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第六話 家族と仲間

 ルナは頭が真っ白になっているのを感じた。

 目の前、肌と肌とが触れ合う距離に、十三年ぶりに再会したかつての少年がいる。

 そしてその文字通り、少年と肌を触れ合わせているのだ。唇同士を。

 唇を通して少年の体温の温もりが伝わってくる。しかしそれ以上に上昇した自身の体温で何が何だか分からない。

 少年の頭越しに見える向こうには、彼のクラスメイトが口をあんぐりと開けたり、無表情のまま固まったり、怨嗟の顔を向けるなどとにかくとんでもないことになっている。

 しばらくすると、唇から圧力と体温が消え、少年、森羅が顔を上げる。その顔は満面の笑みで、

「十三年前の約束とは少し違うけど、とりあえず約束成立」

 そう言った。そんな彼に対してルナは、

「ああきいいええ…ああぜあわ……!!」

 何を言うべきなのか分からず、しかし何か言わねばと口を開いた挙句、このような意味不明の音声しか出てこない。

「これで、もうずっと一緒にいられる、家族だ」

 そう言って森羅は、さらにルナを引き寄せ、抱き締めた。それにまた体温が尋常では無いことになるのを感じる。しかし、

 何だか、私以上に森羅のほうが熱いような……。

 自分より恥ずかしがっているのかと思うが、その割には堂々としすぎている。それとも開き直っているのかと思ったが、

「そうだ、もう家族になるだけじゃなく家族を作ろう!」

「へっ?」

 顔を上げたその顔を見てギョッとする。

 眼がありえないぐらいに血走り、眼光が鋭いものへと変貌している。そして、森羅の両腕には、

心色の炎フレイム・ハート、しかも青炎!?)

 そこでようやくこの異常な状態を理解する。

 心色の炎フレイム・ハートは使用者の感情の起伏で威力が変わる術式だ。そしてそこには効率よく感情を威力に変換するために段階を追っての防壁プロテクトのようなものがかけられており、段階を上げるとそれら解放されて威力が上がる仕組みになっている。それにより発動を続けたまま発散させないと感情内部に余剰心力が逆流し、異常なまでの高揚状態に陥ってしまう。例えるならば炉心融解メルトダウンを起こしかけている状態に近い。

 ただでさえ五段階という高威力の炎を纏い、久しぶりの自分との再開で元々感情が昂っていたのもある上、自分と接するために炎を発散させずにずっと抑えていたせいでこうなってしまったのかと思い、ルナはまだ少し若干混乱した頭で慌てて、

「し、森羅、落ち着いて! たくさん出したら落ち着くから、とりあえずあっちでたくさん出そ、ね!?」

 そのセリフを聞いて、森羅の眼の光がさらに増したのをルナは見た。彼の後ろのクラスメイト達、特に男子たちは地面に拳や頭を打ち付けたりして悔しがっているものでもいる。

 あれ? 私何か変なこと言った?

 確かに混乱で言葉足らずな物言いだったかもしれないが、少なくとも伝えたかったことは伝わったはずだ。

 感情内部に溜まっている心力を熱として排出することで感情を落ち着けようという自分の考えは間違っていないはずだし、それを行いやすくするためにさっき向こうで見つけた川辺でやれば効率も上がるだろうと思ってのことだったが、どうやらここにいる人達はなにか盛大に勘違いしているらしい。

「言うようになったじゃん、ルナ!」

 ビッと右の親指を立ててくる真白に意味が分からず首をかしげると、次の瞬間、視線がすごい勢いで九十度傾いた。

 何が起きたかはすぐに分かった。自分の体が軽く森羅の小脇に抱えられたからだ。

「さぁ行くぞぉ!!」

「え? え!? きゃあああ!!」

 反論する前に、青炎の加速力によって森羅がその場から猛スタートを切って発進した。

「真白!! 今から六時間は俺の部屋―――――いや、家には入るなよ!!」

 遠ざかっていく妹に向け大声でそう叫ぶ馬鹿に対し真白も大声で、

「なんでーーー? 部屋じゃダメなのーーー?」

「台所で裸エプロンもしたいからだ!!」

「ちょっと待って!? 私何されようとしてるの!?」

 裸エプロンという単語にギョッとしてルナは反応する。

 その単語は、前に生活に使えるものがないか粗大廃棄物の処理場を漁っていたときの雑誌で見たことがある。再世暦以前の昔から存在する女性が全裸にエプロンをつけるという実用性皆無の姿のことだ。一説では、時を越えて尚男性に愛される装束の一つということだが、自分がなる分にはたまったものではない。

「はーなーしーてー!!」

「ハハハッ!! 愛い奴愛い奴!!」

 抱えているどさくさにまぎれて尻などをもみくちゃにされているのにも気付かずルナが叫ぶ。

 するとそこに助け舟がやってきた。

「やめろド変態」

 高速で動いていた森羅の体が突然前方に傾いた。

 何事かと思って後ろを向くと、そこには拳を振り下ろした姿の何を考えているか分からない仏頂面の少年がいた。

 拳の打撃点をそのフォームから計算すると、どうやら森羅の後頭部に躊躇わずに振り下ろされたらしい。

 その反動で森羅のホールドが解け、ルナは空中に放り出される。

「きゃ!」

 短い悲鳴の後、彼女はくるんと空中で一回転し、難なく地面に着地した。森羅のほうは顔面を地面に擦って前方に盛大にこけている。

 そしてそれを見下ろしながら、仏頂面の少年は顔に怒気を孕ませ、拳をコキコキとならしながら、

「この大馬鹿が。お前は公衆の面前で女子に恥をかかせた後に家に連れ帰って拉致監禁羞恥陵辱プレイの予告とは、地に落ちていた人間性がマントルまで沈み込んだなグズ」

「いや、そこまで言ってなかったと思うけど……」

 一応、最低限のフォローを入れながら、ルナは少年を見る。

 いくら自分を抱えていたからとはいえ、青炎を発動していた森羅に追いつき攻撃を加えたというこの少年は、果たしてどれほど速いのか、と。

 すると、その後ろから残りの皆が走ってきた。

「おい、クズは捕まえたか!?」

「ああ、ゴミは捕まえておいた」

「じゃあ汚物は消毒しようぜ」

 なぜかどんどん人という最低限の扱いすらされなくなっている森羅を見て、本当に友達出来たのかな、とルナは心配してしまう。

 すると、その心配をよそに、森羅はゆっくりと立ち上がり、

「ふ、ふふふ、やってくれたな、棗、そして皆の衆。お前ら、俺の幸せ家族計画を邪魔しに来た悪の慈善団体からの刺客だな」

「落ち着け、お前とりあえず特撮モノの見すぎだ。その団体結局何がしたいんだ」

 棗と呼ばれた仏頂面は起き上がった森羅に対し、拳を胸前に持ってきて構えを取る。

 森羅はそんな棗を見て、

「やるってんなら相手になんぞーーーーー!!」

 その両の腕から爆発に青の炎を噴出させた。

 そのあまりの火力に向き合っていた棗はもちろん、後ろのクラスメイト全員が顔を覆うようにして怯んだ。

 その光景を見ながらルナは、

(あれだけ炎を出せば大丈夫だけど、それまでに時間をかけすぎた……!)

 これで恐らく感情の高揚はここで一旦止まる。だが、それまでに昂ってしまった感情は時間をかけて冷ますしかない。完全に冷め切るまでの時間、恐らく森羅は暴れまわる。それまでに彼を大人しくさせておかなければ、恐らくとんでもないことになる。

 ここは私が出るしか……!

 ルナは胸の前で拳を合わせる。すると、

「あー、お嬢さん。ちょっとそこどいててもらえる?」

 不意に脇から聞こえてきた声に振り向くと、そこにはいつの間にかジャージ姿の女性が立っていた。

 いつの間にそこに、と思ったが、とにかく彼女が急かすのでそこをどくことにする。

 自分がどくのを確認して、ありがとうと一言述べると、後ろの気配にまったく気付いていない森羅に向かって歩き出していった。

 そしてそのまま森羅の腰に手を回し、

「ん? おお、喜世子先生! どしたんだよ、もしかしてやっとその気になってくれたのか? 悪ぃけど今はルナがいるからな。先生はその後でってことで!」

「ねぇ森羅。あんたに見せてやりたいものがあるんだ」

 そう言って、喜世子は体を密着させると共に腰に回した手をしっかりとホールドした。そのことに密着にしか意識のいっていない森羅は気付かない。

「なになに? 先生の痴態? 先生のエロい姿? 先生の淫らな姿?」

「それはね―――――これだぁ!!」

 次の瞬間、滑らか且つ高速で上半身を後ろに倒した喜世子に引かれ、森羅の体が傾き、その後頭部を地面に叩き付けられた。

 鐘を打ち鳴らしたような轟音が辺りに響き、土煙が舞い上がる。

 土煙が晴れてそこにいたのは、華麗なブリッジを決める喜世子と、それにホールドされて白目を剥き泡を吹いている森羅だった。

 喜世子はホールドを解いて立ち上がり、目の前にいた生徒達に手を挙げて見せ、

「ゴッチの偉業よ。最高でしょ?」

 生徒達から歓声が上がった。皆が喜世子の下に駆け寄り、その手にハイタッチを決める。

 森羅はすごい勢いで痙攣を起こしているが、誰も気にも留めていない。妹すら無視し、喜世子に抱きついて歓声を上げている。

 ルナはそんな彼らを見てどうしていいか分からず、ただただ痙攣する森羅と生徒達を見ていた。


                         ●


 とりあえず森羅をどうにかしようと思ったルナは、彼の元までにじり寄る。

 相変わらず生徒達は喜世子と喜び合っていて気付かない。本当に友達なのかな、と失礼ながら疑問に思っていると、上から影が刺した。

 顔を上げると、そこにあったのは、胸。大ボリュームの胸が自分の前にぶら下がっている。

 これは……!

 何をどうすればいいのか分からずアタフタして、とりあえず自分の胸と比べて見る。うん、負けだ。

「あの~……」

 すると、いきなり巨乳が喋った。魔族ダイモニウスにそんな種族がいたかと不思議に思っていると、巨乳が自分の目線より下に下りてきた。そしてその上にある緑の髪を持った頭部が喋る。

「森羅君の、治療、いいですか……?」

 こちらの様子を伺うように言ってきた巨乳少女に、ルナはこくりと頷いて見せた。

 巨乳は森羅に向けて手をかざす。するとそこから青白い光が生まれ、彼の頭から首までを包み込んだ。

「あなた、治療系魔術の使い手?」

 言葉に、巨乳はビックリしたように一瞬飛び上がり、

「は、はい! 私、一応保険委員で、こういうの、慣れっこだから、ウチのクラス……」

 こういった生死の境をさまようような事態に慣れっこなクラスってなんだろう、とルナは自分の知識をめぐってみるが、そんな例は出てこない。

 そんな中、巨入少女は言葉を続け、

「わ、私、治療とか、補助系が得意で、それで、その、保険委員に……」

 森羅の痙攣が治まっていき、やがて剥いていた白目もゆっくりと閉じていく。そんな彼を見て、彼女はただ一言、

「……ありがとう」

 それに巨乳は驚き、

「い、いえ! 当然のことですから……。あ、私、ルーリィ=ネリオットって、言います。皆は、ルー、って、読んでて……」

 ルーリィと名乗った巨乳に対し、ルナも礼儀として返す。

「ルナリア=アルテミルです。ルナって呼んで、ルーちゃん」

 ルーリィはまたビクリと飛び跳ね、しばらく顔を俯けてモジモジしていたが、やがて顔を上げ、

「はい……こちらこそ、よろしく……」

 二人は峠を越えた森羅を挟んで微笑みあった。

『喜吉先生』

 そこへ、突如として通信が入った。


                         ●


 喜世子の前方に通信用の電子画面が映った。

 そこには茶髪の短く切りそろえた理知的な男子生徒が映っている。

「あら、どうしたのトラ。生徒会長が何の用?」

『その呼び方はやめてください』

 と、生徒会長、虎丸とらまるは嘆息する。すると喜世子の横で電子画面を除いていた獅子緒が割り込んで、

「兄者、十百千神社への術式奉納、済んでおいたから」

 と、勝手に人の通信を私的利用してきた。

 それに対し、兄、虎丸は、

『獅子緒。連絡は終わったらすぐ入れておけといったろう。で、どうだった。いくらになった?』

「今回は結構デキがよかったからね。五万ほどにはなったよ」

『そうだろう。漫画みたいに爆発しても絶対に死なない術式なんてそうそうできるもんじゃないからな。それくらいでないと困る』

「あー、いい加減話戻してくれる?」

 喜世子が頭をかきながら言ったので、虎丸はハッとして気を引き締めた顔つきになり、

『実は、予定していた発進時刻を当初より一時間ほど早くする方向に決まりました。表に出ているのは三年えつ組だけですので、早く戻ってきてください』

「確か、発進時刻って午後二時よね」

 言って、喜世子はもう一枚電子画面を展開した。そこに映っているアナログタイプの時計が示す時刻は十二時四十九分。短縮された予定時刻から計算すればもうギリギリだ。

「ずいぶんと急ね。サミットへの長旅になるから補給は万全にしときたかったんじゃないの?」

『それなんですが……』

 虎丸の顔が神妙なものになる。

『さっき守護兵団から連絡が入ったんですが、この近辺で探知された神力反応の調査に出ていた隊員七名からの連絡が途絶えたらしいです』

 それを聞き、喜世子も眉根を下げた。

「全員から連絡取れないって言うのはやばいわね。集落の人たちの乗船許可は?」

『もう配布され、緊急居住施設の使用許可も出ています。後は皆さんだけです』

「分かったわ、すぐ戻る。そっちも」

 言いかけて、それに割り込むように、

『分かってますよ。というより、こちらはもう仕事は終えてます。後は発進するだけです』

「オッケー。そんじゃ」

 そう言って、喜世子は通信を切った。そして、生徒達に振り返ると、

「聞いたわね、みんな。それじゃ、学園に戻るわよ」

 全員が返事をし、街に向かって歩き出す。

「あの~……」

 それを、ルーリィの声が留めた。

「森羅君は……?」

 そう言って、目の前で幸せそうな顔で気絶している森羅を指差す。

 喜世子はそっか、と思い出したように。

「じゃあ、アンナ。運んで」

「嫌です!!」

 この上ないしっかりした声できっぱりと断られた。

「じゃあ……、男子、誰か運んできて」

「ええーーー!!」

 この上ない嫌そうな声で男子全員が言った。

 そんな男子を見て、喜世子はなぜか一度ディバイブ・コンダクターの柄を握り締めたが、ふと思い出したように、

「そういえば、この授業、私の勝ちだったわよね。ということで、交換条件よ。授業やめて欲しかったら森羅を誰か運びなさい」

「嫌です。こいつ運ぶくらいなら授業受けた方がマシです」

 ハモった。しかも一言一句間違わずに全員が同じセリフを言った。

 喜世子はもう一度時間を確認し、しょうがないなという顔で、

 ディバイブ・コンダクターの柄を握り締めた。


                         ●


 結局、男子たちはジャンケンで誰が運ぶかを決め、アクエリアスが運ぶことになった。

 男子全員は顔に所々殴打された傷を作って森を歩き、街のゲートをくぐって中に入っていく。

 ルナも真白に手を引かれてゲートまで歩いてきたが、その脚がふと止まった。

「ん? どしたのルナ?」

 その問いに、ルナは顔を俯けて、

「いや、私は通れないよ。ここの住人じゃないし、何か問題になったら……」

 真白は一瞬ポカンとした顔になり、次の瞬間、

「あはははははははは!」

 盛大に笑い出した。

「な、何がおかしいの!?」

「大丈夫だよ。一人や二人増えたって分かんないって。今は集落の人たちも収容してるから、緊急時の住人表発行してもらえばいいし。それに」

 真白は一呼吸間をおき、

「ルナともっとお話したいし。でしょ、みんな」

 その声に、皆は振り返って、

「そうですわね。二人との関係も教えてもらいたいですし」

「そうね。知り合いであの馬鹿にあんなことされて抵抗しないって言うのも少し気になるし」

「そうだな。俺はスリーサイズが気になる」

「お姉さんキャラだと俺はいいなぁ」

 後半はなんなんだろう、と思っていたが、女子陣から制裁を喰らっているところをいるとどうやらまともな質問ではなかったらしいとルナは悟る。

 しかし、

「でも、私は……」

 何かを言いかけたところで、一つの声が立った。

「駄目だ!」

 全員の視線がそっちへ向く。そこには、アクエリアスの背から降りて自分で立っている森羅の姿があった。

「し、森羅君……、もう、いいの……?」

「おうよ、ありがとな、ルーちゃん。おかげで首動かすときに鈍い音がする以外全然大丈夫だ!」

 それ大丈夫なのか……、と誰もが疑問に思うが、森羅は気にもせずルナの元まで歩いていき、

「さっき約束したろ。俺たちはもう家族だ。もうどこにも行かないでくれ、ルナ」

 そう言って、彼女の手を優しく握る。

「十三年間、ずっとこうなりたいって思ってた夢が、やっと叶ったんだから」

 ルナがまだ何かを言おうと口を動かす。すると、先頭に立っていた喜世子に通信が入る。電子画面に映った虎丸は、

『喜吉先生。もうあと二十四秒しかありません。急いでください』

 淡々とそれだけいい、通信は切られてしまった。

「あんた達ーーー! もう時間ないから早くしなさい」

 その声を聞き、遅れていたものは急いでゲートの中へと入っていく。

 あとに残されていたのは、森羅と真白、ルナだけだった。

「行こうぜ。なっ?」

「そうだよ、ルナ」

「…………」

 ルナは何も言わない。向こうから皆の早く入れという声と、森羅の『黙ってろバーカバーカ!』という罵声が聞こえてくる。

 やがてルナは決心したように、言った。


「……行かない」


 少し震えた声だった。

 本当は自分も行きたいと思う。だがきっと、自分がいたら迷惑をかけることも同時に分かる。自分がどんな存在かを考えたら、ここにはいないほうがいいのだ。

「ごめんね。あの時の約束、守れそうにない」

「じゃあ、俺も行かない」

 森羅の放ったその一言に、ルナは慌てて顔を上げ、

「それは駄目! 森羅が私のためにそんなことする必要なんてない! あなたにはあんなに友達がいるんだよ」

 もう自分が手に入れることが出来ない、友達というものを。だから、

「それを手放しちゃいけない。絶対に」

 強く言い聞かせるようなその声に森羅は、

「うん。手放す気なんかないぜ」

 軽く言ってのけた。

「それくらいルナと離れたくないってことだよ。俺だってあいつ等と離れんのはやだ。確かに俺のこと変態だのカスだのゴミだのクズだの人間扱いしてくれないときもあるけどさ」

 一息つき、

「それでも、あいつ等は誰よりも俺が信頼してる。そしてあいつ等も、俺を信頼してくれてるから。だから、ゴメンな」

 森羅は言って、

「俺、ルナの言うこと聞きたくねぇ。真白」

「アイサー!」

 真白がいきなりルナの腰に手を回し、その体を抱え上げる。

「え! え? ちょっと!?」

「行くぞ真白!」

「分かってるって」

 森羅は胸の前で拳を合わせ、そこにもう一度青炎を発動させた。

「あと五秒ーーーーー!!」

 ゲートの向こうから、皆の声が聞こえてきた。

 森羅はルナの腰の前で組まれている真白の手を掴むと、

「行くぞーーーーー!!」

 爆発的な加速でゲートに向かって突っ込んだ。

 風が向こうに行かせないと圧をかけて来る中で森羅は言う。

「俺、ルナを誘拐するわ!」

「ええーーーーー!?」

 皆のカウントダウンが聞こえる。残りが一秒になった瞬間、

「ゴーーーーール!!」

 三人が、ゲートを抜け、街の中へ転がり込んだ。

 それと同時にゲートも閉まり、

『ただ今より、艦状かんじょう居住機関・関東。発進します』

 アナウンスが、街中へと響き渡った。


                         ●


 森の中に低く鈍い振動が響き渡る。

 それと共に、関東外周と接触している地面が境界線を境に青白く発光を始める。

 そして、振動に揺られるように、ゆっくりとその境目から金属の外壁が姿を現した。

 地面から伸びるように現れたそれとともに、関東の居住区がどんどん上に上がっていく。地面は水面のように波打ち、吐き出すように外壁を生み出し続ける。

 やがて一分としないうちに、それらは地面から完全に出て、空に浮き上がった。地面は何事もなかったようにただの平地になり、その上には、巨大な居住艦が姿を現していた。

 全長七千六百メートル、全幅二千百メートルの大型艦、『関東』が、空へと浮き上がった。

 大きく開いた街の上方には初期航行時のスピードを得る際の風圧などの干渉を住人に与えないための障壁が張られ、アナウンスが鳴り響く。

『諸事情により当初の予定を変更して、約一時間速く、大和やまと首都(かん)・関東は、国際サミットの会場である南極圏へと出発を開始します。尚、予定では、これより約三十五分後に機関・東北とドッキング。四十分後に機関・中部とのドッキングを予定。後の予定は追って連絡いたします』

 そう言って、アナウンスは終了する。そして同時に、関東全体が微弱な振動に包まれる。充分な上昇を終えた関東の後部大型ブースターから青い発光が起き、光が噴出したさいに起こったものだ。

 地面を遥か下に見ながら、関東は進路を南に向ける。

 そしてゆっくりと、関東は発進した。


                         ●


「おおー! いつ見ても男の子ごころくすぐるよな、この発進」

「男の子は皆メカが大好きなんだよ」

「それには俺も同意だ。“猛進戦隊トッカンジャー”のチョトツロボは最高の一言に尽きるな」

「ええー!? 俺は“判決戦隊ジキソージャー”のバイシンインロボのが好きだわ」

「貴様分かっておらんな。チョトツロボは合体シーンも最高だがそれだけではなく、武器がドリルという時点で最強なのだよ」

「でもあれ怪人死ぬときめちゃグロイじゃん。ドリルブッ刺した時の怪人の腹から噴出す内臓が妙にリアルでさ。臓物はらわたミキサーって子供番組の技名で出したら駄目だろ」

 男子勢は障壁越しに遠くなっていく地面を見下ろして、口々に自分の好きなロボット話を繰り広げている。

 そんな男子を遠めに見る女子の中で、ルナは体育座りでへこんでいた。

「昔からどこか頑固なとこはあったけど、まさかここまでになっていたなんて……」

 ブツブツと怨嗟に近いような声を漏らすルナに、まだ知り合って間もない女子勢は、誰も近づけずにいた。頼みの綱の真白も男子たちの話に加わって『えー!? あのブルーの俳優ってゲイだったんだ!』などと盛り上がっている。

 すると、『いや、あの戦隊はピンクが変身前にスカートで殺陣たてやってるから―――』などと言っていた森羅が気付き、ルナの下までやってきた。

「なーにへこみまくってんだよルナ。もう諦めろって。発進したらもう降りるのは無理だぜ」

 ルナはキッと顔を上げ、

「そういうことを言ってるんじゃないの! 強引にも程があるわよ。私は一人でいいの。そうした方がいいの」

「そんなん知らねぇよ」

 ルナの言葉に割り込むように、森羅の声が告げる。

「俺はルナが一人でいたほうがいい理由なんて分からねぇ。だってルナは、優しくて、強くて、何が大切なのかを知っている人だから。そんな人が、どうして一人ぼっちでいなきゃいけないんだよ」

「でも……」

「分かってる」

 森羅は続ける。

「どうして皆といられないのかって理由も知ってる。だけどな」

 森羅は一息つき、

「家族を一人ぼっちにだけはさせない。それは俺が、あの時から決めている自分のルールなんだ。家族は、皆一緒に居なきゃ駄目なんだ」

 森羅のその言葉に、ルナは胸が熱くなった。

 そして、彼がどれほど強く成長したのかを理解した。

 不意に、あの十二年前の言葉が脳裏をよぎる。

 いつか絶対、会いに行く。そして家族になる。

 今思えばこの約束は、子供ながらに自分のことを理解していた森羅が、今度は自分を救おうとして言ったことだったのかもしれない。

 彼らに会う前も、ずっと一人だった。ただ漠然と今を生き、空っぽの過去を携えて、何もない明日へと向かう。そんななんでもない、希望も何もない生活。

 そんな中、彼ら兄妹と出会い、その生活に意味を持てた。

 その一年後、彼らと別れたとき、どれほど辛かったかのか憶えている。彼らの前で我慢した反動か、一日中涙が止まらなかったことも憶えている。

 自分が意地を張っているのだと理解していた。だからこそ、森羅はそんな彼女を救いたいと思ったのだろう。

 馬鹿だな、と思う。自分のためなんかのために。

「あ、もちろんルナのためだけじゃないから安心してくれ」

 え? と疑問符が浮かんだ。

「俺はさ、みんなのために強くなったんだ。こいつらは俺の仲間だから。家族とおんなじくらい大切なもんだから」

「なにくさいセリフ言ってんだよ」

 森羅の頭部をリョーヘイがメメントモリで殴打した。キレた森羅が拳を振り回すが、リョーヘイは華麗に避けて他のメンバーの輪に加わり、そこで全員と笑い合う。森羅もつられたように笑った。

 それは、あの時最後に見せてくれた笑顔と同じだった。

 それは、森羅が十三年間の間に築き上げてきた大切なものの全てだった。

 そんな彼らを見て、ルナは小さくため息を吐くと、

「ねぇ、森羅」

「なんだよ」

 頭をさすりながら聞き返す森羅に、ルナは顔を近づけ、


「ありがとう」


 その体を、優しく抱き締めた。

 その行動に、森羅は眼を見開く。

「あなたの大切なものを見せてくれて。そして、その中に私を入れてくれて」

 ルナは森羅から離れ、顔を見える位置まで引くと、

「これから、よろしくね」

 笑顔を作った。

 かつての少年に負けないほどの、輝かしい笑顔を。

 森羅は皆に向かって笑顔を作ると、

「ルナが仲間になったーーーーー!!」

 後ろから歓声が上がる。それは友人が増えるというだけではなく、森羅の喜びを分かち合っているように見えた。

 そのさらに後ろから、喜世子が声を張り上げる。

「こらー! 午後の授業あるんだから、見んな早く来なさい!」

 その声に、全員が慌てて校舎の方に走っていく。森羅もルナの手を取って、

「ほら、行こうぜ」

「あ、でも……」

 俯くルナに、森羅は首をかしげ、

「なんだよ、ここにいてくれるんじゃないのか?」

「そ、そうだけど……。学校って、あたし学生じゃないし、入ってもいいのかなって……」

 森羅はフム……と顎に手を当て、

「俺の持ってるコスプレ衣装着てみる?」

「遠慮する」

 どうしてそんなものを持っているのかを問いただす前に、ふと声が来た。

「そんなら、ここの生徒にでもなるかい?」

 その声のほうに振り向くと、壮年の白髪頭の男が立っていた。

「裁牙のおっちゃん!」

「理事長って呼べつってんだろ」

 裁牙は呆れた顔をして二人に近づいていく。ルナはでも、と前置きして、

「そんなことして、いいんですか?」

「いいんじゃないかね? あんたには大事なおい(めい)を助けてもらった借りがある。それに」

 裁牙は自分の胸を叩き、

「この関東機関艦長かんちょう兼大和統括長(とうかつちょう)の俺が言ってんだ。大丈夫だよ」

 その言葉に、ルナは顔を輝かせ、

「ありがとうございます!」

 その場で頭を下げた。座っていた体勢だったため、それは必然的に土下座になる。

「おいおい、そこまでしてもらっちゃこっちが困るよ。ま、大体の事情は聞いてるからさ。色々大変だったんだろ。だったら、ここで手に入れられなかった何かを、掴んでみてもいいんじゃないかと思っただけさ。ま、頑張りなよ」

 そう言って、裁牙は校舎に向かって歩き出す。

「ありがとな、おっちゃん!」

 理事長だっつの、と言って、裁牙は手をヒラヒラと振った。

 森羅はルナの手を取って立たせると、

「やったな! これで家族兼クラスメイトだ! とんでもないコンボだぜこれ!」

 ピョンピョンと自分のことのように飛び跳ねる森羅を見て、ルナも口元が緩む。

 森羅はルナから数歩離れ、お辞儀をすると、校舎へと手を伸ばし言った。


「ようこそ、関東仁悠じんゆう学園へ!」

どうも!


もう十二月ですね。いよいよ今年の終わりが近づいてきました。ここらでまた気を引き締めていこうと思います。


今回のルナの心理描写のシーン、かなりうんうん唸って書きました。難しかったです。


それでは、また次回。

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