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第十七話 血潮たぎる戦人

 大和二番艦“北海道”は大和の自給生産の面で麦などの穀物や乳製品の生産量が一番であり、牛や馬の放牧のためなどもあり、自然区画が表層部の六割を占めている。

 そこの自然区画の丘の上に立つ人影ある。長衣を着込んだ長身だ。

 長身が立つ丘は馬の放牧場近くにある。そこから見える放牧場は、普段は乗馬体験などを行っており、特に昼頃に行われる、職員が簀巻きにされて馬に引きずられる獄門ライダーショーが一部の者にとっての人気となっている。

 長身は丘の上に吹く強めの風で長衣をはためかせながら、おもむろに手を前に伸ばした。

 虚空に伸ばされた手には何もない。が、それに反応するかのように、動きが生じた。

 長身の周りの地面に、無数の小さな光が生まれる。最初は豆ほどの大きさだったそれは徐々に巨大になり、やがて一つが三メートルほどの大きさになったところで、

「―――――ブハァ!」

 長身は大きな息をつくと、両膝に手を置いて肩で息をする。

「ったく、僕もこの後動くのに、何で一人でこんな重労働しなくちゃいけないの。誰か手伝ってくれよ……」

 そんな愚痴をこぼしたときだった。長身の目の前に一つの光が生じる。

 電子画面に似ているが、微妙に違う。鳩が翼を広げたようなデザインの白い光の板は、原初魔術プロト・マギカ以前からある術式、啓示板リブラティオネムだ。白の板面には同じく白い文字で文字が浮かぶ。

『美神:つべこべ言わずに頑張って』

「強制と懇願を同時にやってきたよあの女」

 今度また文法を教えてやろう。でないとまた会話が繋がらなくなる。そう思って長身は啓示板を閉じる。そして、着ている長衣から何かを取り出した。

 何かの角、としか表現できないものだった。透き通る程白く磨かれたようなその角は白さゆえ半透明になっており、そこにはまた違った色が見える。淡い水色の光を放つそれは、心力の放つ光だ。

 長身は角の先端部を軽く咥えると、

「―――――」

 一気に吸い上げる。心力はどんどん量と輝きが失われ、やがて枯渇する。口から角を離すと、角は光の粒子となって虚空に残滓を残し、やがて消え去った。

 消えた角を見送り、長身はフゥ……、と一息つくと、

「もう一頑張りしますか」

 言って、また右手を虚空に掲げる。地面の光はまた成長を再開した。

 そう、頑張らなければ、と長身は思う。

 今日この夜行われることが、恐らく自分達にとっての最大の分岐点になる。これが成功しようと失敗しようと、必ず世界は大きく動き、変わろうとするだろう。

 光がどんどん強くなる中、長身は自分の口元が綻んでいることを自覚する。

 これが成功すれば、自分達は再び歴史の表舞台に立つことだろう。そして失敗すれば、世界がそれに対してどのような反応を示すのかを見ることができる。どちらも興味深い。そのどちらもが、

 ……面白い―――――。

 顔を上げると、すでに光は他のものと交じり合い、長身を中心に巨大な一つの円となっていた。

「さて―――――」

 放牧場のほうがなにやら騒がしい。大方、馬がこの光に脅え、それを不審がった職員が様子を見てコレを見つけたと言ったところだろう。

 そうすれば、ここにも人がやってくる。だからというように、長身は掲げた右手を振り上げ、叫んだ。

「行って来い! 我等が宿願のために!!」

 それに答える動きが生じた。地面の巨大な光の円から、五メートル大の球体が無数に生まれ、一斉に夜の空へと打ち上がっていったのだ。

 それらは一定の高さにまで上がると、弾けたような動きと共に別々の方向に散っていく。そして、それらが向かった先は、大和の構成艦全艦だ。

 光が消えた丘の上で、夜風に頬を打たれながら、長身は空を見上げていた。

「始めよう。人類」

 どこかで何かが落下する重音が聞こえた。

 場所は大和第七艦。“沖縄”だ。


                         ●


 勉夢星ベムスターのテラス席は騒然としていた。

 客の大半が見入っているテレビに映る光景は、こちらからは数百メートル行った先にある近場の鉄騎鎧レースの行われるスタジアムが移されている。

 そんな中でまず起きたのは森羅の、

「何だコリャ……」

 という声だった。

 先ほどまで観客が湧き、鉄騎鎧が走り回っていた会場は、コース上に謎の光が降り注いで爆煙を立ち上げ、観客席は我先に逃げようとする観客達で完全にパニック状態だ。

「おいおいどうなってんだ? なんかのイベント? 花火の打ち損じか?」

「イベントでこんなことになるわけないだろ。サプライズにしても趣味が悪すぎる」

 いつの間にか隣に立ってテレビを見ていたリョーヘイが言葉を放ったときに、いきなり画面が移り変わった。そこに映ったのは、炎の壁に行く手を阻まれるように立ち尽くす、白に朱のラインが入った人型の鉄騎鎧だ。

「ギガント・ジークだ」

 見覚えのあるその機体に、皆が画面に顔を近づけた。

「おい、待つんだぞ」

 一つの声がたった。それは、下のほうからテレビ画面を見上げる形で見ているゼンオーだ。彼は目を細めて画面を見て、

「ここ」

 言って、テレビ画面を指差した。そこはギガント・ジークの前にある炎であり、

「ここに、何かいるぞ」

 その言葉に、皆も目を細めて画面に近づくが、見えるのはただ揺れるあけの色だけだ。ただ一人、後ろのほうにいるイコルも見えるといっている。

 そもそも、人狼ウルフェル竜人ドラゴニアはかなり視力が高いため、常人がそれの真似事をしようにも無理がある。そのため誰もが諦めて、一度身を引いたとき、それは起こった。

 炎の壁の向こうから、何かが飛び出してきたのだ。それを見て身を引きかけた全員がもう一度テレビに身を傾ける。

 壁を越えてきたものは、朱に対して驚くほどの白だった。人の形をしたそれは、驚くほど細い。白の甲冑を纏ったその姿は、二の腕や太腿、腰周りがさらに一回りほど細く、木の棒と比喩してもいいかもしれない。頭部の兜にはいくつもの縦のスリットが入っており、その奥の二つの瞳は鈍い光を放っている。

 やがて飛び出したそれは、地面に着地する。ダラリと手を下げた蛙のような体勢のまま、俯かれていた顔を一斉に上げると、鈍かった眼光が一際強い光を放った。

 それを見ていた誰かが叫んだ。

「あれは、ヒトガタ!」

 言葉が飛んだと同時、画面の向こうのヒトガタが、ギガント・ジークに向かっていく。


                         ●


 ヒトガタが一斉に飛び掛ってきたとき、ノリエルの反応は速かった。

 すぐに操縦桿の先にあるスイッチ群の中から一つを選び、それを押した。

 ガシュッ、という重い金属音と共に、ギガント・ジークの両肩にマウントされていた機関砲が上にスライドし、前にせり出してきた。四輪車形態のときはマウントされた状態で発砲するため、普段は折りたたまれているグリップ部分が展開し、すぐさまそれを掴みマウントラックから引き抜くと前方に向ける。

 同時に、ヒトガタが接近してくる映像が映る画面に照準器が表示されるが、

「必要なし!」

 照準を合わせることをしないまま、ノリエルは操縦桿のトリガースイッチを入れた。

 直後に、機関砲が火を噴いた。銃口から連続した重音を響かせながら、マズルフラッシュと共に弾丸が乱れ飛ぶ。照準を合わせていないため、発射というより吐き出しているのに近い。

 すでに目の前にまで接近していたヒトガタはなすすべもなく、ただ撃ち出された弾丸に自ら当たりに行く形となった。機関砲に装填された二十五ミリ弾は、外れてもその余波で近くにいる敵を吹き飛ばし、直撃を受けたものは被弾部位から粉々に弾け跳び、そのむくろは地面に落ちる前に淡い心力の粒子となって空へと昇る。

「よし!」

 操縦桿を握る手に力を込めたノリエルだが、直撃をまぬがれたヒトガタ達が横一列に壁のように並び、またこちらに向かってくる。

 向かってくる白の兵士は、皆一様に両手を真横に広げる。その両の掌から光が伸び、鈍い色を放つ刀身へと変化する。

「くらえ!」

 ノリエルはトリガーを入れて発砲した。今度は照準を合わせて放った弾丸が列を構成する中央部へと向かって放たれる。向かってくる数は九体。中央部へ撃ち込めば、端にいる個体も吹き飛ばせる許容範囲だ。

 だが、目の前のヒトガタ達は思わぬ行動をとった。列を構成する両端部にいた四体が速度を上げて列の前に躍り出ると、弾丸が放たれた中央部にその身を割り込ませてきたのだ。

 弾丸が割り込んできたヒトガタ四体に命中する。爆ぜ吹き飛んだ仲間を尻目に、後ろで守られていた五体が飛び上がり、斜め上に向かう軌道でこちらに突っ込んできた。

 すぐに腕部マニュピレーターを上方に補正するが、それよりもヒトガタがこちらに組み付くのが早かった。

 まず機関砲を構える腕部に二体が両手両足を使って組み付き、両肩部に脚を絡めて二体。残りの一体が胸部に絡みつく。

 振り払おうと操縦桿を動かすノリエルだが、絡みついたヒトガタが関節部に手から生えた刀身を突き込み、それが噛んで関節部の動きが全て止められる。

「クソ! ジーク!」

『駄目だ、完全に噛んでる! 抜かない限りこれ以上動かせない!』

「ええい!」

 吐き捨てたと同時に、丁度機体胸部に当たるコクピット前面から衝撃音が走った。

「何!?」

 急いで頭部カメラを下方向に切り替えると、脚を使って腰にしがみついているヒトガタが両手の刀身を胸部装甲に打ち付けていた。

 単発的だった音はだんだんと間隔を狭め、やがては連音となってコクピットに響き渡る。胸部装甲から火花が散り、擦った程度だった傷が徐々に大きなものへと変わっていく。

「うるさーい! ジーク!」

 叫ぶと、ノリエルはジークをウィンドウに呼び出し、

「ジーク、機体のオートバランサーシステムを全部オフにして!」

『! そうか、分かった!』

 言われると、ジークは自分の前に出現させた複数のウィンドウを同時操作した。すると、機体のバランス感覚が失われ、必然的に重量が片寄る機体前面部へと向かって傾倒し始めた。

 危機を察知した胴体部の一体はすぐに脚を離し、後方に飛んで被害をまぬがれたが、関節部に剣を刺した四体は、刀身を抜くことが出来ずに焦っている。

「こっちが関節締めてるんだ! 抜けないよ!」

 徐々に地面が迫り、次の瞬間、地響きと共にギガント・ジークは地面に倒れ伏した。

 組み付いていたヒトガタも、腕部に取り付いていたものは地面と機体に押し潰され、接触した地面に押され、肘関節が刺さっていた刀身を砕き折って閉じる。その衝撃で跳ね上がってきた前腕部と上腕部の間に挟まれるように肩部に取り付いていた二体も下半身を潰された。残った上半身ではなすすべもなく、しばらくガクガクと動き回っていたが、やがて糸が切れたように活動を停止し、光の粒子となって消えていく。

 ノリエルはギガント・ジークを立たせ、両腕部が動くことを確認し、拳を握り締めた。

「よし!」


                         ●


「よっしゃあ!!」

 勉夢星ベムスターでテレビを見ていた男共が皆一様に拳を握った。

 テレビの向こうではギガント・ジークも同じように拳を握っており、

「アイツも結構凝り性だな」

 というリョーヘイの言葉に誰もが頷いた。その時だった。不意にテレビの画像が大きく歪んだかと思うと、次の瞬間には画面が砂嵐に切り替わり、見ていたギャラリー達がざわめき出す。

「おーい、おやっさん。テレビ映んねぇんだけど。アンテナどっかおかしいんじゃね?」

 森羅の問いに、しばらくして店の中から顔を出した店主は首を左右に振り、

「いや、アンテナは何処も悪くねぇ。発信元がなんかあったんじゃねぇのか?」

「んだよ、それじゃ中の様子分かんねぇじゃん。ノリの奴、大丈夫かよ」

 するとテレビをバンバンと叩いていたリョーヘイが顔を上げ、

「見に行くか? 走りゃ五分もかかんねぇだろ」

「馬鹿だなイコっちゃん。それだとメンドいだろ」

「貴様ほど心配されたらムカつく人間もそういないな……」

 イコルの言葉に周りの皆が一様に頷いた。すると森羅はああっ!? と椅子から立ち上がり、

「馬鹿だなお前ら、俺が本気で心配したら今の比じゃないぜ! 俺はやれば出来る子だからその気になりゃおはようからおやすみまで! 人間の一生に例えるとオギャーからナムアミダブツまで常にお前を心配してやるぞ! 雨の日も風の日もお前のウチの近くの電柱からアンパンかじりながらお前の部屋を注視するぞ!」

 と、指を差した先にいた羽撃が無造作にその指を掴んで適当な方向に捻じ曲げた。馬鹿が悲鳴を上げて股に手を挟んでおとなしくなる。羽撃はやるだけやってから馬鹿に目もくれず、

「とにかく、行ってみよう。ここにいるだけじゃ分からないし、それに、被害がスタジアムだけって訳じゃ―――――」

 羽撃が言葉を続けようとしたときだった。不意に、皆の上空から降り注ぐ光が変わった。青白く色が変わっただけでなく、その光量も照明弾でも打ち上げたように強いものに変わる。

 その場にいた全員が反射的に上空を見上げた。

 そこにあるのは、巨大な光の塊。それがこちらに向かって落下してきている。

 誰もが驚きで硬直した中、もっとも早く声を上げたのは森羅だった。

「逃げろーい!!」

 気の抜けたようなその叫びに、我に返った客が悲鳴を上げて店内へと戻っていく。越組の面々も予測される落下位置とその余波の与える衝撃の範囲から逃れるため、各々が近くにある大テーブルを上に乗っている物ごと蹴り倒し、その裏に転がり込むと後ろから押さえて構えた。

 ものの数瞬で光は勉夢星のテラス席に落下した。衝撃でウッドデッキの床は叩き折られ、その破片や近くにある椅子などが巻き上がる。テラスの屋根を支えていた柱が風圧で叩き折れ、落ちてきた屋根がその風圧に乗って艦外に弾き飛ばされた。テーブルを後ろから押さえているもの達も巻き込まれそうになるのを歯を食いしばって何とか抑える。

「ひえー! きっつ!! マジきっつい!」

「これほどでかい衝撃だと思わなかったぜ! 俺らも店ん中非難したほうが良かったんじゃねぇか!?」

 テーブルを背中で押さえている糸祢と伸太は、背と脚にめいっぱいの力を入れて吹き飛ばされるのを堪える。つらいと思うが、今ここで力を抜けばテーブルごと吹き飛ばされて前に見える壁に叩きつけられる。それだけは避けねばならない。

「ほら、あんたたち頑張って。か弱い女子がいるんだからね」

 と、二人の前で、テーブルを蹴り倒す前に素早く数枚の皿を確保していた羽撃がから揚げを手づかみで頬張りながら檄を飛ばした。

「テメエは緊迫感の欠片もねぇのか!!」

 男子二人の声に、羽撃はキッと睨みを利かせ、

「なによ! あたしは昔から両親に食べ物を粗末にしちゃいけませんって教育を受けてるのよ!」

「そんなもんどこの家庭でもそうだよ! 一般常識だよ!」

「あんた達がテーブル蹴り倒して皿がこぼれそうになったときは軽く半狂乱になったわよ、あたし! ああ、食べ物が!! ああ、もったいない!! ああ、アレ注文したけどまだ食べてなかったのに!!」

「最後が本音だろうがぁーーーーー!!」

 ただでさえ力仕事をしている最中に腹の底から叫ぶなど己を虐める行為だが、言わずに入られなかった。そんな二人を羽撃は不思議そうな顔で見て、そして何かを思いついたようにから揚げ皿に乗っていたレモンをつまみんで掲げ、

「そうか、疲れてるからカリカリしてるのね。疲れてるときはすっぱいものがいいから、はいレモン」

「鬼か己は!!」

「お前なんで食べ物が絡むとそんな駄目になんの!?」

「そんなだから暴食巫女とか呼ばれんだよ!!」

 隣の伸太が馬鹿と言いかけて口をつぐんだのを見て、糸祢は口を滑らせたことに気付く。前を見ると、顔面に絵に描いたような無機質な笑顔を貼り付けた羽撃が、いっぱいに引き絞った弓をこちらに向かって構えていた。

「わっ! 馬鹿やめろ!! こんな状況でそんなことしたら―――――!!」

「俺関係ないだろ!!」

 二人の弁明遅く、表情を変えないまま羽撃は矢を番えていた右手の指を離す。

「ふおおおお!!」

 至近距離から高速で飛来する光矢に、二人は反射的に体を後ろに仰け反らせた。すると、今まで風圧によって押し戻されそうになっていたはずのテーブルが、パタン、と簡単に後ろに倒れる。矢はそのまま真っ直ぐに直進し、テラスを飛び出すと、そのまま闇の中へと消えていった。

「何しやがる馬鹿野郎!! 味方に頭吹き飛ばされるとか笑い話にもならねぇよ!!」

 目尻に薄く輝く光を滲ませた糸祢が、後ろに倒れた状態のまま顔だけを羽撃に向けた。

「ちぃ!」

「舌打ちしたぞ! アイツ本気だったんだ! だからお前と羽撃のコンボになったとき俺嫌な予感したんだよ! お前はいっつも一言多いし羽撃は巫女のクセにすぐ手ぇ出すし!」

「んだよそれ! 俺悪くねぇだろ!」

「あ」

 羽撃が言い合う二人の後ろを見て短い声を上げるので、二人とも何事かと首を再び後ろに倒した。

 そこに合ったのは人影だ。澄み渡った白で統一された鎧を纏ったような痩躯の長身。それが二人を見下ろしている。縦のスリットの入ったバイザー状の頭部の奥から、青白い眼光が走り、二人を捕らえる。

 その姿は間違えようのない。さきほどテレビの向こうでレース会場を襲撃したヒトガタだ。

 ヒトガタが両腕を上に掲げると、五本の指のある両手が発光する。光となった両手はすいのような形に変わり、伸び、細まり、薄くなり、形を変える。

 やがて発光が止み光が物質に戻ると、腕の先端にあるのは手ではなく、先の広がった二振りの双剣に変化していた。

 ヒトガタは値踏みするように一度小首を傾げると、掲げた両腕を振り下ろしてきた。剣の先端が空間に軌跡を描き向かうのは、地面に転がる色黒と馬鹿面の二つの頭蓋だ。

 刃の到達点にある二つの頭が揃って叫んだ。

「あああああああああああああ!!」

 二人は反射的に動いた。伸太が左足を、糸祢が右足をそれぞれ振り上げた。流れる速さで放たれた二つの足は、それぞれの頭部へと向かって振り下ろされていた刀身の根元、手首の辺りにほとんど同じタイミングで直撃した。刃の切っ先が一瞬だけ深く下がり、互いの喉下に皮一枚の距離まで近づくが、次の瞬間には手首を支点に反動で上へと跳ね上がる。それに釣られてヒトガタの腕も上へ伸び上がり、バンザイをした状態になる。

「あああああああああああああ!!」

 二人は叫びながら、今度は互いに今放った足を下げると同時に逆の足を、伸太は右を、糸祢は左の足を振り上げた。

 ちょうど隣同士にいた互いが接する方の脚だったので、長さもタイミングもさほど変わらない互いの脚は、一本の太い杭の如くまとまり、そのまま腕を上げてさあどうぞ、といわんばかりのヒトガタの胴体に直撃した。

 場所は正中線上、胸と腹の境目と交差する一点、みぞおちに深々と突き刺さる。胴体の中心からくの字に折れ曲がるというありえない状態になりながら、ヒトガタは後方に吹き飛んでいく。

 自らが落下してきたポイントを通り過ぎ、テラスの柵を破壊して艦外に飛び出した時点で、それを元来た道から走っってきた光の矢が、先ほど蹴りが命中した点を正確に射抜いた。

 一瞬だけビクンと身体が跳ね上がったあと、頭部スリットの奥の眼光が消え失せ、四肢から力が抜けたのが見えた。ガラスが弾けるような音とともに、その身体が青い粒子となって弾け飛び、空間に溶けていく。

 脚を振り上げて寝転んだ状態のまま、呆然とその情景を眺めていた伸太と糸祢は顔を見合わせ数回大きく息を吸う。やがて思考の波が整うと、二人は上体を起こした。そしてすぐに目に飛び込んできたのは、片膝をウッドパネルの地面に付き、弓を残身状態で構えた羽撃だ。

 彼女は弓を下ろし、ふうと息をついて額の汗を拭うと、爽やかな顔でビッと力強く親指を立てて見せた。

「いや、そうじゃねぇだろ」

 先ほどとは打って変わり、伸太が冷静にツッコミを入れた。

「いまお前が撃たなかったら少なくともあれほど危険なことにはならなかったよな」

「そもそもお前の実力なら俺らが手ぇ出す前に確実に仕留められてただろ」

 二人からの抗議に、羽撃は親指を下ろして顔を背けると、

「チッ!」

 明らかにこちらに聞こえる露骨な舌打ちを一つ放った。

「最悪だこの巫女! 謝罪という概念はお前にないのか」

「いや、違うのよ。今のは何で死ななかったんだろう、とかそういう舌打ちじゃなくて、ああ、コイツら鬱陶しいなぁ、っていう舌打ちなの」

「それで納得するとでも思ってんのか!!」

 そんな三人のやりとりが続く中、今まで他のテーブルに隠れていた他の面々も、先ほど起こった戦闘音が気になったのか、ぞろぞろとテーブルの裏から顔を出してきた。

「ほぇー。それにしてもデカい穴が開いたんだぞ」

 皆が隠れていたテーブルの中心にある、先ほどの光球が落下した穴の縁に四つん這いになって中をのぞいている人狼ウルフェルのゼンオーが感嘆の声を上げた。

 穴の直径は約五メートルほど。落下の際に屋根を破壊したことと衝撃の余波で店側の壁にあった照明も破損しており、正確な深さは分からないが、光が見えないこともあり、第二階層までは突き抜けていないらしいところを見ると、ウッドパネル分の高さを入れてもせいぜい深くて六、七メートル程度であると推測できる。各階層を仕分けるプレートに埋め込まれた衝撃緩和材の層に阻まれて勢いが殺されたのだろう。

「っていうか、これで考えると、喜世子先生とゆう先生ってとんでもねぇ事したんだよな」

 ゼンオーの右隣で共に中を覗き込んでいた鬼族オルグの切丸が呆れたように呟くのに、周りにいた全員がうんうんと頷いた。

「ですが、これは一大事ですわよ」

 皆が振り向く先、声が聞こえた位置にいたのは、ウェーブのかかった金髪を揺らしながらこちらに歩いてくるアンナの姿があった。その後ろにはルナとマキの姿も見える。

「先ほどテレビで見たスタジアムの襲撃が、何の変哲もない飲食店にももたらされたとなれば、被害は恐らくここだけではありませんわ。沖縄全土、いえ、恐らくは大和全土に同様の襲撃が予想されます」

 顎に手を当て考え込むアンナが、ふと顔を上げると、視界に入るクラスメイトが皆一様に怪訝な顔をこちらに向けていた。

「あの、皆さんどうしましたの?」

 きょとんとした表情を向けるアンナの視線の先で、皆が一様に顔を見合わせ誰か声をかけろよ、というような空気をかもし出す。やがて意を決したかのように、リョーヘイが一歩こちらに踏み出し、

「えーっと、だな。アンナ」

「はい、なんですのリョーヘイ?」

「いや、まあ、単刀直入に言うぞ」

 リョーヘイは一度大きく息を吸い、アンナの眼を真っ直ぐ捉えて言った。

「その手にある森羅みたいな全裸はなんだ?」


                         ●


 アンナはリョーヘイの言葉を受け、今まで顎に当てていた右手とは逆の左手を見る。

 地面に向かって垂らされた己の左腕の先の手は、全裸に靴下だけという変態の髪を鷲掴みにして引きずっている状態だ。その変態は髪を掴まれているせいもありこうべを垂らし、腕を地面に擦りながらピクリとも動かない。しかも頭部からは点々と真紅の雫が滴って、アンナが歩いてきたほうへと続いている。

「い、いえ、違いますのよこれは!」

 と、弁明のために両手を胸の前に持っていくと、支えを無くした変態の頭が必然的に重力に引かれて地面に落下。腐った果物を潰したような水っぽい音を立て、放射状に朱の飛沫を地面に撒き散らしたが、それでも身じろぎ一つ起こさない。

「とりあえずこちらも単刀直入に言いまして、殺してはいません、一応」

 殺すつもりはなかったってオチにならないだろうな、と、リョーヘイの視線は人形のように転がる変態へと向けられたが、アンナはそれにも気付かず弁明を続けた。

「ま、まず先ほどテーブルの裏に隠れ、次に衝撃が来たわけですけど、森羅が何を狂ったのか、いえ、狂ってるのは元々なんですけどいきなり『振動発生!振動発生! ただちに頭部を保護してください』などと言ってルナのスカートに頭を突っ込みかけまして」

 皆の視線がルナのほうに行くと、ルナは頬を赤らめて顔をそらした。

わたくしとマキは壁を押さえる役だったので止めることができず、最初は足でどうにかしようとしたんですけど私達の身長では足もさほど長くなくて届かなくて。それで、マキが刀を足の指に挟んで振るったら、ああ、もちろん鞘には収めた状態で、これがもう的確に森羅のお尻に命中しまして!

 で、それに反応した森羅がさらに頭をスカートの奥にツッコんだためについにルナが両拳を合わせて、こう、ハンマーのように振り下ろしまして」

 アンナは自分の頭上で両手を合わせて握りこみ、振り下ろす動作を見せる。左手に付いた血液がその勢いで前方に飛散したため、皆は慌てて避けた。

「そしたら、グシャっていう音が響きましたの。しばらくスカートに頭ツッコんで尻を上げてピクピクしてたんですけど、やがて今度は私のスカートを目指すという二度ネタをやろうとしまして。その時はまだ衝撃の余波があって動けない状態で、私半狂乱になって思い切り脚を振り上げて下ろしたら見事に踵落としが頭に直撃して森羅が地面に頭ぶつけて動かなくなりましたの。でももう大丈夫ですよね森羅ですものだから冗談やめて早く起きて皆を安心させなさいなせめてピクリとでもいいから起きて」

 後半まくし立てるようなアンナの言葉は、下に転がる変態を動かすことはない。変態は尚も動きを見せず、不動のまま地面に転がっている。

 アンナが顔を正面に向ければ、皆が一斉に通信用の電子画面を展開し始めた。

「ま、待ってください! まだ! まだ通報は速いですわ! 私まだ前科持ちにはなりたくありません!」

 アンナが皆に歩み寄ろうとして皆が一様に後ろに引くという精神的集中砲火を浴びたところで、地面から音が聞こえた。

 カリカリと地面を引っ掻くような音に皆が視線を向けると、変態がじりじりと尻を上に伸ばし、起き上がろうとしていた。


                         ●


 尻を天に突き上げる形にした森羅は、次に両手を地面に付け、最後に両の足で地面を踏ん張り、立ち上がろうとする。

 それを前方で見る者達は固唾を飲み、また、後ろから見る女子三人は両足の間にある見たくもない汚いものがモロに視界に入り、顔を手で隠しながら甲高い悲鳴を上げた。

 なんとか胴体は地面から離れたが、両手足の四点で身体を支えた状態でその動きが止まった。最後のもう一歩にまでいたらず、支えている四点もガクガクと震えており、生まれたての小鹿のようだが、皆は知っている。小鹿はこんな汚いものではないと。

 しかしいつまでもこんなことをしている訳にはいかないため、しかたなく、一番前にいるリョーヘイが声をかけるためにしゃがんで目線の合う位置まで身体を下げた。

「おい、大丈夫か」

 馬鹿は答えない。しかし、一つ大きく息を吸うと、

「すっ!!」

 一気にそれを吐き出す動きを持って、両手で地面を大きく押し込んだ。身体が踏ん張って地面を捉えている両足を基点に一気に跳ね上がり、地面に対して垂直になった時点で動きを止めた。

 両手を振り上げて仁王立ちする馬鹿に、今度は前方にいた女子たちが悲鳴を上げて顔を手で覆う。

 森羅は心底疲弊しきった顔を、額と頭頂から流れ出る鮮血に染めて荒く息をしている。

「息荒いのは見られてるからじゃ……ないよな」

 不安そうな棗の言葉にも、それに顔を見合わせる他のものも気にも留めず、馬鹿はピョンッ、と跳ねて身体を反転させ後ろを向いた。再び三人が悲鳴を上げるのにも気にせず、馬鹿はアンナにビシッ! と人差し指を突きつけた。

「ヘイそこの乱暴貴族! オメェはまた手加減もなしに人の頭足蹴にしやがって! 普通に倒れてる状態で話聞いてたけど、お前自分の罪を軽くしようとしてんじゃねぇよ。お前踵落とし連続で決めただろ! しかも本気で! 俺二発目辺りでもうタップしてたのにオメェはもうバンバンバンバンと、新婚さんのベッドみたいにまあ!」

「そ、そんな卑猥な格好で卑猥な表現をしないでくださる!? だいたいあなたが全裸じゃなかったらこんなことには!」

「ぁあ!? なんだとよく見ろ! ちゃんと靴下履いてんだろ! 白だぜ紳士だぜ!」

 といって馬鹿は蟹股のままアンナに近づいていくので、悲鳴がもう一段階高い音域に入った。

「分かりました! 今回は私が悪かったです!! だから近づかないか服着るか死ぬかの三択で!!」

「うん分かった、じゃあ服着る。あれ、なんか変なのがあったような気が?」

 小首を傾げる馬鹿だが、そこは馬鹿だから数秒で考えるのを止め、

「真白や、真白」

 と、軽く手をポンポンと叩いた。

「はっ。お呼びで、兄上」

 するとクラスの皆を押しのけ、妹の真白が現れる。兄の前まで行くと片膝を付き、仰々しい口調で喋るその姿は本物の従者のようである。

「俺の服をここに」

「ははっ、こちらに」

 と、真白は自分の脇に挟んで持っていた、折りたたまれた仁悠学園の男子制服一式を取り出した。

 森羅は差し出された服を手に取ると、しゃがみこむ真白の頭に手を乗せ、くしゃくしゃと軽く撫でる。今までの主人と従者の関係のような口調ではなく、いつもの口調で、

「おう、サンキューな」

 と、今だ真新しく流れ出る頭血で染まる顔を笑顔をにした。真白も撫でられながら、まるで猫のように首をすぼめ、されるがままに己の頭を揺らされるその感覚を楽しんでいるようだった。

 そして森羅は受け取った服一式からインナーシャツを取ると頭から被って着始める。

「下から着ろよ!」

 全員のツッコミに、森羅は内側から血まみれにしたインナーから頭を出し、ぁあ!? と顔をそちらの方に向けながら次いで両腕を袖から出した。

「いいだろうが、着るもんの順番くらい個人の自由だろ!」

「公共の、しかも屋外で全裸になってる奴の服着る順番に自由があると思うなよ」

 リョーヘイの言葉に唇を尖らせながら、しょうがねぇ、と一言呟き、森羅はパンツに足を通した。

 そこでようやく女性陣がホッと息をつく。

「ほら、早く服着て。そしたら治療用の術符貼ってあげるから」

 羽撃は制服型に改造された巫女装束の上着の袷を開き、懐にある複数のホルダーの内の一つから止血や消毒用の術符を何枚か取り出した。と、そこで、

「おい、みんな見るんだぞ!」

 突如聞こえる鋭い声は、今までのやりとりが行われていた場所のすぐ脇の、巨大な穴のそばにいたゼンオーからだった。

「どした?」

 中を覗き込んだ伸太が身を強張らせ、次いで中を見るものたちも皆同じような反応を見せた。

 ぽっかりと開いた穴の中。光源が無く、深さもまともに認識できない暗闇の深部に、複数の小さな光が灯っている。数は二十ほどの小さな光点が暗闇の中で明滅し、カサカサという小さな音と共に穴の中を蠢いている。

 羽撃がストッカーから術符を一枚取り出した。黄色の地に青の文字で作られたそれは光源生成用の発光符だ。符の端を指で挟んで少し強めに擦ると、すぐにそこから電灯ほどの強さの光が灯る。穴の縁に立ち、中に術符を近づけると、

「なによこれ……」

 光に照らされた穴の奥。そこにいたのは多数のヒトガタだった。今までの光点はその頭部から発せられる眼光であり、数は全部で十体いる。

 彼らは穴の壁面に沿って円形に配置され、その身体は白ではなく、どこと無く半透明な色をした薄青であり、どうやら生まれたばかりの個体らしい。姿が見えないことから、おそらく降ってきた光球そのものが変質して生み出されたらしいところを見ると、最初に現れたあの一体は光球のある程度の操作と、仲間が出来上がるまでの護衛としての役割を持っていたのだろうとその場の誰もが悟った。

 やがてそれらは薄青からしっかりとした色を得ていき、最終的には純白の身体を手に入れると一度動きが止まる。そして示し合わせたかのように一斉に頭上を見上げ、その輝く双眸がこちらを捉えた。

「確かに、こんだけ派手な登場で一体だけってのは腑に落ちなかったけど……」

 リョーヘイは背負った長距離砲メメントモリに手を伸ばす。グリップに甘く指がかかったところで、

「来た!!」

 羽撃の声と、ヒトガタが一斉にこちらに向かって飛び上がったのはほぼ同時だった。

 ヒトガタは壁に鋭い指を突き立て、腕の力だけで地面から身体を持ち上げると素早く足を壁にかけ、一気に蹴り上げることで壁に沿う形でこちらへと飛び、向かってくる。

 瞬間的に、穴の縁で穴を照らしていたことで反応が遅れた羽撃以外の四人、リョーヘイ、ゼンオー、伸太、イコルが戦闘体勢をとった。

 羽撃は光源用の符を上に向かって投げつける。元が心力を練り合わせて作った紙であるため、効果を発動させながら宙に舞い、穴を照らし続ける。その間に後ろに下がり、後続にいた皆とともにバックアップのための配置に加わった。

 一気に殲滅にかからず前衛と後衛に分かれたのには訳がある。縦穴の下から向かってくる敵に対して、出口である上にいるこちらは非常に一方的な攻撃が出来る位置にいるわけだが、攻撃がしやすいわけではない。ほぼ垂直に空いた縦穴の中へ攻撃するためには、こちらも下に向かって垂直な攻撃を繰り出さねばならない。リョーヘイのメメントモリは高威力だが射角を垂直に向けることは叶わず、ゼンオーと今の伸太とイコルには遠距離攻撃の手段がない。したがって敵を迎え撃てるのは敵が出口付近に近づいたときだけだが、その一瞬で十体もの敵を一掃することは出来ないため、必ず取りこぼしが出てくる。それが出たときのために、後衛がその取りこぼしを撃破する。そのための陣形だ。

 ヒトガタが登ってくる。あと少しで攻撃可能な範囲に入る。

 皆が息を詰め、構えた。そこに、

「おーい」

 間抜けな声が割り込んできて、思わず皆が詰めた息を吐き出した。間抜けな声は尚も響き、

「ちょっと危ないから下がっとけよ」

 その時、後衛と前衛の頭の上を跨ぐように何かが通った。

 それは鮮やかな燈色をした光球だ。

 頂点を超え、重力に惹かれて落ちて行くそれは、大きく広がった穴の丁度中央へと落ちていく。向かってくるヒトガタを通り過ぎ、またヒトガタもそれを気にも留めずに素通りさせ、ついに攻撃可能圏内へと入った。

 誰もが一度崩れてしまった呼吸を整え迎え撃とうとしたその時、穴の奥が一際大きく煌いた。

 それを見た前衛四人は、声を上げる暇も無く、ただ全員が両腕を広げて後ろに下がり、後衛にも下がる旨を伝える。すぐに意図を汲み取った後衛も地面を蹴って後ろへと下がった。

 それと同時に、穴の縁に鋭利な白の爪がかかり、穴の中からヒトガタが顔を出す。

 瞬間、顔を出した全てのヒトガタが上空へと吹き飛んだ。


                         ●


 穴の中から轟音が炸裂したのと同時に、突如として燈色の火柱が穴の中から吹き上がった。爆風に乗り上空へ舞い上げられたヒトガタは身体の下半分が燈色の炎に包まれ、上空で熱さにもがいている。

 そして炎上している身体にも変化が生じる。燃えている脚部が突如として沸騰したかのように表面に気泡を発生させ、爆ぜた。爆破の衝撃で腹部までもが吹き飛び、胸から上だけとなった身体にも、飛び火したものや傷口に残っていた炎が包み込み、同じように爆散した。

 後ろに下がっていた越組の面々は、今だ立ち上る燈の火柱と、粉雪のように舞い散る青の粒子を呆然と見つめていた。

 やがて我に返った皆は、燈色の光球が放られてきた場所に目を向けた。

「あーあ、コレで一段落か?」

 のびをしてこちらに向かってくるのは、服を着終えて今だ額から流血している森羅だった。

 唖然とする皆をよそに、コキコキと首を回して鳴らしニッと笑いながら、羽撃に視線を向け、

「羽撃、ちょっと……、ヤバ、いかも……」

 笑い顔のまま後ろに倒れていく森羅に、皆は慌てて駆け寄った。


                         ●


「まったく、あんまり世話焼かせないでよね」

「それでも世話焼いてくれるお前はいい奴だよ、羽撃」

 減らず口を叩く馬鹿がいたため、羽撃は消毒用の符を剥がしたばかりの額の中央を指で弾いた。

「痛っ! お前、俺けが人だぜ」

「髪分けて額差し出してたから叩いていいものかと思ったのよ」

「治療するために出せって言ったのお前だろ」

 馬鹿の言葉も無視し、羽撃は脱いで地面に広げてある制服の上着のストッカーからもう一枚消毒符を取り出し、馬鹿の額に押し付ける。

 あれからもう少しで失血死しかけた森羅を介抱して、二分ほどがたっている。

 先ほど皆が予想した通り、ここで起きたようなヒトガタの襲撃は他の場所でも起こっているらしく、そこかしこから煙が上がっているのが見え、遠くから爆発や銃声などの戦闘音が聞こえる。

 今は森羅の治療を優先させたため、全員がここに残っているが、ただ待っているだけではなく、それぞれが詳しい情報の獲得のために、艦内ネットにアクセスしているが、

「駄目だ、どこもかしこもアクセス過多でパンク状態だ。ブログだったら卒倒もんだね。通信回線も同じ理由でおじゃんだ」

 この中でもっとも電子系が強いエルの使倶シグ(ふくろう)型のオボロは電算能力と通信能力を最高強化した一品だが、それですらこのざまであり、仕方がないため皆は周囲の警戒や店内にいる他の客などへの状況説明を行っている。

「それにしても大変だよな俺らも。まだ学生なのにさ」

 地べたに座り込んで止血用の符を額に張られている森羅は、代謝促進用の符を口でみながら店に合ったあるだけの肉を運んできてもらいそれを食べている。今の羽撃の手持ちの符の効果ではあくまで止血と傷口の閉鎖が限度であり、失った血液までは戻せない。そのため、肉を食べながら代謝促進符の効果も得ることで高速で失った血液を補充しているのだ。

 同じく地面に正座して森羅と向かい合っている羽撃は、止血符の上からこちらも傷口の閉鎖を促す代謝促進符で出来た包帯を額に巻きながら、

「何他人事みたいに言ってるの。学生でも、大和みたいな小国じゃ禊人みそぎびとのあたし達がこういうことをやってかなきゃなんないのよ」

 包帯を巻くために揺らされる頭の動きに身をゆだねながら、森羅は皆が慌しく動き回る店内の方に視線を向ける。

「この世で唯一悟神族との戦闘のためにいる存在、禊人。

 軍隊を持たない、って言うか軍隊を用意するだけの人員のいない大和にとっちゃ、軍人と同じ扱い、か」

 言って、森羅は下に視線を向けて、

「あ、羽撃。どうせなら汚れ落としの符も持ってねぇ? インナーの血のシミ落としたいんだけど」

「一枚百円ね」

「友達のよしみでタダで」

「駄目。あんたの治療にどんだけタダで符使ってやったと思ってるの。おまけにウチの神社のは最高品質のやつなんだから。三日間放置したインクのシミだって落とせるほど強力なのよ。百円でも安いくらいだわ」

 しかたねぇな、と森羅はポケットから財布を取り出し、百円玉を三枚ほど取り出した。

「はい、終わり。そして、お納めありがとうございます」

 包帯を巻き終わり、ストッカーから汚れ落とし符三枚を取り出し、羽撃は森羅に差し出す。それを渡すと、同時に差し出されていた三百円を受け取り、

「よっし。血の補充できた?」

「んー、八割方かな」

 森羅が首をかしげながらレバーを頬張ると、

「みんな来て! 通信が入った!」

 エルの声に、今まで別々に行動していた皆が一斉に集まってきた。

「なんだよエル君、通信回線込み合ってて出来なかったんじゃねぇのかよ?」

「戦闘員用の専用回線だよ。上層部、裁牙理事長が許可を出したんだと思う」

「誰からだ?」

 リョーヘイの言葉に、エルは一つ頷きを送って、

「学生の禊人である僕達の専属の上司は、あの人しかいないだろ」

 言うと、今までエルが覗き込んでいた電子画面が巨大化し、皆にも見えるように表示された。

『あー、皆見えてる?』

 そこに映っていたのは、仁悠学園三年越組担任、喜好喜世子だった。


                         ●


 画面に映った喜世子はこちらを覗き込むように画面に顔を近づけると、

『なるほどね、そっちも被害あったか』

「ええ。先生のほうはどうですか?」

『あたし? あたしのとこはまあ普通かな? 雄と“近畿”の大阪方面の居酒屋で飲んでたんだけどさ、そしたらいきなり店の天井突き破ってヒトガタが入ってくるもんだからビックリしたわよ。まあ、つまみひっくり返された雄がキレて瞬殺だったけどね。そっちは?』

「ええ、まあ、途中色々ありましたけど、こっちも瞬殺と言えば瞬殺ですね」

 皆は一様に振り返り、後ろにいる頭に包帯を巻いた森羅を見た。

「お? 俺の話題か? そうだろうそうだろう、好きなだけ俺の華麗な―――――」

「それで先生」

「―――――おい、セリフキャンセルはやめろ! 悲しいだろ!」

 皆が馬鹿を睨んで黙らせた。エルはもう一度画面に向き直り、

「それで先生、僕たちはこれからどうすれば」

 エルの言葉に、喜世子は一瞬ポカンとした表情を浮かべると、

『何言ってんのよ』

 いつも教壇の上で皆に向けるような笑顔を向けた。

『この状況下で、あたしがアンタたちに言わなきゃいけないことは一つよ』

 そこで喜世子が真剣な顔をしたため、全員が改まったように姿勢を正した。

 喜世子は全員を見回し、そして、

『戦ってきなさい。余裕があったら勝ってきて、なかったんなら、生きて帰ってきなさい』

 画面越しで向かい合う三年越組の生徒は、声を揃えて言った。

「はい!!」

 両目を瞑り、耳に神経を集中させていたのであろう喜世子は、ゆっくりと、噛み締めるように目を開け、

『いい返事ね』

 そして再び表情を真剣なものに変えた。

『現時刻より戦闘制限を解除。仁悠学園三年越組、全力でいってらっしゃい』

 ニッと、歯をむいた笑顔を見せた喜世子に対し、皆もまた笑顔を向けて言った。

「いってきます!!」

どうもです!


いやー、今回は多分一番字数が多い。自分でもすごい頑張りました。皆さんが楽しんでくれれば頑張った甲斐があったというもの、それだけ報われます。長ぇーよ!と思われた方にはすいません。


それでは、また次回。

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