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布団が吹っ飛んだ2

作者: れいん

布団が、吹っ飛んだ。


それを知覚するのに、しばらく要した。


「くッ……!!」

あばらの二、三本といったところだろうか。

俺はゆっくりと立ち上がる。

口の中に溢れた鉄臭い液体を地面に吐く。


俺はまたしてもハメられたようだ。

俺は自嘲気味に小さく嗤う。

だがこれは、まだ最初の罠。

ヤツがこんな程度で終わらせるはずがない。


俺は姿勢を低くして、辺りを警戒した。

目を凝らすと、木陰や草陰にあらゆるトラップが仕掛けられていた。

「笑わせてくれるぜ、全く……」

俺は小さく呟く。

その上で俺は、その見え透いたトラップが本命ではないことを本能的に察知した。

トラップの数は五つ。どれも目を凝らせば簡単に気付ける分かりやすい位置だ。

本当の"殺戮"のために、こんな見え透いた方法は使わない。


この空間ロケーションに、そしてこの配置ーーーー。

状況から見出だせる、一つの解答。

おびき寄せるためのその位置はーーーー!

「そこだ!!!」

ダンッ、ダンッ、ダンッ!!!

50口径から放たれるマグナム弾は、力強い音を響かせながら、いとも容易く"それ"を貫く。


ドーーーーン!!!バキバキバキッ!!!


ーーーー刹那、凄まじい爆音を立てて、布団が吹っ飛んだ。

辺りの木が大きな音を立てて一斉に倒れる。

地面が抉られ、その肌が露出してしまう。

凄まじい威力だ。

これが、ヤツの力ーーーー。

俺は思わず身じろぎしてしまう。


クックックッ……


どこかから、声が聞こえた。

ーーーーヤツはこの状況を、愉しんでいるのか?


そうだ。最初からヤツは、俺を試すために、俺をこの戦場フィールドへと立たせたのだろう。


ならば。

俺は銃を構え直す。

貴様の幻想など、全て打ち砕くのみだーーーー!!!!

俺は、走り出した。


ダンッ、ダンッ、カチャリ。ダンッ、ダンッ、ダンッ。


俺は全てのトラップの位置を予測し、それらを悉く破壊しながら最善のルートを走り抜ける。

最初のトラップの傷による痛覚は、完全に遮断していた。

幾千もの戦場を走り抜けた俺に、この手のトラップなどもはや他愛ないままごとに過ぎなかった。


撃つ。走る。撃つ。避ける。そしてまた走る。


俺は確実に、ヤツの居場所へと近付いていた。

トラップの数は進めば進むほど増す。

それを一つ一つ排除し、そしてまた進む。


俺はもう何事にも屈しない。


ーーーーそう、あの時のように。


瞬間、忘れかけていた記憶がフラッシュバックする。


俺は一人、泣いていた。

父と母を失った、あの日ーーーー。


それは、不幸な事故だった。

突然、彼らの布団が吹っ飛んだ。

あの時の俺は何もできずに、指を咥えてそれを見ていることしかできなかった。


ふと、俺は我に帰る。

もう、ずいぶんと昔の話だった。

俺は静かに心を落ち着ける。

ここは戦場だ。

それは、感情の介在を許さない、神聖な空間。

昔の記憶などもう、必要ない。

俺はそれを再び記憶の底へと封印し、俺は再び、ヤツの元へと走り出したーーーー。


「遅かったな」

ヤツはニヤリとほくそ笑みながら言った。

「なに、貴様のオモチャがあまりにチープでさんざん笑わされたところだよ」

俺は表情ひとつ変えずに、言い放つ。

「フンッ、余裕ぶっていられるのも今のうちだ」

「それはどうかな」

俺はゆっくりと銃口をヤツへと向けた。


次の瞬間、周囲で無数の布団が吹っ飛んだ。


闘いの口火は切られた。

俺は横跳びに爆風を避けると、照準をしっかりと定め、引きトリガーを引く。

「ヒャッハアアアア!!!!」

ヤツは甲高く叫びながら、布団を吹っ飛ばしながら難なくそれを防ぐ。


俺は地に足を付くと、一瞬でヤツとの距離を縮める。

ヤツの武器は、布団。近距離下では、範囲攻撃を得意とするヤツは不利となる。

しかしヤツも、後方に逃げながらいくつもの布団を繰り出して、吹っ飛ばす。

ダンッ、ダンッ、ダンッ。

俺はそれを次々と撃ち落とし、爆風を避けながら前へと進む。

次々と撃っては、弾倉を投げ捨て、新しい弾を装填する。

一連の動作が、身体に馴染んでいた。


ヤツは無数の布団を駆使してなんとか俺を阻もうとするが、距離は確実に少しずつ狭まっていた。

「ちぃッ!!!」

今はこちらが優勢。

こちらの猛攻に対してヤツは防御することしかできない。

俺はヤツの魂を狩るために、一心不乱に駆け抜ける。


しかし、一瞬にして状況は裏返る。

ヤツの口元がニヤリと嗤う。

それを視界に捉えた次の瞬間には、もう遅かった。

ヤツは、ずっとタイミングを見計らっていたのだ。

俺を目標の地点ポイントへと誘い出す、その時を。


気付けば、周囲は無数の布団に囲まれていた。


…………


最後の最後で、俺は出し抜かれたのかーーーー。

俺は、虚無の空間にいた。

自分以外には何者もいない、何もない、虚無の世界。


ふと、またあの時の光景が甦る。

厳しかったけれど、いつも堂々とした態度で、憧れの存在だった、父。

そして、どんな時も、その優しい愛で俺を抱き締めてくれた、母。


父さん、母さん……。

俺は……。


記憶はノイズと共に乱れ、新しい景色が現れる。

「お前は、一人で生きる術を身に付けなくてはならない」

ーーーーお前は、誰だ。

「お前は、何事にも屈してはならない」

ーーーーお前は、誰だ。

「お前は、強くならなければならない」

そうだ、お前はーーーー。

お前は、僕だ。

あの時の、僕だ。


全てを失ったあの日ーーーー。

俺は、誓ったんだ。

何事にも屈しない"強さ"を、手に入れるのだと。

そのために、俺はーーーー。

そうだ、俺は。

こんなところでは、終われないッ!!!!!


ハッと我に帰ると、眼前には無数の布団が迫っていた。

生き残ることは、可能か?


……俺ならば、

俺ならば、可能だ!!!!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


俺は雄叫びを上げながら、銃を乱射する。

ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!!!!!

錆び付いたリボルバーが滑るように回転して、一発、また一発と重い一撃が繰り出されて行く。

装弾数は五発。

流れるような滑らかな動作で、新たな弾を装填する。

撃って、撃って、撃って、

俺はただひたすらに引き金を引いた。


ーーーー布団が吹っ飛ぶ。


ーーー 一斉にそれが、襲ってくる。


ーーーーしかし不思議にも、迷いは一切なかった。


俺は高く跳び、なおも引き金を引き続ける。


俺は背中に翼でも生えたかのように、宙を舞っていた。


全ての光景がスローに見える。


ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、


重い銃声だけが低く響いて聞こえる。


目の前に迫る布団の数々を、流れるような発砲でやり過ごす。


着地した時には、全ては終わっていた。


圧倒的な勢いを持った布団は全て吹っ飛び、その衝撃で辺りには一陣の風が吹き抜けた。


「ば、馬鹿な……」

ヤツは膝から崩れ落ち、倒れた。

「貴様の、敗けだ」

俺は新たな弾を装填するために腰に手をやるが、そこには何も残ってはいない。

どうやら全ての弾倉を使い切ってしまったらしい。


フッ、と小さく笑うと、俺は愛用の銃を投げ捨てる。


ーーーーそして、その右手を高々と突き上げる。


ヤツは目を見開きながら、それを見ていた。


刹那。


パチンーーーー


その指が快活に弾かれた時には、全ては終わっていた。


ーーーー布団が吹っ飛んだ。


激しい轟音とともに、ヤツの身体は一瞬にしてバラバラになり、やがて視界から消え去った。


俺は静かに一息つくと、踵を返し、もと来た道をゆっくりと歩き始める。


不思議と、温かな充足感が、俺を満たしていた。


俺の闘いは、まだまだ終わらない。


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