表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

第十三話 今日という日

「負ける、って……、どういうことですか?」

 その問いかけに、アマミはその問いの主であるルナに視線を向ける。

 先程までとは違う、少し食って掛かるような口調と表情を見るに、自分が言ったことが気に入らないのだろうというのはすぐ分かった。

 そう思えるだけの人がいることに、羨ましいなと内心思いながら、アマミはその問いに答えた。

「いやね、会長と神凪兄は力量的にはあーんまり差は無いのよ。同じ天性的な戦闘センスも持ってるし。ただ、強いて言うなら、神凪兄は野性型の人間。単に何も考えずに馬鹿みたいな力を振り回す暴力的な強さ。

 対しての会長の強一旦、アマミは言葉を切り、

「洗練された技術による、理性的な強さなのよ」

「それは違う」

 ルナの細い喉から、静かな、しかし確かな否定の言葉が飛んだ。

「―――――何故?」

 自分のその問いの返答を、アマミは確かに聞いた。

「森羅は天才なんかじゃありません」


                         ●


 アマミは自分の瞬きが速くなったのを感じた。

 自分の意見に対してはたしてどのような否定が飛んでくるかと思っていたのが、まさかマイナスの評価と言う否定が飛んでくるとは思ってなかったからだ。

「えーっと……」

 返答に困った。どう返したものか。まさか『そーなんだー』と、軽く返すわけにはいかない。

 しばらくたった後、アマミはルナを見て、

「……どういうこと?」

 問いかけに、ルナはまっすぐこちらに視線を向け、答える。

「森羅の身体能力の高さは確かにすごいです。でも、あの子は昔は本当に戦いなんて出来なくて……。

 今でも覚えてます。あの頃は本当にただ運動が出来るだけで、“戦う”ことなんててんで出来なくて、狩りや訓練のために野性動物に無茶苦茶に突っ込んで行っては、何も出来ずに吹き飛ばされるか、もしくは数発攻撃を決めて無理だったらすぐに逃げ出してたんです」

 でも、と。もう一度ルナは言葉を区切り、

「そうやっていくうちに、だんだんと体捌きを覚えて、見切りを覚えて、攻撃の形を覚えて、どこをどう攻撃すれば良いのかを覚えて、それでやっと手に入れた力なんです」

 アマミの視線は、自然と森羅のほうに向いていた。

 そこにあったのはいつもの顔。自分に正直で、真っ直ぐに己の感情を表す、ヘラヘラとした笑み。

 そこにあったのはいつもの動き。荒々しく、強く、自由で、流れいくような自然な動き。今は逃亡にしか駆使していないが、時折、捌ききれずに飛んでくる拳を殴って落とし、蹴りの軌道を脚で流すそれは相変わらず、

「すごい……」

 彼の戦いを初めて見たときから思い続けていた感想が、口を付いて出ていた。

 どこまでも人を熱くさせるその戦いに、十年以上経った今でも、時折見惚れてしまうことがある。自分はいい女であるはずなのに、なぜあんな馬鹿のその姿にだけは尊敬の念を覚えるのか。今でも不思議だ。

 だが、と。その考えがよぎったとき、アマミは再び自分の思考の熱を冷ますと、

「そーれでも、多分勝つのは、会長ね」


                         ●


 虎丸は攻撃の手を止めなかった。

 それと同時に、展開した電子画面を視線だけで操作し、着々と目の前の馬鹿を倒すための準備を進めていく。

 幸いなことに、馬鹿は攻撃には転じず、こちらの攻撃をただ避けるばかりで準備が滞りなく進む。

《荒魂:使用術式選択一覧:『天衝てんしょう』・『威螺気(いらき)』:使用術式はこれらでよろしいですか?:はい・いいえ》

 『はい』に決まっている……!

 視線で『はい』のアイコンを選択して押す。

 同時に、彼の両の掌に二つの勾玉が生まれた。右の黄色と左の澄んだ空色をした勾玉は、それぞれ虎丸が所有する三十七の術式の内の二つだ。黄色が『天衝』、左が『威螺気』と名の付いたそれを、虎丸は両の手を合わすように近づける。

 二つの勾玉の間に紫電が走る。

 眼前の電子画面はインストール画面に切り替わり、作業完了までのパーセンテージを示してくる。

 二つの勾玉はそれぞれの隆起した部分とくぼんだ部分を合わせ、一つの形を成そうとしている。

 陰陽対極図だ。異なるもの同士が合わさり、一つになろうとしている。

 インストーラーが六十パーセントを切った辺り。対極図は完成してはいないが、それぞれの勾玉にお互いの色が混じり始めていた。

 もしかして攻撃が飛んでくるかもしれないという保険のため、足技のみで牽制を行いながら、虎丸は完成を待つ。

 パーセンテージが九十五パーセントを切った。もう二つの勾玉はその形を一つの球にしようと後一歩のところまで来ていた。

 その時、自分達を取り囲んでいる人垣の中から、

「頑張って、森羅!!」

 一つの声援が飛んできた。

 驚いたことに、それは女性の声だ。同じクラスの女子でさえ声援をくれないあの男に、いったい誰が声をかけたんだ? 気が狂ったか? などと思考をめぐらせた時だった。

 虎丸の両の手の中の勾玉が、砕け散った。

 ガラスの割れるような破砕音と共に、砕けた勾玉の破片が心力光しんりょくこうの塵になり、空気の中に溶けていく。

 瞬間、砕いたものを、虎丸は見る。

 それは、火炎を纏った一つの拳だ。


                         ●


 ルナは、アマミが言った言葉を理解するため、二人の戦いに視線を向けた。

 森羅と向き合い攻撃を繰り返す会長は、両手に勾玉を二つ展開させた。今までのことから、あれが術式情報をまとめたものだとは理解した。

 本来術式は必要分の心力を消費して構築、発動を行うものだが、あれは先に展開状態にしておき、心力を流すことで発動を行う一種のショートカットなのだろう。

 失礼な言い方になるが、あれで別段森羅が不利になっているとは思えない。現にそれらの攻撃は全て森羅に避けられるか弾かれている。

 しかし、次の光景を見てその考えは間違いだと気づく。

 二つの術式情報が、会長の手の中で紫電をあげ、一つにまとめ上げられようとしている。

 馬鹿な、と。月並みな感想を思い浮かべた。

 この距離でも分かる。両手の中の勾玉の力が、二つから一つへ、まったく違う力になっていくのが。

「分かった? 会長が勝つって言った意味」

 隣、アマミがそう聞いてきた。こちらが理解したタイミングで聞いてくるのがまた意地が悪い。だが、彼女の言うとおり、分かってしまった。

 そう思ったとき、思わず口を付いて出ていた。

「頑張って、森羅!!」

 その声に、周りにいた数十人単位の生徒達がこちらを見た。

 自分は何か意外なことを言っただろうかと思っていると、ルナの姿を隠すように、アマミが身を寄せてきた。

 顔を上げると彼女と目が合う。アイコンタクトで、もっと言え、と送ってくる。

 その気遣いに感謝し、もう一度、今度は誰にでも聞こえるような声を、届けと願って放つ。

「頑張って、森羅!!」

 その声に応える代わりのように、ガラスの砕けるような巨大な音が響き渡った。

 そこには、手中の力を失った少年と、炎に拳を纏わせ打ち込んだ少年がいた。


                         ●


 塵になって消えていく力を見送りながら、虎丸は思考が薄くなっていくのを自覚した。

 ……こいつ……!!

 頭に血が上ったのを自覚する。だが、自覚したからといってそれを抑制できるかは別だ。

 とっさに拳を目の前の馬鹿に打ち込むが、力んで力を終始入れた状態の拳は普段彼が放つものと比べると数段遅い。

 そこに合わせるように、馬鹿が自分の拳を掻い潜り、逆に火炎を纏った拳が虎丸の左頬に直撃した。

 視界がブレ、首の骨が軋む音が身体の内側からダイレクトに響く。とっさに防護術式の光護装甲ライト・メイルを展開していなければ、頬の焼ける臭いもセットで付いてきたかもしれない。

 放たれた拳はそのまま振り抜かれ、虎丸は大きく後ろに吹き飛ばされる。

「くっ……!」

 空中で大きく身を捻り、体を下に向けると、そのまま四つん這いの体制で地面に着地した。

 すると、しばらくの間止んでいた周りの声が、

「――――――――――」

 爆発したように復活し、巨大な歓声が再び辺りを埋め尽くす。


                         ●


 歓声が飛び交う人垣の中央で、虎丸は獣のような四つん這いの体勢を崩さずに言葉を吐く。

「いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、どういう気の変わり方だ?」

 対して、言葉をかけられた森羅はというと、眉を上げ、不思議そうな顔で、

「ぁあ? 何言ってんだよトラ。オメエまさか反撃もされねぇ弱いものいじめでもしてた気分か?」

「……なに……?」

 その言葉に、その名と体勢の通りに、虎丸は牙をむいた顔になった。

 しかし森羅はかまわずに、

「俺に対して、たった一個の黄色の声援が飛んできたんだ。頑張んねぇわけにはいかねぇよ」

 森羅は向かい合っていた虎丸から視線を右に外した。虎丸も警戒をやめることなく、そちらを見る。

 そこにいたのは、銀の髪を持つ一人の少女だ。

 人垣の後ろの方にいる、クラスメイトの小柄な人狼ウルフェルの男子とはまた別の、透き通る、月の様な美しい髪の少女だ。

「誰だ、あれは。見たことない生徒だな」

 その言葉に返答はない。森羅は、ただ視線を元に戻し、

「十三年ぶりの声援なんだ。応えねぇわけにはいかねぇよ」

 言うと、彼が腕に纏っていた炎の色が、鮮やかな黄色に変色する。心色の炎フレイム・ハートの第三段階、黄炎(おうえん)だ。

 森羅は腕を掲げて見せ、

「ま、洒落だよ洒落。黄色い声援と、“おうえん”ってね」

 言うと、彼はそのまま地面を大きく蹴り、虎丸に向かっていった。

「そういうわけだから、勝たせてもらうぜ、トラ!」

「どういうわけだ!!」

 虎丸は、自らの顎に向かってすくい上げるように放たれた森羅の拳を両手で押さえて止める。その反動を利用し、その場で身体を丸めると、バック宙の要領で宙で身体を回す。そのまま身体の回転の力を乗せた両足を、逆に森羅の顎目掛けて放つ。

 だが、森羅は上半身をギリギリまで後ろに倒してそれを回避した。

 そのまま森羅はつんのめって後ろに数歩下がり、虎丸もまた追撃を危惧して着地と同時に地面を蹴って距離を開ける。

 おぉ、と感嘆の声が周りから上がるが、二人は気にせず、互いに次の手を繰り出す。

 森羅は振り回すような大振りの右拳を放ち、虎丸はそれに合わせるように右手にある勾玉を交換、術式『天火てんび』によって炎を纏った拳を打ち込んだ。

 金属をぶつけ合ったような重い音が辺りに響く。

 そんな中虎丸は森羅を真っ直ぐに見据え、

「まったく……反撃するなとは言わんが、最悪のタイミングでやる気が起きてくれたな!」

 二つの拳は反動で弾かれ、互いに一歩、後ろに大きく仰け反った。

「お前のせいで、貴重な術式が使う前に二つもパァになった! どう責任を取ってくれる!」

 虎丸は弾かれた反動を利用し、逆にその勢いに乗り、右回転で回し蹴りを放つ。

 森羅はそれを右手で受けとめると、片手で虎丸を頭上にまで持ち上げた。

「!?」

「知んねぇよ、お前自分から仕掛けといてそれはないだろ!」

 言うと、棒を振るうように虎丸を地面に叩きつけようと振り下ろした。

 地響きが鳴り、土煙が覆う。

 視界が一瞬なくなった途端、森羅の左頬に衝撃が走り、吹き飛ばされた。飛ばされた先にいた人垣が慌てて割れ、森羅は地面に当たり一度大きく跳ねた後、受身を取ってすぐに立ち上がる。

 土煙が晴れる。そこには、虎丸が脚を大きく開いてT字の倒立を決めてそこにいた。

「『岩隆がんりゅう』」

 虎丸の左手の勾玉が、青色から光沢のある黒色に変化した。

 突如、支えとなっている両腕に血管が走る。それを見て、森羅は顔色を変えた。

「おい、待て―――――!」

 言うや否や、虎丸は力任せに地面に指を突き立てると、そのまま身体を後ろに倒した。

 途端に、地面を数メートル台抉り出して作られた大岩がその手に生まれた。それを下から思い切り、森羅に向かって投げつけた。

「おいおいおい!」

 周りにいた生徒が悲鳴を上げながら退避する。森羅が両手を広げるのと同時に、その胸に大岩が飛び込んできた。そのまま地面に二本の線を引きながら、後ろへと飛ばされる。森羅は両腕の黄色の炎を全開に吹かし、

「―――――っらぁ!!」

 両足に力を込めると踵からブレーキがかかり、それを支点に思い切り腕を上に振るう。

 手の中の大岩は投げ出され、隕石激突の逆再生でも見ているかのごとく高速で、“大和”の飛行の際に発生する風圧除去フィールドを突き破り、遥か彼方へと飛んでいった。

 その勢いで後ろに転ぶが、一回転の後に起き上がり、目の前の生徒会長にビッと指を向け、

「あぶねぇだろ馬鹿!! 一般生徒もいんだぞ!!」

 言われ、体勢を元に戻していた虎丸は頭をかき、

「そうか、すまなかった、そこら一帯にいたみんな。今から元凶を潰すから、それで許してくれ」

「俺ぇ!?」

 言葉を放つのと同時に、虎丸が地面の大穴を飛び越え突っ込んできた。右拳を握り固め、放つ。

 それを、森羅は避けず、両腕を交差させ真正面から受け止めた。


                         ●


「……真正面から受けるとはな、舐めてるのか?」

 互いに動きを止めた中で、まず声を放ったのは虎丸だった。

 腕と脚を伸ばし、体重を乗せた拳を放った状態で止まった彼は、目の前の馬鹿を見る。

 馬鹿は炎を纏う両腕を交差させてこちらの拳を受けているため、目元が見えない。ただ真一文字に結ばれた口元だけが見えていた。

 思えば自分はコイツのこういうところが気に入らない。これだけの力を持っていながら、やることは皆に迷惑をかけることばかり。

 別に力を持っているから指導者になれだの皆の先頭にたてだのとは言わない。そんな時代錯誤な考えで他人の意思を縛る性格でもない。だが、それほどの力を全て馬鹿に費やすことで生まれる被害は全てこちらに返ってくるのだ。

 自分が生徒会長に就任したての頃、小等部時代からの顔なじみということと同じだけの実力を持っているからという理由で馬鹿を何とかしてくれという投書が殺到し、目安箱がパンクしたことがある。

 それらのことで幾度も注意をしてきたが、この馬鹿はいつものらりくらりと聞き流しては馬鹿に及ぶ。いい加減に我慢の限界だ。

 虎丸は、右手に備わった勾玉を発動させた。

 この術式『白里はくり』は電撃によって身体の神経に刺激を与え、相手の動きを止めるなどができる。うまく中枢神経に当てれば一撃で気絶させることも出来る術式だ。この程度で腹の虫は収まらないが、とりあえず勝ちという条件を満たすことでこの場は収めることが出来る。

 だから虎丸は発動した。一瞬白の勾玉が発光し、術式が発動したことを告げる。腕を媒介にし、狙ったのは首の頚椎。そこに一定量を流せば一撃で気絶させられる。

 しかし、

「―――――!?」

 馬鹿は微動だにしなかった。体勢が崩れるどころか、むしろ、

 ……押している!?

 そのとき、虎丸は二つの異変に気付く。

 一つは、交差させた腕の間から見えている馬鹿の口元が、弓を描いて笑っていたこと。

 もう一つは、その両腕で纏う炎だ。その色は確かに黄色で、自分の拳を受ける炎の十字がそこにある。だが、拳が当たっている交差の中心。そこの色が違う。それは、

 黒……。

 違う。それは深く、全てを飲み込むような藍色だ。

 気付いたとき、馬鹿が歯をむいて答えた。

「今日の俺は結構本気だぜ。だから、ここまで出せるんだ」

「―――――!!」

 すぐに虎丸は後ろに飛ぶのと同時に当てていた拳を引く。だが、

「喰らえ『藍炎あいえん』!!」

 森羅の口から解放の言葉が放たれた。それと同時に、

「―――――!?」

 右手の『白里』の勾玉が、藍の炎によって喰われたのだ。


                         ●


 虎丸の右手の先で、白の勾玉が、藍の炎に飲まれていく。

 炎は勾玉を完全に飲み込むと、その大きさを一回り大きくし、

「跳べ、藍炎!」

 (あるじ)の命に従い、虎丸に襲い掛かる。虎丸はからになった右手に再び勾玉を宿らせ、横殴りに吹き飛ばす。炎は横合いの地面に落ちると、そのまま燃焼を続けていた。

 距離をとって着地した虎丸は凄みを利かせた目で森羅を睨んだ。

 それに対し、森羅は藍の炎を宿す拳を胸の前で合わせ、

「出すのは久しぶりだな。第六段階、『藍炎』だ」

「―――――別名、『暴食の炎グラーイグニス

「おっ? よく憶えてたな。そうそう、それそれ」

 セリフを奪った虎丸に向かって笑みを作り、

「ってことは、効果も憶えてるよな。こいつは―――――」

「―――――接触したものを燃焼の糧とし、火力を上げる炎だろう」

 またもセリフを奪った虎丸に、嬉しそうに微笑むと、

「終わりにすっか」

 胸の前で拳を合わせて打つと、森羅は構えを取った。脚を大きく開き、左手を前に、右手を後ろに置く弓を引くような体勢だ。

「なら俺も、奥の手を出すか」

 言葉で、虎丸の両手両足両肘両膝に展開していた勾玉が全て入れ替わった。

「術式をもう一つ駄目にしてくれた礼だ。死んでも文句は言うなよ」

「怖ぇえなオメェ! ……でも、まっ、こんくらいで、俺らってちょうどいいよな」

 森羅のセリフに、今日初めて、この場で虎丸は笑顔を見せた。

「そうだな。互いに対極の位置に居続けるのが俺達らしいのかもな。さながら光と闇のように」

 森羅は、フッ、と笑みを作り、息を大きく吸うと、

「聞きましたかみなさーーーん!? この生徒会長、今すっごく恥ずかしくて臭いこと言いましたよ!! 十四歳の生徒会長がここにいますよーーーーー!!」

 虎丸は無言で、額に青筋を五つほどつけて飛び出した。それを迎え撃つように、森羅が右手をさらに引き絞る。

 両者の距離はすぐに縮まり、二メートルを切った時点で互いに同じ右拳を放った。が、

「そこまで!!」

 一つの声とともに、二つの影が、二人の間に割り込んだ。


                         ●


 突如あいだに入ってきた影に、森羅と虎丸は互いに動きを止めていた。

 割り込んだ二つの影は、一組の男女だ。背中を向け合った状態で両者に向かい合っているのは、森羅のほうがジャージ姿の女。虎丸のほうには同じくジャージ姿の体格のいい男だ。

 女は森羅の首筋に鞘に収めたままの長剣を当て、男は虎丸の手を勾玉ごと右手で掴んで止めていた。

「喜世子センセイ……」

「天月先生……」

 森羅と虎丸は、互いの目の前に立つ二組の教師の名を呼んだ。

 そして彼らを遠巻きに見守っていた人垣が割れて行き、その向こうから二人の中年が歩いてくる。理事長の裁牙さいがと校長の一剣(いっけん)だ。

 先程大声で彼らを止めた裁牙は頭をかきながら、原因の二人と、その周りの被害を見渡す。

 やがて、ハァ、と深く息を付き、

「まあ、派手にやったもんだな、おい。お前らちったぁ加減しろよ」

 そして、

「終わり」

「駄目だよ!!」

 即座に後ろの一剣が裁牙の左膝裏に己の右膝を入れる。膝を折られた裁牙はそのまま地面に膝と尻を付いた。

「何すんだよ、俺理事長よ理事長」

「だったらそれらしい対応を見せろ!」

 言うと、顔を赤くした一剣は森羅と虎丸を交互に見、

「まったくお前達は! 神凪はともかく、お前もか虎丸! さっきグラウンドの補習が終わったと思ったら今度は中庭と校舎か! いったいお前達はどれだけ敷地内の物を壊せば気が済む!」

「おいおい、そりゃ違うぜ、いっちゃん校長」

 森羅は人差し指をチッチッ、と左右に振り、

「俺は別に、学校の敷地ないじゃなくてもいいんだぜ」

 喜世子が空いた左手で馬鹿の顎を強打し黙らせた。

「すみません、一剣校長。つい、頭に血が上って……」

 虎丸は一歩を出ようとしたが、右手を天月に掴まれたままだったので、その場で頭を下げた。

「うんうん。まあ、素直なのはいいことだよね」

「一人駄目な方に素直でしかもアレお前の甥だぞ。いいのかそれで?」

 本気で心配した顔で聞いてくる一剣に、裁牙はまあまあと、一剣をたしなめ、

「まあ、昔あったキヨちゃんとゆうの喧嘩に比べたらマシだろ。あんときゃ確か、“関東”の表層ブロックがぶっ壊れて、飼育観察用の池の水が第二階層にまで流れて行ってさ」

「ああ、寿司屋の屋根突き破って鯉がカウンターに落ちてきて、おまけに客が水浸しになったって苦情が来たんだよな」

 生徒達に奇異の視線を浴びている天月と喜世子は汚い笑顔を作って、

「いや、まあ、あの時のことはいいじゃないっスかもう。若気の至り、ってことで」

「そうですよぉ、もうやだなあ理事長も校長も。あの時は私らもあんま記憶無いんですから。気付いたら病院だったし」

「そうそう。お前は肋骨心臓に刺さって危うく死に掛けたし、俺も顔面の骨粉々にされたんだよな。ってことでまあ、イーブンってのはどうすか?」

「勝者のいないどっちもマイナスってことではイーブンかもしれんがな! こっちは基本被害者でお前らのは自業自得だって忘れてないか!?」

 まあとにかく、と裁牙は尻の埃をはらって立ち上がり、

「まあ、なんだ。お互いに納得いかないようだけど、今日みたいなおめでたい日に私闘ってのは野暮だろう。ここは一つ、理事長の俺と―――――」

 裁牙、右手にいた一人の少女の手を引いて、自分の隣に立たせ、

「ここにいる新入生、ルナリア=アルテミルの新入に免じて、ここいらでお開きとしようじゃないか」

「さんせーーー!!」

 声高らかに叫んだのは、今の私闘の原因の一つである森羅だった。

 生徒達はポカンとした顔をして、何をどうしていいか分からないルナはキョロキョロと辺りを見回している。

 すると、一つの拍手の音が鳴った。

 拍手の主は、先程までルナの隣にいた生徒会書記、藤真アマミだ。

 それに続くように、生徒会会計、宝林が手を打った。そして、越組所属のアンナ、羽撃、マキ、リョーヘイと続いていき、それに釣られるようにその場にいる全員からの拍手が飛んだ。


                         ●


 ルナは、目の前にある光景を見ていた。

 ……ああ。

 これは、憶えがある。ずっと昔に自分が無くし、もう二度と手に入らないかもしれないと思っていたものだ。

 それを、十三年前、覆してくれた兄妹きょうだいがいた。

 彼らだけだと思っていた、そのかけがえのないものを、彼ら兄妹は、何倍にもしてまた、自分に与えてくれた。

「おいルナ見ろよ! 皆が俺らの門出を祝ってくれて―――――!」

 目の前に来ていた上半身裸の森羅が、後方から跳んできた矢によって吹っ飛ばされた。

 彼は、皆を笑顔にしようと身体を張っているんだ、と。そう思ったら、

「およ?」

 直撃を受けた腰をさすりながら、森羅がこちらの顔を覗き込み、

「ルナ、もしかして泣いてんのか?」

「え!? いや、違うのこれは!」

 すると、人垣から明日からのクラスメイトの神楽リョーヘイと数名の男子生徒が出てきて、

「はい、学園の女子泣かしましたー」

「はい制裁入りまーす」

「極刑でーす」

 号令とともに、皆が森羅を地面に伏して蹴りを入れ始めた。

 皆で、自分を笑顔にしようと励ましてくれているのかな? 向かい側でアンナが首を横振っているが、どうしたのだろう? 肩がこっているのだろうか?

 皆に背中を押された気がして、目元を拭うと、

「ルナリア=アルテミルです。明日から、よろしくお願いします」

 頭を下げると、一際大きな拍手が辺りを埋め尽くした。

 今日は色々なことがあった。かつて別れた人と出会い、そして、仲間が、友人が出来て。

 だから、今日という日に感謝を込めた、たった一言を、呟いた。

「……ありがとう」


                         ●


 イギリス倫敦塔の監獄統括長の部屋で開かれた三人だけのお茶会は、突如響いた轟音で一時中断された。

 その場にいた三人は、部屋のたった一つの窓を覗き込む。

 音のした方は、塔の内部とは別に作られた、倫敦カラスの第二飼育小屋だ。

 三人のそこからは、倫敦カラスの飼育小屋の一部に直撃した一つの大岩が見えた。煙を吹いて屋根の一部を壊したそれは、どうやらどこからか降ってきたものらしい。

 屋根の破損は小屋が頑丈に作られているため軽微であるものの、中のカラス達は脅えて岩から離れた向こう側で鳴き喚いたり隅で丸くなったりしている。

 それを見て、倫敦塔飼育委員のミディア=ハーレンの絶叫が響いた。

「私の飼育小屋がーーー!!」

どうも!


さて、やっと先に進めるよ・・・ここまで長かったな。

まだ物語の指針となるべき展開まで行けてませんので、ペースを上げて投稿していきたいと思います。


それにしても、隕石って怖いねぇ~。


それでは、また次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ