第2話 PK
転送が終わると、透矢は町の入り口に立っていた。
目の前には石で出来た高さ3mはある頑丈そうな門が聳え立っている。
「シャル。ここは町のどの辺りなんだ?」
透矢は辺りを見回しながらシャルに声を掛けた。
「ここは東門よ。外に出るとモンスターに襲われるから気を付けてね?」
「・・・この辺のモンスターって強いのか?」
「東門付近ならコボルトとかホーンラビットくらいしか居ない筈だから、集団で囲まれなければ問題ないと思うわ」
「そーか。なら折角門の近くに転送されたことだし、町を見て回る前にちょっとだけ戦ってみるか。今なら万が一死んでも問題ないし」
透矢はシャルの回答からタイマンなら大丈夫そうだと考え、町の外に出る決心をした。
「おっけぇー!そーと決まれば、張り切って行こー!」
「・・・いや、何でお前が仕切ってんだよ?」
戦闘力皆無のくせに一人でどんどん先に行ってしまうシャルを追い掛けながら透矢の長い冒険は始まるのだった。
「くっ!・・・おらぁ!」
コボルトの棍棒を紙一重で避けつつ、掛け声と共にショートソードをコボルトの首筋に向かって振り上げた。
「ギギャー!」
どーやら運良くクリティカルヒットしたらしく、一発でコボルトの首が宙を舞いHPが0になった。
本来であれば生き物の首を刎ねたりすれば大量の血が噴き出すものだが、このゲームではそういった描写はないらしい。
宙を舞っていたコボルトの首は、地面に落ちた瞬間光の粒になって消滅した。
首の方に注目していたから気が付かなかったが、胴体の方もいつの間にか綺麗サッパリ消え失せている。
「はぁ、はぁ・・・今のはヤバかった。マジで死ぬかと思った・・・」
最初は予定通りタイマンで戦っていたのだが、ホーンラビットとコボルトと戦ってダメージがたったの2だったこともあり、つい調子に乗って2匹同時に相手してみたくなったのがそもそもの始まりだった。
そこで止めておけば問題はなかったのだが、ホーンラビット2匹とコボルト2匹をそれぞれ大したダメージも受けずに撃破したことで、透矢は有頂天になっていた。
そして次に出くわしたのはホーンラビット2匹とコボルト1匹の群れだった。
透矢は、まだHPは6割以上残ってるし、既に合計で6匹も仕留めていたこともあって、3匹くらい余裕だと思ってしまった。
・・・ところがそんなに甘くはなかった。
特に、2種族混成パーティというのが厄介だった。
ホーンラビットは足元から額の角を突き出して飛び掛って来るが、コボルトは小さい棍棒を横や上から振り回して来るからだ。
透矢がコボルトの棍棒を避けたり弾いたりしたのを見計らっては2匹の兎が飛び掛って来て、逆に兎に気を取られていると、今度はコボルトの棍棒が襲い掛かってきた。
一発のダメージは1か2でしかないが、こちらの攻撃力もそう大差はなく、一匹倒す為には最低3発は当てなければならない。
結果、コボルトを牽制しつつ、ちょろちょろと動き回る兎どもを仕留めた頃には残りHPは1にまで削られてしまっていた。
昔のRPGなら祈りつつ【逃げる】のコマンドを連打でもしている場面だが、VRゲームでは物理的に走って逃げるしかない。
しかし、HPが1しか残っていない今の状態でやつに背中を見せるのは躊躇われた。
覚悟を決めて間合いを詰め、決死の思いで剣を振り上げたのが良かったのかクリティカルヒットが発生しコボルトを一撃で倒すことが出来た。
さらにラッキーな事に、ちょーど経験値が溜まったらしくレベルが上がった。
ちなみに、経験値は兎が1でコボルトが2だ。
もはやこれ以上無理をする理由は欠片もないので、透矢は東門に向かって一目散に逃げ帰った。
町の外壁に背中を押し付けて、ぜぃぜぃと息を整えていると、前方から透矢と同じ服を着た大学生くらいの男が歩いてきた。
「もしかして君もプレイヤー?・・・その様子だと逃げ帰ってきたところって感じ?」
ヘラヘラと小馬鹿にしたような男の台詞にカチンときたが、この男よりも自分の方がレベルは上なのだということを思い出し、適当にあしらう事にした。
「実はそーなんすよ。いきなり死ぬところだったわ」
「ハハハッ!確かこの先はホーンラビットとコボルトしか出ないんだろ?今からそんな調子じゃ先が思いやられるぜ?」
自分から下手に出たせいとはいえ、ムカつくことには変わりない。
透矢は腹いせに嘘の情報を教えることで、この男を罠に掛けてやることにした。
「5匹までならギリギリ対処出来たんすけどねぇ・・・6匹に囲まれたらもう逃げるだけで精一杯でしたよ」
こう言っておけば年下の透矢に対抗して、5匹以上の群れとも戦おうとする筈だと透矢は考えた。
「・・・ふーん、そーなんだ?俺も気を付けないと。良い事を教えて貰っちゃったね。是非お礼をしたいところだけど・・・あっそーだ!今の君に相応しい耳寄りな情報を教えてあげるよ!」
「耳寄りな情報すか?いやでもこっちのはそんな大した情報じゃないんで気にしないで良いっすよ?兄さんなら7、8匹でも余裕かもしれないし」
「いやいや、耳寄りな情報とは言っても、どーせ直ぐに知れ渡っちゃう情報だから別に気にしないでいーよ。実はね・・・」
男はそう言いながら笑顔で透矢に近付き、耳打ちをするように見せ掛けて、いつの間にか手に持っていたナイフで透矢の喉を掻っ切った。
「かはっ!」
痛覚が軽減されているので痛みは殆んど感じないが、その分、喉を掻き切られたという不快感が際立った。
喉を掻き切られたことにより、1しか残っていなかった透矢のHPは当然の如く0になった。
透矢はデスペナルティによって体の自由が奪われ、勢い良く地面に倒れ込んでしまった。
「けっ!クソガキがいっちょまえに人をハメようとしてんじゃねぇぞ?レベル1で5匹も同時に相手出来る訳ねぇだろーが?」
「・・・ちっ!」
「このゲームは町の中でもPK出来るんだぜ?ハッタリかましてる暇があったら、さっさと俺から逃げるべきだったな?」
男がベラベラとムカつく口上を垂れているが、指一本動かせない今の透矢には耳を塞ぐことすら出来ない。
「さーてと、そんじゃ早速戦利品を頂きますかぁ」
そう言って男は透矢の体の上に浮かぶステータスウィンドウを操作して、ショートソードとモンスタードロップと所持金の全てを奪い取った。
「兎の肉2個と錆びたナイフ1本か。時化てやがるな。まぁ売ればポーション1個分くらいにはなるかな?」
男は不満げな顔をしつつ一人で納得して自分のアイテムボックスへ収納した。
「じゃーなクソガキ?男を脱がす趣味はねぇから、服だけは見逃してやるよ」
男は透矢の顔にツバを吐き掛け、町中だからと油断していた透矢を嘲る様に笑いながら町を出て行った。