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第十四話 微笑ましき宴人

 仁遊学園中庭で起こった、虎丸と森羅による私闘は、教師陣の介入という形で幕を閉じた。

 今は騒ぎも終息に向かい、あれほど集まっていた生徒達は、また部活に向かったり帰路に着いたり各々が解散していく。

 そんな中、原因の一人である虎丸は、教師の天月ゆうに拳を掴まれたまま、視線を伏せていた。

 一言で言えば、反省していた。いくら腹が立ったとはいえ、今回は少しやりすぎた面もあった。挙句関係もない一般生徒に危害が加わりそうになり、腹を立てていた奴に注意を促されるとは。

「お前は理知的なんだけど、その怒りっぽい癖なんとかしろよ」

 拳を今だ掴んだままで、目の前の天月はそう言った。彼が今もこうしてくれているのは、おそらく一人になるとずっと己を責め続けてしまうであろう自分を思ってくれているのだろう。喜好先生もそうだが、この学園に勤務する教員たちはこう見えて優秀なのだ。日野先生も、あれでしっかりと芯を通した部分もある。いつも毎授業ごとに生徒達に分かりやすく説明できるように自作の資料を毎回作ったりしているのだ。おかげであの人の担当するクラスは大抵テストの平均が高い。

「すいませんでした……」

 今はただ、そのセリフだけを言い、虎丸は拳から力を抜いた。それと同時に天月も拳を離し、支えを失った右腕は力なく宙に垂れる。

「まっ、別にいいよ。頭に来たから怒る、なにも悪いことじゃねぇ。ただ、喧嘩ってもんはムカついたもん同士がやってこそ華があんだよ。そこに他人巻き込んだ時点で、そいつは一瞬で最低な行いに変わる」

「なら、今日の俺は最低な奴ですね」

「後悔が出来て反省が出来るなら、お前は最高だよ。まぁ、ペナルティも与えておいたし、そこら辺は気にすんな」

 天月の言葉終わると同時に、虎丸の右手に展開されていた勾玉に亀裂が走り、粉々に砕け散った。

「……術式一個がペナルティですか。重いですね……」

 虎丸の視線は、先程まで自分の手を掴んでいた彼の右手に向いていた。

 そこに、世界最強の武器を宿した証が右手の甲に刻まれている。

 天月は振り返ると、校舎へと向けて歩いていく。そして、顔を向けずにこういった。

「悪ぃな。ホントは一発殴ってやるのがペナルティだったんだがな、間違えて右手で掴んじまったんだ。だからそれがペナルティってことで」

 ……洒落になるかーーーーー!!

 もし右手に勾玉を展開していなかったと思うとゾッとした。あの砕けた勾玉の末路を自分の右手と置き換えたらそうもなる。

 まあとりあえず、あの人はあの人なりのいいところを見せたし、何より今回は自分が悪いのでチャラにしておこう。普段だったら彼がいつものうっかりで壊した備品の請求費を彼の給料から引いているところだ。

 しかしそうしようと思っても、今は誰とも顔を会わせる気分にはなれないので、宝林にも会えず、それはかなわないことだったろう。大分落ち着いてきたので、別にもう自分を責めたりするつもりはない。たんなる迷惑をかけた、恥ずかしい、などの後ろめたさがそこにあるだけだ。

 生徒会の職務も溜まっているが、明日一気に片付けることにしようと思い、虎丸は荷物を取りに生徒会室に向かおうとする。

 ……あ、壊した校舎のこと……。むすびには会わなきゃ駄目か……。

 最低限の責任として、生徒会庶務の結に校舎の修繕を依頼しておかなければならなかった。また少し気が重くなっていると、

「トラーーーーー!!」

 後ろから馬鹿みたいな声で馬鹿が声をかけてきた。

 ただでさえ人と会いたくないときに、なぜ一番会いたくない人間に声をかけられるのだろう。

「……なんだ?」

 無視しようとも思ったがさっきのこともある。ふてくされていると邪推されるのも癪なので、虎丸は半目で後ろを振り向いた。

 そこにいたのはいつもの馬鹿だけではなく、越組の構成員全員がいる。先程紹介を受けたルナリア=アルテミルももちろんいた。

「なんだぞろぞろと、そんなに大勢で」

 いやさ、と馬鹿は頭をかき、

「今日“沖縄”の方でルナの歓迎パーチーを開催すんだよ。余興としてノリの鉄騎鎧てっきがいレースもついでに見に行くんだけどさ。お前もどうかなって。生徒会メンバーにももう声かけてあんだよ」

「あ、僕が余興なんだ……」

 後ろでリョーヘイに肩に手を置かれたノリエルに同情しながら、誘いを断ろうと口を開きかけるが、

 ……どうやって断る……。

 自己嫌悪に浸りたくて誰にも合いたくないから行かないなど、笑いものにされる可能性が超大だ。この一皮向けば大半が根っこが同じ外道共は学内ネットの掲示板に書きまくるに決まっている。

 しかしかといって無難な断り方も思いつかなかったので、ここは生徒会長としての立場を存分に使わせてもらうことにした。

「俺は……、今日は生徒会の職務があるから行けない」

 我ながら苦しいながらも冴えている返答だと思った。現に連中も『ふーん、そっかぁ』などと言っている。そこに残念そうなニュアンスがあったのに、少し救われた気がしたのは気のせいだろうか。

「ま、いいや。そんじゃ仕事頑張れよ。

 おっしゃお前ら! 今日は騒ぐぞぉ!!」

 皆それに賛同の声をあげ、荷物を取りに行くのか校舎の方へと歩いていった。それを後ろから見送り、やがて全員の姿が消えた頃、自分も後に続いて入っていった。

 靴を変えようと下駄箱の前に立って、そういえば履き替えていなかったことを思い出し、すのこの上で軽く土を払った後に校舎に上がる。

 校舎内部は放課後を過ぎていることと、先程までの外の騒ぎのせいで人はおらず、そのまま誰とも顔を会わせないまま生徒会室の前まで着いた。

 ドアを開けるとそこには、

「―――――お前ら……!」

 生徒会メンバー全員がそこにいた。


                         ●


 入ってきた虎丸に、生徒会室にあった四つの視線全てが向いた。

「なーに呆けてるのよ。早く入りなさいよ会長」

「あ? ああ……」

 言われ、虎丸はドアを閉めて中に入った。生徒会役員は全員また各々のやることを再開した。

 初めから一人になるつもりで生徒会室に入った虎丸にとって、この空気は気まずい以外の何ものでもない。しかも入ってドアを閉めてからしばらくそこに棒立ちになっていたのがまずかった。これでは何か自分から行動を起こさないと確実に不振がられる。しかし自分はそもそも誰とも接したくなかったからここに来たためそれは結構勇気がいる。

 だが、生徒会室の四人のは明らかにこちらに意識を向けている。何かしなければと必死で考え、

「そ、そういえば、神凪たちが今日は“沖縄”で騒ぐとか言ってたが……」

 何の前触れも無くいきなり触れたくない名前を出してしまったことに、虎丸は涼しい顔を装いながら、内心かなり動揺していた。

 しかも何をトチ狂ったのか、『言っていたが……』などと言葉を切ってしまったために何かを言葉をつなげなければならない空気になってしまっている。このまま黙ってなあなあにしようとも思ったが、四人の視線がそれを許さなかった。

「お、お前たちは行かないのか?」

 またいらんことを、と内心で再び自己嫌悪に陥る。ここで、『行く』とでも言われたら一人になりたかったにしてもダメージがでかい。初めから一人なのと途中から一人なのとでは取り残された感じがして精神的に来るものがあるのだ。

「行きませんよ」

 しかし返ってきたのは、電卓で計算をしている宝林の素っ気無い一言だった。

「えっ?」

 と、思わず返してしまった口を慌てて閉じ、あくまで平静を装いながら歩いて自分の席に着く。

「な、なんでまた……?」

 すると今まで椅子に深くかけてファッション雑誌を読んでいたアマミが口を開いた。

「会長が行かない、って言うだろうってみんなで話したからよ。

 大方、我を忘れて暴れてハズくて気まずいから一人になりたいって言い出すだろうから、それをみーんなして指差して笑ってやろうってことになって」

 どうしてコイツらと知り合いになってしまったんだろうと本気で後悔した虎丸は、机に両肘を付き、手で顔を隠した。

「とーいうのは、まあ、建前でね」

 アマミは読んでいる雑誌を軽く上げて、顔を半分ほどこちらに見えないようにしてから言葉を繋げた。

「どーうせ一人にしたらウジウジ自分で自分を責めるっていうガキ臭いことするだろうし、しょーうがないから私たちが面倒見てあげようってことになったのよ。感謝しなさいよ」

「藤真……」

 虎丸は顔を上げ、アマミの顔を見た後、宝林に視線を向けると、

「宝林、すぐに藤真を診てやってくれ。何か悪いものでも喰ったのかもしれん」

 突如アマミの方向から雑誌が投擲され、虎丸はそちらを見もせず頭を軽く傾けるだけでそれを避けた。

「ボケ! アホ! こっちが心配してやってんのに!」

「お前とは縁遠い言葉だからな。一発で信じるのは結構難しいんだ」

 すると、アマミの隣のイーセが鼻息を荒くする彼女をなだめた。

「まあまあ、アマミちゃん落ち着いて。会長も。アマミちゃんせっかく会長がぼっちになって見るも惨めなことにならないよう取り計らってくれたんですから」

 ああ、こいつも言うときは言うな、と虎丸は半分傷つき半分感心した。

「と、言うわけでね。崩華ほうかちゃん。ほら、もう出そうよ」

 イーセが言葉を向けた先にいた生徒会庶務、むすび崩華は頷き一つで返し、自分の机の後ろにある戸棚と備え付けの備品である冷蔵庫から駄菓子やジュースなどを取り出し、あらかじめ大机の真ん中付近に空いていたスペースにそれらをドカンッ! と音を出しながら置いた。

「おいおい、何だこれは」

「だーからっ! 会長のせいで向こうでドンチャンできないから今日はここで騒ごうって言ってんのよ!」

「だれも居てくれなんて頼んでないだろう」

 虎丸は頭をかきながらバツが悪そうに視線を逸らした。誰も心配してくれなど頼んでいないが、そもそも心配はしてくれと言ってしてもらうものでない。どこまで行ってもこの場合、させてしまった自分に非があるのだ。

「遠慮しなくて大丈夫ですよ会長。これ全部私のおごりですから。ウチ、腐るほどお金あるんで追加も出来ますよ」

「そういうことで頭を抱えてるんじゃないんだがな……」

 結の言葉にまた頭を抱えて、虎丸は大きく息を吐いた。女子達はそんな虎丸を気にもせず、ジュースを注いだり菓子の袋を開けたりして宴会の準備を行っていた。

 そもそも自分を心配して開いてくれた宴会をなぜ自分一人取り残して開催しようとしているのか、と文句を言おうとしたが、女子達はもう思い思いに菓子を摘んで口に運んでいる。

 そんな光景を見ていたら、いつの間にか今日のことを忘れていたことに気付いた。

 今までのやりとりは、生徒会、いや、仁悠学園ではよくあることだ。基本的に被害者は祭りごとの出しに使用されるのが常であり、今回も例に漏れず自分もそうだと思ったが、

(まさか結果を出すとはな……)

 と、そんなことを真面目に考えていることを自覚して、思わず軽く噴出してしまった。

「会長笑ってますね」

「何か楽しいことでもあったんだと思います」

「いやーねー、男がいきなり噴出すのは女のことよ女の!」

「つまり会長はエロいってことですね」

 うんいつも通りだ、もう一度確認出来てよかった。だが、普段通りで人を立ち直らせることができるコイツらがすごいのか、それともそんなことで立ち直ってしまうほど自分の悩みが軽いのか。

(どちらでもいいか。いや……後者は嫌だな)

 などと思いながらも、虎丸は席を立ち、コップを一つ手に取ると、

「おい、俺にも一杯注いでくれ」

「嫌だ」

「嫌です」

「嫌ーよ」

「嫌ですよ」

 四人全員からの拒絶に引きつった笑顔を見せて、虎丸は菓子を一つ摘み、口に運んだ。

「―――――甘い」


                         ●


 大和の第七機艦“沖縄”は、他六艦とは基礎的な作りは同じだが、大きな違いがある。他の六艦は居住を目的とした艦であるが、“沖縄”は遊園地やプールなどのレジャー施設が数多く点在する一種の娯楽場なのだ。

 大和は神滅大戦後、他の国々よりも国民の低下率は低かったものの、元々の国民数も少ない方であり、国際連合での独立案が出るまではアジア連合の旗下に入ることを検討されていたほど乗員数が少ない艦で有名だ。

 そのため余った『国土』である“沖縄”甲板上には観覧車やらプールの大型スライダーなどが他の艦上からでも見ることができる。そのため普通ならば甲板部に先に建設される居住区も、“沖縄”に限っては第二階層からとなっている。

 機艦は五層構造となっており、主な振り分けは上から、


・第一階層=一等生活区画(“沖縄”の場合、店舗集合区):甲板に位置する生活区画の一等地であり、艦の顔とされる。

・第二階層=二等生活区画(“沖縄”の場合、準一等区画と分別される):二等生活区画であり、日当たりが悪い意外は一等区画と変わり無し。

・第三階層=貨物管理区画及び緊急居住施設:輸入品や商店などの大型貨物庫などが多数点在する。数は少ないが居住区もあり、緊急時には貨物のスペースをいくらか開け、地上の住人を乗船させることもある。だが、立地条件や施設の数などの利便性はかなり悪い。

・第四階層=動力機関統括区画:機艦の動力区画の総合管理を行う区画。

・第五階層=燃料貯蓄槽:機艦を動かす心力槽が設置された区画。一般の人間が唯一出入りできない区画。


 と、いう具合になっている。

 そして、その機艦“沖縄”の第一階層第三ブロックに位置する、レストランなどの食事施設の集合体である『ガチマヤー通り』にある料理店『勉夢星ベムスター』の表には、『団体予約 仁悠学園三年越組一同様』の看板があった。


                         ●


 料理処勉夢星ベムスターは、大和のグルメ雑誌『まいもんドころ!』にも紹介されている人気店だ。人気メニューは素材の味を生かした塩焼き鳥で、代々受け継がれてきた秘伝のタレを使った料理がナンバー1にならないのが店主の悩みらしい。

 店内は落ち着いた雰囲気の木造仕立てであり、奥には外の風景を見ながら食事を楽しめるテラス型の展望席がある。現在大和が海上に出ているため、夜になると薄暗がりの水平線と月が見え、ムーディーな雰囲気を醸し出すそこでは、今まさに学生達による宴会が催されている最中だった。


                         ●


 ルナリア=アルテミルはコップに入った純米酒を一気に呷った。歴史の教科書によると、かつては飲酒は二十歳になってからだったが、今は祭事などの際に限り、七歳以上からの飲酒が可能となっている。実際に飲酒行為は内燃心力の活発化を促す作用があり、税として心力の提供も行われる小等部入学年齢からの飲酒が許可されたとか言われているが、そのあたりはあまり憶えていない。

 頬が紅潮し僅かに熱を持つ。それを、夜の風が優しく頬を撫でた後に冷ましていく。それがなんとも心地よく、ルナは軽く息を吐くと、椅子に深くかけ、眼を閉じる。

 今日、七月十五日は三日間に及ぶ国際サミットの前夜祭の第一夜だ。そのため、この近辺の店などからは大勢の笑い声が響いてくる。

 ルナはゆっくりと気を鎮め、今この場にある音を聞く。航空艦都市独特の静かな駆動音と、艦の前進に伴い切られていく夜の風の音。そして、

「ギャハハハハハハハハハハ!!」

 自分の身内達の放つ下卑た笑い声だけだった。

 その声に、一瞬で現実に戻され、ルナは眼を開けた。

 新参者である自分はまだうまく彼らの輪に馴染めず、この空気の入り方を熟知していないため一人になろうと自然に身をゆだねたのだが、彼らの声はそれを許さなかった。

 最初こそは歓迎会という名目で彼らもきちんと席に着いていたが、森羅の乾杯の音頭の後、全員が酒を呷ってから一気に場の空気が豹変した。

「どうしたのルナ。主役がそんなところに一人でいちゃ駄目だよー」

 と言って自分の隣に座ったのは、黒の羽を持つ天使族エンジェリウス、エレア=アンダーゴットであった。

 ほんの三時間前に森羅にトラウマ級の恥をかかされ、その謝罪に自分が付き合ったことにより意気投合し、彼女とは一番に仲良くなった。

 彼女は今現在比較的まともだが、それでも少し飲みすぎているのか酒臭い。おまけに度数の強いカクテル系を飲んでいるのでそれがより顕著だ。

「あ、いや……。ちょっと空気に呑まれたというか……」

「アハハハ、そうだよね。初めての人にはウチの面子って結構濃い目だよね。トンカツたらふく食った後にカレーをデザートで出されるようなもんだよ」

 うん、まあ、感覚としては間違っていないかなとルナは思う。最初自分は大皿一杯のラードを食わされた気分になったのだが、本人達が言うのであればそれに従おう。

「それにしても、君も大変だねぇ、これから。常識人は苦労するよ、ウチのクラス。無法者ばっかり放り込まれたようなモンだから。軽いスラムだよ、スラム」

 それは言われなくとも、なんとなく察しがついた。目の前に広がる光景がその証拠だ。

 自分から見て右斜めの席に座る神社の娘こと、十百千羽撃は、先程から自分の周りに空いた皿の城壁を作り出している。その向こうのテーブルでは竜人族ドラゴニアのイコル=シロローと無愛想顔の棗影明は腕相撲で十分間以上膠着状態を続かせ、周りの男子数名はそれを見てなにが面白いのかゲラゲラと笑い転げている。その隣の席ではビンごと酒を呷って笑って怒って殴って酒を呷ってをエンドレスに繰り返す日向糸祢と飯仲尾伸太がいた。

 それだけ見ても充分なのだが、何人かいる素面しらふの者もまるで何事も無いかのように普通に過ごしているので、このクラスのカオスさが理解できる。

「まあ、ひどいよねぇ。でもさ、根は良い奴等なんだよ、五パーセントくらい」

 残りの九十五パーセントは、と気になったが、即答で『それが分かれば苦労しないよ』と返されたため、分からずじまいだった。

「じゃ、そろそろ訊かせてもらおうかなぁ」

 エレアは酔っているのか、トロンした眼をしながら少し距離を詰めてきた。

「な、何……?」

「決まってる。君とあの馬鹿の関係だよ。ゴタゴタがあったせいで聞きそびれてたからね」

 そう言った彼女の視線は、先程からパンツ一丁になってテラスの屋根を支える細めの支柱でポールダンスを踊っている森羅だった。

「君とあの馬鹿が、果たしてどのような劇的な出会いをして、どのような悲劇的な別れをして、どのように運命的な再開を果たしたのか。私はそれが気になって気になってしょうがないんだよ。記者魂、っていうのかな」


                         ●


 それを聞かれ、ルナはエレアから視線を外した。森羅との、いや、森羅と真白との出会いは、劇的でも悲劇的でも、まして運命的でもない。ただの偶然が生んだ事故が、自分とあの兄妹を引き合わせた。それだけだ。

 あの紅蓮に燃える森の中。僅かな希望を持って歩き回った。許して欲しいと願いながら。ごめんなさいと、罪の意識に溺れながら。そして見つけた、たった二つの小さな命。それが、あの二人だ。

「ねえねえ、どうなの? どうなの?」

 酔いが回ってきたのか、エレアは先程よりしつこく迫ってきた。手には付箋まみれの手帳とペンを持っている。

「別にあの二人のことを思ってるなら、それは大丈夫だと思うよ。彼ら自身の口から聞いて、私たちみんな、あの二人の過去は知ってるつもりだから」

 だが、言うべきことではない。それは恐らく、彼女にとっても、この艦に乗っている全ての人にとって、衝撃をもたらすことになる。

 そこまで考えて、いや、と頭を振った。これは彼女らを案じているのではなく、ただ単に、自分がそれを言うのが怖いだけなのだと気付いたからだ。

 図々しい臆病者だ。そう自分を蔑んだ瞬間、目の前に大皿に盛られた塩焼き鳥が置かれた。

 何事かと、隣のエレアと共に顔を上げると、

「ほいよ、これ。ルナ好きだったろ、鳥肉、特に塩焼き」

 森羅がいた。そしてエレアと同時に口を開く。

「なんで全裸!?」


                         ●


 二人の声が口火となり、テラスは一時騒然となった。先程からこちらを怪訝な顔で見ていた一般客は驚いて店内に非難し、女子は悲鳴を上げて顔を逸らし、男子は指差してゲラゲラ笑っている。

「キャー!! キャー!!」

 ルナの隣にいたエレアも目を両手で覆い、耳が痛くなるほど甲高い悲鳴を上げている。

「何してるの!?」

 ルナも顔を真っ赤にしながら立ち上がって馬鹿を問い詰める。しかし馬鹿は不思議そうな顔で、

「いや、ルナの好きな鳥肉―――――」

「そうじゃなくて! なんでぜ、全裸なの!?」

 その言葉に、いやいや違うぜ! と馬鹿は首を左右に振り、

「靴下は死守してんだよ、だから全裸じゃねぇって!」

 言って、一跳びでテーブルの上に着地し、靴下を見せびらかせてきた。

 同時に、ルナは持っていたグラスごと、目の前にある馬鹿の股間に一撃を見舞った。


                         ●


 股間を押さえてうずくまったまま動かない森羅に、女子達は思い思いに椅子で殴ったり踏みつけたりと制裁を加え、痩せ気味の体系である店の店主にたっぷりと怒られた。

 一波乱あったものの、元凶を退治したことで平穏を取り戻した店は、また徐々に元の空気に戻りつつあった。

 それと時を同じくして、勉夢星のテラス席から見える景色に変化が生じた。艦の後方からゆっくりと、巨大な金属の塊が大和と併走するように並んできたのだ。

 青を主体とした装飾の、七艦構成の巨大航空艦都市。中央部にある機艦の甲板中央部には、巨大な城がそびえ立っている。

 それを見て、今までベソをかいていたエレアは顔を上げると、眼を輝かせて叫んだ。

「EU連合所属国家機艦、『イギリス』じゃない!」

 航空艦都市イギリスが、大和に追いついたのだ。

どうも!


今回の話で結構進めてよかったです。でもまだ物語としてはスタートラインに立っていないような状態で・・・。次回辺りでやっとそこら辺行けるかなと思います。


それでは、また次回!

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