう心の中で何度目か叫んだ時、
まるでテレビのスイッチを切るかのように、ぷっつりと視界が暗転した。
目を閉じても開いても同じ。見えるのは暗闇だけ。
突然のことに驚いたけど、慌てることはなかった。
真っ暗になった世界で、私は安堵した。
ああ、もうこれで、大丈夫。
もう、こわいものは見なくていい、って。
目が見えなくなってから眼球の検査をしたけど、視力に問題はないと言われた。
おそらく、これは精神的なもの。
ショックを受けた人が話せなくなったという内容の本を読んだことがある。
アレと同じかなと思う。
まだ痛みを感じる体をゆっくりゆっくり動かして朝の準備を始める。
まず一番大変なのは、怪我をしている片足を浮かせて、手を壁に這わせながら洗面台に行くこと。
顔を洗って歯を磨くだけでも、今では大仕事のように感じる。
身長に壁を伝ってベッドに戻り、髪をとく。
ベッドサイドのテーブルに置いた眼鏡をかけて、朝の身支度は終わり。
ペットボトルの水を一口飲んで喉を潤し、一息ついた。
イヤホンを耳に付けて、再生ボタンを押す。
流れてくるのは、お気に入りの曲。
ふう、と一息ついた。
だいじょうぶ。私は大丈夫。
目が見えないのは不便ではあるけど、自ら望んだこと。
文句をいってはいけない、と思う。
むしろ精神的にも落ち着いて、周りの人に笑顔で言葉を返せるようになったので、看護師さんや先生に喜ばれた。
父なんか、久しぶりに笑顔が見れたお祝いにケーキでも買ってこようかってご機嫌だった。
・・父には本当に、心配ばかり掛けたから、ほっとしている。
これでよかったんだ。
自分にそう言い聞かせる。
見えない目をパチパチと瞬きさせ、そっとまぶたを伏せた。
ほら、こうすれば、見えていたって見えなくたってなにも変わらない。