第17話 交換条件
「まぁなんとなく予想は付くが・・・いいぜ?言ってみろよ?」
透矢はアリスの目を真っ直ぐ見つめ返しながら、続きを促した。
「・・・『女狩り』を壊滅させる為に、透矢くんの力を貸して欲しいの。『鉄の処女』は数こそ『女狩り』に勝ってはいるけど、その分高レベルプレイヤーの数が少ないから、このまま戦いを仕掛けても勝率は良くて半々といったところよ。でも透矢くんの力を貸して貰えれば、かなり勝率が高まると思うの!」
アリスは如何にか透矢たちの協力を取り付けようと熱弁を揮った。
「・・・仮に俺たちが手を貸して、見事やつらを全員PK出来たとしよう。だが、それで何になる?やつらはレベルが1に戻るだけで、改心なんか絶対にしねぇぞ?それとも、1人1人ゴブリンやオークの巣に放り込んで行くのか?それはまた随分と気が遠くなる話だな?」
「ううん、もっと確実な方法があるわ!『鉄の処女』と『女狩り』で『ギルド間抗争』をするのよ!」
透矢の尤もな疑問に、アリスは自信に満ちた笑みを浮かべながら答えた。
「・・・『ギルド間抗争』?」
透矢は聞き慣れない単語に首を傾げた。
「えぇ、詳しい説明をすると長くなっちゃうから後にするけど、NPCギルドに仲介して貰って『ギルド間抗争』で勝てば、負けた方のギルドメンバー全員にシステム的に制約を付けることが出来るの!」
「なるほど・・・それなら確かにやってみる価値はありそうだな?」
透矢はアリスに『女狩り』を封じる秘策を聞き、心が若干傾いてきた。
「・・・お願いします。どうか私たちに貴方の力を貸して下さい」
もう一押しだと直感したアリスは深々と頭を下げ、綾乃と少女たちもそれに倣って頭を下げた。
「・・・はぁ、とりあえず全員頭を上げてくれ。俺も以前から『女狩り』は目障りだと思っていたし、力を貸す事自体は吝かではない」
「・・・それはつまり、力を貸してくれるってこと?」
透矢のハッキリしない言い方に引っ掛かり、アリスは再び問い掛けた。
「吝かではない・・・が、まだ肝心なことを聞いてないだろう?今回みたいなプレイヤー個人レベルのいざこざを助けるのとは訳が違う。ギルド同士の戦争に首を突っ込むんだ。当然、それ相応の報酬を貰わないと割に合わない」
「・・・200万Gくらいまでなら、メンバー全員のお金を掻き集めれば払えると思うけど・・・」
「いや、確かに200万Gは大金だが、時間さえ掛ければ手に入れられる物だ。そんな物よりも、もっと別のモノが欲しい」
「・・・なら何よ?非売品のレアアイテム?でも私たち大した物は持ってないわよ?・・・まさかとは思うけど『鉄の処女』の女の子たち全員とセックスしたいとか言うつもりじゃないでしょうね?」
アリスは黒いオーラを立ち昇らせながら透矢を睨んだ。
「・・・非常に魅力的な案だが、それは流石に誰も納得しないだろ?そーじゃなくて、アリスと綾乃、お前たち2人が報酬だ」
透矢は600人の女と取っ替え引っ替えヤりまくる光景を想像しかけたが、アリスの殺気を感じ取り即座に否定した。
「・・・私たちが透矢さんの彼女になれば良いのですか?」
綾乃は、自分の身が報酬に数えられていることについては、特に不満はないようだった。
「いや、それだけじゃまだ半分だ。お前たち2人には『鉄の処女』を脱退して、俺が新設するギルドへ移籍して貰う。これが俺が手を貸す条件だ」
透矢は不敵な笑みを浮かべて、アリスと綾乃の目を真っ直ぐ見つめた。
「ふふっ・・・大ギルドのサブマスターと幹部をヘッドハンティングですか?透矢さん、随分吹っ掛けて来ましたねぇ?」
綾乃は、透矢の言葉の真意を知り、驚きつつも面白がった。
「そう悪くない条件だと思うが?『女狩り』の凶行が収まれば、互助組織である『鉄の処女』の存在意義はほぼ消滅すると言っても過言じゃないだろう?となれば、完全消滅とまでは行かないにしても、相当規模が縮小される筈だ。そのついでにサブマスターと幹部の1人が脱退したところで、大きな問題は起こらないんじゃないか?」
透矢は抗争後の『鉄の処女』の未来予想を述べ、それほど法外な要求ではないと主張した。
「・・・ギルドを脱退するにはマスターの許可が必要だから、私の一存じゃ約束出来ないわ」
アリスは少し考え込んだ後、自分では判断しかねるという結論を下した。
「なら、今からそのマスターに会いに行こうぜ?俺が直接交渉するからよ?」
「・・・マスターに都合を聞いてみるから、ちょっと待ってて?」
アリスはそう言って透矢たちから少し離れ、清香にメッセージを飛ばした。
「面会の許可が下りたわ。宿屋で待ってるから、ここにいるみんなで来なさいだって?」
清香との通信を終えたアリスは透矢たちの下へ戻るなり、妙なことを言った。
「宿屋?ギルドホームじゃないのか?」
「ホームには『女狩り』のせいで男性恐怖症気味の子とかもいるので、基本的に男子禁制なんです」
透矢が疑問を口にすると、横にいた綾乃が理由を説明してくれた。
「・・・そーゆーことか。それにしても、自分の宿屋を教えるなんて剛毅な女だな?もし今回みたいな罠だったら、どーするつもりなんだ?」
「私たちのギルドでは、メッセージを送る時は最後に必ず署名を入れることになってるの。ほら?このゲームってアバターの上に名前とかHPとか表示されないから、自己紹介するかフレンド登録しないと、目の前の相手の名前すら分からないでしょ?それを利用して、何者かに脅されて仲間に偽装メッセージを送らざるを得ない状況に陥った場合には、署名を入れないことになってるのよ」
透矢が感心しつつ首を傾げていると、アリスが笑って種明かしをしてくれた。
「・・・良くもまぁそんなことを思い付くな?」
「まぁ、今回私が呼び出されたメッセージはご丁寧にも画像付きだったから、小細工の出番すらなかったけどね・・・」
透矢が感心半分呆れ半分といった顔でいると、アリスは数時間前に見た画像を思い出しながら、悔しそうに拳を握り込んだ。
「・・・もう済んだことなんだから気にしないで良いのよ、アリス?・・・さぁ、早くマスターの所に行きましょう?あまり長いことお待たせする訳にもいかないわ」
綾乃に抱きしめられながら励まされたアリスは、握り込んでいた拳を開いて綾乃の背中に回し、そのまま暫らく抱きしめ合った。
「・・・もう大丈夫よ、ありがとう綾乃。それじゃーマスターのいる宿屋に案内するから、みんな付いて来て」
綾乃との抱擁によって気を持ち直したアリスは、透矢たちを先導して町に向かって歩き出した。
「・・・着いたわ。ここがマスターの清香さんが泊まってる宿屋よ」
アリスが案内した宿屋は、透矢の所有している宿屋の半分ほどの大きさしかない、こじんまりとした宿屋だった。
「・・・本当にここにお前らのマスターがいるのか?到底、総勢600人を越える大ギルドのマスターが泊まっている宿屋とは思えないんだが?」
「清香さんは無駄に広い部屋とか、華美な装飾とかを好まない人なのよ」
透矢がある意味当然の疑問を口にすると、アリスは清香の人となりを説明した。
「・・・ふーん?そーいえば、剣道と柔道の段持ちとか言ってたっけか?」
「えぇ、剣道三段柔道二段よ」
「・・・もしかして、名前とは裏腹に、ゴリラみたいな女だったりするのか?」
「失礼な!清香さんは私なんかとは比べ物にならないくらい可愛いわよ!」
透矢が180くらいの筋肉ムキムキで質実剛健な女を想像していると、清香に心酔しているアリスに激怒されてしまった。
「・・・ほぉ?アリスがそこまで言うってことは、相当な美少女ってことか・・・これは期待出来そうだな?」
透矢がまだ見ぬ美少女の姿に胸を昂ぶらせていると、アリスが目にも止まらぬ速さでレイピアを抜き放ち、透矢に首筋に突き付けた。
「・・・念の為に言っておくけど、いくら透矢くんと言えども、清香さんに不埒な真似をしたら絶対に許さないわよ?」
「・・・わ、分かった。分かったからレイピアを下ろしてくれ」
アリスの剣呑な目付きに気圧された透矢は両手を挙げて降伏した。
「・・・さぁ、無駄話はここまでよ。MOBがしつこくて予定よりも時間が掛かっちゃったし、これ以上清香さんを待たせる訳にはいかないわ」
アリスはそう言うなり宿屋の中に入り、勝手知ったる様子で階段を上って行った。
「アリスです。遅くなってすいません」
「どうぞ」
アリスが個室のドアをノックして声を掛けると、部屋の中から透き通るようなソプラノが返って来た。
「失礼します。透矢さんたちをお連れしました」
「いらっしゃい。ちょっと狭いかもしれないけど、我慢してね?」
アリスを先頭に、透矢、舞、雫、綾乃、少女2名の順で入室すると、長い黒髪をポニーテールに纏めた身長165cm程の少女がソファーに座り、優雅に紅茶を飲んでいた。
「・・・本当にアンタが『鉄の処女』のマスターなのか?」
清香は手足がスラッとしていて、だがしかし胸はテレサに勝るとも劣らない程の大きさを誇り、腰は雫と同じくらい細かった。
武道をやっているというのはただのハッタリで、実はモデルか深窓の令嬢だとでも言われた方がしっくり来る程の美少女であった。
「えぇ、正真正銘、私が『鉄の処女』マスターの清香よ」
「・・・そうか。俺は透矢だ。こっちは舞と雫」
一瞬正体をいぶかしんだ透矢だったが、清香の堂々とした態度に、どーやら本物のようだと納得した。
「この度はアリスたちを助けて頂いたそうで、本当にありがとうございました。彼女たちを預かるマスターとして、お礼申し上げます」
「・・・頭を上げてくれ。別に大したことはしていない。実際、綾乃たちのことは助けられなかったんだからな」
ギルドの長として深々と頭を下げる清香に、透矢はバツの悪そうな顔をした。
「いいえ、そんなことはありません。アリスから聞きましたが、彼女が到着した時点では綾乃たちはPKされていなかったのでしょう?というとこは、貴方が助けてくれなければ、最悪アリス共々生きたままどこかに攫われていたかもしれません」
「・・・まぁ、それはそーかもしれんが・・・」
清香の言葉に反論出来る要素がなかったので、透矢は渋々肯定した。
「でしょう?貴方は私の大事な仲間を助けてくれた恩人です。ならば、感謝の言葉を伝えるのは当然というものです」
「・・・はぁ、わかったよ。アンタの感謝を受け入れる・・・これで良いんだろ?」
透矢は清香の見掛けに寄らない押しの強さに負け、大人しく感謝されることにした。
「はい、ありがとうございます。出来れば何かお礼をしたいのですが、お金をお渡しするというのも失礼でしょうし、もっと『別の形』でお返しさせて頂きたいのですが・・・何かご要望はありませんか?」
清香はそう言いながらミニスカートを履いた足を透矢の目の前で組みつつ、誘惑するかのような上目遣いで見つめてきた。
「・・・内容はアンタに任せるよ。少なくとも、金を渡して来なかったのは正解だな。そんなことしやがったら、即行で帰ってたところだ」
透矢は思わず清香のカラダに目を奪われそうになりつつも、これから行う交渉を見越して『自分は金では動かないぞ』と暗に示した。
「・・・それは良かったです。私も、お金で動く人は信用出来ませんから、万が一お金や下劣な要求してくるような人だったら、今回のお話は無かったことにして頂くところでした」
すると清香は、組んでいた足を下ろして上目遣いも止め、安堵した表情で優しく透矢に微笑み掛けた。
「俺を試してたのか・・・ここは、流石は大ギルドのマスターだ!って褒めれば良い場面なのか?」
「・・・どうかご無礼をお許し下さい。ですが、事はそれほど重大な問題なのだとご理解下さい。『女狩り』は内輪に信用ならない者を抱えた状態で戦えるような相手ではないのです」
清香は再び頭を下げ、透矢を試していたことを謝罪した。
「いいさ。これから『女狩り』と戦争しようって時に現れた正体不明の男の俺に、全く不信感を抱くなって言う方が無茶ってもんだ」
「ありがとうございます。貴方は、アリスが言っていた通りの人みたいですね?」
「・・・へぇ?アリスは俺のことを何て言ってたんだ?」
透矢は、アリスが自分のことを何と報告していたのか興味を惹かれた。
「実はアリスったら、貴方のことを・・・」
「・・・ちょ、清香さん?絶対に内緒ですからね?」
今まで清香の後ろに黙って控えていたアリスは、急に自分の話になったことで、慌てて口を挟んできた。
「おいおい、まさか隠れて悪口でも言ってたのか?」
「ち、違っ・・・そんなことしてないわ・・・信じて、透矢くん!」
透矢はニヤニヤしつつアリスを弄じると、透矢に疑われていると思ったアリスは必死に釈明した。
「あら?さっきは『透矢さん』って呼んでたのに、今は『透矢くん』って呼んでなかった?私の聞き間違いかしら?」
透矢は清香の流れるような台詞から、アリス弄りに手馴れている印象を受けた。
もしかしたら、アリスは綾乃だけじゃなく清香にも普段から弄られているのかもしれない。
「・・・そ、それは・・・」
アリスは嘘を付くことも出来ず、顔を赤くして俯いてしまった。
「はいっはいっ!透矢さんもマスターもその辺にして下さい。このままじゃ話が進みませんよ?」
すると、綾乃がパンパン手を叩きながら、アリスに助け船を出した。
「・・・それもそーね。それじゃー、そろそろ本題に入ろうかしら?」
「そーして下さい。・・・アリスのことだから、大方『王子様みたいに格好良くて、強くて、優しい人』とか言ってたんでしょう?聞くまでもありませんよ」
綾乃の諫言に耳を傾け、本題に入ろうとした清香を遮るように、諌めていた筈の張本人の綾乃がさらに話を続けた。
「・・・凄いわね、綾乃?一言一句その通りよ・・・」
「透矢くんは聞いちゃだめぇー!」
清香は綾乃の洞察力に感心し、アリスは透矢の耳を塞ごうと飛び掛ってきた。
「・・・いや、今更耳を塞いでも意味ないと思うぞ?」
必死に手を伸ばして透矢の耳を塞いでいるアリスに、透矢はツッコミを入れた。
「・・・うぅ・・・もうダメ・・・恥ずかしくて死にそう・・・」
アリスは透矢の耳から手を離し、そのまま清香のベッドダイブして布団に包まった。
10分後、漸く布団から出て来たアリスは、憮然とした顔で「いい加減本題に入って下さい」と目で訴えてきた。
「・・・さて、アリスも復活したことだし、そろそろ話を再開しようか?」
「そ、そうね?」
透矢と清香は少々アリスを弄り過ぎたかと反省し、早速本題に入ることにした。
「俺が『鉄の処女』に手を貸すに当たって、1つ条件がある」
透矢は、アリスが布団に包まって不貞腐れている間に清香が入れてくれた紅茶を飲み干し、例の条件を言い出した。
「・・・何かしら?」
透矢に話を切り出された清香は、落ち着いた様子で続きを促した。
「アリスと綾乃を俺にくれ」
透矢は遠回しに表現したりせず、直球で要求を突き付けた。
「・・・それは、カラダを差し出せという意味ですか?」
清香は終始浮かべていた笑顔を引っ込め、恐ろしく冷たい目で透矢を睨み付けた。
「それは少し違う。俺の女として、身も心も俺の物にしたいんだ。その為には『鉄の処女』に所属されたままでは都合が悪い」
「・・・つまり、2人のギルド脱退を認めろと?」
清香は若干表情を和らげつつも、透矢に質問を続けた。
「そうだ。惚れた女といつも一緒にいたいと思うのは、当然だろう?」
「・・・・・・貴女たちは、どう考えているのですか?」
清香はこれ以上透矢を追求しても無意味と判断し、アリスと綾乃の考えを聞くことにした。
「・・・私は、透矢くんに付いて行きたいと思ってます」
「私もアリスと同意見です」
「・・・もしや、彼の協力を取り付ける為に、自ら犠牲になろうとしているのではないでしょうね?」
2人の言葉を聞きつつも、清香は未だ透矢への疑いを晴らしてはいなかった。
「違います!透矢くんは人の弱みに付け込んで、女の子を脅すような人じゃありません!」
清香の物言いにカチンと来たアリスは、大きな声で反論した。
「・・・綾乃、貴女もそう思っているの?」
「はい。誰に言われたからでもなく、私が透矢さんと一緒にいたいんです。例えマスターに反対されて透矢さんのギルドに所属出来なかったとしても、私は彼に付いて行きます」
「・・・はぁ、わかったわ。2人のギルド脱退を認めます。但し、今すぐという訳には行かないわよ?今貴女たちが抜けたら、ギルド全体の士気に関わるわ。『女狩り』を倒して周囲が落ち着いたら、頃合いを見計らって2人の脱退を認めることとします」
清香は2人の強い意志を感じさせる瞳に見つめられ、ついに折れた。
「もちろんです!『女狩り』との決着は『鉄の処女』として付けなければ意味がありません!」
「アリスの言う通りです。私も『女狩り』を倒すまでは『鉄の処女』のメンバーとして最後まで戦い抜く覚悟です」
「・・・ありがとう2人とも。絶対に勝ちましょうね!所属ギルドは変わっても、私たちはずっと友達よ?」
「清香さん・・・」
「マス・・・清香さん・・・」
3人は薄っすら涙を浮かべながら抱き合い、必勝と変わらぬ友情を誓った。
綾乃が透矢の女の1人にジョブチェンジしちゃったので、ギルド内の立場も幹部クラスに出世させることにしました。
そしてついに、メイデンのマスター登場。
アリスはもう弄られキャラから脱却出来そうにないなwww