第10話 奴隷オークション
透矢は男が消えて去った後も路地を睨み続けていた。
「トーヤ、ひとまず宿屋に戻ろうよ?舞をこのままにしておく訳にもいかないでしょ?」
「・・・あぁ、そーだな」
シャルの言葉に促され、透矢は舞をお姫様抱っこしながら宿屋に戻っていった。
後日知った舞はこの時気絶していた事を本気で悔しがるのだが、今は関係の無い話だ。
「それで、あの男は何者なんだ?シャルは知ってるんだよな?」
舞を寝かしつけたベッドの端に腰掛けながら、透矢はシャルに問い掛けた。
「うん。さっきも言ったけど、あの男は『ディール』ってゆー奴隷商会ギルドの幹部の1人よ。ちなみに幹部クラスのレベルは最低でもレベル50だから、間違っても喧嘩売っちゃダメよ?」
「・・・相当高レベルだろうとは思ったが、最低でも50かよ。こりゃ確かに戦わなくて正解だったな」
透矢は先ほどの男の姿を思い出して体を強張らせた。
「本当はこんな序盤のイベントに出張って来るようなキャラじゃない筈なんだけど・・・」
あの男の登場は余程のイレギュラーだったらしく、シャルは頻りに首を傾げていた。
「確か、俺が『取引を反故』にしようとしたから介入してきたって言ってたな。あの男にとっては、イレギュラーな介入をするほどお気に召さなかったらしい」
「そーね。もしまたギルドのメンバーと取引することがあったら、気を付けた方が良いわ。次は容赦なく殺されるかもよ?」
「そーだな。気を付けるとしよう」
「・・・ところでトーヤ、さっきあの男から何か受け取ってなかった?」
透矢の気を紛らわす為に、シャルは話題を逸らすことにした。
「ん?あー、そーいえばそんなのあったな?」
透矢は無意識のうちにアイテムボックスに収納していた紙切れを取り出した。
「これは・・・オークションの案内みたいだな」
「御丁寧に裏面に会場の地図まで書いてあるわね」
下から覗き込んでいたシャルがそう補足した。
「そーいえば、あの女たちを今夜のオークションに出品するとか言ってたっけ?」
「・・・透矢様。それってどーゆーことですか?」
いつの間にか目を覚ましていた舞が透矢に掴み掛かってきた。
「え?ちょ舞、落ち着け」
「答えてください透矢様!まさかあの子たちが連れて行かれてしまったんですか?」
舞は透矢に掴み掛かったまま質問を重ねた。
「ちゃんと説明してあげるから、ちょっと落ち着きなさい」
「・・・はっ!ご、ごめんなさい透矢様」
シャルがぺちんと頬を叩いたことで舞は正気に戻ったらしく、透矢に平謝りし始めた。
「いや、別に気にしていないから顔を上げろ」
「・・・はい」
「じゃー簡単に説明するわよ?透矢が誘拐犯を撃とうとした時、アンタの背後に別の男が現れて・・・」
舞が落ち着いたのを確認し、シャルは先ほどの顛末を簡単に説明した。
「・・・レベル50以上のギルド幹部ですか。確かにそんな人に出て来られては、今の私たちではどーにもなりませんね」
「あぁ。正直、俺と舞が無事にこの場にいることすら奇跡みたいなもんだ。最悪俺はその場で瞬殺されて初期化、舞は攫われて奴隷としてオークションに出品されていてもおかしくない状況だった」
「それです!あの子たちは今夜のオークションに出品されてしまうんですよね?」
オークションという言葉に反応し、舞は再び興奮気味に身を乗り出してきた。
「あ、あぁ。あの男はそう言っていたな」
舞の急変振りに驚いた透矢は思わず後ずさった。
「どーしよう・・・実は、その3人のうちの1人はプレイヤーなんです」
「・・・なんだと?」
舞の予想外の言葉に、今度は透矢が身を乗り出した。
「ちゅ、中学生くらいの女の子なんですけど、私と同じ格好だったので、たぶん間違いないと思います」
透矢に至近距離で見つめられ、舞の鼓動は早くなった。
「プレイヤーか・・・それで?舞は何を言いたいんだ?」
「・・・お願いします。私にお金を貸してください。カラダを売ってでも必ずお返ししますから」
舞はベッドから下り、床に土下座して懇願した。
「お前のカラダは俺の物だ。他の男に触らせて堪るか」
「で、でも、私あの子を守るって約束したんです!どうかお願いします!」
「・・・落ち着けって。別に貸さないとは言ってないだろ?カラダを売るなと言っただけだ」
「では、貸して頂けるんですか?」
舞はキラキラした目で透矢を仰ぎ見た。
「今の手持ちは、やつらから奪った6万ちょっとだけだ。もしこれだけじゃ金が足りなくて落札出来なかったら、その時は残念だがその女のことは諦めろ」
「・・・はい。わかりました」
「あーそれと、もしその女が俺の好みだったら『俺の女』にするからな?」
「そ、そんなぁ~、またライバルが増えちゃうよぉ」
舞は透矢に聞こえないように小さく呟いた。
「・・・ん?何か言ったか?」
「い、いえ・・・なんでもないですぅ・・・」
首を傾げる透矢を尻目に、舞は近い将来ライバルとなるであろう少女を助けなければならないジレンマに苛まれていた。
「ここが会場だな」
オークション会場である奴隷商会ギルドに到着すると、2人の男が門番よろしく入り口を塞ぐように立っていた。
「何のようだ?ここはガキの来るところじゃねぇぞ?」
門番の1人が透矢たちを威嚇するように怒鳴った。
「今日はオークションがあるんだろ?俺たちも入れてくれよ」
「見たことない顔だが・・・招待状は持ってんのか?」
「招待状・・・これのことか?」
透矢がディールに貰った紙切れを門番(仮)に見せると、急に男の態度が急変した。
「し、失礼致しました!幹部の方のお客様だとは露知らず、大変なご無礼を。どうかお許しください」
どーやらあの男に貰った紙切れは通常の物とは違って、幹部仕様だったらしい。
「あー、いーよ別に。俺たちが新顔なのは事実だし、気にすんな」
透矢は煩わしそうに、てきとーにあしらった。
「ありがとうございます。それではVIP席にご案内させて頂きますので、どうぞこちらへ」
門番(仮)は、最初の粗暴そうな態度とは一転して、執事か何かのように透矢たちを案内し始めた。
「オークションは地下3階の特設ステージで行われますのでここから階段を下ります。足元にご注意ください」
透矢たちは、男に案内されながら薄暗い階段を下りると、だだっ広いホールに出た。
「こちらがVIP席となります。お飲み物はワインでよろしいでしょうか?」
「あぁ。それでいい」
「かしこまりました。少々お待ちください」
男は透矢にお辞儀をしてワインを取りに行った。
「・・・アンタ凄いわね?舞なんて緊張でガッチガチよ?」
「・・・よ、良く考えたら、ここってヤクザの事務所みたいなものなんだよね?」
「まぁ、当たらずとも遠からずってとこかな?」
「と、透矢様が一緒で良かったです。私1人で来てたら中にすら入れたかどうか・・・」
透矢に向かって喋っている筈なのだが、舞はVIP用のソファーに座り、緊張でそのまま正面を向きながら硬直していた。
ちなみに、透矢たちが座っているVIP席は最前列且つステージの真正面だった。
確かにここからなら女の顔がハッキリ見えることだろう。
とゆーか、この位置なら他にも色々見えること間違い無しだ。
ステージは段差の分高くなっているし、透矢たちはソファーに座っている。
結果、透矢たちの低い視点から女の顔を見ようと思ったら『偶然』にもスカートの中が見えてしまうという訳だ。
普通にパンツを拝むも良し、覗かれている事に気付きスカートの裾を押さえながら恥らう姿を観賞するも良しだ。
そんな素晴らしい席が他にも多数用意されているというのに、透矢たちの他にVIP客が来る様子はない。
「・・・VIPが俺たち以外いない代わりに、一般客が結構いるな?」
「ざっと20人ってとこかしら?」
透矢が後方の一般席をちらりと見てみると、こちらをチラチラ見ながら、何やらコソコソと話しているのが聞こえてきた。
「あんなガキがVIP?冗談だろ?」
「バカ!滅多な事を言うな!VIPってことは幹部クラスの友人かどこぞの貴族様ってことだぞ?ただの子供な訳がないだろ?不興を買ったら殺されるぞ?」
「やべぇ、そーだった!聞こえてない・・・よな?」
「・・・・・・・・・」
透矢の耳にはバッチリ聞こえていたが、別にどーでも良いので放置することにした。
「お待たせ致しました。オークションはまもなく開始されますので、ごゆっくりお楽しみください」
「なぁ、他のVIP客は来ないのか?」
透矢は、門番風執事が持って来たワインを受け取りつつ質問をした。
「VIPの皆様方はお忙しい方が多いので、ご来店されるのは年に1、2回ほどでしょうか?本日はお客様だけのようです」
「そーなのか。ありがとう、仕事に戻ってくれ」
「はい、失礼致します」
男は透矢にお辞儀をして去って行った。
「・・・舞の言ってたプレイヤーの女を最優先で落札するとして、金が余ったらもう1人くらい買いたいな」
透矢がまだ見ぬ女たちに心を躍らせていると、ステージ脇から20代後半の男が出てきた。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。ただ今より本日のオークションを開始させて頂きます」