第七話 お茶会は窓辺の日差しの下で
空を巨大な航空艦が移動している。
左右に三艦が直列して合わさり、その中央に他六艦よりも大き目の作りの一艦で構成された全七艦構成の巨大航空都市艦は、EU連合所属艦、『イギリス』だ。
国旗と同じ青を主体とした塗装をなされた全長約二万四千メートルの艦は、空の大気を裂き、ゆっくりと進路を南に向ける。
その甲板上の居住区には、今日も人々が賑わっているが、その様子はいつもよりも活気に満ちている。
この艦が向かう先、国際サミットでの祭の準備だ。
年に二回行われる国際サミットは、各十国家が南極圏に集合し、そこで会議を行うことを定例としている。その際に自国の領土である機関ごと集合がかかるため、毎年各国は観光客などで賑わうため祭が設けられるのだ。
サミットでの移動のついでに行われた中国での貿易を終えて、物資補給も完璧になったイギリスは、その支度も佳境に入っている。
国際性を出すためか、街の店舗街などには万国国旗が張り巡らされ、あちこちに幌を被せられた待機状態の屋台などが準備されている。
そんなイギリスの中央艦、『ロンドン』の中心には、中世の古城を模した石造りの建造物が建っている。
名を倫敦塔。イギリスの中枢であり、監獄の役割も果たすそこは、統括長エリザベスの居城でもある。
その倫敦塔の内部を、一人の青年が歩いていた。
年齢は二十代半ばほどで、右側の前髪が長いアシンメトリーなヘアスタイルをした青年は、イギリスの軍隊所属を表す青の制服を着たその背中、そこに巨大な戦斧を携えていた。
大きさは彼の身長と同じ程度の約一・六メートル、柄の部分を保護するように斧の刃が伸びている。そして刃と柄の接合部辺りには、巨大な青い宝珠が埋め込まれている。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩き、彼は若干緊張した面持ちである場所を目指して歩く。
彼が今歩いている場所は、倫敦塔の闇とも言われる場所、監獄塔の内部だ。
監獄内部といっても、ここは看守などが住む宿舎のエリアであるため、多少黒ずんだような壁のシミ以外は別に目立った汚れもなく、城の内部となんら変わらない綺麗さを保つ。
問題は監獄エリアだ。あそこはコケやカビで廊下、床、天井と構わずに生え揃っており、そして、囚人達の絶叫が決して止むことはない地獄だ。普段は重厚な金属の扉と、防音のための魔術式が組まれているために決してその声は誰にも届くことはない。
彼が一度だけ、その監獄エリアに入ったときのことを思い出して顔を少し青くしたところで、目的の場所へとついた。
綺麗に磨き上げられた木製のドアの前に立ち、彼は一度制服の乱れを直した後、ゆっくりと三回、ドアをノックする。すぐに返事は返ってきて、
『どうぞ』
柔らかなその声に導かれるまま、
「失礼します!」
彼はドアを開けた。
●
まず入って青年が思うのは、
質素な部屋だな……。
という、少し失礼なことだった。
床には部屋の主の趣味なのか、廊下とは違う青の絨毯が敷き詰められ、左脇の奥の隅のほうに何の変哲もないただのベッドがあり、手前側に小さな衣装ダンス。右側にはバスルームに繋がるドアと、ティーセットが置かれた簡単なキッチン、そして鏡台と本棚があるだけだ。
そして、その部屋の中央。一枚だけの窓の前には、小さな丸テーブルと椅子が一組並んでおり、その片方の椅子に目的の人物が座っていた。
青年と同じイギリス軍の制服を着て、肩までの煌く金髪のショートヘアに、眼鏡をかけたその女性は、窓から差し込む陽光を受けながら、一人静かに本を読んでいた。
彼女はこちらに振り向くと、
「何か用かしら?」
と、本から顔を上げ尋ねてくる。
青年は姿勢をただし、少し声を張りながら、
「初めまして! ほ、本日付で英国特殊戦闘部隊、“女王の防盾”所属になりました、アーサー=ディートです! よろしくお願いします!」
緊張していたために予想以上に大きな声を出してしまったアーサーは、少し顔を赤らながら、声をかけた女性を見る。
彼女のことは知っている。恐らくイギリスにいるものでその名を知らないものはいないだろう。
メアリ=フローレン。英国が誇る“原初魔術”使い。
別名“奈落の冷姫”。
そして、この倫敦塔監獄の主でもある。
アーサーもデータや“週間三次元の魅力”に載っていた写真でしか知らなかったが、初めて生で見ると、その異名の意味を知った。
どこか冷たい、氷のような無機質さを覚えるような視線を彼女は持っていた。
しかしその視線も最初の内だけで、こちらのあがっているのが丸分かりな自己紹介を見て、彼女は手を口元に持っていって小さく噴出した。
それを見て、アーサーはさらに顔を赤くする。
それを見たメアリは、
「ごめんなさい、あまりにも可笑しかったから。フフ……、そう。なら私も自己紹介をしないとね」
彼女は本をテーブルに置いて立ち上がり、
「英国特殊戦闘部隊“女王の防盾”兼倫敦塔監獄統括、メアリ=フローレンよ」
彼女は深く頭を下げる。彼女のほうが所属期間は長いが、女王の防盾には階級が存在しないため、基本そういうものを気にしない人間はこのように真摯に接してくれる。
しかしアーサーは慌てて、
「い、いえそんな! 頭を上げてくださいよ! 僕はまだ新米のペーペーですから、そんなイギリス一の有名人に……!」
彼女はあら、と顔を上げ、
「気にしなくていいのよそんなこと。礼儀に上下関係や知名度なんかは関係ないわ。全ての者が等しく行わなければならない常識よ。いえ、義務といってもいいわね」
そう言って、また柔らかな笑顔を見せた。金髪が陽光を受けて煌き、アーサーにはそれが神秘的な光景に見える。
その笑顔には、奈落の冷姫などという異名が付けられた意味が分からないほど、それらとかけ離れたものがあった。
すると、ふと、彼女は自分の背中にあるものに気付いたように、
「あら、あなたそれ……」
アーサーは、はい、と巨大な戦斧を背中から取り外して前に掲げる。
「英国が保有する神罰武装、『欠片絜び』。長年、使用者がいなかったこれの保有者に、今回僕が選ばれまして」
掲げられた戦斧、欠片絜びは陽光を反射し、その巨大な刃をギラリと光らせる。
メアリはどこか納得したような顔を見せ、
「なるほどね。あなたが女王の防盾に選ばれた理由が分かったわ」
「ど、どういう意味ですか……」
メアリはクスクスと笑い、
「だって、あなたどこか頼りなさそうなんだもの。神罰武装の保有者、執行武人になったんだから、もう少し自身ありげにしたら?」
そう言われ、苦笑しか出てこない自分を情けないと思いつつ、アーサーは何か会話を続けようと思ったが言葉が出てこない
十秒ほどたってもいい言葉が浮かばなかったため、彼は一礼し、
「そ、それじゃあ、僕はこれで……」
そう言って部屋を出ようとすると、メアリに引き止められる。
「待ちなさい。もうすぐ三時よ。英国人ならティータイムの時間は守りなさい。特に、女王の側近たる女王の防盾の一員になったのならね」
メアリはそのままキッチンまで歩いていき、ティーカップを二つ取り出す。
「飲んでいきなさい。ご馳走するわ」
アーサーはどうしようかと迷ったが、せっかく先輩であり、有名人な美人が自分をお茶に誘ってくれているということを考えると、
「分かりました。いただきます」
顔は申し訳なさそうに、しかし内心では飛び跳ねながら、彼は部屋の奥へと歩を進める。
彼がメアリの今までいた丸テーブルのもう一つの椅子に座ろうと、欠片絜びを降ろそうとしたところで、閉じられていた部屋のドアがノックの後、部屋の主人の許可もなしに開け放たれる。
「どうもー! あなたのミディア=ハーレンがやってきましたよー!」
現れたのは、前に紅茶の入ったティーカップを載せた盆を携え、袖を取っ払った改造制服を着たテンションが高いを超えてウザい天使族だった。
緑の髪を後ろで縛ってまとめたその天使族は、右の下腕が義腕であり、左側にある翼は根元辺りから存在していなかった。
彼女を見て、アーサーはすぐに誰だか分かった。
(女王の防盾所属。“傷翼”のミディア=ハーレン……!)
彼女もまた、イギリス軍の中では有名人だ。数々の戦いで戦果を挙げ続けてきた、イギリスのエースの一人。身体についた傷もその時のものだと聞く。
改めて見ると、酷いものだとアーサーは思う。
無くなっている右腕もそうだが、天使族の誇りともいえる翼が、彼女にはないのだ。
彼女は自分より若いことも知っている。確か今年でやっと二十歳だったはずだ。そんな若さでそんな傷を負っている彼女を見て、軍人として失礼だと思うが、アーサーは同情してしまう。
しかし、そんなアーサーの心も露知らず、ミディアは部屋の中に入って足でドアを蹴って閉める。
(行儀悪……)
そんな彼女を見て、メアリはハァ、と一つ息をつく。
「ミディア。いつも言ってるでしょ。私は自分のお茶は自分で用意するって」
ああ、なんて出来た人なんだろう、とアーサーはメアリに対する羨望を深める。
「えー、私の愛のこもった紅茶が何で駄目なんですか!?」
口を尖らせて言うミディアに対し、メアリは最初に見せた氷のような白い目を向け、
「あなたの場合、愛情以外にも自分の身体を一部を入れてくるからよ。最初は髪の毛。その次は爪。その次はむしった自分の羽まで入れてたじゃない」
その話を聞いて、アーサーは背筋が寒くなるのを感じた。
天使族には性別はあるものの、それらが恋愛感情の妨げになることはないらしい。曰く、『一つの存在として愛するのにそんなことは些末なこと』らしく、彼らにとっては男同士だろうが女同士であろうが異種族同士であろうが関係なく、好きになったら愛し合うのが常らしく、それらをおかしいと思う概念が存在しない。
噂では確かにミディアがメアリにぞっこんだというのは聞いていたが、
これはさすがにやりすぎだろう……!!
まさか無くした方の羽って、それで無くなったわけじゃないよね、とアーサーはミディアを見て怖くなる。
メアリはそんなアーサーに気付いたのか、やれやれと言ったように、
「今日はお客人も来てるのよ。ミディア。大人しくしなさい」
言われ、ミディアはそこで初めて気付いたようにアーサーを見た。
瞬間、彼女の目が大きく見開かれ、
「誰じゃ己はーーーーー!!」
いきなり高速で突っ込んできたミディアに首をつかまれ、アーサーは脳をシェイクされるほど首をゆすぶられる。
「おどれボケ私のメアリ様に近づくたぁいい度胸ね今すぐ倫敦カラスの餌にしてやろうかああん!!」
早口でつむがれる言葉はまったく耳に入らず、アーサーの耳には風を切る音と高速で上下にぶれる肌色と緑色の何かが見えるだけだ。
「やめなさい!」
カンッ! と乾いた音が聞こえ、首のゆすぶりは解除される。
見ると、メアリがミディアの手から盆を奪い取り、それで彼女の頭を殴打していた。
声にならない呻きを上げ、ミディアは頭頂部を抑えてうずくまる。
「まったく……。今度は何を……」
言って、メアリは手に非難させておいた盆の上に乗っていたティーカップをスプーンでかき混ぜる。
「……今回は何も入っていないようね。……でも、やっぱりいらない」
メアリは顔を上げたミディアにカップを返却した。
ミディアは眉根を下げて、
「えー!? せっかく今回はばれないように液体である私の愛―――――」
そこまで言って、彼女の言葉は、メアリにカップごと顔面を下から強打されて遮られた。
●
後ろ向きに転がっていって、ミディアはドアに後頭部をぶつけ、開脚全開でだらしなくのびていた。
手からぽたぽたと紅茶を垂らしながら、メアリは冷めた目で変態を見下している。
「……愛、がいっぱい詰まってるって言いたかったんじゃ……」
場の空気にいたたまれなくなったアーサーが何とかフォローを入れようと頑張ってみた。
その空気を汲んでくれたのか、メアリも、
「……そうね。いくらあの子でも、まあ……、そこまではしないわよね」
信用しているようでどこか自分を言い聞かせる物言いをしながらそう言うと、ミディアが起き上がって、
「何言ってんですか! 入れたのは私の愛の証である愛―――――」
瞬間、彼女の声が急に聞こえなくなった。ミディアは口を動かしてはいるものの、声はまったく聞こえてこない。
そんな彼女を尻目に、メアリはキッチンの水道で五回ほど石鹸で入念に手を洗い、たてていた紅茶をカップにそそぎ、茶菓子のクッキーと共に盆に載せ、アーサーの元まで持ってくる。
「さっ、飲みましょ」
笑顔で言って、何事もなかったかのようにお茶会が始まった。
●
窓からは忙しく動き回っている城下の人々と、その向こうにユーラシア大陸の前景が見える。
そんな景色を眺めながら、二人のお茶会は続いていた。
「サミット。僕は楽しみですね」
「あら、意外と子供っぽいのね。いえ、見た目どおりと言ったほうがいいかしら」
「いや、本当にいくつになっても楽しめますよ、サミット。僕はフランスのギロチンで切っても同じ顔のアントワネット飴が好きなんです」
「……それ、フランス全体が祟られそうな商品ね」
「あ、売り上げの五パーセント奉納でなんとかなったそうですよ」
「安っ!?」
どんな会話にも応答し、話題がなくなれば自分からも話してくれるメアリのおかげで、アーサーはいつの間にか気兼ねなく話すことが出来ていた。羨望の目で見られる人間というのは、こういう他人に安心感を与えてくれる人間なのだとアーサーは思う。
そんな彼が、チラリと、視線を廊下側に向けた。
そこには、視線で人でも殺せそうなミディアの顔がある。彼女はさっきまで大声で何かをがなりたていたようだが、こちらには聞こえないため二人ともいつの間にか忘れていた。しかし大声を出すのをやめてもなぜか部屋の中央辺りからこちらに近づいてこようとしない。
すると、そんなアーサーの疑問に答えるようにメアリが言う。
「入ってこないんじゃなくて、入ってこれないのよ」
「えっ?」
言って視線をメアリの方に戻すと、彼女は身を乗り出してアーサーの眼前まで近づき、そっと手を伸ばす。
そして、彼の口元についていたクッキーのカスを指ですくうと、それを自分の口に運んだ。
「っ!!?」
アーサーは顔を赤くして、椅子から転げ落ちそうになる。が、隣を見てみると、
「――――――――――」
もはや人間を超えた形相をしたミディアを見て、ついに椅子から転げ落ちた。
「ね? 見てると面白いでしょ」
メアリは笑いながら、それでもこちら側に入ってこないミディアを見てカラカラと笑う。
アーサーは起き上がって言葉を作った。
「いったいなんで……」
するとメアリは紅茶を一口飲んだ後に口を開いた。
「こちらからはよく見えないけど、今、あの子の目の前には壁があるわ」
メアリは淡々と続けて、
「私の術式で作ったあの壁は、そこを境にあらゆるものを停止させてる。空気振動が停止するから声はこちらに来なかったでしょ?」
彼女はさらに紅茶で口を潤し、続ける。
「しかも壁に触れれば、あの子は触れた部分から分子レベルで氷結して、崩れ去るわ。だから入ってこないのよ」
ニッコリと微笑みながらそう言われたアーサーは、それにどう返答しようか迷った。
なぜそんなことを平然と言えるのか。下手をすれば死人が出るかもしれないはずなのに。
少し迷った末に出た言葉は、
「す、すごいですね……」
そんな月並みでオリジナリティのない、つまらない言葉だった。
しかしメアリは気にした様子も見せずに、
「ちなみに、その術式を簡略化したものは、下の監獄の防音壁にも使われているわ」
自慢するともなくそういう彼女の言葉に、空気を変えるチャンスだと思ったアーサーはそれに乗っかることにした。
「へぇー、すごいですね。あの地獄に放り込まれた囚人達の声が聞こえないわけだ」
ハハハ……、と、力なく笑いながら、アーサーはメアリの表所を伺った。
彼女は口元に薄く笑みを作り、
「地獄、ね……」
アーサーは彼女の目を見た。
その目にはまた、冷たい何かが宿っている。
「あなた、あそこに入ったことは?」
あそこ、とは、今の会話の流れからして監獄エリアのことだろう。アーサーはええ、と肯定して、
「前に一度だけ。囚人を収容する任を受けまして。びっくりしましたよ。扉を開けた瞬間、いきなり絶叫が聞こえてくるから」
今でこそ笑っているが、あの時の恐怖は今でも覚えている。人の恐怖が骨身に沁みたのはあれが初めてだろう。
あの声には絶望しかなかった。叫べば見逃してくれる、助けてくれるなどという意思は初めから無い。ただただ己の罪を悔やみ、呪い、誰へとも無く自分への贖罪と怨嗟の色にまみれた声。
そんな彼に向かって、メアリはもう一度薄く笑った。
「人って、恐ろしい生き物よね」
唐突に言った彼女は、しかしアーサーの返答を待たずに言葉を続ける。
「なにせ、地獄以上のものを作ってしまえるんだから」
それを聞き、アーサーはカップの取っ手に伸ばしかけていた手を止めた。メアリは続け、
「あなたはあそこを地獄だといった。囚人達が収監されているだけのあの場所を……」
言いながら、メアリは笑った。
「なら。その奥にあるあの場所は、地獄以上の何か、と表現するしかないわね」
アーサーは、手が震えているのを自覚しながらカップを取り、口元に運ぶ。カップを深く傾け、紅茶をあおる。顔が見えてしまわぬように。恐怖の色が滲み始めた顔を見られてしまわぬように。
そこで、彼は改めて、彼女の異名を理解した。
“奈落の冷姫”。
それは彼女の強さの象徴するものであり、彼女を畏怖するための侮蔑の意味を込めた異名なのだと知る。
しかしそれと同時に、アーサーはふと、彼女の表情から何かを感じ取った。
笑っているその顔は、楽しげでありながら、どこか、
……寂しそうな……?
そう思っていると、カップが空になっているのに気付く。彼はカップを受け皿に戻した。
「あの……そろそろ入れてあげたほうが……」
アーサーは空気にいたたまれなくなり、“壁”の向こうにいるミディアを見た。彼女は相変わらず人からかけ離れた形相をしてアーサーを見る。
「そうね。そろそろ可哀そうになってきたわ」
言って、メアリは指を鳴らす。すると、
「―――――こしゅるぁああああ……」
ミディアの口から漏れる、人以外の何かのうめき声が聞こえてきた。
「ミディア。もういい加減落ち着きなさい。あなたもここで一緒にお茶しましょ」
言われ、ミディアは数秒の沈黙の後、
「―――――はーい!」
甘ったるい声音でこちらに歩いてきた。テーブルに近づいて、アーサーに露骨な舌打ち付きの視線を送ったが、アーサーは見ないふりをした。
「で、私はどこに座れば?」
「空気で我慢なさい」
「おおう!? 私まだ心の底から許されてませんね! そうなんですね!? でもそういうのもいける口か試したいんで頑張ります!!」
そういうのとはなんだろうとアーサーが思う中、ミディアは空気椅子でテーブルの彼の右隣、メアリの左隣の位置に陣取る。
メアリはそんな彼女を見て、笑いながらカップを取りに立つ。
「ねえ……」
メアリがキッチンからカップを取りに立ってすぐ、ミディアがアーサーに話しかける。
その顔は今まで見せていた高いテンションのものではなく、どこか冷めたものだった。
「あんた、メアリ様から何聞いたの」
「何って……?」
「とぼけなくてもいいわ。あんたがあの人にどんな感情を持ったか、向こうから見てても分かったし。顔に出やすいわね、あんた」
軍人としては致命的な自らの欠点を指摘され、アーサーは申し訳なさそうに頭をかいた。キッチンではメアリが紅茶をたてている。
ミディアは続けて、
「いい? 一つだけ言っておくわ」
一息吐き、
「あの人をそんな風に思うな」
言った。そんな風にという意味は、大体分かる。
だからアーサーも問う。
「どうして……?」
「それは……」
ミディアは一瞬口篭り、そして、
「あの人は、不器用な人だから……」
ただ一言、そう言った。
アーサーは言葉を続けようとしたが、しかしミディアはまた先ほどのテンション高めの表情に戻る。それは暗に、この話題は終わりだということを告げていた。
それと同時に、メアリが湯気の立つカップを持って戻ってきた。
「ミディア。アーサーにまだ自己紹介してないでしょ。きちんと挨拶が出来ないと英国人として失格よ」
「はーい」
言ってミディアは空気椅子を解いて立ち上がり、頭を大げさに深く下げた後に持ち上げて、
「女王の防盾所属、倫敦塔飼育委員兼任のミディア=ハーレンです。よろしくお願いします」
倫敦塔では、再世暦以前の中世より、魔除けとしてカラスが飼育されている。今では魔除けの効果を高めるために霊的効果を強めて品種改良されたカラスは、戦闘時では強力な戦力になると共に、並みの人間では手懐けることが出来ないほど強力なものになってしまっている。
倫敦塔飼育委員とは、その称号の名からは想像し難いが、つまりは最強の一角であることを表している。
自己紹介をするミディアの、テンションの高さと先ほどの態度の差に少し違和感を覚えながら、アーサーは立ち上がって、
「新しく女王の防盾所属になりました。神罰武装、欠片絜びの執行武人、アーサー=ディートです」
その言葉に、んん!? とミディアは彼に顔を向け、数泊後、
「うっそだーーー!! あんたみたいのが世界最強の武器を使う八人の一人だなんてアハハハハ!!」
などとテーブルを叩いて爆笑していたが、アーサーが半目でおもむろに背を向ける。その背にある長大な戦斧を見て、ミディアは目を丸くして笑いを止め、
「……今ならまだ、許してくれると思うよ」
「盗んでない! 肩に手を置くのはやめてくれ!」
手を払いながら、アーサーは不機嫌そうにミディアに向き直る。
「ええ!? 国の人選間違ってんじゃないの!? こんなのに貴重な神罰武装を渡すなんて!」
「こ、こんなのとか言うなよ!」
そんな二人のやりとりを見て、メアリはクスクスと笑った。その声に気付いて、二人とも口論をやめる。
そして、アーサーは彼女の、メアリの表情を見る。
それはとても綺麗で、輝いているようにも見える笑顔。
その笑顔を見ていると、彼女は今自分が思っているような人間ではないのかもしれないと思えてくる。いや、実際そうなのかもしれない。
何故かは分からないが、昔から、自分は人の本性を見抜くのがうまいと言われた。褒められているのかは正直微妙だった。なにせ、良くも悪くも人の裏を暴いてしまうのだから。
そんな感覚が告げていた。この人は、悪い人ではないのだと。
そして、そんなことを思っていると、眼前に現れた二本の指がこちらに近づいてきて―――――、
「ぎゃぁああああああ!!」
「なにジロジロメアリ様のこと見てんのよ!」
痛みで熱くなった眼球を押さえ、アーサーの絶叫を聞きながら、メアリはさらに笑う。
本当にいい人なのかな……。
自分の感覚を疑いながら、アーサーは赤くなった目を擦りながら、視力が戻った目でメアリを見た。そこにいた彼女の笑顔は、やはり、悪い人間のものには見えなかった。
「そろそろ海に出るころね」
メアリは窓の外の景色を見ながらそう呟いた。それにならってアーサーとミディアも窓の外を見た。
街の風景を越えた向こうに見えるのは、緑生い茂る大地が続くユーラシアの全景と、その向こう。青い海が広がっていた。
「中国とロシアはまだ多国間の貿易のために出れないんだったわね。大きな国土を持つ国も大変ね」
「でもあいつら、昔のタレントみたいに遅れてくることがカッコイイみたいな感じの奴らも多いって聞きますよ」
イギリスはさらに南に向かって進んでいく。アーサーは大体の予測を込めて、
「この分だと、あと二時間程度で太平洋に出ますね。確か、予定では―――――」
そうね、と一度言葉を挟んで、メアリが続けた。
「この後に、大和と合流するはずよ」
言って、彼女は二人に席につくように促すと、
「さ、まだ時間はあるわ。ゆっくりお茶会を楽しみましょ」
紅茶を一口、飲んだ。
どうも!
今回は新登場のキャラで固めて主人公まったく出てきませんでした。
はたして今回出てきた三人は物語にどう絡んでいくのでしょうか。
それでは、また次回!