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3話 桃色の少女

 ……結局、俺は健斗を見つけることが出来なかった。呆然としながらも、俺の足は自然と毎日利用する駅前のバス停へと体を運んでいた。帰宅ラッシュで混雑しているはずの駅の構内は、ガラガラの空間を覗かせていた。

 道中には乗用車が堂々と乗り捨てられていたが、駅前にはバスやらタクシーやらが多数放置されていた。無防備に放置されたお金を乗せた車は、泥棒が見たら舌なめずりして喜ぶ光景だ。もっとも、その泥棒すら見当たらないのが現状だが。


「いったいどうなってんだよ、これ……」


 先ほどまで親友と楽しくクラスの美少女コンビの話で盛り上がっていた。それなのに、気が付くと俺以外の人間が綺麗さっぱりいなくなっている。やはり神隠し的なものに巻き込まれているようだ。進み続けていた足が止まる。なんで、どうして。俺がこんな目にあわなければいけないんだ……。

 ゲームや漫画でしか見たことが無いような状況に歯ぎしりする。物語だとここからどう展開するんだ? 化け物が現れて、俺は追いつめられて、ミラクルな力に目覚めて化け物撃退、ってオチか? そんな主人公的展開なんていらないから、元の場所に戻してくれよ!! 俺は初めて本気で心の底から神頼みをした。


 すると、必死のお祈りのかいあってか、このわけのわからない状況に1つの変化が訪れる。


 バアン!! ドガッ、ゴガッ!!


 凄まじい音を立てて俺の近くにあったバス停の標識の上半分が吹き飛び、地面と衝突して恐ろしい音を響かせながら転がった。今まで俺がたてる音しかなかった空間に、凄まじい音が鳴り響く。


「……は?」


 目が点になる、とはこういうときに使うのかと身をもって実感する。慌てて弾けた標識から飛びずさり――視界が暗闇に覆われた。


「……ッ!?」


 目のあたりにひんやりとする物が当たっている。どうやらいきなり何も見えなくなったのは、俺の目を塞いでいるモノのせいらしい。俺は反射的にソレを払いのけようと手を動かす。が、俺の両腕は強い力でがっしりと掴まれ、器用に背中にまとめられてしまった。


 人間、本当に恐怖を感じると体が硬直する。悲鳴ひとつあげられず、俺はその場に棒立ちになる。視界が塞がれたことによって、幸か不幸か残りの五感が過敏になる。匂ってきたのは女性が好みそうな甘い匂い、背中にはむにぃと柔らかいものが押し付けられている感覚。そして、聞こえてきたのはひどく聞き覚えのある声。


「あなた、一体何者?」


 親友が女神と仰ぐクラスメイトと同じ声をもつ背後の存在は、そう言って俺の首筋にベロリと生暖かいものを這わせる。


「その声……、森園さん……?」

「……いや、人違い」


 だとしたら今の変な間はなんだ! それに、こっちは密着されているんだから一瞬力が強くなったのもまるわかりなんだよ!


「ん~、正直その手の質問には答えずらいというか……。間違ってはいないんだけど……」


 あ、やっぱり森園さんであっているんだ。って、なんで森園さんがこんな変な場所に!? は、もしや俺を助けに来てくれた裏機関所属の戦闘員(エージェント)とか!?

 体は恐怖でガチガチに固まっているにもかかわらず、俺の心は良く喋る喋る。現実逃避の極みか、これは……。


「うーん、質問が多いね。なんだか面倒になってきた……。ここは変な場所じゃなくて結界の中ね。今回のは結構上手く作れた自身があるんだ。裏機関はよくわからないけど、変な互助組織には所属しているかな」


 面倒だといいつつも、俺の疑問に森園さんは1つ1つ丁寧に答えていく。ふむ、これまでのやり取りから、俺の目を背後から塞ぎ背中に凭れ掛かっているのは森園さんで間違いないようだ。とすると、俺の背中をむにむに圧迫しているこの柔らかいものは……。ゴクリと生唾を飲む。


 と思った瞬間、目隠しがとれて視界が急に開けた。ずっと視界が暗かったせいで、いきなり目に飛び込んでくる光が眩しく、目を細める。続いて背中に蹴られたかのような鈍い衝撃がはしり、俺はコンクリートの地面に顔面からダイブをする羽目になった。

 咄嗟に腕を伸ばしたおかげで、顔面強打という最悪の自体は免れたが、腕やら膝やらを擦りむいて地味に痛い。


「あなたのような人を、女の敵って言うらしいよ。変態くん」


 そして背後からひしひしと感じるプレッシャー。普段は優しげでふんわりとした癒しの声には、軽蔑の色がにじみ出ている。


「い、いや、待ってくれ! これは不可抗力というか、男なら誰だって思う事だ!!」


 擦り傷を我慢し、慌てて振り返って誤解を解くために腕をブンブン振る。足は自然と正座の形。こういうのは誠意が大切だ、誠意が。

 しかし、俺の後ろには森園さんではなく桃色の派手な髪色をした美少女がいた。しかも足が地面についておらず、代わりに背中にある羽がパタパタと動いている。

 美少女は顔を微妙に赤らめ、頬を膨らませて細めたジト目で俺を睨んでいた。両腕で折り曲げた足を抱え、体操座りの体制で宙に浮いている。


 え、この人誰……? でも声は毎日聞く森園さんと同じだったし……? でも、本人も名乗っていたからやっぱり森園さんか? おかしい、彼女の髪の毛は艶やかな黒だったはずなんだが。


「だから森園つぐみであっているって。髪の色は私も地味に気にしているんだから、何も言わないで。好き好んでこんなド派手な色になったわけじゃないの!」


 顔をさらに赤くしながら弁解する森園さん。確かに派手だけど、似合っているんだからそこまで気にすることは無いと思うけどな。ここは日本だということに目を瞑れば。


「放っておいて。変態くんに褒められても嬉しくありません! それにしても、心って不思議だね。あなたはさっきまであんなに焦って移動していたのに、今はそのことを気にも留めていない。体も口も、ガチガチに固まっているのに、心の中では呆れちゃうほど下らないことを目まぐるしく考えている」


 その言葉が俺を現実に引き戻した。全力で逃避をしていた思考回路がガラガラと崩れて、現状に目を向け始める。

 2人以外に全く人の気配がない場所。他の人たちと共に姿を消した親友。突然真っ二つになった標識。現れたクラスメイトを名乗る美少女は、非現実的な服を纏って空中に浮いている。そして、美少女の発した言葉。いや、俺が変態云々じゃなくて、もう少し前のやつ。

 そして、俺が最も恐怖を覚えたのが今の状況だ。現在、森園さんと俺は会話が成立している。


 口がカラカラに乾いて声を出すことが出来ない俺と普通に喋っている森園さんとの間で、だ。


「うんうん、やっと現状に意識が向いたね。理解不能な状況で逃避に走るのはあなたの勝手だけれど、戦場では致命的よ?」


 彼女は満足げに俺に向かってふわりと微笑みかけた。その人当たりのよさそうな笑顔は教室で見るいつもの森園さんのものだ。だけど、彼女の言っていることは理解できないことばかりだ。思わず現実から目を背けて悪いか。


「悪いのではなくて致命的なだけ。取りあえず、あなたを1度ここから出すね。どっちにしろ、そろそろ崩れちゃいそうだし。それじゃ、またね(・・・)。バイバイ」


 また、会話が成立した。彼女は固まっている俺の手を優しく握って、ボソリと何かを呟く。小さい声だったため、何を言っているのかは聞き取ることが出来なかった。途端に強い眩暈に襲われる。重い貧血のような症状に、思わず目をつぶり顔をしかめてしまう。


「Fサイズに違いない!!」


 目をつぶり不快感に耐えている俺の耳に、自信満々の野太い声が聞こえてきた。先ほどの柔らかで優しい声色とは似ても似つかない。

 いきなり何だ!? さっきまでのシリアスな空気はどこにいった!! なにがFだおい。主語を入れろ!

 急に飛び出した脈絡のない言葉に、俺は体がぐらつくのを無視して閉じていた目を大きく開けた。目の前に広がっていたのは、通過したはずの健斗とはぐれた通学路。どこをどう見ても駅前ではない。


「ふ、そうかそうか。そのポカンとした顔からして、トモは俺の観察眼を信じていないな!?」


 隣には謎の熱弁をふるう親友・健斗の姿。道路にはひっきりなしに車が走り、前方には「くそ、電車まであと5分! いけるか?」と友達と相談しながらダッシュをしている男子生徒。あれだけ探していなかった人が大勢いる。


「ん? どうしたトモ。顔色すっげぇ悪いぞ? 今日はゲームしないでさっさと寝たほうがいいぞー」

「お、おぅ……。そうだな、今日は宿題終わったらさっさと寝るか……」


 健斗ののんきな声に歯切れの悪い返事をする。この調子だと、健斗は俺とはぐれた、などは一切感じていないようだった。念のために軽くあたりを見渡すが、森園さんも桃色の髪の美少女もいない。先ほどまでのことが夢のように感じてきそうだ。

 いや、もしかしたら本当に夢だったのかも。そっちのほうが、森園さんが桃色の髪の毛で宙に浮いていることよりも信じられる。きっと体力テストの疲れがたたって夢心地で歩いていたのかも。なんだそれ、めちゃくちゃ危ないな。これからは気を付けよう、うん。


「トモー? お前本当に大丈夫か、ぼーっとして」


 最初はふざけた感じだった健斗の声が、徐々に心配の色を帯びてくる。


「いや、もう大丈夫。ちょっと貧血でふらってきただけだから、マジで。心配かけて悪かったな」


 気分を切り替えるためにこわばっている体をほぐすことにした。きつく握りしめられた手を開き腕を回してストレッチをする。

 すると、俺の手の中からヒラリと1枚の紙切れが舞った。あれ、いつこんなの握ってたっけ? 見覚えのない紙切れに疑問を浮かべながらも、地面に落ちたそれを拾う。ポイ捨て駄目、絶対。駅前のゴミ箱にも放り込んでおくか。

 ちなみに、紙切れには桃色のペンで可愛らしい丸文字が書かれていた。



『Dear 現実逃避中の変態くんに

今週の土曜日10時に、以下の場所まで来てください。

From 桃髪が泣きたくなるほど派手なので明日は学校休みます』



 紙切れにはメッセージと住所らしきものがご丁寧に簡易地図付きで書かれている。DearとFromには個人名の代わりに、夢(仮)を彷彿させる内容。


 拾った後立ち止まって読んでいたため、一緒に歩いていた健斗と距離がかなり空いてしまっていた。これ以上親友を心配させるわけにもいかず、紙切れを握りしめてそのまま制服のズボンのポケットに乱暴に突っ込む。急いで追いついたはいいものの、その後俺の気分が晴れることはなかった。

 その日の夜はなんとなく食欲がわかなかった。宣言通りさっさと宿題を終わらせて寝ようと思う。




 翌日の金曜日、森園さんは学校を休んだ。担任によると風邪で熱が39度近くあるらしい。


「体調を崩すとは、転校で疲れがたまってたのかもな。明日から土日だし、早く復活してくれることを祈ろう。うおー、それにしても今日1日女神の癒しの声を聴けないとは!! 今日俺は何を心の支えにして学校生活をおくればいいんだよ!!??」


 悪いが今は健斗のガチめな絶叫にリアクションをとる余裕はない。

 足を動かすとかすかに聞こえるクシャリという音は、いつまでも俺の耳に残っていた。

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