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第十五話 待ち人たる宴人達

「大和……。見るのは半年ぶりね」

 “イギリス”を構成する七艦の内、中央に位置する第一機艦“ロンドン”。その中央部に位置する倫敦塔、その監獄塔内部の一室で、メアリ=フローレンは窓の外を眺めながら呟く。

 彼女のいる部屋からは自分達の国の国土の右前方右中央を構成する第二機艦“バーミンガム”と第四機艦“リヴァプール”を越えた先にある、白を基調とした装飾の国家機艦“大和”が見えていた。

「それにしても、えらく早く合流したわね」

 彼女の言葉に、対面に座っていたアーサー=ディードは少し困った顔をして、

「なんでも、クイーン・エリザベスの命令だそうですよ。大和が自分達の航路上にいるって聞いたら、一番じゃなきゃ嫌だ、って駄々こねて、高速航行に切り替えさせたらしいです」

「困った人ね、あの人も。どうせ一番南極に近いオーストラリアが一番だって決まってるのに」

「自分達のルートの上にいる、っていうのがポイントなんですよ。自分の歩いてる道を先行されるのを嫌いますから、あの人は」

 言って、アーサーは手に持ったワイングラスを傾け、中の赤い液体を口に含む。

 ここは倫敦監獄塔にあるメアリの自室で、時刻は七時半を回っている。午後から始まったお茶会から、用がないなら話さないかと言われそのまま談笑を続け、ほんの一時間ほど前からお茶ではなく、こうしてワインが振舞われるようになった。

 メアリがこうして気さくに話す機会を与えてくれることと、ワインのせいもあってか、アーサーは最初よりも口が滑らかに動いていることを自覚した。

 すると、金属特有の高い音と共に、部屋のドアが開け放たれる。入ってきたのは体中埃まみれのミディア=ハーレンだった。

「あらミディア。どうだったの、カラス小屋は?」

 メアリの問いに、ミディアは一目で疲れていることがうかがえる顔を上げた。

「もう最悪ですよー。飼育小屋の屋根板全部剥がしてまた一から張り直したんですから」

「だったら誰かに頼めばいいのに」

「無理ですよ」

 ミディアは近くの椅子を持ってきて二人の座るテーブルに着く。

「修理は当然、飼育小屋の中にも入りますから。あの子たち、私以外の人入ると怒るんですもん。前に一回召集で私呼びに来た兵士が体中突かれましたからね」

「あれはあなたが通信切ってたからでしょ」

「カラスをビックリさせないためですよ。あの子達の精神的ケアも私の仕事なんですから」

 言って、ミディアはアーサーの飲みかけのグラスをひったくると、残りのワインを一気に呷った。

「ぷぁー! 生き返る!」

「それ僕の……」

「ぁあ!? ケチケチしないでよね新人。先輩にグラス取りに行かせる気」

「……僕の方が年上なのに」

「けど、女王の防盾クイーンズ・ガードでは私が先輩よ」

 椅子に仰け反るように座り、ミディアは注ぎなおしたワインをまた呷った。それを見て、メアリは額に手を当てて呆れたような顔をしている。

 仕方無しに、メアリに一礼して席を立ち、アーサーはキッチンシンクの棚からグラスを持ってまた戻ってきた。

「あ! そういえば今日大和で鉄騎鎧てっきがいレースやるんでしたよね! 見てもいいですか」

「あなた本当に好きね、アレ。いいわよ、もうこの距離なら大和の通信電波も入るでしょ」

「ありがとうございます!」

 ミディアは席を立つと、部屋の本棚の上に置かれたテレビを引っ張ってきた。テーブルセットが置いてある窓際のところにそれを置き、テレビの電源を入れると必死になってチャンネルを合わせようとする。

 それを見ていると、アーサーは彼女もやはり、子供なんだなと思う。

 そして、それを裏づけするような、ミディアの明るい声が聞こえてきた。

「あ、映った!」


                         ●


 大和第七機艦“沖縄”にある料理店勉夢星ベムスターの宴会は今だ続いていた。

 相変わらず酒が入っているせいか、皆のテンションは常時最高潮であり、徐々に他の客にもそれを伝染させつつあった。

 基本的には、さきほど全裸になって店内を騒然とさせた森羅がテーブルに突っ込んで行き、何かを話し合った後に客と一緒に爆笑し、酒を飲み交わして仲間に引き込んでいくという構図だった。今ではテラス席にいる客のほとんどが越組の空気に当てられたといっても過言ではないだろう。

 そんな光景をハラハラした面持ちで見ているのは、この空気の入り方をまだまったく理解できないルナだった。

 先程まで隣に座っていたエレアも、今は大和のすぐ隣を併走しているイギリスの写真をとるために甲板縁のほうまで行っているため、実質この場に一人取り残された状態だ。

 誰かと話をしようにも、彼らの持つ独特の濃い空気が瘴気のようにそれを躊躇わせる。誰か話し相手、最低でも構ってくれる人間を探していると、あるものが目に映る。すでに山盛りに積まれた皿で頭頂部のかすかな部分しか見えなくなった羽撃と、その傍についているアンナの姿だ。

 どうしよう、天国と地獄が二つそこに同居している。そんな感想を得た。いや、ただ食べているだけの羽撃には失礼かもしれないが、なぜだかルナはそう思ってしまい、自分の考えの浅はかさを正し、意を決してそちらに向かった。


                         ●


 アンナ=リーベンスは、夜の闇の中、ライトに照らし出された艦外を見る。そこにはEU連合所属機艦、イギリスが大和と併走している。

 アンナはここへ来る前にいた故郷を見つめ、そして、すぐに目を逸らした。すると、手羽先を食べ終えて皿の山を一段追加した羽撃がこちらを見た。

「今日ここに来たのは不正解だった? それとも、空気読まずに左側に来たイギリスが悪いのかな?」

 アンナは答えず、ただ羽撃に視線を返す。その眼は真っ直ぐと自分の視線と交わり、逸らされることは無い。

「アンナ、まだイギリスが嫌いなの?」

 その問いに、違うと、口に出す前に否定の言葉が浮かんだ。自分が生まれ、僅かながらではあるが育った地だ。嫌いであるはずがない。

 だから、それを伝えようと、重い口を開く。

「嫌い、じゃありませんわ。そもそもあれはイギリスだけが悪いことではありませんし、私も当時は幼くて、詳しい話も後から聞いただけの事ですし」

 だが、

「……それでも、話を聞いた当初は憎んだでしょうね、いろいろと子供でしたから。どうして私達だったのか。なぜこんな目にあわなくてはいけなかったのか、と」

 それでも、

「成長して、色々なことを学んで、知って、あの時は、ああすることが最善だったと……分かっているのですけれど……」

 その時、彼女は羽撃との視線の交し合いを止め、もう一度、青の王国を見る。

「やはり、素直に向き合うのは、まだ怖いのかもしれません」

 そう口にしたら、やはり気分が重くなったのを感じ、その視線は再び羽撃に向けられた。彼女はそう、と言って、傍にあった炭酸水をクラスに注いで手渡してくる。

「じゃ、そんな嫌な気分は飲み込んじゃお。一気に、さ。今日は祭りの席なんだから、楽しまなきゃ損だよ」

 その笑顔に、救われたような気を感じる。イギリスのことは、話に聞くだけでも気分が落ち込む。家族はすでに過去のことだと割り切っているのだが、自分だけはどうしてもそうはならず、なるべくそれらの話題からは避けるようにしている。なので、イギリスが隣に並んだときには、正直今日はもう、皆の気分を崩さないために帰ろうかとも思った。だが、いつも自分は、最後にはこの優しさに救われる。

 アンナは思う。自分は本当に良い仲間とめぐり合えた、と。

 アンナはグラスを受け取り、向けられた羽撃のグラスと軽く打ち合った。自分のグラスに注がれた炭酸水がシュワッ、と軽い音を上げた。

「祭事を司る神社の娘に言われたのでは仕方ありませんわね。その言葉、甘んじて受けますわ」

「硬いわよ。今の私はただの学生で、ただ友達と馬鹿やってるだけの高校生なんだから」

 だが、その友人に一言言っておかなくてはいけないことがある。

「本来炭酸は、油モノを食べた口直しに飲むものですから、そのままはちょっと」

 自分のオレンジジュースを飲もうとしていた羽撃は驚きの目をして、

「えっ、そうだったの!? ごめん知らなかった。イギリス人って単純に炭酸水好きなんだとばかり思ってて」

 羽撃は慌てて自分の持っていたグラスとアンナのグラスを取り替えた。

「はい、オッケー。私ちょうど手羽先食べた後だったから、これがあるべき図よね」

「ええ、まあ、手羽先以外にも結構食べてましたけど」

 アンナは羽撃の座っている席の前面に城壁の如く並べられた半円型の皿の壁を見る。これの請求は一体どこに行くのだろう。アクエリアスは自分が持つのは三千円までだと言っていたが、これはおそらくそこにゼロをもう一つ足しても足りないだろう。自腹だろうか? 神社は確かに儲かるが、羽撃自身がそれほどの金額を持っているのか?

 などと考えをめぐらせていると、視界の隅に今まで無かった色が入ってきた。

 夜の闇の中、照明の光を反射している銀の髪の少女、ルナだった。


                         ●


 時刻は午後七時五十分。

 勉夢星ベムスターの宴会がついに店内にまで侵食をし始めた頃、テラス席の一角では女子三人の会話が行われていた。

 羽撃が座っていた席からは店員が五人がかり三往復で皿を全て片付け、広くなったスペースに今度は果物やお菓子などのデザート類が並べられている。

「それじゃ、今日はルナの転入祝いということで、僭越ながらわたくし、十百千羽撃が音頭を取らせていただきたいと思います」

 大げさに頭を下げてみせる羽撃の手には、少量の清酒の入ったコップが握られている。本当は儀礼的に升を使用したかったが、酔った身内の馬鹿共が店にあった升を全て独占してブロックのように積み上げて像の形成に入っているため使えなかった。

「それじゃ、新たな仲間に、かんぱーい!」

 音頭に合わせ、ルナとアンナのものを合わせて三つのコップが軽く澄んだ音を立てた。コップを傾げると、それ一気に飲み干した。

 と、一口だけ飲んですぐにコップを下ろしてしまったルナを見て、羽撃は、

「どうしたのルナ? 全然飲んでないけど」

 声に、ルナは慌てて顔を上げ、

「え!? ううん、違うの。その……もう結構飲んでるから。私、そんなに強いほうじゃないし」

 その返答に、羽撃は目を丸くして、

「え? でもコネクトバイザーの肝機能強化でその程度どうにかなるんじゃ……」

 コネクトバイザーは端的に言えば、この世界の住人がつけている『世界に繋がる端末』のことだ。彼らが使う機械魔術デジタ・マギカの使用の際や電子画面の展開など、この世界に影響を与えるための小型端末。その他にも使倶(シグ)の制御・保管や、羽撃が言ったようにある程度の体機能の正常化効果も持っている。

「私、バイザー持ってないんだ」

 俯いて少し恥ずかしそうに言うルナ。羽撃は驚きの声を上げた。

「えー! 人目につかずに暮らしてたって聞いたけど、まさかバイザーも? 使倶シグ番聞きたかったのにー」

「ごめんね……」

 しかし羽撃はすぐに立ち直るとルナに顔を近づけ、

「買うなら絶対ウチの神社でね! 安くしとくよ。オプションも結構色々付けられる上に、形も結構豊富ななの取り揃えてるんだ、ウチ」

 そう言って羽撃は後ろを向き、自分の後頭部に付けている神社の娘らしい紅白色の飾り紐の留め金型のバイザーを見せる。

「私のも、羽撃の神社で契約しなおして手に入れたんですの。それだけの価値はありますのよ」

 とアンナは、自分の髪をかき上げ、耳についたイヤリング型のバイザーを見せる。青のクリスタル製で出来たそれはそれは、照明を反射してキラキラと輝いた。

「なんたってウチは大和じゃ二つしかない神社な上に、世界でも最大手だからね。バイザー、使倶シグに術式、何でもござれよ」

「んー、考えておくね。なにせいきなり来ちゃったから、まだお金のこととか考えてないし」

 胸を張る羽撃にそう答えて、羽撃はまた一口コップに口をつける。

「ああ、そういえばそうだっけ。あの馬鹿が無理矢理連れて来たから、まだ何も決まってないんだっけ」

 首を縦に振り、ルナは遠くで三十分は停滞の続いているイコルと棗の腕相撲をはしゃぎながら観戦する真白を見て、

「とりあえず、しばらく住む所は真白と森羅の家にお世話になろうと思ってて―――――」

 言った途端、羽撃とアンナが同時に飲み物を吹き出し、空間に虹が発生する。

 羽撃は身体をこちらに向けると肩を掴んで、

「本気!?」

 一言だけの言葉に、その気迫に呑まれながらもルナは頷きを一つ送った。羽撃はなおも詰め寄ってきて、

「いくらお金がないからって……、自分を大切にしなさい!」

「いや、でも真白もいるし……」

「誰かがいるとかじゃないの!! そもそも真白もちょっと頭おかしいんだからそんなのは気休めにもならないわよ!!」

 あの兄妹はここではずいぶんな扱いだな、などと思っているうちに、羽撃はルナの肩を掴んで鼻息がかかるほどの距離まで詰め寄ってきた。ルナは困り顔で、

「で、でも! 昔はよく一緒に寝てたし―――――」

「このクサレ外道がぁーーーーー!!」

 言うや否や、羽撃は両腰に下げられたフタツトモエを合わせて弓にすると、高出力の光矢を升オブジェ製作中の森羅に向かって放った。『えっ?』という短い言葉の半分ほどを言った辺りで矢は森羅に直撃し、その前方にあった何かのロボットを模したオブジェをブチ破って吹き飛んだ。

 森羅と共にオブジェ制作に携わっていた者たちがワンテンポ送れて驚き、

「ああ!!」

「そんな!! せっかくここまで作った『次元戦士スペリオー』がぁ!!」

「なぜだぁあ!!」

 誰一人として森羅の心配をしていないのは、きっと彼が大丈夫という信頼があってのことだろうとルナは自己完結した。実際、二秒と待たずに森羅は起き上がり、こちらに近づいてきた。

「おい馬鹿! そこの馬鹿オブドメスティック巫女!! オメェはもう見境無くポンポンポンポン人撃って! なんだ、そんなに楽しいか人を撃つのは!!」

 その言い分にさらに怒りを覚えたのか、羽撃も森羅のほうに歩いていき、

「この外道が! いつか絶対取り返しのつかないことやらかすと思ってたけど、まさかすでに罪人だったとは思わなかったわ!」

「ああ!? そりゃオメェ、俺は人を魅了せし生まれついての罪人つみびとだけどよ」

 放たれた羽撃の脚が馬鹿の腹に直撃し鈍い音を立てた。

 森羅は腹を押さえて前屈みになりながら数歩後ろに下がるも、その目はキッと羽撃を見据え、

「おいおい、一体マジでどういうことだよ! 心当たりねぇのに俺なんでこんなフルボッコなんだ!? なんだ!? スペリオー作ってるのが気に入らなかったのか!? 『宇宙覇者メガガンオー』の方が良かったのか!?」

 羽撃が拳を振り上げたので馬鹿は反射的に黙った。羽撃は顔を紅潮させて、

「あ、あんた!! ル、ルナとそそその! 一緒にね、寝たって!!」

 羽撃の大声に、一瞬辺りが静かになった。そして、

「手が滑ったぁあ!!」

 驚くほどのハモリを利かせて男子勢が叫ぶと、一斉に手に持っていたものを馬鹿に向かって投げつけた。

「痛てて!! 馬っ鹿、升はやめろ升は! だぁあ、割れたコップもやめろ目を狙うのもやめろ!!」

 やめてへぇえ!! と気の抜けた声で場を一時沈めると、森羅は身体に刺さったコップの破片を抜きながら答える。

「子供のときの話だよ。それに俺、今こそこんなだけど、昔は引くほどのピュアボーイだったんだぜ」

 その言葉に、皆は馬鹿を放っておいてルナを見た。一番本当のことを言ってくれるはずのルナを見ると、彼女は確かに一度頷き、

「うん。再開したときは本当にビックリした。昔は一緒に寝る事も照れて嫌がってた子が、まさかこんなことになってるとは思わなくて……」

 その言葉に、一同は顔を見合わせて頷き、そして森羅のほうを見ると、

「嘘だぁあ!!」

「おいおい、現実見ろよオメェら!!」

 うるせぇ!! と吼えた生徒達は一斉に森羅を袋叩きにする。

 すると、先ほどからはしゃいでいた真白が、

「ああ!!」

 急に大声をあげ、視線がすべてそちらに向いた。真白は電子画面の時計を見ながら、

「もうすぐノリ君の試合始まるよ! 会場行かないと!」

「今それどころじゃねぇんだよ!!」

 怒鳴り声を上げたあと、生徒達は再び森羅への制裁へと戻った。

 その声に一瞬だけポカンとした真白は、兄がパイルドライバーを喰らった姿を見て爆笑した。


                         ●


 午後八時。“沖縄”の中央部に位置する巨大スタジアム。

 普段は野球やサッカー、陸上競技などの試合が行われるここでは、年に四回行われる鉄騎凱レースが開幕しようとしていた。

 会場はすでに熱気に包まれており、天井を開く仕様になっているはずのスタジアム内部の温度は、季節が夏であることも手伝いかなり高い。

 会場にはすでに出場者が鉄騎凱を自動走行オートメーションにしてコースの外周を回り、各々が操縦席から顔をのぞかせ観客に手を振るなどのアピールをしていた。

 鉄騎凱とは、簡単に言えばロボットだ。元々は危険な場所の開発作業や人命救助を目的として作られたものだったが、いつからか速さを追求したスポーツマシンとしての改造が施されたものが登場し、いつの間にか公式戦まで作られるなど、競技としての側面が強くなっていき、神滅大戦時が勃発した辺りから兵器転用がなされ兵器としての認識も強くなった。

 そのため、今この場にある鉄騎凱も様々な形状があり、速さを重視させた全長三メートルほどの小型のバイク形状をしたものや、耐久性を重視し分厚い装甲に覆われた中型の戦車のような機体も存在する。

 そんな中、ハスキーな男の声の実況が会場に響き渡る。

『続いての入場はーーーーー!!』

 まだ実況が入場選手を言い終える前に、スタジアム内の歓声が上がり、熱気がさらに上昇した。

 備え付けの巨大電光掲示板に、機体名と搭乗者の名前が特別なエフェクトつきで紹介される。画面内部で爆発が起き、そこからカラーテープなどが飛び出したあとに『Defending champion』の文字が生まれ、さらにあとから搭乗者の顔写真つきの紹介が煌々と掲げられた。

 そこでさらに、スタジアムの大型スピーカーから、会場の歓声に割り込んで声が生まれる。

『さぁ、最後に登場するのは、前回を含めると六度の防衛に成功、年間の優勝数で表すと四季全て繰り広げられたレースでなんと二十五回の防衛に成功している最強のディフェンシング・チャンピオン!! この男を降せる挑戦者は今宵生まれるのか!? それとも、二十六回目の防衛に成功するのか!?

 今、入場門より愛機と共に出現しました!!』

 紹介画面が消え、今度は音楽がけたたましく鳴り響く。

 スタジアム南に位置している専用のゲートから、一つの影が姿を現す。

 現れたのは、全長八メートルはある巨大な鉄騎凱。前後に伸びたアームは前部に位置するものが長く、その先端に車輪をつけた四輪車の形態をしている。白地に生えるメタリックカラーの赤のラインが、ナイター照明を反射させる。その巨躯の鉄騎凱は悠然とゲートから全容を現すと、機体後方上部が音を立てて軽く持ち上がり、そのまま後方にスライドした。内部には人が一人入るので精一杯なスペースの操縦席があり、それがせり上がり、そこに跨る一つの影が現れる。

 自動走行のままコースに入った鉄騎凱の操縦席から一人の少年が立ち上がると、実況が興奮を剥き出しにし、

『ご紹介します!! ディフェンシング・チャンピオン、ノリエル=シーゲットとぉー!! その愛機、ギガント・ジィーーーーーク!!』

 叫ぶと同時、搭乗者であるチャンピオン、ノリエルは両腕を空に突き上げ、掲げた。

 同時に、空に瞬く星を落とすほどの歓声が場内に響き渡った。


                         ●


「やっぱり来てないよ、あいつら……」

 操縦席に座りなおし、ノリエルはため息をついた。

 彼が今見ているのは、自分の前面に展開された電子画面だ。普段の通信などで自分のコネクトバイザーから直接演算展開するものではなく、機体と直結して機体に演算代行させて展開させるタイプのものだ。

 それが映し出すのは機体前面部のカメラから捕らえられた映像の拡大図だ。映し出されるのはこの満員御礼ともいえるほどの観衆が蠢いている観客席の一番前、チケット販売から数分で売り切れるほど人気のS席だ。

 だが、そこには二十ほどの空きがある。言わずもがな、ノリエル自身がチケットを渡したクラス連中の席だ。

 ノリエルは前傾姿勢で乗り込む操縦席に全力で突っ伏す。

「だから宴会は試合終わったあとでも、って言ったのに……」

 観客席では、その空いた二十ばかりの席を先ほどから他の客が視線を彷徨わせてはチラチラと見ている。恐らくチケットを買った客が来なければそのまま座ろうとでも思っているのだろう。

 どうぞどうぞお好きなように、とノリエルは思い、こんなこと続けてるといつか運営の方からチケット回してもらえなくなるなとぼやいた。

 すると、拡大図の電子画面が二回りほど小さくなって、新たな画面が展開した。それは高速で文字を打ち、ほとんど一瞬で文章となった。

《どうした、ノリエル。浮かない顔をして》

「ん? どうしたって、分からないのかい?ジーク」

 気の乗らない感じのノリエルの言葉に、先ほどの画面に新たな文字が生まれた。

《まあ、大体は分かるがな。だが、生憎ながら『大体』だけだな。使倶シグの俺には深くは理解できない》

「君の悪い癖だよ、そうやって使倶だからって言って逃げるの」

 ノリエルが会話している相手は、彼が持つ二体の使倶の内の一つ、特殊演算制御機構を搭載した鉄騎凱専用の使倶、ジークだ。

 鉄騎凱などに用いる使倶は基本的に操縦者の意思を精密且つ高速に機体に伝達しなければならないため、大半のものがこうして人間のような明確な意志と知能を持っている。もちろんそれだけ値が張るが。

 普段は一般的な使倶と同じくコネクトバイザー内で待機しているが、現在ジークはもう一つの本体ともいえる機体とリンク状態であり、このように機体を介して会話をしている。

《まあ、今に始まったことじゃないだろう。そう落ち込むな。このままじゃ二十六回目の優勝を逃す羽目になるぞ?》

「分かってるよ。試合になったらきちんとやるって」

 そうこうしている間に、自動走行オートメーションが切れ、ガクンと前後の揺れをノリエルは体感する。見ると、すでに機体ギガント・ジークは様々な鉄騎凱たちが並ぶスタートライン上に立っている。

「よぉ、ノリエル!」

 前方の方から声が聞こえ、ノリエルはそちらを見た。そこには、細い流線型のバイク形状の鉄騎凱に乗る男がいた。向こうの機体が全長三メートルほどで、こちらの機体が八メートルあるため、スタートラインを割らないように並んでいるため、左隣にいる相手は非常に遠く感じる。

 バイクの男は逆立てた髪を櫛で何度も掻き上げながら、

「今回はぜっっっっってぇ負けねぇからな! テメェの連続優勝記録もここまでだぜ!!」

「そうだね、せいぜい足下をすくわれないよう、全力で当たらせてもらうよ」

 へっ! と鼻を鳴らし、バイク男は前に向き直った。

 ノリエルも、前傾姿勢でハンドルを握ると、彼の乗る操縦席は再び機体内部に沈み込み、後部にスライドしていたハッチが下りて外部からの情報が一時遮断され、辺りは暗闇に包まれた。

 いつになってもこの暗さは怖いな、と思うのもつかの間で、すぐに彼の周りに機体の状態などを表す複数の電子画面が展開され、青白い光が機体内部を照らす。正面に展開された一際大きな電子画面に機体のナンバリングと機動状態が映し出され、数秒の後、ノリエルの前面には機体のカメラが捉えた外部の視覚映像が広がった。

 そしてノリエルは頭を軽く傾げ、

「さっきの人……誰だっけ?」

『お前も、仲間達に劣らずずいぶんな性格だな、ノリエル』

 ノリエルの前に現れた小さめの電子画面には、機体と同じカラーリングのデフォルメされた甲冑を着た騎士の姿のような使倶シグ、ジークの映像と音声が流れてきた。

 それとは別にもう一つ、先ほどのバイク男の顔写真が付いた選手登録名簿の一部が展開される。

『あれは選手番号47番、名前はオックス=ラート。前回前々回とお前にああやって挑発しかけてきてる奴だよ』

「ああ、そういえばそうだ。でもあの人、結局前半の方で潰れて、あんまり勝負という勝負したことないんだよね」

『前々回は武装が使用過多のせいでオーバーヒートの後に暴発起こして脱落。前回は複数の中型のクラッシュに巻き込まれて脱落。今のところ良いところどころか順位すら残せていない奴だ』

「っていうか僕に永遠のライバルみたいな口調で言ってたけど、実際まだ二回しか出場経験ないんでしょ? 甘く見ないで貰いたいよ。こっちは小等部の終わりからこっち、試合に出続けて優勝してるって言うのに」

『ああいう奴って漫画とかに絶対いるよな』

「そういう噛ませキャラでももうちょっといい勝負してくれないと駄目だって、きっとエル君なら言うんだろうなぁ」

 そこまで言って、今日来ていないクラスメイトを思い出してうなだれた。それを見透かしたのか、ジークが、

『試合になったらちゃんとするんじゃなかったのか?』

 意地の悪いその質問に、ノリエルは膨れっ面を見せるが、大会本部から送られてきた電子画面のスタートまでの秒読みで、その顔が引き締まったものになる。

「君の言うとおりだね、ちゃんとするよ。それじゃあ、二十六回目の優勝をするために、君にも頑張ってもらおうかな」

『任せろ』

 アナウンスの秒読みが、機体の聴覚素子を媒介にして、機体内部のノリエルの耳に届く。

『十秒前!! 九!……八!……七!……六!……五秒前!!』

 それに続くように、二人が秒読みに乗る。

『四……三……』

「二……一……」

 そして、前面の電子画面が『GO!!』の文字と共に砕け、

「GO!!」

 二人の叫びと共に、甲高いスターターが音を鳴らし、総勢二十三台に及ぶ鉄騎凱が爆音を轟かせ一斉に飛び出す。

 レースが始まった。

どうも!

さあ、今回からまあ、始まります鉄騎凱レース。一応、必要な回なのでぜひ見てください。

それにしても、ロボット表現するのムズそうだなぁ……。

ノリ君のもう一つの使倶は、今後一応出番があります。一応言っておきます。


それでは、また次回。

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