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第十六話 熱狂場の駆り人

 機艦“イギリス”の倫敦塔内部、メアリの部屋。

 大和主催の鉄騎鎧レース開始を告げる甲高いスターター音と共に、テレビの前にいたミディア=ハーレンは両手を大きく挙げてドーンッ!と叫んだあと、メアリの部屋の冷蔵庫にあった炭酸飲料と丁寧に切り分けられたつまみのサラミを大量に自分の脇に置き、テレビの前に陣取っていた。これが自分の観戦スタイルと言う彼女は片手に飲み物を持って片手を振り上げ、

「いっけー!! そこだぁー!! ぶっ殺せー!!」

 一部場違いな声援が聞こえてきたが、それらを気にせず、部屋の主であるメアリと、客人のアーサーはその後ろ姿越しにテレビ画面を見ていた。

「鉄騎鎧かぁ。やっぱりレース仕様は戦闘用とは違うね」

 女王の防盾クイーンズ・ガードに上がってから持つことになった自らの部隊にも一個小隊分配備されている銀が主体とした人型の巨人を思い出し、アーサーは一人で呟いた。今、テレビの向こうで土煙を上げて直進路を駆け抜けている鉄騎鎧は、大きさも形状も全て同一化されている戦闘用鉄騎鎧とは違い、大きさも形状も全て違う鉄騎鎧が多くあることに、少し新鮮な気分を覚える。

 すると、チーズを軽くかじったメアリが、

「ねぇミディア。私ってあんまりこういうの見ないから、見所みたいなの教えてくれない?」

 そういうのは実況や解説なんかを聞きながら見ていたらいいのでは、と思うアーサーだったが、テレビから聞こえてくる実況は、

『こう、あの緑の奴がバーン!!ってなってズガーン!!となるのが私の予想なんですけどね』

『いや、ですけど青の奴がズギャーン!!ときたら、あそこはすぐボロボログシャーン!!ですよ』

 なにやら擬音が非常に多く抽象的すぎて役に立たないことがすぐに分かったため、アーサーもミディアに顔を向けた。

 しかしミディアはメアリの声にも顔すら向けずテレビを見たまま、

「そんなこと言われても分かりませんよ。こういうのは見て感じて楽しむものですからね。一種の芸術みたいなもんですよ、芸術。でも、そうですね……」

 ミディアはサラミを一掴み分口に頬張るとしばらく画面を見る。そして、白地に赤のラインが走った機体を指差すと、

「コレですよコレ!」

 と、やっとこちらに顔を向けた。

「私の見所はなんと言ってもコレ。このギガント・ジークが二十五回目の王者防衛に成功するかが、私の見所ですね」

 テレビ画面越しに指された機体、ギガント・ジークは、その巨体を複数の機体に囲まれ、現在十一位と記されていた。


                         ●


 淡い光が立ち込める狭い密室。そこは鉄騎鎧の操縦席だ。

 そこで前屈みになる体勢で操縦桿を握るノリエルは、前面と両サイドに展開されているスクリーンを見る。そこには己が駆る鉄騎鎧ギガント・ジークのカメラが捉えた外の映像が映し出されている。また、そこに小さな画面でレース場のマップや自分の現在位置、そして自分が何位かの表示がなされている。

 現在十一位の表示を見ても、チャンピオンは顔色一つ変えず、操縦桿をまたしっかりと握り直す。レースが始まって間もないが、集中するとどうも手が汗ばんでしまう自分の嫌な体質のせいである。

『心拍数上昇中。落ち着け』

 スクリーンの端のほうに西洋甲冑に身を包んだ騎士のような姿の使倶シグが心配そうに言ってくる。機体の制御演算と同時に搭乗者である自分の身体情報バイタルサインを計測している己の使倶、ジークに、

「いつものことだろ。そんなことより、機体制御の方に力入れて」

 操縦桿を握る手に今一度力を込め、ノリエルは一度自分の順位状況を見る。そこには変わらず十一位と表記されている。次に三面のスクリーン全てと、後方の状態を表示した画面を見て他の機体の位置全てを確認すると鋭く言い放つ。

「そろそろ戦局が動くよ」


                         ●


 鉄騎鎧レースは単純に言えば障害レースだ。

 ただし障害はコース上に設置されているのではなく、参加している機体自体に積まれている銃器などの武装だ。

 開始前に大会専属の整備員にレギュレーションチェックと同時に、専用の防護術式を搭載される。鉄鋼機構スチールフレームと同じ仕組みであり、展開に必要な心力が攻撃で削られ、ゼロになった時点で失格となる。

 そしてこれらの妨害を避けきりながら、約三キロのコースを先に走りきったものが勝者となる。公式戦である今回のコースはかなり複雑な形をしており、モーグルのような段がある地形はもちろん、連続での急カーブなどかなりの操縦技術を要求される。実際に製作者がインタビューで『全員が泣き喚きながら走り、それを見た観客が笑顔になるものを作りたかった』と言っていたことからドSコースとの蔑称まで付けられたほどだ。

 コースのスタート地点から約三百メートルは、二メートル弱の機体が六台並ぶことが出来るほどの幅しかないただの直線であり、最初は皆すし詰め状態からいかにスムーズに走行できるか、そのポイントを模索して走り、その後に開けたスペース、鉄騎鎧レーサー達が言う『戦場』へと突入する。

 そして、その時がやってきた。先頭を走っていたグループが開けたスペースへと飛び出す。拡散するように各自動き、今まで前にいた機体がなくなったため、後続の機体が燻らせていたエンジンを一気にふかし、次々と飛び出す。

 全てはここから始まる。


                         ●


 ノリエルはスタート時、六×四の列順の二番目であり、比較的速く『戦場』へと突入した。それによって動いた自分の機体の順位は、

「十三……か」

 ギガント・ジークは他の機体と比べても大柄であるため、走行の際のスペース取りに若干苦労する。その隙を付いた小柄で加速に特化した後続の機体に追い抜かれていた。

 『戦場』に入って最初のコースは、なだらかなカーブが複数あるだけの、全体で見れば比較的優しいコースが続く。そして、ギガント・ジークもそこに突入しようとしていた。

『行くか?』

 訊いてくる自身の使倶に、

「よし!」

 一言と共に、ノリエルはフットペダルを踏み込んだ。直後、爆発的に加速したギガント・ジークの発生させた慣性が身体にかかるが、操縦席内部に施された負担軽減の術式機構がすぐに内部の状況を下に戻す。

 ギガント・ジークはその巨体の圧倒さから、まずは高速で接近されてビビって道を開けた一台を抜き去った。さらにそのまま加速を続け、二台目の機体も追い抜く。

『おおーとギガント・ジーク!! 速い速い、早くも二台追い抜き順位を取り戻す!!』

 キンキン声の実況に顔をしかめながら、ノリエルはさらに加速する。速度計はすでに八十を越えている。

 目の前に四十度ほどのカーブが見えている。

『おおー、と!! これはぁ!?』

 ノリエルはその状況で、さらにアクセルを踏み込んだ。


                         ●


 午後八時十二分。大和七番艦“沖縄”にある勉夢星ベムスターのテラス席に人だかりが出来ている。近くのスタジアムで行われている鉄騎鎧レースを『酒を飲みたい』という理由で動きたくない無精者たちが店内のテレビを持ってきてそれに群がっているのだ。

 その群れの中心には、先ほど制裁を受けて一分後にその理不尽さに気付き、クラスメイト共との死闘を繰り広げた森羅と、その両脇にルナと真白が座っていた。

「ノリエル君、大丈夫なの?」

「んぁ? 何が?」

 不安そうな顔でテレビを注視するルナに、森羅は焼き鳥をつまみながら問う。

 映るテレビの向こうでは、ノリエルの乗る機体が速度を上昇させながらカーブに突っ込もうとしている。

「だってあのままじゃ、どう考えても曲がりきれない」

 ルナの言葉が終わるかどうかのタイミングで、森羅は焼き鳥串を口から抜き、こともなげに一言、

「曲がるよ」

 言って、適当に前方に投げた串が、棗と腕相撲をしていたイコルの後頭部に突き刺さり、その間隙を突いた全力で棗が勝って両腕を振り上げている。

 後頭部を押さえてうずくまるイコルを軽く無視し、森羅はまた新たな焼き鳥を口に運びながら、

「アイツはさ、俺らが小等部五年のときに駆動機搭乗免許オーネスライダーの資格取ったんだよ」

駆動機搭乗免許オーネスライダーって、国際資格でしょ。車から戦闘機まで、駆動機が搭載されてるものならなんでも動かせるっていう」

 うん、と森羅は焼き鳥を飲み込み、

「まあ、俺らも小等部ん時から戦闘訓練の実施受けてて、全員鉄騎鎧は動かせるんだけど、アイツには一度も勝てたことねぇんだよ。それってのもアイツ、常に鉄騎鎧の性能の範囲ギリギリで、普通の人間が無茶だって言うような“出来ること”をやるから、まあ、専門じゃねぇ俺らが勝てる訳なくて」

 だからさ、と森羅は笑みを見せ、

「俺たちが無茶だって思えることは、アイツにとっちゃ出来ることなんだよ」

 そう言った彼の顔が、イコルの投げた椅子の直撃で歪むのは、僅か二秒後のことだった。


                         ●


 熱気が渦巻くスタジアム内部では一際声が大きくなる。

 原因は、暴挙とも取れるチャンピオンの行動だった。カーブが近づく中、チャンピオンの機体は制動をかけるどころか、むしろその逆に加速を続ける。

 熱くなっているのは観客だけではなく、実況も、

『何やってんのチャンピオン!! レート低いけどあんたの手堅さに今月の給料全額賭けてんだから無謀なことはするなぁー!!』

『うわぁ、解説の山中さん、はっちゃけすぎです! これ全国放送ですよ! そういう時は抑えて本当のことは言わず、僕みたいに今月の小遣い全額って言うんですよ!』

 お前も大概だな! と、観客が一つになって放送席を睨んだ。

 そんな一連の流れも無視して状況は進み、ついにチャンピオンの機体がカーブに入った。観測された最高速度は一〇三キロ。誰もが無謀と思ったとき、観客はありえないものを見た。

 チャンピオンの機体が、速度を維持したまま、カーブを華麗に曲がってのけたのだ。


                         ●


『スゲェー!! よくやったぞぉー!! ヒャホーイ! 一・七八倍ー!!』

 解説の山中が吼えているのを無視し、その脇から実況が入る。

『これは、皆さんご覧になっているでしょうか。解説が喜色満面でヒャッハーして使い物にならないため、私が解説も兼任します』

 言っている間にも、チャンピオンの機体は速度を落とすことなく、なだらかな軌道で連続カーブを曲がり抜いていく。

『それにしてもすごいです、チャンピオン。何が起こっているのか分からない節穴共のために解説させていただくと』

 オメェちょっと降りて来いコラァ! という声が下から聞こえたが、実況は無視して言葉を繋げる。

『チャンピオンの今の軌道。普通の駆動範囲では横転する速度ですが、チャンピオンの機体は四輪を支えるアームがそれぞれ別駆動するんですね。

 駆動を全て一極化しないことで、遠心力などの負荷のかかる部分を支えるように車輪を操作することで、あのような動きが可能となっているわけです』

 観客はチャンピオンの機体を注視する。

 左カーブに差し掛かったギガント・ジークは、後車輪を全て左に傾けるが、前車輪は前方から見て八の字になるよう展開する。

 さらに後車輪を支えるアームそのものを左に傾けることで、カーブを難なく曲がりきった。

『いやー、すごいです。あれだけの操作を一瞬でやりきるとは。チャンピオンの腕前もそうですが、操作制御OSもすごいものを積んでるんでしょうね』


                         ●


「はーいはーい!! あれのOS作ったのはこの僕でーす! そんな天才プログラマーが所属するサークル、ラッキー☆ライセンスをよろしくお願いしまーす!」

 鉄板の設けられた席で焼肉していたエルが立ち上がって宣伝を始めたのを、皆は一睨みして黙らせた。


                         ●


 連続カーブを曲がり終えたところで、ノリエルは一つ息を吐いた。

 いくらこの程度のことは慣れているといっても、一つ間違えればそくコースアウトだ。失格だけですめばいいが、それだけで終わらない場合もある。

 そうならない手助けをしてくれるOSに、ノリエルは毎度の如く感謝を送る。前に一度、エル君は同人やめてこっちの方に専念したら将来安泰じゃない、と何気なく言ったら、自分がいなくなったら誰がこの世界の欲望を形に出来るのかと、小一時間説教くらったことがある。未だに自分が何が悪かったのか分からないが、彼の逆鱗に触れてしまったらしいのでそこは甘んじて受け入れよう。

 ノリエルはふっとペダルをさらに踏み込み、速度を上げる。

 カーブを抜ける直前、大回りの軌道をとった機体を内回りで抜くことに成功したため、

「あと九人!」

 次に目指すのは、約八十メートル先の小柄な山が連なったコースだ。このコースの製作者連続好きだな、と思っていたとき、

『ノリエル!』

 正面の画面にジークが現れて操縦席に赤いアラートが入る。それとノリエルがハンドルを操作したのはほぼ同時だった。

 反射的に左に進路をとると、数瞬前までいた位置を閃光が走り、先ほど抜いた機体に迫る。向こうもそれに気付いたのか、すぐに自分と同じよう左に進路を変えようと機体を左に向けるが遅く、あらわになった右側面に閃光が直撃した。

 レーシングカータイプで装甲の薄い機体は直撃した箇所からひしゃげ、後方に数メートルも吹き飛んで横転した。

『馬鹿な! 一撃で防護障壁を破ったのか!?』

「違うよ」

 目の前の使倶を、ノリエルは一言で断じる。後方のカメラが捉えた映像では、横転した機体から操縦者は何とか這い出てきたところだ。

「防護障壁の防御力は常に受けた攻撃を障壁全体に巡らせて散らせる。だからこそ、一点突破性の高い高威力の攻撃を受けたら散らす速度が間に合わないから、障壁の全壊を防ぐために衝撃の何割かは障壁を貫通して機体そのもののダメージになる。

 あれは装甲が薄かったから破られたように見えただけだよ」

『……わざわざ説明どうも』

「ふてくされてる? 使倶の自分が気付けなかったことに」

『そんな訳ない』

 背中を見せてジークはそう言った。

 直後に、前方から再び閃光が飛来する。

「と」

 今度は軽く避けられた。右に進路をとってそれを掻い潜る。着弾した地面が破裂し、抉れを生む。

「なんて威力だ……。スキャンできたかい?」

『……』

 ジークは後ろを向いたまま無言で腕を振り、一枚のウィンドウを見せてきた。

「いい加減機嫌直してよ……」

 言葉に、体育座りをする使倶は答えない。やれやれと、送られたウィンドウを覗くと、そこには先ほどの閃光のスキャン結果が出ている。

「やっぱり光学兵器か。完全にレースじゃなくて戦争する気だよ」

 光学兵器は威力は高いものの、発生装置の重量が重く、燃料の心力をかなり消費することからレースにはまず出ないものだ。

「ま、今となっては“出なかったもの”になった訳だけど」

 ギガント・ジークは、そのまま山の連なるコースへと入った。そして前方の映像を広角望遠にして捉える。

 そこには、キャタピラを搭載し、機体上部に搭載された二問連なった大型の砲身をこちらに向けた戦車のような機体がある。

 ノリエルはすぐに選手登録名簿のウィンドウを出して検索をかける。本来ならばジークの仕事だが、指で地面をいじりながら悲しげな鼻歌を口ずさんでいるこの使倶の精神的ケアまで行っていては確実に操縦をミスる。

 とりあえずゴメンと一言言って、ノリエルは名簿に目を移す。そこには前方にあるのと同じ機体の写真と、その隣に操縦者である針のように痩せた男の写真が載っていた。

「登録番号八番、まち(とどめ)か。えげつないもの持ってきてくれるなぁ」

 前方に見える戦車との距離は五十メートル。こちらは車輪を支えるアームを山に合わせて上下させることでスムーズな進行を行う一方、向こうは車体と平行に連なるキャタピラであるため、小さな段差程度ならまだしも、小高い山を一つ越える動きとは圧倒的に相性が悪い。

 先ほどから山から谷へ車体が上下に激しく揺れている。中の人物は搭乗者保護の術式のおかげで平気だろうが、自分の機体の僅かな振動を受けた状態で一定の動きを見ているとこちらの気分が悪くなってくる。

 上へ。

 下へ。

 上へ。

 下へ。

 また上へ。上がってきたときだ。

 こちらに向いた二門砲身の内の右側。それの内部に心力光が充填されている。

 それに気付いた瞬間、それが真っ直ぐこちらに向かって放たれた。

「レースに不利でも攻撃に有利みたい!」

 谷に下りて完全に山に隠れ、そして上るとき、こちらに向いた砲身は下を向いてしまって内部が確認できない。おまけにこちらを向いていないために、攻撃感知の機構がギリギリまで反応しない。

 敵はこれらを分かって仕掛けている。やっかいだ、と素直な感想がもれる。

 向こうはもっとも速くゴールするのではなく、自分以外の敵を全て薙ぎ倒して一位になる気だ。

「速さで勝負してよ、速さで!」

 飛来した閃光が、目の前を覆った。


                         ●


 直撃の瞬間、ノリエルはハンドルを操作し、さらにフットペダルを強く踏み込んだ。

 同時に、前輪を一つの山の頂点に置いていたギガント・ジークが後輪アームで地面を強く蹴りこんだ。

 その衝撃と共に、土を抉り飛ばしながら前輪を支点として機体が後方から持ち上がっていくその様は、倒立をするかのように見える。

 そして機体が地面に対して垂直になったと同時に、前輪アームの間を砲撃が潜っていく。

 砲撃が後方の山を数個吹き飛ばし、ギガント・ジークは前輪アームを曲げて強く飛び上がる。宙を一回転し、そのまま山の段の連なる地面を抉りながら着地する。

 同時に、客席から歓声が飛び交った。


                         ●


「あっぶなかったー!」

 ノリエルは額の汗を拭って安堵した。正面スクリーンには、動悸が一瞬でかなり高い状態まで上昇をしたことを告げる警戒表示が出ていた。

 しかし一呼吸入れる間もなく第二射が発射された。今度は気を緩める前であったため、先程よりも落ち着いて、車輪を全て地面に平行にするように傾けた状態でのスライド走行でかわした。

 そしてノリエルは前方を見る。さっきの倒立一回転ジャンプのおかげで差はさらに詰まり、残り二十メートルほどの距離にまで縮まった。

 そこから見えた向こうの機体の砲身には、青白い心力光が包み込むように発生している。砲身を冷却術式で冷やしているのは一目瞭然だ。

 ……つまりは連射は不可能、だよね。

 一発一門で連続して撃てるのは二回。それ以降は砲身の冷却が必要な面を見ると、型としては相当古いものを積んでいるのだとノリエルは推測する。今の技術なら、発射と同時に瞬間的に冷却を行う技術も進んでおり、よほど連続速射しない限りは冷却に時間をとることはしないからだ。

「まあ、見た目からして後付けっぽいしね。改造するなら徹底しないと。僕だったら両サイドに羽付けて、砲身には、うん、やっぱ角だよ角」

 一本にするか二本にするかが悩みどころだな、と思っていると、実況が、

『さぁ、チャンピオン。ついに相手の後ろを取ったぁ!』

 ギガント・ジークは戦車の後ろにほぼ張り付く状態になって走行していた。

 この位置からでは、例え冷却が終わっても砲身がこちらを捉えられないため狙撃はされない。

 ……砲身を前方に片寄らせたのが間違いだね。

 戦車は長方形を縦にした形状をしている。その状態で砲台を車体中心部から前よりに設置したため、後方下部への砲身角度がより取り辛くなっている。

 中心部に砲台が据えられていたら、こちらの機体の後方部に直撃していたが、これではギリギリ当たることはない。

 ほんの少しでも車体の脇にはみ出せば角度的に狙うことは出来るが、

 ……そんなミスするほど甘くないってね。

 地形はかなり悪いが、それでも攻撃がこないこの状況では操縦に専念できるため、もはや砲は完全に無力化された。

 そこで、砲身が纏っていた心力光が消えた。冷却終了を表すそれを顔を上げ、目視で確認したノリエルは、視線を外した前方で何かが展開する音を聞いた。

 ほんの数瞬。目を離していた戦車の後部には、車体から起き上がった様に設置された箱が左右にあり、こちらを向いた面が蓋を開くように開いた。

 そこから現れたのは、穴だ。

 一つにつき四×三の十二個、合計二十四の穴がこちらを見ている。

 吸い込まれそうな感覚のする大きめの穴の奥に、赤く光るものが見えた。

『! 駄目だ! あれは!!』

 今までいじけていたジークが、自らの眼前に現れたウィンドウを見て立ち上がる。ジークには悪いが、これも言われる前からノリエルには分かっていた。

「ミサイル!?」

 そこで気付いた。砲台が何故車体前方に片寄っていたのかを、

 ……ミサイルポッドを搭載するスペースであり―――――、

 大層な武器を積んでいながら攻撃がこないと高を括った相手を誘う餌だ。そしてそれにまんまと嵌った。

 敵とほぼ間近のこの距離からミサイルを撃ち込めば向こうもただではすまないと思ったが、敵は戦車だ。頑丈な走行とキャタピラを持つこの機体なら、爆風に巻き込まれても深刻なダメージを受けることはない。むしろ爆風を追い風に加速するのも目的かもしれない。

 こんな初歩的なまでの誘いに乗るなんて、

「情けない……」

 少し調子に乗りすぎていた。栄光や名声は能力を鈍らせる重荷だな、といやに悟ったようなことを思っていたら、

『来るぞ!』

 容赦なく、ミサイルは発射された。


                         ●


 轟音がスタジアムに響いた。

 戦車のすぐ後方で発生した爆発は、後続のミサイルを巻き込んでその規模を広げ、全てが爆発しきったときの最大半径は十メートルと巨大なものだった。

 戦車は発射時、すでに苦手としていた小山のコースを抜け、平地に下り立っていた。爆発にモロに飲まれたものの、爆圧の中から現れたその頑強な装甲には煤がついた程度であり、むしろ爆風を後方から直接受けたせいで、その速度はかなりのものになっている。

 コース上で起きた大音とは対照的に、観客席は火が消えたかのように静まり返っていた。実況席でも『山中さん、しっかり! 泡吹くほどショックだったんですか!?』という声が聞こえてから、何も発せられていない。ただ、コースを撃走する機体の放つ駆動音だけが響いている。

 そんな中、観客席にいた一人が立ち上がった。

「おい……、これで終わりなのかよ……」

 そう言った彼の手から、ノリエルの名が書かれたうちわが落ちる。

「冗談じゃねぇ……そんなの嘘だろ、チャンピオン! あんたそんな安い手でやられるタマじゃねぁだろ!」

 すると、その隣に座っていたものも立ち上がる。

「そうだぜ。まだ終わってねぇ、そうなんだろ!」

 それにつられる様に、何人もの観客が立ち上がり、声を上げる。

「チャンピオン! 出てきてくれ!」

「俺たちゃあんたの勇姿を見に来たんだぜ! レースに競り負けても、脱落なんて姿は見せないでくれ!」

 そして示し合わせたかのように、観客が一つの言葉を放つ、

「チャンピオン!!」

 ただ一言。

 各々が心の中に持つあらゆるものを内包した、しかしそれでいて揺ぎ無い一つの思いを固めた一言。

 負けないでくれという、たった一つの意思。

 そして、その言葉に答えるように、それが来た。

 未だ燃え盛り後続を足止めしている爆発の炎から、飛び出したものがある。

 コース上空に高く飛び出したそれは、白の装甲に朱のラインを走らせた鉄騎鎧だ。

 しかし、それは今までコースを走ってきた四輪車ではない。

 今まで前輪を構成していたアームは太く力強い腕になり、後輪を形成していたアームは倍ほどに伸張し、その巨躯を支えるであろう逞しい脚に変わっていた。

 やがて長い滞空時間を経て地面に着地したそれは、白きくろがねの巨人だった。

 観客が一度、呆然とそれを見つめ、しばらくして、誰かが声を上げる。

「あれは、チャンピオンの……。ギガント・ジークが戦闘形態ウォーリアフォームになった!」


                         ●


 地響きが起き、波紋となって辺りに散らばる。

 その中心にいるのは巨大な人型だ。白に輝きを持つ体躯に、朱の線を纏った巨人。

 先ほどまで長いアームを持つ四輪車だったそれは、膝を曲げた状態から垂直に立ち上がる。

 全長は約八メートル半ほどもあり、両肩背面部には、先ほどまでは展開していないため発見しづらかった二丁の大型機関砲がマウントされている。

 巨人はフロントを構成していた部位から飛び出すように現れた、二本のアンテナを持つ頭部を前方に向ける。空間把握能力を高めるデュアルカメラ・アイが、情報処理のためか光を帯びた。

 それを見て、『チャンピオン応援団』とプラカードが下がった席に座っていた観客の一人が、

「……ぉ」

 声を上げる。やがて、その近くにいたものも、

「ぉ……おぉ……」

 それは導火線に火が放たれたように声は伝播して行き、

「おぉ―――――!!」

 やがてそれは、チャンピオン応援団の席に座る全員を、爆発させた。

 先ほど起きた地響きと同等か、それ以上の振動が会場を振るわせる。

 そして、その爆発が飛び火したかのように、白の巨人が後部に付いたスラスターを吹かし、巨大な一歩を踏み出し、

「行けーーー! チャンピオン!」

 華麗なフォームでコースを疾走し始めた。


                         ●


 巨人が走る。

 後部から発せられる心力光を最大限に吹かし、一歩を踏み出すごとに大地を震えさせながら、真っ直ぐに前方の戦車へと迫る。

 すでに平地をキャタピラで疾駆する戦車は、さらに加速をかけて巨人を振り払おうとするが、大股気味に跳ねるような走法で、尚且つスラスターによって滞空時にも常時加速を行っている巨人がどんどん距離を詰める。

 両者の距離が五メートルにまで近づいた。

 先に手を出したのは先行する戦車の方だ。

 パシュッ、と軽い音を立て、先ほど発射して空になっていた後部のミサイルポッド二つをパージした音だ。

 軽く発射の勢いをつけたそれは、高速で接近するギガント・ジークに至近距離で放たれる。ギガント・ジークはそれを両腕を左右に開くように振るい、二つとも払い落とす。

 同時に、光が来た。

 二つ並んだ砲身の内、先ほど撃ってきたのとは逆の砲身から強力な心力光線が巨人の頭部へと真っ直ぐに伸びる。

 それがほぼ眼前まで迫った瞬間、ギガント・ジークは一つの動きをとった。

 加速したのだ。


                         ●


 危険信号のアラートが操縦席に鳴り響く。

 だがノリエルは構わず、操縦桿を強く握り、フットペダルを踏み込んで加速を継続する。

 そして、光線が視界のほとんどを覆ったときだった。

 素早く右の操縦桿を倒しこむと同時、機体が一気に横に傾いた。 

 ギガント・ジークが、右膝を折り、左脚を伸ばした状態で沈み込み、

「行けー!」

 一気に地面を滑り込んだのだ。

 背面部のスラスターを全開に吹かし、さらに腰部の姿勢安定用のスラスターと左足の裏から発生させたバーニアにより、地面を滑るように滑空した状態で加速を入れる。

 その状態で、右手を横に突き出し、右側に大きく上体を傾けて沈ませる。

 右手が地面に接触して線を引いたと同時、ギガント・ジークの左肩上を光線が通過していった。遥か後方で、通過した光線が後方を走る機体に直撃して爆発が生じる。

 それを尻目にギガント・ジークは素早く体勢を立て直すと、発射後、再び冷却用術式の心力光を帯びて蒸気を発する戦車の砲身を両の鋼腕こうわんで掴んだ。

 そのままギガント・ジークはホバー状態のまま、戦車に引かれる形で地面を滑り行く。

 砲身に触れたギガント・ジークの両手には一瞬で霜が発生した。元々、対象のみを冷却する術式だが、対象となる砲身そのものに、特に加護なども無しに触れているためにこちらにもその効果が現れたのだ。霜が出たのは熱を持っている砲身に比べ、こちらの手が常温状態だったためだ。

 すぐに異常を知らせるウィンドウが無数に展開するが、ジークがそれらを吟味し、不要なものをすぐに処理していく。ノリエルは前方を見据えたまま、

「どう。動く?」

『大丈夫だ。急激な温度変化による武装の破損を防ぐために、冷却対象の砲身の熱量と比例して冷却温度を調節しているらしい。こちらも凍結時の稼働率回復機構で熱を発生させてるから、この分ならもう動かしても問題ない』

 ジークの言葉どおり、両手に発生した霜は溶けて雫となって落ち、機体状態も元に戻っている。戦車の砲身はまだ完全な状況ではないため、心力光は纏ったままだ。

「じゃ、今の内―――――に!」

 ノリエルは背を反らし、両の操縦桿を思い切り後ろへと引いた。

 同時に、ギガント・ジークはホバースラスターの展開された両足を自らの進行方向に向け、両腕に力を込め、思い切り戦車の砲身を引いたのだ。

 戦車は徐々に走行の勢いを失っていき、やがて停止した。キャタピラだけが止まることなく回り続け、地面を抉り続ける。

 そんな戦車を画面越しで見ながらノリエルは、

「悪いけど、ここはレースの場所なんだ。―――――だから」

 右の操縦桿を前へ。左の操縦桿を後ろに引いたまま、

「どっか行けー!!」

 彼の意思に答え、白の巨人は左へと、戦車を引きずり回した。

 回転は二周目辺りから速度が上がり、地面からキャタピラが引きはがされた。そして十周にも満たないうちに、巨人は掴んでいた砲身を離した。

 空気が爆ぜる音が炸裂し、戦車が高速で宙へと放たれた。

 観客の視線が一斉にそちらを追う。それが行われたのと、戦車がコースを突き抜け、衝撃拡散用障壁の光を散らせてフィールドの壁に激突したのは同時だった。

「―――――どうだ!」

 ギガント・ジークが動かなくなった戦車を腰に手を当てて指差した。それを見た観客が大いに盛り上がり、観客席ではウェーブが起こる。

 その逆に、戦車の応援をしていた観客は物を投げるなどの行動を行っているのがカメラの望遠が捉えていた。どのみちレースに支障きたさないよう観客席とフィールドの間には障壁があるため、それらに当たった物が最前列の観客達に当たり、軽い暴動が起きているのも見える。

「おいおい。楽しく見ようよ」

 それだけ、観客には聞こえない声を放つと、ノリエルはフットペダルを踏み込む。

 ギガント・ジークが駆動機の雄叫びを上げ、コースを走り抜ける。

 レースが再開した。


                         ●


 大和一番艦“関東”の中央通りは、午後八時を過ぎても活気があった。

 様々な商店が並ぶ商業区画では外食に出ている家族連れや、仕事帰りに酒を引っ掛けている人間なども多い。

 その中央に位置する丸い円状型の広場では、中心にある噴水の上にある備え付けの巨大な電光掲示板に、今日の“沖縄”で開催されている鉄騎鎧レースの中継が映っており、それを観衆の空気と共に楽しみたい日人々でごった返している。

 たった今、チャンピオンが戦車を放り投げるというもう完全クライマックスな映像が流れ、広場では大きな歓声が響いていた。

 そんな中、その映像を見る一つの影がある。フード付きの長衣を着込んだ男だ。

 顔はフードで隠れて見えず、背や体格は並で線も細めだが、少し広い肩幅でかろうじて男性だと認識することが出来る。

 長衣の男は画面の向こうで戦車が吹き飛ばされる映像を見て、歯を剥いて笑いを放った。押し殺したように喉からもれるその笑いは、周りの人だかりが放つ歓声に掻き消え、本人にしか聞くことが出来ない。

 男は長衣の懐から、先ほど近くの商店から買ってきたサンドイッチを取り出し、口に運んだ。軽く炙ったパンに、ローストビーフにトマトとレタス、スライスしたタマネギを挟んだシンプルな作りのそれは、少々値が張っただけあって非常にうまい。

 だが、己の舌を満たしたはずのサンドイッチを男は下げ、息を吐いて、

「でも、これじゃ回復しねぇんだよねー……」

 はぁ、と息を漏らしたとき、その後ろにもう一つ影が立った。男と同じ長衣を着込んだその人物は、こちらはがっしりとした背や体格から一目で男性と分かる。

 長身の長衣は男の耳に顔を近づけ、

「もうそろそろ、―――――やめろ、悶えてくねくねするな。もうそろそろ、準備が整う」

 すると男もくねくねとした動きを止め、

「遅ぇな。出発ギリギリで乗り込んでやっとかよ」

「しょうがないだろう。僕達の力は自然回復が効かないんだから。今回のコレも、失敗すればもう―――――」

 そこまで言ったところで、男が右手で長身の言葉を制した。

「そういう悲観的なこと考えんのはよそうや。もしかして、ってのは直感的に感じるもんで、考えるもんじゃねぇ」

 男は顔を後ろに向け、フードから除く口元から歯を除かせ、

「想像と不安をごっちゃにすんなよ? お前、オレより頭良いんだから」

 言って、サンドイッチをかじる男に、長身はハァ、と息を吐き、

「こういうときだけはいいことを言って……」

 まあ気にすんな、と男は笑って流す。そしてまた視線を電光掲示板に戻すと、

「まあ、計画通り、お前は二番艦へ行け。オレはこの一番艦を担当する」

 それだけ言って、男はまるで長身への興味を失ったかのように、何も言わなくなった。長身は頷きを一つ送ると、

「今日こそ取り戻そう。僕達の、―――――全てを」

 言って、長身は人ごみの外へと向かって行き、やがて見えなくなった。

 後に残った男は、ヘッ、と笑い、

「とーぜん」


                         ●


 勉夢星ベムスターでテレビを囲んでいた客は大いに沸いた。

 テレビの向こうのギガント・ジークは巨人の姿を保ったまま、ホバーで浮いた状態のままスラスターの加速でコースを疾駆し始める。

 そのテレビの最前列には三つの椅子がある。

 座るのはテレビから向かって右から真白、森羅、ルナの順だ。

 焼き鳥串を口から引き抜いた森羅は軽く清酒で口を潤し、

「ハハッ、ノリのやつやっと本気出したよ。このまま一気にトップまで行くぞ」

「今年もノリ君で決まりかなー、チャンピオン。まあ、お小遣い半分も賭けたんだから勝ってもらわないと困るけど」

「おいおい、友達を儲けのダシに使っといてそれかよ! 俺はお前をそんな子に育てた憶えはねぇぞ真白!」

 いいか? と森羅は指を立て、

「友達相手にそういう曖昧な態度をとっちゃいけねぇ。俺を見ろ。普段は蔑むような目で見られているだけだが、やられるときは容赦なくやられる。メリハリってやつだな」

「それ単に手ぇ出してるか出してないかの差だから。基本アンタの評価は変わってないから」

 後ろで聞こえた羽撃の声とうんうんと頷く皆を無視し、森羅は続ける。

「つまり俺が何を言いたいかというとだな、友達を信じるときは信じろ。

 ―――――小遣い半分じゃなくて全賭けしろ。俺みたいにな」

「あれ? 似たようなやりとりが配役変えてさっきあったような……」

 アンナが首を傾げた。そこにもう一人首を傾げた者がいる。ルナだ。

 彼女は森羅に向き直り、

「ねぇ、ノリエル君の機体ってあのままでいいの? なんか空飛んでるけど」

 言われて、森羅はテレビに体を向けて座りなおし、顔だけをルナに向けた。

「そうだな。まあ、今回のレースは地上用、つまりは車輪みたいな物をつけた機体がメインのレースだ。航空型のはまた別にあるしな」

 でも、と森羅は続け、

「ノリのギガント・ジークは結構珍しい可変型機体でよ。基本が四輪車の形態として登録されてるから、可変したあの状態は“武装”っていう解釈で通してるんだ。ホバーもあくまで“ジャンプしてる”ってことで通してる」

「そういうものなの? なんだか規定が甘いような」

「まあ、可変機って言っても、あそこまで劇的に性能面が変化する機体もねぇからな。一応レギュレーション通る作りだし、甘いというよりそもそも前例がないから、解釈さえ間違ってなけりゃいいんだよ」

 ふーん、とルナが頷いたとき、周りがまた騒がしくなった。

 また何か興奮するようなことがあったのかと思ったが、森羅はすぐに異変に気付いた。客の反応が先ほどとは違う。興奮というより、何かに驚愕している反応なのだ。

 正面、ルナも同じことを感じたらしく、眉をひそめた表情をしている。

「お兄ちゃん!」

 真白の声に、二人は同時にテレビを見た。

「! ……なんじゃこりゃ……」

 そこには、コース上に炎と煙を吐くクレーターを無数に作ったスタジアムの光景が映し出されていた。


                         ●


 会場は騒然としていた。

 事が起こったのはほんの数瞬の出来事だった。突如としてスタジアムの開いた天井から無数の光が降り注ぎ、コースに落下すると爆発と共に辺りに炎を散らしたのだ。

 観客席にいた客達は、最初は唖然としていたが、落下物が観客席とコース内部とを隔てる障壁にぶつかった途端、誰かが上げた悲鳴を合図に、蜘蛛の子を散らすように会場から逃げ始めた。狭いスタジアムの出入り口は混雑し、いたるところから悲鳴が上がる。

 そんな光景をギガント・ジークの中で見ていたノリエルは、

「いったい何なんだよコレ!」

 思わず目の前のパネルに拳を落としていた。

「今日みたいなお祭の日に、なんだってこんなことが起こるんだよ……」

 今日を迎えるために様々なことをやってきた。機体の微細な調整からシュミレーション。加速やコーナリングの研究、体調管理など、全てを二ヶ月以上前から準備してきたのだ。願掛けのために一週間前からエロゲーも断ってきた。それなのに、

「こんなことで邪魔してー!」

 眉間にしわを寄せた表情で、ノリエルは正面を見据えた。正面のカメラから送られてくる映像は、光が作り出したクレーターを取り囲むように発生した炎の壁だ。

「どうしてくれるんだよ! これじゃせっかくこの間買った新作エロゲー『同級のファスナー~クラス一のハーレム王!~』をエロゲ断ちした意味がないだろう! 優勝した時の自分への御褒美にとっておくために朝五時から並んで買ったんだぞアレ!!」

 すると突如、画面に『WARNIG!』の赤い警報ウィンドウが現れた。同時に、ジークの映るウィンドウも目の前に現れ、

『大変だ! 今降ってきた光の解析が終わった!』

 ジークの映るウィンドウの向こう。そこに揺らめく炎の奥で、影が揺らいだのをノリエルは見た。

 人だ。人影が炎の向こうに見える。しかもそれは一つではなく、いくつもの人影が生まれてくる。そしてさらに、人影は徐々にこちらへ、炎の外へと向かって近づいてきている。

 正面、ジークが解析結果のウィンドウを提示しながら告げた。

『あの光は神力の固まり! あそこにいるのは―――――』

 ノリエルが息を呑む。そして、それは告げられた。

悟神かみの傀儡、“ヒトガタ”だ!』

どうも。


また遅くなってしまいました。速く書けてたあの頃に戻りたいです……。


それでは、また次回。

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