第23話 娘々
「起きろ、シャル。着いたぞ」
歩き始めて30分、漸く目的地に到着した透矢は、頭の上で寝ていたシャルに声を掛けて起こした。
「ふわぁー。・・・え?ここって、まさか?」
寝惚け眼を擦りながらシャルが見た光景は、予想だにしなかった物だった。
「そう!『女狩り』『鉄の処女』に次いで第3位の知名度を誇るギルド『娘々』だ」
透矢がドヤ顔で示した先にあったのは、男性プレイヤーの半分以上を顧客にしているとも噂される超人気ギルドの店舗だった。
2階建ての建物が多いこの街では珍しい3階建てだということに加えて、透矢が所有する宿の2倍近い敷地面積があるのだ。
『冒険者ギルド』とまでは行かないが、周りの建物とは一線を越えた大きさを誇っている。
それと同時に、流石にこれだけの大きさの店を大通りに面した場所に確保することは出来なかったらしく、少し路地を入って行った所にこの店は存在していた。
とはいえ、これはこれで立地条件としてはそれほど悪くないように思われる。
もし大通りに店を構えられていたら、いくら現状女性プレイヤーが男性プレイヤーの1/4しかログインしていないとは言っても、時間帯によっては店に入るところを見られてしまうこともあるだろう。
しかしこの立地であれば、周りに消費アイテムや装備を売っている店が存在しないので、男たちは女の目を気にせず店に入ることが出来るのである。
それとこれは余談だが、ここは街の北北東に位置している。
そして『女狩り』のギルドホームは東北東に居を構えており『鉄の処女』はその対極に位置する西南西である。
『娘々』は『鉄の処女』とはお世辞にも仲が良いとは言い難いし『女狩り』は男所帯なので、むしろお得意様だとも言える。
そんな理由から、この場所での出店に至ったのだと思われる。
「・・・到着するまでのお楽しみだって言うから何処に向かってたのかと思いきや、こんな時に女遊びに来たって訳?」
シャルは徐に透矢の頭から降りて正面に浮かび、腕を組みながら殺気の篭もった視線を透矢に送った。
「確かに『女狩り』から奪った金がたんまりあるから、ギルメン全員纏めて買って豪遊出来るな!・・・って、いや待て!ここに来たのは次の作戦の為であって、決して女遊びをしに来た訳じゃないぞ?今のは言葉の綾だ!」
十数人の美少女に囲まれて朝まで酒池肉林を満喫する光景を想像し掛けた透矢だったが、シャルに凍て付くような瞳で見つめられていることに気付き、慌てて取り繕った。
「次の作戦ねぇ・・・?」
「さぁ!時間は限られてるんだし、さっさと中に入るぞ?」
透矢はシャルの疑惑の視線から逃れるように、足早に店の中に入って行った。
「いらっしゃいませ。こちらの3名からお好みの女性をお選び下さい」
店に入った透矢を出迎えたのは、緑色の髪をした20代半ばの女だった。
髪の色から察するに、この女はプレイヤーではなく、受付としてどこかで雇われたか、奴隷として買われたNPCだと思われる。
透矢の基準で彼女の容姿にランクを付けるなら、C+といったところだ。
もう少し若かったら上方修正出来たかもしれないが、透矢のストライクゾーンからは少々外れていたので仕方がない。
恐らく、あえて美少女にしなかったのだろう。
理由は勿論、自分たちを引き立たせる為だ。
受付嬢が美少女では、彼女を抱きたいと言い出す客が出て来る可能性がある。
そこで、受付には見苦しくない程度の容姿の女を置き、その後自分たちの写真が載ったパンフレットを客に見せることで、一時的な補正効果を起こさせて客の購買意欲を掻き立てるのだ。
「たった3人からしか選べないのか?確か『娘々』って十数人は所属してると聞いたが?」
シャルに女を買いに来た訳じゃないとか言っておきながら、透矢はつい気になって受付の女に質問していた。
その所為で、斜め後ろに浮かんでいるシャルに再び半眼で睨まれているのだが、透矢はその事に全く気付いていなかった。
「はい。現在『娘々』にはマスターを含めて17名の女性が所属しております。しかし、日中はご来店されるお客様の数が少ないので数人が日替わりでシフトに入り、残りの方々はモンスター退治に行かれておられます」
「それもそーか。そりゃー真っ昼間から女を抱きに来る男は少ないよな・・・」
透矢にも当て嵌まることだが、プレイヤーの大半が日の出と共に起床し、日没と共に街に帰って来る。
これは、死ぬとレベル1に戻ってしまうことに由来する、このゲーム独特の現象だ。
このゲームは昔のマンガなどで題材にされていたようなデスゲームでは無いものの、今まで苦労して上げて来たレベルがたった一度の死でリセットされるというのは相当の苦痛だ。
その為、視界が悪くなる夜間はMOB狩りをしないというのが、最近の風潮となっている。
尤も、夜狩りにもメリットは存在する。
まず、場所によっては出現するMOBが変化したり、夜間にしか出現しないMOBもいる。
さらに、これは真偽は不明だが、若干MOBが強くなる代わりに、アイテムドロップの確率も上がっているという噂も実しやかに囁かれている。
そんな理由もあって、夜間にMOB狩りに行く者が全くの皆無という訳ではない。
とはいえ、大半のプレイヤーは命惜しさに夜間は街で過ごすのが一般的であることには違いない。
ニーズが夜間にあるのなら、日中は全員で店に待機している理由はないということだろう。
その代わりと言っては何だが、店番をしている3名はそれぞれタイプが異なる少女たちだった。
1人目は雫と同じ中学生くらいで、2人目は透矢と同じ高校生くらい、3人目は女子大生くらいの年齢だ。
容姿のランクも透矢基準でB+かA-といったところで、舞や雫たちに勝るとも劣らない容姿をしている。
確かにこれなら、男たちが挙って1000G払ってでも抱きに来るというのも頷ける。
「そうですね。しかし、その代わりに夜間は大変混み合いますので、順番待ちになることが多いです。こちらの3名の中にお客様のお好みの女性がいらっしゃいましたら、今ご購入されるのもよろしいかと存じます」
「・・・なるほどね。昼間なら順番待ちはしなくて済む代わりに抱ける女の選択肢が少なく、夜間なら選択肢は多い代わりに長時間待たなきゃいけない可能性があるって訳か」
透矢はパンフレットの写真を見つめながら、思案気な表情を浮かべた。
「ちなみに、今なら2000Gと大変お安くなっておりますよ?」
透矢が今買おうか夜に買おうか悩んでいると勘違いした女は、笑顔を浮かべながら今なら安いと進めてきた。
「2000G?この前1000Gに値上げしたばっかなのに、また値上げしたのか?てゆーか、いきなり2倍はやりすぎだろ?」
「あっ!えっと・・・間違えました。日中が1100Gで夜間が1200Gです」
女は、自分が提示した金額に透矢が驚いたのを見て、慌てて金額を言い直した。
「・・・お前、今俺からぼったくろうとしなかったか?」
「い、いえ!そのようなことは決して!」
透矢が女を睨みつけるように見つめると、女は気不味そうに徐々に視線を逸らして行った。
「なら、どーして1100Gと2000Gを言い間違えたんだ?普通間違えないだろ?正直に言えよ?」
「・・・そ、それは・・・」
透矢は追求を続けると、女はカラダを震わせ、あからさまに挙動不審な態度を取った。
「素直に喋らないなら、カラダに聞くしかねーよな?」
透矢はそう言ってカウンターを乗り越えて女に近付き、右手を女のスカートの中に突っ込んだ。
「・・・はぁ、はぁ・・・も、もう許して下さい。貴方様の仰る通りです」
女を攻め続けて数時間が経った頃、漸く女はがぼったくろうとした事実を白状し、それと同時に膝から力が抜けて床にへたり込んでしまった。
ちなみに、これまでの間に何人か客が来たが、透矢はその度にカウンターの中に隠れ、女に接客させている間も攻め続けていた。
「お前の独断か?それとも誰かの指示か?」
「・・・マスターの指示です。初めて店に来た客には高額の料金を提示しろと言われています」
女の行動の理由を知る為に透矢が聞くと、女はぐったりした様子で素直に白状した。
「ギルマス直々かよ。まぁ騙されたとしても、相場も知らずに来たそいつが悪いんだし、別にどーこー言う気はないけどよ」
「あ、あの・・・どうか私が喋ったことは内密にお願いします。もしマスターにバレたら、どんなお仕置きをされるか・・・」
女はギルマスの女のお仕置きとやらの恐怖で全身を震わせていた。
「まぁ良いだろう。俺もストレス発散になったし、これでチャラにしてやるよ?」
「・・・あ、ありがとうございます」
女は息も絶え絶えに透矢に礼を言った。
「ところで、こっちが本題なんだが、そのギルマスは何処にいるんだ?俺はそもそも女を抱きに来たんじゃなくて、そいつに会いに来たんだが」
「マスターでしたら、店の裏手にあるギルドホームにいらっしゃると思います」
「そうか、ありがとよ。ところで、情弱からぼったくるのは構わないが、もう少し相手を選んだ方が良いぞ?俺だからこの程度で許したが『女狩り』の連中だったら、この場で犯された挙句、外に連れ出されて殺されても文句言えないぜ?」
「・・・はい。ご忠告感謝いたします」
透矢がそう言って店を出て行こうとすると、女は立ち去る透矢の背中に熱い視線を送り深々と頭を下げた。
「店の裏手ってことは、こっちか・・・」
透矢は店の外周をグルリと回り込んでギルドホームのドアの前に立ち、徐にドアをノックした。
「・・・お店の入り口なら、反対側ですよ?」
直ぐに中から反応があったが、それは透矢の予想した反応とは少々違っていた。
「いや、ここは普通「どなたですか?」とかじゃね?」
「あれ?店に来たお客さんじゃないんですか?では、何の用ですか?」
中の女は透矢の言葉を無視し、驚いた様子の声で返事をしてきた。
「俺は『娘々』のギルマスに話があって来た。『鉄の処女』の特使とでも思ってくれ」
「・・・男が『鉄の処女』の特使?」
透矢がメイデンの特使を自称すると、疑惑混じりの声が中から返ってきた。
「疑うのも無理はないが、込み入った事情があるんだ。詳しいことは中に入れてくれたら、ギルマスに直接話す」
透矢は畳み掛けるように女へ説明した。
「・・・残念だけど、怪しい男をホームに入れる訳には・・・え?本当に良いんですか?・・・分かりました」
透矢が大人しく待っていると、中からドアが開けられ、透矢と同い年くらいの少女が顔を出した。
「あれ?予想以上のイケメンだわ」
「そいつはどーも。ドアを開けてくれたってことは、中に入っても良いんだろ?」
少女が透矢の顔を見て驚いているのを軽く流し、早く中に入れるように促した。
「えぇ、奥でギルマスの弥生さんが待ってるわ。付いて来て」
透矢は少女に案内されてホームの中に入り、ソファーに座って紅茶か何かを飲んでいるギルマスらしき女のテーブルを挟んで対面に腰を下ろした。
「ようこそ。『娘々』のギルマスをやってる弥生よ。貴方の名前は?」
弥生と名乗った女は、外見から類推するに透矢よりも2、3歳ほど年上といった感じだ。
援交ギルドのギルマスにしては、カラダを売るくらいしか能が無いバカ女といった感じではなく、どことなく知性が感じられる雰囲気を纏っているので、もしかしたら現実ではどこぞの女子大生なのかもしれない。
「俺は透矢だ。ギルドには所属していないが、今は訳あって『鉄の処女』に協力している」
「ふーん?それで、今日は何しにここに来たの?同盟の件なら破談になったと記憶してるけど?」
弥生はそう言いながら、透矢を値踏みするように視線を向けた。
「その件に関しては俺はノータッチだから詳しくないんだ。アリスには無茶な要求をされたとだけ聞いたが、アンタらいったい何を要求したんだ?」
場合によっては回りくどい事をせずに協力を取り付けられるかもしれないので、透矢はこの機会に前から若干気になっていた『娘々』の要求を聞き出そうとした。
「言うほど大層な要求じゃないわよ?単に、あいつらにウチの傘下に入れって言っただけよ?」
すると弥生は事も無げに巨大な要求を口にした。
「それってつまり『鉄の処女』に援交ギルドになれと言ったってことか?」
「まぁ、一言で言えばそーなるわね?」
「なるほど、アリスが怒る訳だ」
男に襲われない為に『女狩り』を潰そうとしてるのに、その代償に援交させられたんじゃ本末転倒もいいところだ。
「・・・で?また来たってことは、漸く傘下に入る決心が付いたと解釈しても良いのかしら?」
弥生自身有り得ないと確信しているが、さっさと透矢に本題に入らせる為に、そんなことを口にした。
「いや、残念ながら大外れだ。俺がここに来たのは、アンタらにとって悪い話を伝える為だ。そして、それを回避する為の策もだ」
「・・・良いわ。詳しく話を聞こうじゃないの?」
弥生は透矢の言葉に興味を引かれ、続きを促した。
「あぁ、少し長くなるが我慢して聞いてくれ・・・」
透矢は、アリスと出会った経緯から、会談での『女狩り』の策略、そしてそれを打ち砕く為に透矢が寝返ったフリをして、先ほど神埼たちをPKしたことを話した。
「『女狩り』のメンバーが1000人超えねぇ・・・で?それがどーしたの?メイデンの処女どもが負けたって、あいつらが『女狩り』の奴隷になるってだけじゃないのよ?」
最後まで大人しく透矢の話を聞いていた弥生は、それが何故自分たちにとって悪い話になるのか理解出来なかった。
「気付かないのか?600人を超える女が奴隷になるってことは『娘々』に金を払ってまで女を抱きに来る男が殆んどいなくなるってことだぞ?」
意外と察しの悪い弥生に、透矢はメイデンが負けた場合の『娘々』の末路を教えてやった。
「・・・っ!もしかして、昨日の客入りが妙に悪かったのって・・・」
「あぁ、それは間違いなく大勢の男が『女狩り』に加入した影響だろうな?3日後にはヤリ放題なのに、わざわざ大金を払ってまでここに来る理由がない」
「・・・アンタの言いたいことは理解したわ。それで、私たちに何をさせたい訳?」
「話が早くて助かるぜ。俺が考えた策はこうだ・・・・・・・・・」
漸く本題に入れると安堵した透矢は、ついさっき閃いたばかりの一発逆転の策を弥生に告げた。
「なるほどねぇ・・・確かにこの策が上手く行けば、やつらの戦力を半減させられるかもしれないわね?」
「どーだ?アンタらにとっても、悪くない話だと思うが?」
弥生の声から手応えを感じ取った透矢は、ダメ押しをするように言葉を重ねた。
「・・・私らのリスクは無いに等しいし、やってみるだけの価値はあると思うけど、君の掌で踊らされるってのが、ちょっと気に入らないかなぁ?」
「・・・なら断るか?だが、このままじゃ確実に共倒れになるぞ?」
若干雲行きが怪しくなってきたのを察した透矢は、何とか考え直させようとネガティブな未来を予言した。
「いえ、話自体には乗るわ。但し、タダという訳にはいかない」
「・・・金なら多少は手持ちがあるが、いくら欲しいんだ?」
「その前に、私と君の1対1で勝負をしましょう?私が勝ったら、君の持ってる全てのお金とアイテムを協力する報酬として貰うわ。逆にもし私が負けたら、タダで協力してあげても良い」
透矢はいくら要求されるのかとヒヤヒヤしたが、弥生の口から出て来た台詞は金額ではなく、オールインの決闘を申し込む物だった。
「・・・方法は?闘技場で決闘でもするか?」
「そんな野蛮なことはしないわ。私と君の対戦場所はアソコよ!」
透矢がレベル15の1人である実力未知数な弥生を警戒しながら続きを促すと、弥生はニヤリと笑いながら透矢の後方を指差した。
透矢はそれに釣られて後ろに振り返り、弥生の指の示す先に視線を向けると、そこにはキングサイズのベッドが鎮座していたのだった。
エタっておいて恐縮ですが、またもや新作に手を出してしまいました。
http://ncode.syosetu.com/n7582bo/
今度は超能力学園物です。
よろしければ読んでみて下さい。