5話 勧誘
部屋にピリピリとした張りつめた空気が流れている。空気の発生どころは、見つめあっている俺と初春さん。なんとなく居心地が悪いので早めに目を反らしたいのだが、初春さんの視線に囚われて思うようにいかない。
すると俺と初春さんの真ん中――ソファーとソファーの間のテーブルに、救世主が降ってきた。救世主の名前は「早い・安い・美味しい! デリシャスピザ メニュー一覧」。表紙のスタンダードなミックスピザの写真が食欲を誘う。ってなんでピザ!?
「瑠奈さん、これは一体何のアピールですの? 私は今、とても重要な話をしていますのよ?」
初春さんが咎めるような声を犯人に向ける。メニュー表を降らせたのは紅さんだった。そういえば、所々相槌を挟んでいた森園さんとは違って、紅さんは終始だんまりだったな。右手に持っているスマホで暇つぶしをしていたようだ。
「んー、なんか男女が熱く見つめあってたから? こう、邪魔したい本能がうずうずと。あとお腹すいたんでピザ取ろうと思うんですけど、何食べたいですかー?」
思わずブフッとむせてしまった。口の中に何も入っていなくて本当によかった。紅さんは俺の反応をニヤニヤといじめっ子のような顔で眺めている。おのれ、確信犯か……!!
初春さんは意味が分からないといった表情で首を傾げていたが、俺と紅さんの態度で何かを悟ったらしい。人形のように白く綺麗な顔が熱を持ち、だんだんと赤く染まっていく。何かを紅さんに言おうとしているが、言葉が見つからずに口をぱくぱくさせている。
「もう、瑠奈。禊さんをからかっちゃ駄目よ。この人そういうのに全く耐性ないんだから!」
「そ、そ、そうですわ瑠奈さん! 中学校は女子校だった私の純情さを舐めないでください!! 瀬尾君にも失礼ですよ!!」
初春さん、動揺しすぎである。涙目になりながら森園さんにしがみつき、此方をプルプルと睨んでいる。森園さんは小動物のような初春さんを受け入れ、よしよしと頭を撫でて落ち着かせている。
美少女2人のこの光景、俺が何か新しい扉を開きかけるほどの破壊力を持ったものだった。
「瀬尾君、禊さんに対して変なこと思っちゃ駄目よ?」
「(ギクリ)い、いや。俺は別に……」
と言いかけたところで、ああ、そういえば森園さんは相手が考えていることがわかるんだったな、と思い出す。森園さんがニコリと微笑む。
「瀬・尾・君?」
「はい、すみませんでした」
潔く頭を下げると、それ以上の追撃はなかった。因みに、そもそもの元凶である紅さんは、飽きたのか我関せずといった様子でピザを注文していた……。
とりあえず母親に、「今日のお昼ご飯は外で食べるのでいりません」とメールを送っておく。
✝ ✝ ✝
「では、栄養補給も終わったことですし。話の続きに戻りますわ」
ピザを食べている間に平常心を取り戻した初春さんは、再び俺と見つめ合う態勢になった。今度は余計な茶々も入らない。
「先ほどは貴方の魔力量の多さについて説明をいたしましたね。その原因についてはひとまず置いておくとします。まあ、おそらく前世辺りで私たちのようなモノと関わりでもあったのでしょう」
置いておいていいのか。正直俺が滅茶苦茶気になることなんだが……。
「貴方のその魔力量を見込んでお願いがありますわ。よろしければ、私たちの仲間になっていただけませんか?」
どうやらこれが本題だったようだ。同じ部屋にいる3人の目が、俺に集中するのを感じる。健斗なら美少女の皆さんにお願いされればホイホイ頷きそうだが、俺はそうはいかない。物騒な言葉も聞いたし、体験もした。慎重になるのは当然だ。
「……仲間っていうのは、何の仲間なんですか? 前に森園さんは互助組織って言ってましたけど」
「そのままの意味ですわ。このご時世、魔法という存在はもはや創作のなかだけのものと認知されています。しかし、それでは貴重な才能が枯れていくばかり。魔法という存在が本当に絶滅してしまいますの。
ですから、話が分かる方で集まってコミュニティを形成し、共に高めあい、貴重な才能を伸ばしていこう、という趣旨ですわ」
「じゃあ、さっきチラッと言っていた『敵』というのは?」
「同じ魔法の使い手でも、時には思想が対立してしまいますわ。中には自分の仲間以外を全て滅し、魔法を独占しようと考える者までいます。本当に悲しいことですが、私たちは自分たちの身を、魔法を、守らなければなりません」
「というか、俺そもそも魔法使いじゃないんですけど……」
「その点は心配ご無用ですわ。私たち3人が懇切丁寧に指導いたします。貴方の魔力量なら、私たちをきっとあっという間に超えるでしょうね」
こんな素晴らしい才能を持つ方とは初めて出会いましたわ、と興奮した様子で俺を勧誘する初春さん。でもなんだ? 先ほどから変な感じがする。言葉には出来ないような、もやっとした感覚。
違和感に首をかしげていると、森園さんが此方に寄ってきて、俺の両手を自分の両手で横から挟んだ。
「最近は物騒な人も増えたし、私たちは女だけだからどうしても不安なの。ね、駄目……?」
「アンタが入ってくれれば、大きな戦力になるからな。っつーか、その才能はマジで半端ないレベルなんだよ?」
森園さんに続き紅さんまで寄ってきて、俺の背中をペシペシと叩いた。初春さんはお願いします! と俺に頭まで下げている。
美少女3人に囲まれる俺の図、完成。ゲームの中でよくある、全国の男共の憧れの図。でもなんだ? 全然嬉しくない。
そう思ってはっとした。いやいや、そんなはずはない。実際に森園さんに握られた俺の手は緊張で汗ばんできてしまっているし、顔も多分緩んでいる。男としては天国のような状況だ。
なのに、だ。なぜか嬉しくない。嬉しいのに嬉しくない。
「瀬尾君……?」
初春さんが不思議そうな顔で覗き込んできた。彼女の両目に俺の姿が映っているのがわかるほど、俺と初春さんの距離がぐっと近づく。彼女の大きな瞳がパチリと瞬きをする。
「ごめんなさい。やっぱいきなり言われてもよくわかんないし、断らせていただきます。せっかくですけど……。あ、ピザご馳走さまでした」
俺の口からこぼれ出たのは、断りの言葉だった。初春さんの目に見とれている間に、俺の口は勝手に言葉を紡いでしまった。自分の無意識の発言に気付き慌てるが、一度口から出てしまった言葉を無かったことにすることはできない。
断られた3人は戸惑った表情を浮かべて顔を見合わせた。「まあ、無理強いはできませんよね」と名残惜しそうな表情を浮かべ、すごすごと引き下がり俺から離れていく。3人の悲しげな様子に激しい罪悪感を覚えたが、何故か先ほどの発言を翻そうという気にはならなかった。
話を断った以上、ここにいても仕方がない。俺は脇に置いていた鞄を掴み、3人に向けて深い会釈をした。女性を悲しませるのは男失格のような気がして、なんともきまりが悪いな……。
会釈を終えて、入ってきたドアに向かって歩き出そうとしたとき。
「って、おわっ!?」
急に足から力が抜けて、床に派手にドサリと倒れこんでしまった。昔クラスで流行った膝かっくんを思い出す。どんくさいやつは派手に椅子巻き込んで倒れ、先生がとんできて皆怒られたりしたっけ。
だが、今の俺の目の前にいるのは美少女だ。クラスメイトのむさくるしい男子共じゃない。俺が断ったから持ち主を陥れたのかこの足……!!恐るべき本能。
と悠長に恥ずかしがっている暇は無かった。
パン、と乾いた音が響く。丁度俺が立っていた場所の真後ろの窓。その窓ガラスがパリィンと軽い音を立てて割れて、庭の芝生へ降りかかる。
最初、誰かのイタズラかと思った。しかし、外から何かがぶつかったのならばガラスの破片は室内に飛び散るはずだ。
恐る恐る、視線を前方へ――3人が立っている方へと向けた。
3人は俺が転ぶ前と同じ姿勢で、同じ場所に立っていた。だが3人と俺の間に、煙の独特な臭いを発生させる銃が羽をはやしてふわふわと浮いていた。
いやもっと正確に言うならば、銃の近くの宙にパタパタと動く羽が浮かんでいた。羽が動くたびに、銃が僅かに上下に揺れる。2つの動きは連動していた。
「おいおい、この距離で外すなよつぐみぃ……」
紅さんが呆れ声で森園さんに――銃を浮かせている羽と同じものを背後にもつ森園さんに言った。
「おや、つぐみさんが外すとは珍しいですわね。なんだか久しぶりに見た気がしますわ」
初春さんは仄かな笑みを森園さんに向ける。
「う……。あそこで転ぶとは思わなかったの! もしかして、瀬尾君ってドジっ子……?」
「おいおい、それを回避するための魔法だろ? 確認しなかったのかよ」
「それが、さっきからなんだか調子が悪くって……。ノイズばっかりで上手く読めないのよ」
「もしかしたら疲労がたまっているのかもしれませんわ。言われてみれば昨日の夕方からずっと使いっぱなしですし。申し訳ございません、私の判断ミスですわ」
「そんな! 禊さんのせいじゃ」
きゃあきゃあと言葉を交わす3人を前に、俺は呆然とその場を動けなかった。あの時力が抜けなければ、床に倒れなければ、あの銃から発射されたものはどこに当たっていた……? 宙に浮かぶ銃から目を離せないまま、今度は自分の意志で言葉を紡ぐ。
「……森園さん、これ、は」
森園さんは俺の方を向き、そのまま俺の視線を追って銃を見た。そして軽く「うん」と頷く。
「ええと、これは確かエンフィールドってやつだったと思うよ。 No.2 Mk.Iのほうね。イギリス製の低威力の銃。ん、そんなこと聞いてるわけじゃないって顔してるね? 知ってるよ。知っていてわざと言っているから」
森園さんは説明書を読むかのような調子で銃について説明する。ズレた回答は確信犯。
彼女がふわりと微笑むのに合わせて、ナントカという名前の銃がスススと真下に降下した。今度は外さないようにと、細い銃口が俺の体のど真ん中に照準される。俺は何も言えず、ただただその様子を見ていた。
「まあ、要するに」
森園さんの可愛らしい声がどこか遠くに聞こえてきた。
「口封じその他もろもろって感じ?」
彼女の隣にいる2人に仲間を止める様子はない。パァンと、再び乾いた音が響いた。
森園さんは別に銃に詳しくないです。主人公が思った通り、説明書に書いてあったことをそのまま言っているだけ。