第14話 一目惚れ
アリスが『女狩り』にストリップをさせられている最中、3本の矢が飛来してそれぞれが別々の男たちに突き刺さり、その3人全員が一撃で即死していた。
「・・・ちっ、いったいどこにいやがる?」
突然仲間を殺られた男たちは、アリスを放って周囲を警戒し始めた。
「・・・い、いったい誰が?」
アリスは指示通り1人で来たし、ギルドに援軍の要請もしていないので、何処の誰が『女狩り』を襲撃したのかなど、アリスには見当も付かない。
なので、襲撃犯が『女狩り』の敵だったとしても、アリスの味方であるとは言い切れないのだ。
場合によっては、襲われる相手が『女狩り』から襲撃犯に変わるだけかもしれないのだから・・・
「大丈夫ですか?アリスさん!」
襲撃犯が自分にとっても敵であったならば、隙を見て『女狩り』諸共倒そうと気構えていたアリスの耳に、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
「・・・ま、舞ちゃん?どーして此処に?」
予想だにしなかった人物の登場に、アリスは困惑した。
「アリスさんの様子がおかしかったので、追って来たんです」
舞はそう言いながら、外套を取り出して下着姿のアリスの肩に掛けた。
「なんてバカなことを・・・早く逃げなさい!貴女まで襲われるわよ?」
舞がナイフ使いだったことを思い出したアリスは、偶然このタイミングで来ただけで、襲撃犯とは別件だと勘違いして避難させようとした。
「・・・逃がす訳ねぇだろ?ふざけた真似しやがってこのアマ!覚悟は出来てんだろーな?」
男たちは人質の少女たちを放置し、残った7人全員でアリスと舞を取り囲んだ。
「ま、待って!この子はナイフ使いよ!貴方たちの仲間を撃った犯人じゃないわ!」
「・・・この際どっちでも良いさ。こんなところに来たのが運の尽きだ。この嬢ちゃんにもたっぷり楽しませて貰おうじゃねーか?」
アリスは舞を逃がそうと必死に釈明したが、頭に血が昇った男たちは聞く耳を持たず、仲間を殺られた腹いせにアリスだけでなく、舞をも襲おうと近付いて来た。
「・・・アリスさん。私なら大丈夫ですから、貴女はそこから動かないで下さい」
アリスに背を向けながら舞が取り出したのは、刃渡り50cmほどのククリ刀もしくはグルガナイフとも呼ばれる形状の武器だった。
「・・・見掛けに因らず随分物騒な獲物だな・・・。だが、こっちは7人だぜ?たった2人で勝てると思ってんのか?」
舞の武器を見て、一瞬怯んだ男たちだったが、圧倒的な人数差があることを思い出し、じりじりと間合いを詰めて来た。
「・・・貴方たちは鳥頭ですか?さっきアリスさんが言っていたでしょう?私は弓使いではなく、ナイフ使いですよ?」
アリスや男たちと会話をしながらも頭の中でカウントを続けていた舞は、規定の時間が経った瞬間、一番近くに立っていた男に一足飛びに詰め寄って、首筋にナイフを振り下ろした。
さらに、舞の飛び出しと時を同じくして再び3本の矢が飛来し、おまけに巨大な火の玉と雷が男たちを襲った。
「・・・な、なんだと?」
瞬く間に6人の仲間が殺され、立っているのが自分1人だけになってしまったリーダー格の男は呆然とした。
「・・・さて、残るは貴方だけですね?二度と女性を襲わないと誓うなら、この場は見逃してあげても良いですよ?但し、服以外のアイテムとお金は全て置いて行ってくださいね?」
舞はリーダー格の男に詰め寄り、ナイフを突き付けながら降伏を迫った。
「・・・そんな口約束を守ると思ってんのか?」
男は見え見えの虚勢を張って舞に言い返した。
「貴方にその覚悟があるのなら、別に破っても構いませんよ?但し、次に貴方たちが女性を襲っているのを目撃したら、オークの巣に放り込むどころか、大毒蜘蛛の餌にしますからね?」
「・・・大毒蜘蛛?そんなMOB聞いたことねーぞ?」
男は聞いたこともないモンスターの名前を出されて戸惑った。
「おや、知りませんでしたか?大毒蜘蛛は体長3mの麻痺毒を持ったモンスターです。彼らは獲物を麻痺させて、生きたまま頭から丸齧りするのが大好きらしいですよ?」
「・・・っ!」
男は蜘蛛以上に、そんな恐ろしい所業を淡々と説明する舞の方にこそ恐怖した。
「・・・わ、わかった。もう二度と女プレイヤーは襲わない」
「NPCもです。・・・良いですね?」
「・・・あ、あぁ」
『女狩り』のメンバーはゲーム内でこそ悪ぶって女性プレイヤーを襲ってはいるが、現実ではニートや引き篭もりが大多数である。
そんな彼らがアバターの身とはいえMOBに生きたまま喰われるなどという行為に耐えられる筈もなく、舞の薄気味悪さも相俟って、即座に全面降伏したのは自明の理だった。
「ではアイテムとお金を全てその場に置きなさい。服は結構ですよ?貴方の貧相な体なんて見たくありませんから」
舞は男が不審な行動を取ったら即座に対応出来るように、男の一挙手一投足に至るまで注意深く監視した。
「・・・これで良いだろ?アンタの言う通りにしたんだ。もう見逃してくれよ」
男は装備品から食料に至るまで、所有している全てのアイテムと金を地面に積み上げた。
「・・・良いでしょう。さっさと消えなさい」
「・・・っ」
自分を追って来ないかチラチラと振り返りながら確認しつつ走り去る男を、舞は警戒を緩めることなく見続けた。
その次の瞬間1本の矢が飛来し、走り去る男の後頭部に突き刺さり、男の体はその衝撃でバタリと前のめりに倒れ込んだ。
「・・・甘いぞ、舞。後顧の憂いを絶つ為にも、あーゆー手合いは徹底的に叩くべきだ」
姿は見えないにも関わらず、透矢の声だけが辺りに響き渡った。
「・・・すいません透矢様。あんな男を切ったらナイフが汚れそうだったのでつい・・・」
しかし舞は平然と虚空に向かって謝罪をしていた。
「だ、誰?どこにいるの?」
一方アリスは、次々と起こる急展開に軽いパニックを起こしていた。
「すまんすまん・・・これで見えるだろ?」
そう言いながら姿を現した透矢と雫は、アリスの後方10mほどの地点に立っていた。
「・・・し、雫ちゃん?いつからそこに?」
またもや見覚えのある少女が虚空から登場したことで、アリスはさらなる混乱に陥った。
「お姉ちゃん、もう大丈夫だよー」
「・・・舞が到着したのとほぼ同時にだよ」
アリスに向かって無邪気に手を振っている雫の代わりに、透矢が返事をした。
「・・・ち、近付かないで!」
アリスは初めて見る透矢に対して警戒心を露わにし、慌てて地面に落ちていたレイピアを拾い上げて突き付けた。
「アリスさん、透矢様は貴女に危害を加えるつもりはありません。どうか落ち着いて下さい」
舞はレイピアを構えるアリスの手を優しく握り、真剣な面持ちでアリスの目を見つめた。
「・・・舞ちゃん・・・・・・わかったわ」
アリスは舞の説得に応じてレイピアを下ろし、透矢に対しての警戒を解いた。
「・・・それで?舞ちゃんを矢面に立たせて、貴方は今までどこで何をしていたの?」
アリスは、透矢のことを舞を囮にして隠れていた卑怯者と認識していた。
「いくらなんでも人質がいる状態で10人も同時に相手なんて出来ないからな。確実に一撃で仕留めて数を減らしていく為には十分な溜めが必要だったんだ。その時間を稼ぐ為に舞は自分から1人でやつらと対峙したのさ」
「・・・な、なら、姿を消していた方法は?魔法?それともアイテム?どっちにしても、噂すら聞いたことも無いんだけど?」
厭味を言おうとしていたにも関わらず、理路整然と正当な理由を説明されてしまい、アリスは悔しさを誤魔化すように話題を変えた。
「アイテムだ」
「・・・効果は?」
「自分を含めた周囲1m以内にいるプレイヤーの姿を他のプレイヤーから見えなくさせることが出来るんだ。ちなみに使い捨ての消費アイテムで、最大持続時間は10分間」
「・・・そんなアイテム聞いたことないわ。いったいどこで買ったの?値段は?」
アリスは予想以上の効果に驚愕した。
「まぁ店売りのアイテムじゃないから、知らなくても無理はないさ。これは、あるイベントをクリアすることで貰えるアイテムだからな」
「・・・え?イベントの報酬ってことは、貴方はもう二度と手に入れられないってこと?」
「まぁそーなるな」
透矢はあっけらかんと言い捨てた。
「・・・な、何でそんな貴重なアイテムを使ったの?他にいくらでも有効利用出来るじゃない!」
アリスは透矢のレアアイテムをあっさり使い捨てるような行動が理解出来ず、文句を言う筋合いでもないのに激怒してしまった。
「そんなのアリスを助けたかったからに決まってるじゃないか?」
「・・・え?あ、貴方・・・今何を・・・?」
アリスは、初対面の男に面と向かって何か凄い事を言われたような気がしたが、脳が理解を拒否してしまった。
「だから、アリスを助ける為なら、レアアイテムの1つや2つ安いモノだって言ったんだよ」
「・・・えっと・・・あの・・・その・・・」
真剣な目で見つめられながら、告白めいた言葉を言われたアリスは顔を真っ赤に染めて俯いた。
「・・・アリス、おしゃべりはこのくらいにしておこう。それよりも、彼女たちを何とかするのが先だ」
透矢は未だに倒れたままの少女たちの方に顔を向けた。
「・・・そ、そうだわ!綾乃ー!」
透矢の指摘で友人の悲惨な状況を思い出し、アリスは少女たちに駆け寄った。
少女たちの服や下着はもはや原型を留めないほど引き裂かれていたので、アリスは少女たちに駆け寄るなり、舞に借りていた外套や、自分の着替えを少女たちのカラダの上に掛けて、少しでも肌を隠してあげようとした。
「・・・ごめんねアリス。2人を人質に取られちゃって逆らえなかったの」
アリスに抱き抱えられた綾乃は、自分の方が遥かに悲惨な目に遭ったにも関わらず、アリスを巻き込んでしまったことを謝罪した。
「いいえ、謝るのは私の方よ。普段通り私が一緒に付いて行っていれば、こんなことにはならなかったのに・・・」
アリスは悔しそうに涙を流した。
「相手は10人よ?仮にあの場に貴女がいたとしても、同じ結果だったと思うわ」
「・・・で、でも・・・」
アリスは綾乃の言葉を心のどこかでは肯定しつつも、それが正しかったのだとは考えられなかった。
「それに、貴女が町で彼らと知り合ってくれたお陰でこの程度で済んだのよ。最悪4人全員あいつらのギルドに連れて行かれていた可能性だってあるわ」
綾乃は落ち込むアリスの頭を撫で、頬に流れる涙を指で拭った。
「・・・確か近くにゴブリンの巣があったよな?まだデスペナは20分以上残ってる筈だから、その子らの苦しみの何万分の1かくらいは味わわせることが出来るだろーよ」
アリスたちに気を使って少女らの姿を見ないように離れた位置で会話を聞いていた透矢は、地面に転がる男たちの体を引き摺りながらゴブリンの巣穴に向かって消えて行った。
「・・・ねぇ舞ちゃん。あの人・・・名前なんて言うんだっけ?」
アリスや綾乃たちの代わりに男たちに報復を行ってくれようとしている男の背中を見つめながら、アリスは舞に名前を問い掛けた。
「・・・透矢様です」
舞は嫌な予感がしつつも、正直に透矢の名前を教えた。
「・・・そっかぁ・・・透矢くんっていうんだぁ・・・」
アリスは惚けた表情で透矢が消えた方向を見続けていた。
透矢が妙に優し過ぎるんじゃないか?と感じた方がいるかもしれませんが、今回は『女狩り』に獲物を横取りされたような形の上、アリスを手に入れるという目的もあるので、出来るだけ好印象を与えるように意図的に優しく接しているのです。