1話 お約束な転校生
俺の通う公立高校は学力別にクラス編成が行われる。1学年は1組~9組まであり、数字が小さいほど成績上位のクラスであることを意味する。無事2年に進級した俺が振り分けられたのは1組。とはいうものの、学年での順位を見る限り運よく滑り込んだかたちだ。クラスメイトの顔ぶれはあまり変化しない。1年次のクラス編成も成績順であったため、ほぼ持ち上がりとなる。
2学年が始まる初日、2人の美少女が「転校生」として1組にやってきた。普通ならば転校生2人が同じクラスになることは珍しいのだが、2人とも編入試験で非常によい成績を収めたため、同じ1組に割り振られたようだ。
転校生というだけでも話題になるのに、タイプこそ違えど2人とも高レベルの美少女だった。人形のように完璧に整った顔に、細身でしなやかな体。神様に愛されている、とはまさにこのことか。
紹介された2人が教室に入ってきた時から、男子のテンションはうなぎ上りだ。2人が席に着くまで、俺も他の男子達と同じように、その姿をまじまじと見ていた。正直、物凄い間抜け顔を晒していた自身はある。
2人に注目しているのは男子達だけではない。女子達もまた、羨望と好奇心が混じった目で2人を見つめていた。
2人は休み時間になる度に多くの生徒に囲まれていた。クラスの中心になるような明るく活発な女子に、お調子者の男子が2人の席の周囲を囲む。大人しめの生徒は友人たちとお喋りをしながらも、しっかりと聞き耳を立てている。
2人は元・同じ高校だったようで、2人で仲良く周囲の質問に答えていた。誰が聞いたのか「彼氏はいるのか?」という質問にまで、律儀に答えている。因みに回答は2人とも「いない」。これは明日から男子の彼女ナシ男子達のアピールが激しくなりそうだ。主に体育とかで。
俺はこの輪に加わらず、友人の安岡健斗と駄弁っていた。あのキラキラ集団に加わる度胸はなく、集団の会話を絶賛盗み聞き中だ。俺のような奴のことを、「モブキャラ」なんて言うんだろうな……。
「なあなあトモ。お前、あの2人のどっちが好み? 両方ともすっげぇ可愛いよな~」
トモ、というのは俺のあだ名。本名は瀬尾智樹。
「いやいやいや。確かに2人とも滅茶苦茶可愛いけどさぁ。健斗、現実見ようぜ? 俺らがお近づきになるようなことなんてないって」
チラリと集団に目を向けると、現在の会話の主導権はサッカー部の男子が握っているようだ。現在副部長であるその男子は、顔も運動神経もいい典型的なモテ男だ。春休みに同じサッカー部のマネージャーと別れ、現在彼女募集中。
2人に暑い視線を送るソイツを見ながら呟く。
「まぁ、席替えのクジに期待するくらいならバチはあたらないだろ」
「お、トモも良いこと言うな~」
そこで、授業開始のチャイムが鳴りみんなが慌てて自分の席へ着く。俺はもう1度2人をチラ見した。2人は机の横に置いた鞄から、テキパキと無駄のない動きで教科書、ノートと教材を準備していく。
現在彼氏なし、か……。この2人と釣り合う彼氏様は、一体どんな奴なのだろうか。俺に彼氏候補に立候補するような勇気はないが、先ほどの様子を見るに淡い期待を抱いている男子はかなりいそうだ。
しばらくは視界の癒しとしてこっそりと見させていただきます。しかし、それにしても本当に可愛いな。
あれから数日後。2人の人気はどんどん急上昇し、留まることを知らない。ファンクラブが出来たとか、隠し撮りした写真が売られ出回っているとか、怪しい噂もちらほら耳に入る。
2人の人気が落ちない理由は簡単。内面もばっちりだったからだ。いくら美少女でも、性格が悪ければ興ざめ。そうなってしまえば、なまじ見た目がいいので、同性である女子を敵にまわして冷戦も真っ青なドロドロした応酬が繰り広げられる。
ここに、俺の個人的な2人に対する評価をあげておく。
まずは1人目、森園つぐみ。その柔らかい雰囲気は、男として思わず守ってあげたくなる。性格も裏表がなく、誰にでも優しい。気配り上手で、困っているクラスメイトを見つかれば率先して手伝う。その雰囲気と行動から「女神」と呼んでいる男子もいるとか。
次に2人目、紅瑠奈。視線が鋭く、一見取っつき難い感じ。サバサバとした大雑把な性格の持ち主。そして、意外なことに特技は家事全般。特に調理実習ではお玉片手にいつにもなく真剣な表情をみせた。近寄りがたい彼女の意外な一面として、その「ギャップ」に心を奪われた男子も多い。
学年を問わず、2人に対して告白を決行する勇者は現れた。しかし、1人もオッケーを貰った者はいない。
だが、この騒ぎも「第1次席替え当たりくじ争奪戦」――要するに2人の隣の席を巡った男子達の争いを期に、だんだんと沈静化していった。2人が告白者すべてを断ったため、現実が見えてきたのと同時に着実に好感度を上げていこう作戦が主流になったからだ。
✝ ✝ ✝
ある日の放課後、部活動をしていない俺は健斗と一緒に帰宅していた。道中では会話が弾む弾む。今日は話題には困らない1日だった。
「紅さんさー、あれまじですごすぎだろ。陸上部の女子より早かったよな~」
今日の授業に体育があった。年度開始の授業ということもあって、俺たちのクラスでは体力測定が行われた。美少女コンビとして1組の名物になった森園つぐみと紅瑠奈は、この授業でも話題をさらっていった。
紅さんは運動神経抜群だった。運動部の男子にも迫るその記録の数々。授業終了後には未来の部長である運動部の女子たちの必死の勧誘が後を絶たなかった。
「そして女神はやはり女神だった」
「どうした健斗、シャトルランでこけた時に頭でも打ったか」
健斗は森園さんのことを女神と呼んでいる。気持ちはわかるが、デレデレとした顔が非常に気持ち悪い。と思ったら、その顔が急に引き締まる。
「……健斗どうした。マジで大丈夫か」
「トモ、お前は見たか……?」
「……?」
「ほら、アレだ。走っているときの女神の……」
あぁ、アレか。声を潜め、キリリとした真面目な顔で何を言うかと思えば。
だが俺に、くだらない、と切り捨てることは出来ない。健斗が言っているのは、おそらくシャトルランのときの森園さんだ。紅さんとは違い、森園さんは運動が苦手なようだった。それでも顔を赤くし、息を荒げながらも一生懸命に走る様子を、男子たちは神妙な顔つきで見守っていた。
ここで、2人の体型について説明しておく。体育で薄いジャージ姿も見たのでほぼ間違いがない。紅さんは全体的にスレンダーで引き締まったモデル体型だ。それに比べて森園さんはふんわりした極めて女性的なシルエット。――そして、胸が大きい(最重要)。
森園さんが走る度にゆさり、ゆさりと動く物体。一生懸命なその表情と合わせて、色々な意味で目が離せなかった。因みに横目で見た限りでは、女子ゾーンでは微妙な顔つきで胸に手をあてる女子生徒が続出。紅さんにいたっては目が死んでいた。彼女たちの名誉の為にも、俺は黙って目を背けておいた。
「俺の見立てでは、あれはEは確実。いや、もっと上の――」
はいはい、と親友の雄弁に相槌を打っていると、健斗は急に話すのを止めた。帰宅途中の本人たちでも見つけたのかと思い前を窺うが、通行人は誰もいない。
「ん? おい健斗、いきなり――」
隣を歩いている健斗の方を見て、俺は声を止めた。健斗がいたはずの場所には、誰もいなかったのだ。
「おい、健斗ー? どこだ、ふざけて隠れてるのか? 言っとくけど、体力テストで疲れた俺にお前の悪ふざけの相手をする体力は残ってないぞー?」
立ち止まってキョロキョロと周囲を見渡しながら声を張り上げる。返事はない。
美少女たちとかかわっていくのは2話目以降になります。