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第9話 イレギュラー

【透矢SIDE】


「ここか」


俺は宿屋の主人を問い詰め、全てを白状させた。


犯行のトリックは至極簡単なものだった。


俺と舞が泊まったあの8号室は2人部屋ではなく、本当は『4人部屋』だったのだ。


本来、あの部屋にはダブルベッドが2つ置いてあったのだが、そのうちの1つを撤去することで『普通よりも少し広い2人部屋』に見せ掛けたという訳だ。


店主の役目は「遅効性の睡眠薬入りの食事で客を違和感無く眠らせること」と「共犯者が部屋に侵入出来るように宿帳を操作すること」だったらしい。


店主に宿帳(という名のメニュー画面)を開示させたところ、8号室には俺と舞の他に『ナッパー・キッド』という名前が登録されていた。


とゆーか、1~8号室の全ての部屋にナッパー・キッドの名が登録されていた。


こいつは奴隷商会ギルドとかいうところの新入りらしい。


ちなみに、ナッパー・キッドを逆にするとキッド・ナッパー、kidnapper。


直訳すると『人攫い』


いくらなんでもそのまま過ぎる。


このイベント限りの使い捨てキャラだからって、製作者が手抜きしたのかね?


まぁ名前は置いておいて、兎に角こいつが部屋に侵入して女を攫い、現在も攫った女たちを隠れ家で監視しているようだ。


何故さっさとギルドに連れて行かずに隠れ家で監視しているかというと、奴隷商会ギルドに女を売りに出すと、何だかんだといちゃもん付けられて買い叩かれてしまう場合が多いからである。


だが、月に1回ギルドが主催するオークションに出品すれば、その心配はない。


これはギルドが長期間売れなかった『在庫処分品』を少しでも高く売り捌く為のイベントであって、その数は決して多いとは言えないので、商品を増やして見栄え良くする為に、外部からの出品も認めているという訳だ。


まぁ当然出品代として落札価格の3割を徴収されるらしいが、その日の客層や会場の盛り上がり具合によっては、普通にギルドに売却した場合の数倍の額を手に出来る可能性もあるらしい。




「なぁ、もういいだろ?ちゃんとアンタの言う通り案内したんだから、俺のことは見逃してくれよ!」


ショートソードを背中に突き付けられていた店主は振り返らずに懇願してきた。


余計な動きをしたら殺すと言ったのが効いているようだ。


「女を売って貯めた金と宿屋の権利書を寄越せ。それで見逃してやる」


「・・・わ、わかった」


「よし、行け」


俺は金と権利書を受け取り、男に路地の奥へ行くように促した。


「・・・なんちゃってw逃がす訳ねぇだろ?」


俺は、こちらを振り返ることなく一心不乱に走り去って行く男の後頭部目掛けて矢を放った。


矢は正確に男の頭部に突き刺さり、スキル効果によって頭部は丸焦げになった。


「シャル。確認するが、家とかのオブジェクトは破壊可能なんだよな?」


俺は物言わぬ屍と化した物体(オブジェクト)から目を離し、俺の頭に座っているシャルに話し掛けた。


「全部って訳じゃないけどね?建物の強度には10段階のランクがあって、破壊不可能な建物はランクS、限りなく破壊不可能に近い強度を誇るランクA、そこから順にBCDEFGHIとなるわ」


シャルは呼び掛けに反応して、ふわふわと俺の目の前まで降りてきて説明してくれた。


「なるほどね。それで、あの建物のランクは?」


俺は舞たちが捕らえられている建物を指差した。


「あれは最弱のランクIよ。まぁ最弱とは言っても、レベル3程度の攻撃力じゃ数時間ひたすら攻撃し続けなきゃ完全破壊は出来ないけど」


「ふーん。なら、この赤の弓を使うことを考慮したらどーだ?」


「・・・あの建物は木造だから火属性攻撃に極端に弱いし、装甲の薄い屋根に当てれば数十本で破壊出来るんじゃないかしら?」


「よし!なら一度宿屋に戻るぞ。この距離と位置なら宿屋の屋上から狙える筈だ」


「普通はさっきの男を使って見張り役を外に連れ出させるってゆーのがセオリーなのに、まさかお金と宿屋を奪った挙句に殺して、隠れ家を破壊しようとするなんて・・・」


「『屋内』にいる男を攻撃出来ないなら、建物を破壊して『屋外』にしちまえば良いって訳さ。舞の他にもNPCの女が数人いるらしいけど『屋内』にいる間はダメージを受けないんだし、何の問題もねぇさ」


「ゲームを開始して2日目にする発想じゃないわね・・・」


シャルはそう言って再び俺の頭に座り込んだ。


特に邪魔にはならないから別に良いんだけど、そんなに頭の上が気に入ったんだろうか?




「・・・イけるな」


射線は問題無く通っている。


「・・・ねぇ?本当にそんな撃ち方で当てられるの?」


シャルは俺の手元を見ながらそんなことを聞いてきた。


「的がでかいからな。これくらいの距離なら余裕だよ」


俺は人差し指から小指の4本の指を駆使して3本の矢を弓に番えていた。


俺は中学高校と弓道部に所属していたんだが、顧問や部長たちがいない時に遊びで何度か撃ってみたことがあるのだ。


その経験からすると、あのサイズの的になら3本全て当てられる自信がある。


何故なら人攫いの隠れ家は、宿屋と道を挟んで向かいにある建物の2軒隣なのだから。


もはや大胆なんてレベルじゃない。


やつらバカなんじゃなかろーか?


「さて、そろそろ狩りを始めるとしようか?」


バシュッ!と放つと同時に矢は火に包まれ、人攫いの隠れ家に当たった瞬間、建物に燃え移った。


「おっけぇ!どんどん行くぜぇ!」


1射目の全弾命中を確認し、2射目以降は命中箇所をずらす為に微調整を加えつつ、次々と矢を放っていった。


アイテムボックスに入っている矢は念じるだけで指の間に出現させることが出来るので、約2秒に1射(3本)という速射を可能にした。


100本あった矢の半分以上が消費された頃、ついに人攫いの隠れ家は耐久限界を超え、跡形も無く消滅してしまった。


そして、そのほぼ同時に1人の男と4人の女が道に飛び出してきた。


女のうちの1人は舞だった。


服が少々乱れているので、もしかしたら襲われる寸前だったのかもしれない。


男に逃げられたら困るので、報復ついでにとりあえず足を撃っておくことにしよう。




【舞SIDE】


私はこの火事が透矢くんの仕業だと確信した。


ゲームのイベント中にこんな事故が起こるとは考え難いし、透矢くんは先ほど赤の弓を買っていた。


たぶんあれを使って火事を起こして、犯人をこの家から炙り出そうという作戦なのだろう。


死んでも30分後に生き返るとはいえ、この状況でデスペナを受けるのは好ましくない。


最悪、透矢くんの足を引っ張る結果にもなるかもしれない。


私も早く脱出しなくちゃ!




「はぁ、はぁ」


ギリギリ建物が崩れ落ちる前に全員が脱出出来た。


良く考えたら『屋内』にいたので、もしかしたらダメージは無かったのかもしれないけど、崩れ落ちてきた天井に生き埋めにされるというのも気分が良いものではないので、やはり脱出して正解だった。


「くそっ!何だって火事なんか起こったんだ?・・・おいっ女ども!言っておくが、俺はレベル8だ。そこから一歩でも動いたら殺す。逃げられると思うなよ?」


男はナイフを手に持ちながら女の子たちを脅し付けた。


プレイヤーの私にそんな脅しは効かないが、透矢くんが来てくれた以上、もはや逃げる必要などない。


「みんな!大丈夫だから、その場から動かないで!」


透矢くんの存在をあの男に知られる訳にはいかないので、曖昧な言い方しか出来ないが仕方が無い。


今は彼女たちに動かないように指示することで、誤射が生じないようにすることこそが最善だ。


「その女の言う通りだ!死にたくなかったら、一歩も動くんじゃねぇぞ?」


怯えている彼女たちには気の毒だが、これなら間違っても彼女たちが動くことはないだろう。


偶々とはいえ、あの男のお陰で助かった。


「くそっ!これからどーする?いっそあの宿屋に避難するか?オークションは今夜だ。半日くらいなら・・・ギャーッ!」


男がブツブツと今後の予定を呟いていたと思ったら、ふいに空から降ってきた2本の火の矢が、それぞれ男の左右の太腿に突き刺さった。




【透矢&舞】


2本とも男の足に命中したのを確認した透矢は、のんびりとした歩調で舞たちのいる通りに出てきた。


「舞、数時間振りだな?」


「透矢様!」


舞は感激の余り透矢に抱き付いた。


「気持ちは分かるが、ちょっと離れてろ。まだ終わってねぇ」


透矢は舞を引き剥がし、矢を番えて男の眉間と首と心臓に照準を合わせた。


「よぉ大将?プレゼントは気に入ってくれたかい?」


「・・・そいつは赤の弓か?ってことは、これはてめぇの仕業だな?」


男は両足に大火傷を負ってしゃがんではいるものの、HPはまだ半分以上残っているので、まだまだ元気そうだ。


「あぁ。気に入って貰えたようで何よりだ」


「クソがっ!死んだぞ、てめぇ?」


男は突然起き上がってナイフを投げ、再び手にナイフを出現させながら透矢に向かってきた。


「おせぇよ」


透矢は冷静に矢でナイフを撃ち落し、残りの2本で男の両手を撃ち抜いた。


「ぐあぁー!」


「1発で2割弱ってとこか」


4発の火の矢を受けても、男のHPは未だに3割近く残っている。


透矢は再び3本の矢を番えて男に言った。


「俺は今、お前の眉間と首と心臓に標準を合わせている。1発でも当たればクリティカルヒット間違いなしだ。死にたくなければ有り金を全て寄越しな」


別に殺してから奪っても良いのだが、そこはまぁ様式美ってやつだ。


「・・・ちっ!」


男は大量のG硬貨が入った袋を投げて寄越した。


「舞、拾って中身を確認しろ」


「・・・本物です。5万Gちょっとあります」


「ほう?随分貯め込んでやがったな?」


「・・・てめぇには関係ねぇだろ。さっさとその矢を下ろしやがれ!」


「いや、金さえ貰えばお前は用済みだ。今まで攫って売り飛ばした女たちに詫びながら死ね!」


「・・・俺は奴隷商会ギルドのメンバーだぞ?どーなるか分かってんのか?」


「知るかよ。つーか、これから死ぬやつがどーやってそのギルドに報告する気だよ?」


「・・・っ!」


「あば『待ちたまえ』・・・よ?」


透矢が矢を放とうとした瞬間、後ろから声を掛けられた。


その声を聞いた透矢は体を硬直させてしまい、矢は発射されなかった。


「それで良い。そのまま話を聞きたまえ。実は、そこにいる男は私の部下でね。殺されるのは少々困る。だから取引をしようじゃないか?君が武器を下ろせば、私はこのお嬢さんを無傷で君に返してあげよう。だが、もしも君が取引に応じずに矢を放てば、君を殺して、このお嬢さんは今夜のオークションに出品する」


透矢は矢の標準を男に合わせたまま、ジリジリと横に移動し、気絶しているらしい舞を抱えて立つ30代半ばの男を睨んだ。


「・・・舞を抱えたまま俺を()れるつもりか?」


透矢はその男を一目見て、そこで倒れている男とは数段格が違うと悟った。


「トーヤ!言う事を聞いた方が良いわ!あの男は奴隷商会ギルドの幹部よ!今のトーヤじゃ逆立ちしたって絶対に勝てない!・・・ありえない。どーしてこんな大物がこのイベントに介入してくるの?」


「・・・ちっ、良くわかんねぇが、余程のイレギュラーな事態らしいな・・・わかった。取引に応じる。舞を離してくれ」


透矢は矢の標準を男から離してアイテムボックスに収納した。


「懸命な判断だ。あーそれと、彼から奪った金はそのまま持っていて良いよ?それはあくまでも君と彼の取引による物だからね」


男は舞を地面に降ろし、ゆっくりと男の方へ歩き出した。


「・・・良いのかよ?結構な大金だぜ?」


透矢も男の動きに合わせて舞の傍へ移動しつつも、男から一瞬たりとも目を離せなかった。


「そもそも、私がこの場に介入したのは君が取引を破ろうとしたからなのだよ。私は常に取引には誠実でありたいと思っている。その証拠に、お嬢さんもきちんと返しただろう?」


「・・・気絶しているようだが?確か傷一つ付けないんじゃなかったのか?」


「HPは1ポイントたりとも減っていない筈だよ?確認したまえ」


透矢は男からたとえ一瞬でも目を離すことに躊躇いを覚えたが、どの道この男の実力ならその気になればいつでも自分たちを殺せるのだと悟り、意を決して視線を外した。


透矢が舞のHPを見ると、確かにHPは満タンだった。


その代わりに、状態異常『気絶』が表示されていた。


「・・・確かに傷は負っていないようだな。ところで、これはどーやったんだ?何かのアイテムか?」


「ちょっとした『技術』だよ」


「技術・・・スキルか。相手にダメージを与えずに気絶だけさせるスキルなんてのもあるのか。勉強になったぜ」


「それは何よりだ。さて、お嬢さんは取引で返すと約束したし、金は君にあげるとは言ったが、ここにいる女3人はその限りではない。この女たちは、先ほど君が彼との取引を破ろうとしたペナルティとして貰って行くよ?」


「・・・好きにしろ。舞を庇いながらアンタを倒せると思い上がるほどバカじゃねぇよ」


「この3人は今夜のオークションに出品する。もしも欲しい女がいたら、頑張って競り落としてくれたまえ」


男は紙切れを透矢に投げ渡し、下っ端と女3人を連れて路地へ消えて行った。

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