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第二話 自由こそが生き様な人たち

 どこかから獣のような悲痛な叫び声が森にこだましている。

 そんな中で、喜世子は背負っていた銃剣両用武装デバイス『ディバイブ。コンダクター』を脇に抱えるようにし、木にもたれかかって静かに、眠るように目を閉じていた。

 その姿はまるで無防備で、まるでピクニックにでも来ているかのような穏やかな顔をしている。

 しばらくすると、喜世子は薄く目を開ける。

「来たわね―――――」

 そう言った直後、彼女の頭上から突如として雷が落ちてきた。

 喜世子はそれを文字通り目にも留まらぬ速さで前方に移動し、直撃を避ける。落ちてきた雷は木の幹に直撃し、その部分から木を真っ二つにしてしまう。

 喜世子はそれを見つめながらディバイブ・コンダクターを背負い直し、辺りを見回した。

「やっぱあたし狙いか。しかし一番槍をエル君が務めるとはね」


『外したっ! 間髪いれずに二番槍、棗くんっ!!」


 そんな声が数十メートル先から聞こえてきたとき、そちらに気を取られて声のした方に向いた喜世子の真逆から、弾丸のようなスピードで飛来してくる人影があった。

 その人影、棗影明かげあきは自身の手甲型武装デバイス『クリスタル・ブレイク』を展開させ、すでに入力してある高速移動型身体強化術式『過速シュトルム』を起動し、さらに残像を消すほど加速をつけ、右拳を振り上げ、思い切り喜世子の後頭部目掛けて振り下ろす。

「もらったーーーーー!!」

 こうしたら死にそうだな、などという配慮は無い。この程度で死なないことを熟知した上で、棗は殺す気で・・・・さらに拳に力を込めた。

「なーにをもらったってーーーーー!!」

 しかし喜世子はディバイブ・コンダクターを鞘から少しだけ抜き、その抜き身なった刃の部分で自身の後頭部に振り下ろされた拳を受け止めた。

「クソっ!!」

「その形の奇襲なら、あと十倍以上は速くなりなさい!!」

「物理的に不可能っぽいですが、善処します!!」

 そう言った棗の顔面に喜世子の回し蹴りが入り、棗は数メートル近く吹っ飛ばされる。

「あらっ?」

 軸にしていた左足首に違和感を感じた喜世子が下を見ると、彼女の足下にはいつの間にか水溜りが出来上がっている。

 そしてその水溜りから水でできた手が伸び、彼女の足首を掴んでいた。

「あら、糸祢いとね。大丈夫だった、頭?」

「そう思うんならジャーマンなんかかけんな!!」

 そう激怒した水溜り、糸祢は、掴んだ喜世子の足を振り回し、何処へともなく投げつける。

 喜世子は空中でクルクルと回りながら体勢を立て直し、投げられた方にあった木の幹を蹴って軽く飛び上がり、フワッ、と、軽く着地する。

 するとその背後から、周りの木々を切り倒し、一本が二メートル以上もある巨大な大剣を二本持った蝶薙ちょうなげアクエリアスが突っ込んできた。

「ふぉおおおおおおおおおお!!」

 雄叫びと共に二本の大剣を振り下ろすが、喜世子はディバイブ・コンダクターを背中から下ろし、鞘に収めたままそれを受け、その反動で後ろに飛ぶ。

「来たわね、チョンマゲ!」

「チョンマゲじゃない! 蝶薙アクエリアスだ!!」

「そう言われたくなきゃ、その髪型やめるか、婿入りして苗字変えなさい!!」

 吹き飛んでいく喜世子を追うアクエリアスの眼前に電子画面が展開され、その中に記載されていたアイコンを数個選択し、それらを展開する。

 すると彼の背中の部分に、後光のように円を描く形で大小さまざまな刀剣が出現した。

「だぁああありゃあああああああアアアアアアア!!」

 大小さまざまな刀剣を、時には速さ重視で短いものに変え、またある時は威力重視で長大なものへと次々に切り替えながら、高速で喜世子と切り結ぶ。

 しかし、喜世子は顔色一つ変えずにそれらをいなす。しかもディバイブ・コンダクダーは一度も鞘から抜いてはいない。

「武器が多けりゃ勝てるって訳じゃないわよ。使えるのは二個までなんだから」

「常識にとらわれたら、その時点で負けるぞ!」

 すると、背面に展開していた刀剣が一斉に喜世子の方に向かってその切っ先を向ける。

 アクエリアスは展開していた電子画面に映っている『射出フルバースト』を迷わず選択した。

「いけぇえええええ!!」

 ちょうど鍔迫り合いの状態に持ち込んだところで、喜世子目掛け一斉に刀剣が射出される。

「歯が溶けるほど甘いっ!!」

 そう言った喜世子の眼前にも電子画面が現れている。彼女はそこに映し出されたいくつものウィンドウを一瞬で処理しきるとディバイブ・コンダクターをガン・モードに切り替える。そして自らが引く形で鍔迫り合いから抜け出し、銃口をアクエリアスに向け、引き金を引く。

 射出された散弾型の光線は目の前にいたアクエリアスごと自分に向かってきていた武器を弾き飛ばした。

「ぐふぉああ!!」

 彼は後ろにゴロゴロと転がっていき、その跡を追うように弾かれた武器が落ちていく。そしてアクエリアスの鉄鋼機構スチール・フレームが防御エネルギー残量0を示し、彼は脱落となった。

「勇猛果敢は良いことだけど、ちょーっと考えが浅かったわね。ま、あんたに当たる分のたまはエネルギー調節しといたから大丈夫でしょ」

 喜世子はガン・モードのディバイブ・コンダクターをガシャッ! とポンプアップする。そこから高エネルギー圧縮札『ライト・カード』が飛び出し、役目を果たしたことで空中で燃え尽きて消えていった。

「く・・・くそ・・・」

 喜世子の読みどおり、アクエリアスは弾が当たった胸部を押さえて立ち上がった。賞賛の声をかけようと喜世子が彼の方を見ると、その口元が薄く笑っていることに気付く。

 反射的に、彼女は三メートルほど跳躍した。

 そこに金属製の重たい拳が振り下ろされて地面を砕く。土が舞い上がり、地面にクレーターが出来上がった。

「やるじゃない糸祢!」

 喜世子は下にいる糸祢を見る。

 そこにいた糸祢の身体はさっきの液体状とは打って変わり、体中が金属に変換され、ピカピカと光を反射して輝いていた。

「まだまだまだだァーーー!!」

 糸祢は下半身を液体に変換し、水流を地面に噴射して重たい金属製の上半身を空に打ち上げる。

 その勢いを保ったまま、空中にいる喜世子に向かって拳を突き出す。

「あら」

 喜世子はそれをディバイブ・コンダクターで受け流す。その反動で重心がずれ、彼女の身体は落下していく形になる。

 糸祢の目がキラリと輝いた。

「これを待っていたー!!」

 糸祢は身体を全て金属に変換し、空中で身動きが取れずにただ落下していくだけの喜世子目掛けてその重い身体で落下していく。

「ウリイイイイヤアアアッー! ぶっつぶれよォォッ!!」

「そんなどこぞの吸血鬼みたいなセリフを吐くと―――――大失敗犯すわよ!!」

 喜世子はガン・モードのディバイブ・コンダクターを自分の真横に向け、バンッ! と。何も無い空間に発砲した。それだけで彼女の身体は反作用の法則で発砲したのとは逆方向に飛んでいった。

「あらァッ!?」

 糸祢は喜世子のすぐ隣を通り抜け、そのまま地面に派手に墜落する。第二のクレーターの中心で、人型にできた窪みの中に埋まってしまっていた。

 そのすぐ脇に、喜世子はスタッ、と着地する。

「あんまりスマートな戦法じゃないわね。応用の利く技なんだから、もうちょっと攻撃バリエーションの可能性を見つけてみなさい」

 クレーターの中心に向かって教師らしくアドバイスを出し、喜世子はそのまま背を向けて立ち去っていってしまった。

 アクエリアスは遠くからクレーターに向かって、

「大丈夫かァーーー!」

 と、声をかけてやった。すると窪みから上体だけを起こした糸祢が、

「くっそ・・・! あの胸なしめ・・・・・・」

 と呟いた。


 ガシャンッ!!


 ポンプアップの音と同時に、彼の後頭部に硬い銃口が押し付けられた。

 それと同時に、金属変換から元の身体に戻っていた糸祢の体中から冷たい脂汗あぶらあせが雑巾を絞ったみたいに流れ出した。

「どんな気分? 糸祢・・・・・・」

 その問いかけに、糸祢はまるで時間が止まったかのように固まって答えられない。

 そんな彼を無視して、喜世子は言葉を続ける。

「動けないのに背後から近づかれる気分ってのはたとえると・・・・・・・・戦いに負けて見逃してもらった男が・・・負かされた相手の聴力も考えずに悪口を言って多少なりとも自分の中の鬱憤うっぷんを晴らそうとした瞬間! グイイッ」

 喜世子は銃口をより強く押し付ける。

「・・・と、動けない男の後頭部に銃口を押し付けられてる気分に似ているってのは・・・・・・どうかな?」

「それ今の状況を普通に説明しただけ・・・」

 やっと搾り出したかすれた声は、しかし喜世子の心を動かさない。彼女は小さく、

「そう・・・・・・」

 と、呟いて、ディバイブ・コンダクターを何回もポンプアップする。

 ディバイブ・コンダクターは普通のショットガンと違い、ポンプアップするほどライト・カードからエネルギーを抽出して、威力や一度の射撃回数を増すことが出来るのだ。

 ガシャッガシャッガシャッ! 

 徐々に近づいてくる地獄の重圧プレッシャーに耐えられず、糸祢は友人に助けを求める。

「助けてーーーーー!! アクエリアスーーーーー!!」

「あっ、アクエリアスならさっき『脱落したから自分は何も関係ありません』ってすごい速さでどっか行ったわよ」

「チクショーーーーー!!」

 ガシャッガシャッガシャッガシャッガシャッ!

 そんな話を続けながらも、ポンプアップの手は一向に休まらない。

「私はね、これでもCはあるのよ」

 そして喜世子がぐずり出した糸祢に向かって言葉をつむぐ。

「でもね、教室にいる生徒が私より大きいから私のが小さく見えるの。だからけして私が小さいわけではないの。分かる?」

「分かります! 分かりましたから助けてください!!」

 ギャーギャーわめく糸祢を見下ろしながら、喜世子はポンプアップの手をピタリと止めた。

「そう、分かったのね」

 糸祢は何回も何回も肯定のために首を縦に振る。

「でも、もう遅い」

 喜世子はニッコリと笑ったまま、引き金を引いた。

「ッ―――――! いやだァアアアアアアア!!」


 チュドーンッ!!


 大地を揺るがすほどの大爆発が起きてから数秒経ち、煙が晴れたそこには、鉄鋼機構スチール・フレーム相殺そうさいしきれなかった余剰エネルギーで黒焦げになっている糸祢と、それを見下ろす喜世子だった。

「糸祢。あんたの敗因はたったひとつ・・・・・・・・・たったひとつ・・・・・・単純シンプルな答えよ・・・」

 そう言って喜世子は気絶した糸祢に背を向ける。


「『あんたは私を怒らせた』」


 それだけ言って、彼女は歩み去っていった。




「本当にあれでよかったのか?」

 アクエリアスは逃走中に合流した棗とエル君に声をかける。

 エル君は自分の目の前に四面ものコマンドスクリーンを展開し、四つのキーボードを休みなく打ち続けている。それを棗が肩車をして運びながら、アクエリアスと並走している形だった。

「仕方ないよ。あの状態になった喜世子先生には何を言っても無駄さ」

「でも、俺は鉄鋼機構スチール・フレームが解除されてて無理でも、棗なら止めに入れたんじゃ・・・」

「アクエリアス。お前は俺が全裸にオリーブオイル塗りたくってライオンのおりの中に入っていくような馬鹿に見えるのか?」

「ライオンがオリーブオイル漬けに喜んでくれるかどうかは知らんが、確かに状況的には似たような感じだな」

 アクエリアスは納得しているが、しかしどこか腑に落ちないような微妙な表情をしている。

 そんな彼を慰めようと思い、エル君は口を開く。

「まあ、死して屍拾うもの無し、って言うし」

「まだ死んでないぞ!?」

「あっ、そうか。まあ別にいいよ。どうせあの状況からの救助なんて死亡届出した後の電気ショックぐらい意味が無い」

「エル・・・相変わらず顔に似合わずえげつないな・・・」

「そんなことより、作戦を第二段階に移そう」

 エル君は忙しそうなふりでキーを叩きながら、第二段階への準備を進めるのだった。




「さーって、と」

 しばらく森を探索していた喜世子は、かれこれ三十分は誰も攻めてこないので、この間使倶シグに入力したばかりの『世界の銘酒丸分かりブック』というアプリを見ながら暇を潰していた。

 使倶シグはこの世界の人間が必ず持つ高純度情報圧縮型端末であり、これによって連絡を取り合ったり電子画面の展開、さらには戦闘用術式を使う者にとってはそれらをを入力・発動までが可能になる。ちなみに喜世子の使倶シグは狛犬型で、名前を『あーちゃん』という。狛犬の阿形の方だからというのはいうまでも無い。

「あいつら、もしかして全員で潰しあう方に切り替えたのかな?」

 イギリス原産の、一本が自分の給料三ヵ月分もするワインのページを眺めながら、ふと、寂しいような感じになる。

 今日はこのようなルールになったが、実際なら教師は実習が終わるまでは特に何もせず、生徒達が戦闘を行っているエリアで監督を行わなければいけない。

 他の教師なら本を読んだりして時間を潰すのだが、生憎ながら喜世子は大抵の本は読み飽きて・・・・・しまっている・・・・・・。かといって寝たりすると、何の用も無いくせに気まぐれに『見学しに来た』などという校長と鉢合わせて小言を言われたりする。それを差し引いても、彼女のクラスには放っておくと授業を抜け出して女子更衣室に行こうとする森羅バカがいるので、寝たりしてその馬鹿が新聞に載るような事態を避けるため寝ることなど出来ないので、ぶっちゃけ戦育の授業中は喜世子にとっては拷問級に退屈なのだ。

 だから今日は喜世子にとっては非常に楽しめる時間になるはずだったのだが、相手が攻めてきてくれなければ神経を使う分、こちらの方が退屈且つ疲れてしまうのだ。

「まあ、でも―――――」

 喜世子はアプリ画面を閉じ、

「ウチの生徒はそう簡単に退屈にはさせてくれないわよね」

 瞬間、喜世子は右に勢いよく飛んだ。

 そして、それとほぼ同時に、さっきまで喜世子がいた場所を高速で何かが突っ切っていく。

 それは数メートルほど先で大きくドリフトして、喜世子の方に向き直る。

 一枚の鋼鉄製の板、サーフボードのような形状をしたそれは、搭乗機型武装デバイス『パルス・ウェーブ』だ。

 それに乗っているのは、その持ち主であるいかにもそこらにいるストリートボーイのようなファッションのノリエル=シーゲット。

 それともう一人。一見すれば浅黒く見える濃い赤銅色の肌をして、額にはサイのように皮膚に包まれた二本の短い角が生えている、鬼族(オルグ)はざま切丸(きりまる)だ。

「あら、ノリエルとキリちゃん。今度の相手はあんた達?」

 喜世子はディバイブ・コンダクターの柄を掴み、臨戦態勢をとる。

 それを見ると、ノリエルと切丸は表情を硬くした。

「行くよ、切丸くん。しっかりね」

「まかしとけ、ノリエル」

 それだけ言うと、切丸はボードの上から降り、ノリエルだけが喜世子目掛けて突っ込んでいく。

 突っ込んでいく途中で、パルス・ウェーブは刃となっている両端の部分がガシャッと音を立てて開き、底から発生した青い光の粒子で刃がコーティングされた。それにより両端部の切れ味はさらに威力を増す。

 喜世子は背中から武装デバイスを下ろして構える。ノリエルはさらに速さを増して突っ込んでいく。

 が、予想だにしないことが起きた。

 いきなりノリエルが大きく喜世子の頭上をまたぐように進路を変えたのだ。

 そして彼が上に移動したことにより、ノリエルの後ろにいた切丸の姿が見えるようになる。

 切丸は自分の身長ほどはある金棒型の武装デバイスを野球のバッターのように構え、そして、

「『衝々しょうしょう撃々(げきげき)崩々打ほうほうだ』ッ!!」

 思いっ切り、それを振り切った。喜世子はそれを見てとっさに自分の前に武装デバイスを防御体勢で構えた。

 すると、ドンッ!! と。喜世子の身体が数メートルほど後ろに吹き飛ばされる。

 切丸の金棒が通った軌道上から、とてつもない速度で複数の衝撃波が飛んで来たのだ。

 さらに飛んでいる喜世子目掛け、上空に移動していたノリエルがボードからビームを発射してくる。喜世子はそれを全てディバイブ・コンダクターで弾き落としながら、地面にすべるように着地した。

 彼女は自分の鉄鋼機構スチール・フレームの損傷度合いを見るが、対衝撃防御が完璧であったため、まだ防御エネルギーは無傷の状態だった。

「いやー、今のは危なかったな。先生ちょっとヒヤッてしたよ」

 素直な感想だ。てっきりノリエルが波状攻撃でも仕掛け、それを援護として一撃必殺としての威力が高い切丸が攻撃を至近距離で当ててくると、二人に遭遇した瞬間に予測していた喜世子にとっては、まさしく最初からその考えを覆されたのだから。

「いやはや、成長したね二人とも。去年とはだんち・・・の戦術に、先生は嬉しいぞ」

「そりゃどうも!」

 ノリエルはボードの端を左手で掴み、ひっくり返るほど後ろに体重をかけて旋回すると、再び喜世子目掛け突っ込んでいく。その途中、使倶シグにアクセスすると、その中から取って置きの式を選択し、起動する。

 バッ!! と。いきなりボード両端に展開されていた青い粒子が矢印の先端のように巨大になる。ボードを掴んだままの体勢のノリエルがそのまま身体を捻ると、ボードはそのままコマのように高速回転し始める。

「一気に決めるよ! これ十秒以上は耐えられないから」

「あら、時間制限付きの技? その分強力なのかしら」

「違う! 酔う!!」

 弱点を堂々と告白しながら突っ込んでくるノリエルを警戒しながら、喜世子は後ろにいる切丸にも注意を向ける。彼は相変わらず金棒をバットのように構え、遠距離からの攻撃に徹するようだ。

 そして、ついにノリエルが喜世子を射程内部に捉える。

「『氷滑斬アイス・ダスト』!!」

 その名のとおり、青い粒子が削られた氷の粒を連想させる幻想的な攻撃が前方から飛来し、

「『震々壁しんしんへき』!!」

 後方からは金棒を振るって発生した衝撃波が壁のように一面を制圧しながら向かってくる。

 さてどうするかと喜世子はコンマ一秒以内で思考を回転させ、すぐに行動に移る。勢いよく地面を蹴ると、そのままノリエルのほうに向かって疾走していく。

 そして鞘に収めたままのディバイブ・コンダクターを前方に構え、回転するノリエルの刃に接触させる。それと同時に、彼女は回転の流れに乗るようにそのまま左に向かって飛んだ。

 バチィッ! と火花を散らせながら、自らも加えた力の勢いで喜世子は吹っ飛んでいく。予想以上に威力が強く、身体がグルグルと回転して視界が定まらない。今日は予想外な事が多いなと驚きながらも、生徒達の成長に少し嬉しく思う。

 オエェェェェェェ!! と、ノリエルのえずく声が聞こえてくるところを思うに、もうあの技自体は停止しているのだろう。あんなもの使うのならもうちょっと三半規管を鍛えろと後で説教してやらねばと思う。

 徐々に視界が定まると、地面に鞘ごとディバイブ・コンダクターを突き刺し、無理矢理勢いを殺して停止する。

 すぐに二人の方に目を向けると、

「ヒィィアッハァアアアアア!!」

 さっきまでえずきまくっていたノリエルは、先ほど切丸が発生させた衝撃波の壁の上を波乗りしていた。

「最高のビックウェーブだ!」

 その声に満足するように、上機嫌になった切丸はどんどん同じように衝撃波を発生させ、波を強くしていく。

「コラー、授業中に遊んでんじゃない! 遊ぶんなら先生も混ぜろー!」

 すぐに武装デバイスを背中に担ぎ直し、教師にあるまじき注意をする。

「止めたければこっちに来てくださいよ先生。でも、来たら多分負けますよ」

 そのあからさまな挑発にカチンと来た喜世子は、ありゃ一発シメてやるか、と物騒なことを思いながら、拳を二、三度握ったり開いたりすると、遊んでいる生徒二人に向け、鉄拳制裁のために地面を蹴って走り出した。

「今だ! イコル君、ゼンオー君、伸太君!!」

 それを待っていたかのように、ノリエルが大声で叫ぶ。それを合図に、近くの木々の間や草むらから三つの影が、喜世子の前に立ち塞がるように出てきた。



 出てきたのは、大柄で目つきは悪いが実は優しい竜人族ドラゴニアのイコル=シロロー。銀色の長い髪に八重歯と童顔が素敵な人狼族ウルフェル双海(ふたみ)ゼンオー。そして色黒でラテン系の吸血鬼ヴァンパイア飯仲尾(いいなかお)伸太しんただ。

 彼らは後ろにいる切丸も含め、クラスでは魔族男子四人組スクウェア・フォースと呼ばれている。

「行くぞ! 気を引き締めていけよ貴様ら!!」

「行くぞ行くぞ行くぞぉー! 行っちゃうぞー!」

「さぁって、行くとしますかね」

 イコル、ゼンオー、伸太はそれぞれが三方向から取り囲むように喜世子に向かっていく。

「「ウアガァアアアアアア!!」」

 その途中、イコルとゼンオーは自らの細胞を活性化させる。彼らの身体が発光し、その形が変わっていき、光が砕け散るように消え去ったときには、イコルは堅牢な鱗の肌と巨大な翼を持つ竜の姿に。ゼンオーは銀の毛並みが美しい巨大な狼の姿に変身していた。

「切り捨て御免!!」

 イコルの鋭利な爪を持つ巨大な腕が喜世子目掛け振り下ろされる。しかし、喜世子はそれを真っ向から拳で受け止めた。ぶつかり合った拳同士から腹の底に響くような重低音が響く。

「しまっ―――――ッ!! インディビデ(ュアルスキル)か!」

「鍛えが足りんわぁーーー!!」

 喜世子はそのままイコルの腕を掴むと、インディビデ(ュアルスキル)・『神秘力豪ミスティ・タイラント』を使い、思い切り振り回す。

 (インディビデ)ュアルスキルとは機械魔術(デジタ・マギカ)で言うところの奥義であり、その名の通りその者が持つ唯一無二の魔術式のことである。

 喜世子が使用している『神秘力豪ミスティ・タイラント』は簡単に言えば身体能力の術式だが、同系列の能力、すなわち『筋力強化特化型』『速度強化特化型』『頑強性強化特化型』全ての特性を兼ね備えた珍しい術である。

 イコルは竜巻よろしくぶんぶんと振り回され、喜世子に攻撃を加えようと突っ込んできていたゼンオーをそのまま弾き飛ばす役割を担ってしまっていた。

「ギャヒィィンッ!!」

 その姿通り犬みたいな鳴き声を上げ、ゼンオーは地面を転がる。

「おい、大丈夫か?」

「平気だい!」

 ゼンオーは起き上がり、かぶりを振って気合を入れなおす。

「おい、シンちゃん。今からでもスーパーモード使え! 今の状態じゃ先生に勝てないぞ!」

「い、嫌に決まってんだろ!」

 伸太は慌てて首を振る。

「男の血なんか使ってスーパー・シンちゃんになるのなんて真っ平ごめんだっつの!!」

「この際我慢しろ! 見ろ。イコル君あのままだと空飛べそうなくらい回されてるぞ。あの女人間じゃないぞ。化物並に凶暴すぎるぞ」

「嫌なモンは嫌なんだよ!」

 イコルが涙目になってハンマー投げのハンマーみたいに放り投げられたが、それでも伸太は首を縦に振らない。

 ゼンオーは焦りながら、

「わ、分かったぞ。なら俺が女っぽい髪型になるから、それで頑張って! 何がいい!? ポニーテール!? それとも三つ編みおさげにするか!? 俺的にはポニーテルの方がいいんだけど、この長さなら中華風のシニヨンにもできるぞ! でもやっぱりお勧めはポニーテールで―――――」

「ポニーテール推しすぎだろ! いくらお前が長髪で女っぽい童顔だからって言ってもな、例えばウンコをカレーだと思って食える奴はいねぇだろ!!」

「お前にとって(俺ら)ってウンコと同列なのか!?」

 伸太の発現に酷くショックを受けたゼンオーだったが、次の瞬間、再び喜世子に向かっていって敢え無く左フックで返り討ちになったイコルに巻き込まれる形で吹っ飛んでいった。『キュッ―――』という断末魔のような小さな声が、すぐ隣にいた伸太の耳に残った。

 ダメージ過多でリタイアとなった二人は変身も解け、小柄なゼンオーの上に大柄なイコルがのしかかっているという最悪な形で地面にのびていた。

 それに一瞬目を奪われていた伸太が慌てて視線を前方に戻すと、いつの間にか距離を詰めていた死神が笑顔で目の前に迫っていた。

「次はお前かぁーーーーー!!」

「やっぱなっときゃよかったぁーーーーー!!」

 後悔を言う口はこの口か! と言わんばかりに放たれた喜世子の拳は真っ直ぐ伸太の顔面に突き刺さり、そのまま折り重なって山になっている失格者組の二人の所にふっ飛ばし、見事頂上にもう一つのしかばねを築き上げた。



「ふぅー。先生スッキリ!」

 額の汗を爽やかに拭い、喜世子は邪悪な笑顔で残りの二人に向き直る。

 ノリエルはその顔を見て本気で『あ、終わった・・・』と思ってしまう。

「ノリ! もう大丈夫だ、行けるぞ!!」

 しかし下から聞こえてきた切丸の声に何とか正気を取り戻す。ノリエルはすぐにパルス・ウェーブに蓄積されたエネルギー量を確認する。

 今までアホのように切丸の発生させてきた衝撃波に乗り、全て受けきってきたのは、それをエネルギーとしてパルス・ウェーブの推進力と攻撃力を跳ね上げるこの荒技を使うためだ。実家の整備工場で改造し、容量を五倍以上にしたエネルギータンクはすでに満タンになっていた。

「ありがとう切丸君! これで今日は半ドン決定だ!!」

 ノリエルは画面に展開されたロックオンカーソルを慎重に合わせていく。しかしそれをさせまいと、喜世子は身体能力を強化したままこちらに向かって突っ込んできた。その速度は速く、おそらくもう数秒でこちらに接触できるだろう。

 しかしノリエルは慌てない。ただ必死に意識を集中し、ロックできるタイミングを見定める。下から切丸が不安げな視線を送ってきているのが分かるが、それでも焦らない。むしろそれを糧により一層集中する。

 そして距離が十メートルを切った時点で、カーソルが完全に喜世子を捕らえた。

「行っけぇえええええ!!」

 ノリエルは推進力を最大値に上げ、パルス・ウェーブを射出した。轟ッ!! と巨大な音を立てながら空気を切り裂き、コンマ一秒足らずで喜世子の目と鼻の先程の距離に詰め寄る。両端部の刃は今は実体剣に戻してあるが、それは切丸から供給された振動をそのまま開放し、超々高周波振動ブレードへと変貌を遂げている。触れればいくら身体強化術式を展開しているとはいえダメージは必至だ。それはこのまま行けば喜世子の喉元に直撃するコースを進んでいる。

 そしてその距離が数センチにまで迫った途端、喜世子はほんの少しだけ身体の心をずらし、そのコースから外れようとする。

 ノリエルは高機動下での反応支援術式でそれを確認すると、ボードを回転させ、回転力で威力を上げた一撃を叩き込もうと重心を低くした。

 しかしそれがまずかった。重心を低くするときに必然的に低くなる頭部、顔面に、喜世子の突き出した拳が思い切り突き刺さった。

 自らの速度も相成って高威力のカウンターを喰らう形になったノリエルの身体は喜世子の腕一本で遮られ、その衝撃でパルス・ウェーブはノリエルの脚を離れて制御を失い、木々を薙ぎ倒しながらどこへともなく飛んで行ってしまった。

「触れられないんだったら、触れられるところを叩くのみ。ダメよ、絶対的優位なときでも気を抜いちゃ」

 そのアドバイスはすでに気を失い、防御エネルギーも切れて脱落したノリエルには届かない。喜世子は鼻血を出しているノリエルをそっと地面に寝かせてやる。こういうちょっとした優しさが、傍若無人な彼女が生徒達に慕われている理由でもある。

 さて、と後ろを振り向いてみると、一目散に自分に背を向けて走る切丸が目に映った。

 喜世子の眼光がギラリと怪しい輝きを見せ、驚くほどの跳躍で十メートル以上距離が離れていた切丸の上に着地し、すぐにマウントの体勢をとる。

 パニックであうあうと言葉にならない声を上げていた切丸は、喜世子が顔面に放った一撃で、すぐに静かになって動かなくなった。




「やられたァーーーーー!!」

 魔界男子四人組スクウェア・フォースとノリエル組の戦闘を遠距離から観察していたエル君は頭をボリボリとかきむしりながら叫ぶ。

「おい、どうなってる。ノリエルの新技があれば何とかなるんじゃなかったのか、エル」

 その光景をエル君の使倶シグから転送された画面で見ていたアクエリアスがあきれたように言った。

「途中までは良かったよ。でも甘く見すぎてた。まさかあそこで『鋭加神経ハード・コマンド』と多重唯技(デュアルリンク)できるなんて・・・。完全に僕の読み違えだ」

 機械魔術デジタ・マギカ唯技(スキル)を二つ以上同時に発動する技術を多重唯技デュアルリンクと呼ぶ。

 ノリエルの一撃が当たる一瞬、喜世子の反応なら避けることまでは可能であるとはエル君はふんでいた。だが計算違いだったのは、喜世子があのタイミングで自身の持つもう一つの唯技(スキル)、感覚神経を鋭敏化させ、反応速度を数段階上に上げる『鋭加神経ハード・コマンド』をあの土壇場で発動させたことだった。

 感覚を跳ね上げる鋭加神経ハード・コマンドと身体能力を向上させる神秘力豪(ミスティ・タイラント)。これほど相性のいい技同士は無い。なにせ鋭加神経ハード・コマンドで向上した反応に神秘力豪(ミスティ・タイラント)で強化された身体能力が加われば、一メートル以内の距離で撃たれた弾丸など簡単に叩き落とすことが出来るからだ。実際に酒に酔った喜世子が繁華街のチンピラともめてその荒技を使ったことがあるのを、クラスの人間なら誰でも知っている。

「っていうか、リョーヘイ君やマキちゃんには制御チップ渡しておきながら自分は一切加減してないよ! さてはあの暴力女、初めから約束守る気無かったな。くっそ~・・・理事長に今までの非道の数々を暴露してやろうか」

 エル君が今までの喜世子の暴挙の数々を脳内で箇条書きにして整理していると、近くの茂みががさがさと揺れ、中からいつも何を考えているか分からない棗影明の仏頂面が顔を出した。

「いや、そうでもないぞ。喜吉きよし先生が本気を出したら、開始三分で決着が付いている」

 茂みからのそのそと体を出しながら棗がエル君をなだめる。彼はエル君に言われた次の作戦の仕込みが終わり、今帰ってきたところだった。

「分かってるよそんなことくらい。まったく、あのチート性能は本当に厄介だよ」

 棗の方を見もせずに、エル君はイライラしながらキーボードを叩く。

「あと残ってるメンバーは森羅君を抜いて八人。せめて欠席してる四人がいれば戦況も変わったんだろうけどなぁ。獅子緒ししおさんがいればなぁ」

「まあ、今残ってるのはほとんど女子だし、戦闘向きは羽撃とアンナしかいない。エルも直接戦闘は無理だし、まともに戦えるのは六人。あの怪物教師を相手にするには心許こころもとないな。あっ、そう言えば比較的無傷だから忘れてたけど俺脱落してたな」

 木にもたれかかりながら、アクエリアスは思い出したように言う。思えばあの台風のような戦闘教師と一戦交えてこの程度だったことに、彼は少なからずホッとしていた。

「ってことは戦闘要員は実質五人か。一番いいことを言えば、森羅が何とかこちらの軍勢に加わってくれればいいんだが―――――」

「俺がどうしたって?」

「だから森羅を仲間に引き込めれば―――って、うわぁあ!?」

 とっさにアクエリアスはその場から飛び退く。

 見ると彼が今まで寄りかかっていた木の枝に、森羅が逆さまになってぶら下がっていた。膝の裏で木に引っかかりながらいつものヘラヘラとした表情をしている。

「し、森羅!?」

「そうだよ、森羅だよ」

 勢いをつけ、くるんと一回転して森羅は地面に着地する。それを見て三人は後ろに数歩下がった。

「んだよ、どうした? 何そんなに怖がってんだよ?」

「お前、一時間も経ってないのにもう俺らにしたこと忘れたのか・・・いいか、よく聞け森羅。俺はな―――」

 アクエリアスは言いながら、いつでも武器を展開できる体勢を取っていた。すでに脱落して入るものの『またまたぁ、そんなこと言うのはお前らしくねぇな』などといって攻撃されないとも分からないからだ。

 棗はすでにクリスタル・ブレイクを展開して戦闘態勢に入り、エル君も逃げるための準備をしている。

「って、おい! 何お前だけ逃げようとしてる! 立場的に俺だろ!」

「エル君! ここに来てそれは無いと俺も思うぞ!」

「無理だよ! 僕が真っ向勝負で森羅に勝てるわけ無いだろ!? だから二人の邪魔にならないようにここは撤退を―――!」

「「させるか!」」

 アクエリアスと棗は一斉にエル君に飛び掛り、押さえ込む。もともと小柄な上に戦闘向きではないエル君は、体格のいい二人に押しつぶされて簡単に無力化された。

「は、離せー!」

「誰が離すか! いいから戦え!」

「死ぬときは一緒だ。エル君!」

 男三人がギャースカと喚いているうちに、森羅は三人下に歩み寄っていく。

「おいおい。何勘違いしてんだ? 俺がいつお前らと戦うなんて言ったよ」

「「「えっ?」」」

 その言葉に、本気で嬉しそうな声を出す三人。

「ほ、本当に戦う気はないの?」

「ああ」

 森羅は拳を胸の前で合わせて上下に擦る。そうすると、彼の拳にオレンジ色に発光し、それとまったく同じ色の炎が発生した。

「俺は単純に、みんなを無力化しに来ただけだから」

 その声はまったくいつものトーンであったはずなのに、なぜか三人には地獄の底から自分達を呼ぶ亡者の声に聞こえた。

「っていうかいつの間にテンションがそこまで―――!」

「馬っ鹿だなぁ。二段階までなら女の子のパンチラ妄想しただけでもいけるんだって」

 エル君の疑問にニコニコ顔で答えながら、森羅は腕を振り上げた。

「三人ならやっぱ、こんくらい威力ないとな」

「待て! 俺は実はすでに脱落してて―――――!」

「くそぉ!!」

 アクエリアスの言葉を遮るように、半ばやけくそで棗が拳を構え、森羅に向かって飛び掛っていった。

 しかし森羅は別段驚きもせず、ただ一言、

「『橙炎とうえん』」

 技名を言い、思いっきり突っ込んできた棗に拳を叩き込む。喰らった棗はオレンジ色の炎を纏ったままエル君の所に吹っ飛び、非難しようと走り出していた近くのアクエリアスも巻き添えに盛大に爆発した。

 爆煙が晴れて現れたのは、黒焦げになり防御エネルギーが切れて動けなくなった三人だけだった。

「いやー、これで残ってんのは俺入れて六人か。ルーちゃんは多分戦わないから五人かな?」

 森羅は額を拭い、からからと笑いながら他のメンバーを探しにどこかへと行ってしまった。その姿はまるで悪びれた様子も無く、むしろ清々しくさえもあった。

「あの・・・や、ろう・・・俺巻き添えじゃねぇか・・・」

「虚しい・・・」

「くや・・・し・・・」

 最後の力を振り絞って言葉を残した後、三人は揃って気絶した。


 棗影明、エル=エル、脱落リタイア

 蝶薙アクエリアス、とばっちり。

 残り六人(欠席四名)。




 少女は街に到達した。

 基本的に街と森の境目である外周部には結界が張ってあるのだが、悟神族以外のものならば簡単に通ることが出来る。

 しかしそこには同時に小さなゲートがあり、数台のカメラが侵入者に対して常に目を見張らせている。少女は今の形式となった国家に属していないためこの街、『関東』には正式な形での入場を行うことが出来ない。

 仕方が無いので、少女は軽く能力ちからを使うことにした。

 彼女が軽く地面を蹴ると、一瞬でその身体はゲートを突破し、街の中に入ることに成功した。おそらくカメラには何かが写ったというのがばれているだろうが、画像を解析してもばれない自信があったため、少女は何食わぬ顔でその場を離れる。

 少女は人込みを縫うように進み、目的の場所を見つけた。少し古ぼけた感じのするその建物の中に、何のためらいも無く足を踏み入れる。

 そこには、一人の女性が笑顔で立っていた。愛嬌の溢れた丸っこい顔。見ているだけで人を和ませるような不思議な魅力がそこにはある。

 少女はその女性の目を真っ直ぐ見て、言った。


「コロッケ十個下さい!」

「あいよ!」


 女性、総菜屋『風見かざみ』のおばちゃんは笑顔で返事をし、慣れた手つきで目の前にある大皿からコロッケを取り、僅か数秒足らずで少女に注文の品を手渡した。

「はい、十個で五百円ね」

「はい」

 少女は嬉しそうな顔で代金を払い、嬉しそうな足取りで店から出る。

 早速手に持った袋からコロッケを一つ取り出しかじった。

 カリカリと香ばしいころもに、中から溢れる芳醇なじゃがいもとひき肉のうまみに思わず頬に手を当ててしまう。冗談ではなくほっぺたが落ちそうになったと少女には感じられた。

 早々に一個目を食べ終わると二個目を取り出し、口に運ぶ。が、その手が途中で止まる。

 少女の目は、前方にある地図看板、そこにある『関東区総合霊園』という場所に目が止まっていた。

 そしてその顔が、少し悲しさを帯びたものになった。

「先に、行っておかないとね……」

 そう言って地図で道順を確認し、少女は霊園へと向かって歩いていく。

 その足取りはどこか重く、どこか、儚げだった。

どうも!


まだ始めたばかりなので早めに投稿しようとしてたんですが、少し時間がかかってしまいました。申し訳ない。

次回はもうちょっと早めに最新話出したいと思います。

質問、感想など随時待っていますのでお気軽にどうぞ。


それでは、また次回。

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