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第十二話 円中の見守り手

 仁悠学園三階。二人の女教師が並んで廊下を歩いていた。

 教室側を歩くのは、ジャージを羽織った三年越組担任である喜好喜世子だ。

 そして窓際を歩くのは、短髪にスーツ調の上着を着た眼鏡で童顔の女教師。三年じょ組を担任する日野ひの真希那(まきな)だ。

「すいません先輩、資料整理手伝ってもらっちゃって」

「いいっていいって。あたしも暇だったから。あたし担当教科体育と歴史だし、基本資料とかいらないからさ」

 歴史の場合はいるんじゃ……、と日野は思うが、その言葉は飲み込んでおく。なにせ普段からズボラで生徒にすぐ暴力ふるって大酒飲みで酒乱で店を壊す器物破損の常習犯でも、

 驚くほど頭良いんですよね、先輩って……。

 話を聞くに、昔は今以上に粗暴な性格だったらしい。学校を抜け出して他の学校に喧嘩を売りに行くわ、校内で男子生徒と死ぬ寸前までの壮絶な戦いを行ったなど、大学のときにそれを聞いたとき、当時の彼女の成績からは最初は嘘だと思ったほどだ。

 二物を与えた天に対して、人の不平等さに改めて気を落としていると、隣の喜世子は出席簿でパタパタと自分をあおぎながら、

「しっかし、何か今日暑くない? さっきまではそれほどでもなかったのに。あれかしらね、何千年前かに流行った地球温暖化ってやつ」

「ああ、神滅大戦終了時の自然の原初化の際に温暖化も一気に治ったんですよね。でも、そんなにすぐ地球は暖かくなりませんよ。校舎の裏で何か焼却でもしてるんですかね。それとも、サミットの前にどこかでキャンプファイヤーやってるとか」

「なんにしても熱いのは良くないわ、うん。だから今日は飲みに行こうー!」

「そればっかりですね、先輩」

 呆れたように言ったが、日野の心中は正直そんなに平静を保ててはいなかった。

 なにせ今日は、先日知り合ったばかりの彼氏と初のデートだ。自分としてはもちろん、どんなことがあってもそちらを優先するつもりだ。

 だから喜世子がその気になって誘ってきたら本当にまずい。

 先輩、昨日ふられたって通信で言ってたっけ……。

 夜中の一時、好きな映画を見て程好く眠気が襲ってきた直後にへべれけ状態の喜世子から通信が入り、さんざ愚痴を聞かされている内に通信入れたまま喜世子が寝てしまい、解放されたのは三時過ぎ。おかげで睡眠時間もたいして取れていない。

 昨日ふられた人間に今日がデートなんで行けませんとは絶対にいいたくない。そんなこと、絶対一方的に関係が悪くなる。今後自分に対しての反応が全て無表情で抑揚のない声で行われることが分かりきっている。「ふーん、そう」でしか絶対反応してくれなくなる。

 だから日野は、学生時代学年次席だった己の頭をフルに活用して妥当且つ確実に断れる理由を探す。

・『今日はちょっと用事があるんですよー』=『大丈夫大丈夫、そんなの気にせず飲みに行こう』

・『今日はちょっと体調が芳しくないんで……』=『大丈夫大丈夫、飲めば治るわよ』

・『今日は親戚の通夜があって……』=『そっか……、じゃあ、弔いのために今日は飲みましょう』

 速攻で不可能という答えが返ってきた。行きたくないと言えればそれでいいのだろうが、それを言うだけの度胸がない自分が恨めしい。

 とりあえず変な間を空けるのもなんだと思い、日野はあわてて言葉を作る。

「そ、そういえば先輩―――――」

 直後に、背後から何かが日野を抜き去っていった。

 後ろで窓ガラスの高い破砕音が聞こえ、自分の頭部すれすれを髪を焦がして抜いたそれは喜世子に突っ込むが、彼女は軽く頭を傾けてそれを避けた。

 壁が鈍い音を立てて砕ける。埃が舞う壁面には、勾玉の形状の窪みが中心に生まれていた。

 日野は歯を鳴らしてその場に膝を付き、涙目になって『生きてて良かった』と早口に呟いている。

 喜世子は日野の肩を抱いて落ち着かせながら、壁の窪みに目を向け、そして、それが撃ち込まれてきた方向に目を向ける。

 ガラスはもちろん粉々に砕け散り、衝撃の余波で壁や天井にも被害が及び、巨大な穴となっているそこからは、外の歓声とも取れる賑わいが流れてきていた。


                         ●


 虎丸は翻弄されていた。

 動きの良くなった馬鹿が、身軽なフットワークを駆使しているからだ。

 その理由は、

 さっきの電気ショックのダメージが抜けてきたか……。

 先程からこちらが放つ攻撃が全て空を切る。示し合わせたようなタイミングで、馬鹿がスウェーバックを行ったり、後ろに飛んだりを行うせいだ。さっき意表をついて左足に装備した術式“火羅から”を射出したが軽く避けられた。おまけにそのせいで校舎も破壊してしまった。そこに人がいなかったことを祈るしかない。

 そんな最悪な気分を携えながらも、虎丸の攻撃に乱れは無い。鋭く、素早い流れの連撃はそのまま維持され続けている。

 だが、それを見越すように、目の前の馬鹿はそれを避ける。

「どうした、逃げるだけか!」

 声に、返答はない。ただいつものムカつく馬鹿面が目の前にあったので、そこ目掛けて拳を打ち込んだが、避けられた。

 それでますますムカっ腹がたった。だからというように、

「こんなところで消費することになるとは……!」

 呟き、虎丸は電子画面を展開した。


                         ●


 異常な熱気が漂う校庭の一角。そこにあるドーナツ状の人垣の中央部で、一人の問題児とそれに制裁を与えようとするせいと会長とのガチンコ対決が発生している。

 といっても、見てる分には逃げ回る問題児を生徒会長が一方的に攻撃しているようにしか見えないが、周りの熱気は止まない。ただ単に暴れたい祭り好きが多いことの証明だ。

「あーあ、会長、本気でやる気ねー。そーこまで腹立ってんのかしら」

 そのドーナツを形成している人垣の中央部。内側の円を形成している中の、制服の胸元を大胆に広げた女が言った。生徒会書記、アマミだ。

 彼女は自分の目の前で戦う二人のうち、会長の虎丸に目を向ける。

 彼は今、眼前に電子画面を展開し、攻撃と同時になにやら作業を行っている。

 アマミは髪を掻き上げながら、隣にいる宝林に目を向けた。

「ねーえ、明日奈。会長ちょーっと大人気無くない? そりゃあ確かに、会長が神凪のこと良く思ってないのは分かるけどさ」

 話しかけた先、宝林はビーフジャーキーを噛みながら戦いを見ている。人造人フランケン普通の人間に比べると代謝能力が強く、身体を構成するタンパク質などの消耗も激しいために基本肉食だ。彼女らにとってこれは生きていく上で非常に大事な作業とも言える。

 それらの意味も含めて悪いことをしたかなとアマミが思っていると、宝林は視線をこちらに向けて、

「それは違います。会長は神凪氏をよく思っていませんが、普段はそれらの怒りの半分以上を飲み込んでいると思います。今回は、それが一気に爆発しました。したがって、会長の判断は当然のものかと思います」

 だーからってねぇ……、と、アマミは息をつき、

「あれ、下手したら神凪兄、死ぬんじゃない?」

 宝林は表情を変えずに答えた。

「それはないと思います。あの二人の実力には大差がありません。会長が会長になれたのは、運がほんの少し良かったからだと思いますから」

 そうねぇ、とアマミは視線を泳がせた。と、そこであるものが目に留まった。

 一人の女生徒だ。その隣には、たまに教室に顔を出すと自分の顔より下に視線を向けて悔しそうな顔をする貴族出身の同級生がおり、なにやら二人で話している。

 別にそのこと自体は気にならない。この人垣では、戦う二人を応援するもの、どちらでもいいから勝てや負けろやと吠えるものもいれば、どちらが勝つかを決めあったりしているものなど様々だ。友人同士で話をしていることなど別段特別なことではない。

 気になったのは、その女生徒が初々しいと言うか、どこか、そう、どこかこの仁悠の空気に馴染んでいない感じがしたからだ。

 それは遠目から見た彼女の制服で確信に変わった。それはまだ真新しく、下ろしたてそのものだ。

 新入生か何かだろうかと思い、アマミは、生徒会役員としての挨拶でもしようかと、級友と話しているその女生徒の元に行くことにした。後ろから、それに気付いた宝林も付いてくる。


                         ●


「ハロー、アンナ」

 戦いの音と周囲の喧騒が立ち込める中、アンナは声を聞いた。

 そちらを見ると、生徒会役員で滅多にクラスに顔を出さない二人、藤真アマミと宝林明日奈の二人が、こちらに向かって悠然と歩いてくる。

 アンナは、それに若干不快を感じた自分を自覚した。

 明日奈の方は、EU連合から移り住んできたばかりで、まだ自分がこの暮らしになれていない頃からなんとなく交流があり話もあわせやすいのだが、先陣を切って歩いてくるアマミは正直苦手だ。

 なにせ性格は完全に正反対であり、ノリも自分の苦手なうちのクラス特有のヒャッハー系に部類される。おまけに、

 デカい……!!

 なぜあんな見せ付けるように胸元を開いているのだろうか。なぜあんな風にゆっさゆっさと揺れるものを支えも無しにぶら下げているのか残念ながら慎み深い貴族教育を受けた自分には欠片も理解できない。そう、慎み深い自分には。

「……なーんで視線が下に向いてるの?」

「えっ!? ほら、私身長低いですから、つい!」

 いかんいかん、とアンナは軽く頭を振って思考を整える。

 いつか、いつか自分も。身長さえ伸びれば希望はある。わざわざ“北海道”から取り寄せて毎日飲んでいるブランド牛乳『うし乳バンザイ!』は自分を裏切らないはずだ。

「……目がちょーっと怖いんだけど」

「ちょ、ちょっと寝不足で!」

 慌てて視線を逸らすと、アマミの後ろの明日奈と目が合った。ほんの一瞬の間の後、彼女はジャーキーを口に含みながら、軽く鼻を鳴らした。

 み、見透かされてる……!?

 鼻で笑われたのが妙に癪に障るが、幸いにも彼女以外の人間は気付いていない。ここで取り乱せば感づかれるかもしれないと、アンナはとりあえず感情を飲み込んで平静を保った。

「そ、それで、いったいどうしたんですの? 何か御用で?」

 アマミは、ああ、と一度髪を掻き上げる仕草をして、視線をアンナの後ろへと向ける。

「ちょーっと、そっちの子、気になっちゃって」

 視線を向けた先を追うと、そこには、背筋を伸ばしてかしこまったルナが立っていた。彼女は緊張した面持ちで頭を下げ、

「ルナリア=アルテミルです。明日からここの生徒になります。よろしくお願いします」

 綺麗な角度のお辞儀だ。幼い頃、祖母から泣くほど厳しく指導を受けたから作法についてはうるさい方で、昼休みに学食で音を立ててスープを飲んでいた糸祢を張り倒したことがあるくらいだ。

 そんなアンナから見ても綺麗なお辞儀をしたルナに、アマミは後ろにいる明日奈を隣に並ばせ、

「ようこそ仁悠学園へ。生徒会書記の藤真アマミよ」

「生徒会会計、宝林明日奈です。どうも」

 両名とも頭を下げて挨拶を済ませると、視線をすぐに中央に向ける。

「来て早々、こーんなの見て驚いたでしょ。ウチって基本こういうの結構頻繁にあるから、慣れといたほうがいいわよ。まあ、こーんなのやるのは大抵甲組から越組の三クラスまでなんだけどね。あんたには関係ない話かしら」

 内容はともかくとして、きちんと学校説明をしているあたり、アンナはアマミに感心した。ここらへんがやはり生徒会役員として行動しているものと、教室で馬鹿をやっているただの馬鹿との違いなのだろうか。

 あれ、それだと私、自分で自分を馬鹿と言ってません? と思ったところで、アンナは違和感に気付く。

「ちょっとアマミ、あなた勘違いしてますわよ」

「へっ?」

 こちらに振り向くアマミの胸部がまた一際大きく揺れたため内心で舌打ちしつつ、

「ルナは私達と同じ、越組の生徒ですわよ」

「へっ……?」

 しばらくの間の後、隣の明日奈が鼻を鳴らしたことで、アマミは我に返ったらしい。そして今度はマジマジとルナを頭の先からつま先まで見る。

 そして、あはは、と快活に笑いながら、

「嘘言うんじゃないわよアンナ。こーんなこがウチの馬鹿どもと同じクラスな訳ないじゃない」

「いや、本当ですのよ?」

「だって越組なのにスカート下になにもつけてないわよ、私たちみたいに!」

 と言って、アマミは自分のスカートの裾を持ち上げた。ミニスカートのために裾のほとんどを切り取られ、脚の付け根辺りほどしかない黒のスパッツがあらわになる。自分の後ろにいる男共がより一層の歓声を上げたが勝負がいい感じに白熱してきたのだろうとアンナは捨て置いた。

 とはいえ年頃の女子がスカートを捲り上げる姿はあまり褒められたものではない。スカートを元に戻させ、アンナは軽く息をついた。

「まあとにかく、このルナは越組所属になるんですの。まあなにせ、森羅とは深い仲らしいですから」

 その言葉に、間違いなく一瞬だけ全ての歓声が止んだ。

 目の前のアマミは口を半開きにして固まり、普段はあまり表情を変えない明日奈もジャーキーを口から零して目を見開いていた。

 そして一斉に歓声が元の活気を取り戻し始めた。

「死ねー!! 神凪!!」

「会長、頭! 頭狙え後頭部!!」

「ぶっ殺せー!!」

 まあ、この学園では妥当の判断ともいえなくないのでアンナはまた捨て置いた。

 するとアマミが口元をほころばせた笑みを作る。

「へぇー。あーんなのがいいんだ。あんた、結構いい趣味してるわね。あ、もちろんいい意味でよ」

 はあ、とルナが返答を返し、アマミはまた視線を戦闘を行う二人に移した。

「まあ、確かにあんなだけど、あれはあれで良いところもあるからね。ただの嫌われ者なら、ここまで知られていないし、慕ったり信じたりする人間もいないわよ」

 アマミの言葉に、アンナは昔のことを思い出した。

 そう、確かにあれはただの馬鹿ではない。もしあの馬鹿がいなければ、今の自分はここにはいなかっただろうなどとセンチなことを言うつもりはないが、少なくともあの馬鹿のおかげで、自分は変われたことは確かだ。

 心なしかそれを聞いて、隣にいるルナも嬉しそうに頬をほころばせている。

「でも、残念ね」

 突如、戦闘から目を逸らさずにアマミが言った。

「あの馬鹿、負けちゃうかもしれないわね」

どうも!


さて、なんか戦闘パートが極端に少なかった今回ですが、次回はたっぷりあるのでお楽しみを!


それでは、また次回!

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