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第十一話 激怒、吼える

 仁悠学園三階にある生徒会室。

 今この部屋には仁悠学園生徒会職を持つ人間が全員揃っている。

 生徒会は仁悠の校風から学園全体の大半の運営を任されており、彼らは基本クラスに属しているものの、職務のために授業免除の特例が付く。

 室内は、入り口から見て縦長の構造をしている。

 真ん中に長机を二つ組んで作られた机と、その奥の窓際に、入り口に向くように一つの大型机が置かれている。

 そこに座るのは、金髪の少年だ。

 その身に纏う制服は、袖と裾を、半袖半ズボンになるように切り詰めた形に改造している。

 名を虎丸とらまる。仁悠学園三年の、生徒会長である。

 彼は、頭を右手でかきながら、逆の手に持っている書類を見て苦い表情をする。

「なあ、宝林ほうりん。やはり予算はこれで限界か? 前期生徒会の資料と見比べてみると、ここ最近ですごい予算が低下したような気がするんだが」

 虎丸は自分の前に置かれた長机を集めて形成された席、その自分から見て左手前の生徒会会計に声をかけた。

 制服の袖から見える腕やスカートの裾から見える脚にプラグのような穴をいくつも持つ会計の少女、人造人フランケンの宝林明日奈あすなは、電卓機能の電子画面を打つ手を止めて虎丸に顔を向けた。

 目立つ傷が三本ほど走った顔と、左右で色が違う目を向けながら、宝林は抑揚の無い言葉を作る。

「仕方ないと思います会長。何せここ最近は部が急増しまして、そちらの部費に予算の大半を削られています。ですので、これ以上の見積もりは不可能かと思います」

「部が急増?」

 虎丸が疑問符を浮かべるのも無理はない。何せ自分はそんな話は聞いていないのだから。

 部の承認は自分が持つ認証判を打たないと成立しないようになっている。自分が出した覚えもない部の承認があるといわれれば、そうもなるだろう。

 しかしすぐに、これを行ったのは誰だか検討が付いた。

 彼は宝林の向かいの席、自分から見て右手前に座って最近世間で流行っている泣かせ系小説、『雨の中の子犬とヤンキー』を読んでいる、自分に次いだ権限を持つ副会長に目を向けた。

「イーセ、お前だろう。俺の認証判勝手に使って部の設立の許可出したの」

 すると小説から顔を上げ、シリーア=イーセは目尻に溜まっていた涙を指で拭い、虎丸に視線を向ける。

「ちょっとなんなんですか会長。今ヤンキーのヤスシが子犬と雨の中で死闘を繰り広げた後に、実はヤスシが五年前に子犬の兄を助けたことが分かる超展開なんですよ。邪魔しないで下さい」

 なるほど内容はそんななのか。てっきり雨の中でヤンキーが子犬を助けると言う使い古されたネタだと思っていたら意外な事実が発覚した。

 虎丸は左手に持っていた書類を、シリーアに見えるよう机に置き、厳しく問い詰める。

「これを見てみろ。お前が許可無く部を認可したせいで、二学期からの予算決議がボロボロだ。いったいなんでこんなことをした」

 するとシリーアは眉を上げて立ち上がり、

「いいじゃないですか! 一生懸命に青春を謳歌しようとする皆の手伝いをしただけですよ私は! みんな涙を流しながら『こんな部を作りたいんです!』って熱弁するものだから、私……感動して」

 なるほど、こいつの涙もろくてお人よしな性格を利用されたわけか、と虎丸は頭を抱えてしまった。

「ちなみに、どんな部が新設された?」

 げんに、シリーアの代わりに再び電卓を打つ作業に戻っていた宝林が、作業をしながら顔も上げずに答えた。

「確か新設された部は、『グラビアアイドル胸囲格付け部』と『最強魔法少女決定部』、『帰宅したくない部』ですね。主なものを挙げると」

「完全に中学生の休み時間じゃないか!! そんなもん部にして行うほどのことか!!」

「ですけど会長、彼らは真剣で―――――!」

「真剣だから余計に性質タチが悪いんだ!! 最後にいたってはなんだ、帰りたくないなら友達の家にでも泊めてもらえ!」

 元凶の副会長を黙らせ、虎丸はまったく、と息をつく。

 机の右手側の引き出しの一番目を空け、あるものを取り出す。

「宝林、新設された部で下らん内容のものはいくつある」

「全部で十八個中……十八個ですね」

「分かった」

 言って、引き出しから取り出し持っていた認証判を机に置いた。その上で虎丸は、副会長の隣の席に座る、制服の胸元を大胆に開けた女に声をかけた。

藤真とうま、廃部認定書類に新設された部全て書き込んでおいてくれ」

 長い髪を指でいじりながらファッション誌を読んでいた生徒会書記、藤真アマミは、顔を上げ、眉を歪め、

「えー! なーにを言ってんのよ会長。そんなこと私にさせる気!?」

「させる気って、お前は生徒会書記だろうが。仕事をしろ。大体毎回の活動日誌だってお前が書くのが基本なのに、何で俺がいつも書かされるんだ」

「議事録は書いてるじゃない」

「だからどうした。仕事をきちんと全部やれと言ってるんだ俺は」

 これだからこの女は、と虎丸は内心で毒づき、藤真の記入が終わるまでに他の仕事を行おうとする。

 すると、シリーアが、

「そんな……! どうしてなのアマミちゃん! あなたも新規の部の創設には協力的だったじゃない!」

「ああ、でーもねシリー。私があいつらの肩持ったのって、部費の六割を私に献上するって約束でだったの。だーから、貰う物貰ったしもういいかな、って思えて」

「この外道がぁーーーーー!!」

 虎丸は思わず立ち上がって叫んでいた。こめかみがピクピクと痙攣しているのを感じながら、

「お、お前は生徒会でありながら賄賂で手を打つとは……この恥知らずが!!」

「なーに言ってんの会長。マイナス方面に向かっている予算が、生徒会役員である私のほうに回ってきている。それのどこかが悪いって言うのよ!」

「それだけ聞くと悪い気はせん! でもな、それがお前の私腹になってることが問題なんだ!! 学園の予算だぞ!? 俺が自警団に言う前に自首するか返金して出頭しろ! 後者だったら俺が一緒についていってやるから」

「基本助けるって選択肢が無いわけね! あんたやるわね会長! さーすが最強美女のこの私を飼いならしてるだけあるわ!」

 と、いつの間にか虎丸は通信用の電子画面を出していて、

「すいません、自警団ですか?」

「……冗談よ。そんなことしてないわ。まあ、確かに新設した部の奴らは私の財布だったけど、そんな部費の横領なんてしてないから」

「……はい、すいません、今度から間違えないようにします。はい、お手数おかけしました」

「本気だったんだ……」

 虎丸は自警団への連絡を切って、改めて藤真に向き直る。

「まったく、驚かせやがって」

「そーのわりには冷静に通信入れてたじゃない」

 藤真は廃部認定書類を自分の机から取り出して記入する。その速度は速く、まるで紙の上で踊るようにペンが走る。

 虎丸はまた椅子に腰掛け、その身を深く預けながら言葉を吐く。

「いや―――――」

「でーきたわよ」

「早い! 俺がまだ何も言ってないのに!!」

「知ーったこっちゃないわよ。ホラ」

 虎丸の眼前に歩いてきた藤真は、机の上に十八枚の書類を置いて去っていった。戻るときに身を翻した際、彼女の高い身長のせいで一般的なものより丈の短くなったスカートも翻り、視線を逸らした。すると逸らした先にいた宝林とばっちり目が合う。

 彼女はこちらを静かに見つめ、やがて鼻を軽く鳴らしてまた作業に戻った。

 ……鼻で笑われた!

 仕方ないじゃないか、男なんだから! と言うとまた何が起こるか分からないため胸のうちに秘めておく。

 その感情を持ったまま目の前の書類を見ると、そちらの方に怒りが向いた。 

 朱肉がいらない、使用者の脳内から判の模様を変えるそれを振りかぶり、設定を『一括裁定』にし、重ねて積み上げた十八枚の書類に、廃部の烙印を思い描き、振り下ろした。

 重い音が生徒会室に響く。

 判を上げてみると、一番上の書類の上に巨大な判で、

『死ね』

 と打たれていた。

「しまった!! 殺意が勝った!! すまん藤真、もう一回記載頼む!!」

「いくら?」

「金取るのか!?」

 藤真は髪をかきあげて口端を緩め、

「あーったり前でしょ! この私に尻拭いでタダ働きさせるなんて会長でも許さないわ! タダでやってもいいけどその場合即刻ネットに『今日会長の尻を拭くのを無理矢理強要されました』って書き込むわよ!」

 おのれ! このままでは明日から自分は学校一の問題児と同列の特殊性癖の持ち主と見られてしまう。

 その瞬間だ。校舎の外から一つの声が上がった。

『コード3374―――――!』

 言葉に、生徒会室にいた五人は、どんな反応をするよりも速く、全員耳を塞ぎ、机に突っ伏す。瞬間、

『――――――――――――――――――!!!』

 巨大な高周波が響き渡り、窓が弾け飛び、壁にヒビが入った。

「っ―――――――――――――!!」

 耳を塞いだ両手越しからでも耳に侵入してくる音波に、歯を食いしばり耐える。

 破壊の波が室内に反響を繰り返し、数秒後、ようやくそれが止まった。虎丸は身体を跳ね起こし、

「またあいつらかーーーーー!!」

 その叫びに、音波の余韻が残っていた四人が鋭い視線を向けるが気にしない。

 虎丸はこの音波の原因であるものたちを思い浮かべる。こんなことをやるのはあいつらしかいない。

 三年越組。この学園一番の問題クラスだ。そして、

「……あれが自分達の所属クラスだとは、情けない……」

 虎丸は肩を落とし、うなだれる。そして、

「……粛清してやる!」

 虎丸は、机に手を強くついて立ち上がり、

「行くぞ!」

 他四人を引き連れて生徒会室を出て行く。


                         ●


「あそこか」

 ひび割れて壊れかけの階段を降り、虎丸は目の前にある昇降口の外を目指した。

 そこには、今の騒ぎに対して生徒達がざわめき立っている。皆一様に互いの身を心配しあったり、騒ぎがどれほどの規模だったのかなどと話し合っていた。

 そんな中、一つだけ騒ぎの質が違う一角がある。

 彼ら生徒会は迷わずそちらへ向かっていった。

 他の生徒達は彼らを見ると、皆一様に道を譲る。彼らを見るそれらの表情には羨望や畏怖などのものが伺えるが、虎丸は特に気にしない。

 やがて目的の人だかりに付くと、一番外側の生徒達を手で掻き分けるようにどかしながら中央の方へと向かう。

「どけ、生徒会だ! 道を開けろ!」

 声を上げながら進むが、人だかりは多少圧迫が緩くなるだけでどこうとはしない。ここの連中は先程の生徒達とは違い、あまり生徒会を特別視していない連中だ。同じクラスであるものを見かけないところを見ると、

 甲組と乙組の生徒達か……!

 しかも恐らく全員三年だ。肝の据わり方が違うな、と思いながらも、虎丸は最後の人だかりを掻き分け、顔だけを先に開けた場所へと突き出した。

「コラ! これは何の騒ぎだ!」

 怒鳴るが、返答は無かった。代わりというように、甲高い機械の音が聞こえ、

「チャージ完了!」

「よし!」

 目の前には、三人の少年がいた。一人は顔が鼻血まみれで仰向けに寝かされ、一人は緊急用のしるしが入った機械を眺め、最後の一人寝ている少年の目の前で、機械から伸びたスイッチを持って座っている。

 寝ている少年の胸部にはこれも機械から伸びたコードの先に付いた電極のようなものを胸に貼り付けていた。

 三人とも知っている。起きている少年二人は確か保険委員だ。委員会会議で見たことがある。

 そして寝ている少年こそ、今回の標的である馬鹿、学園一の問題児、神凪森羅だ。

 その神凪の胸に張られているものが、緊急用の電気除細動器だと分かったとき、

「行くぞ!」

 少年の一人がスイッチを押した。

 何かが高速で走る音と共に、寝ていた神凪が、胸部を跳ね上がらせた。


                         ●


 え……? と一瞬固まった虎丸を置いて、皆は神凪を注視していた。

 胸を跳ね上がらせていた神凪は、やがて元の体勢に戻るが、

「反応……無し、か……」

 スイッチを持っていた少年が愕然と呟いた。

 え……!? なんだこれは!? どうなってるんだ!? 神凪は、あれ、えっ!? 死に掛けてるのか!?

 驚きのあまり思考がうまくまとまらない。自分らしくないとは思うが、あまりにもいきなりすぎることなのでどうすることもできない。

 すると、機械を覗き込んでいた少年のほうが、

「もう一回ですか?」

「馬鹿野郎! 当たり前だろ!」

「でも、もう十回越えてますよ!」

「大丈夫だ、多分生き返る! コイツを信じろ! 生き返らなかったらお前にもスイッチ押させるのやらせてやるから!」

「やったー! じゃあもう一回いきましょう!」

 こいつらには人の血が流れてないのか…・・・!?

 周りにいる連中も、俺にも俺にも、とか言うな! と思う虎丸の気持ちも無視し、

「チャージ完了!」

 と、その時だ。寝ていた神凪が僅かに身体を揺らしたのだ。

 周りから歓声が上がった。緊急処置をしていた二人が軽く舌打ちをしたのは恐らく誰にも聞こえていないだろう。

 身を軽くよじるようにして、神凪の頬が緩んだ。彼は口を軽くほぐすように動かし、

「もう食べられないよ……」

 漫画のキャラみたいな奴だな、と誰かが言って、笑いが起こった。

「ルナ、激しすぎるから……」

 皆の顔から笑顔が消えた。

 誰かが軽く手で指示を飛ばす。二人は頷き、

「チャージ完了!」

「いくぞぉ!!」

 スイッチを押した。

 馬鹿が胸からかち上がって跳ね踊った。


                         ●


 何かが走る音と共に、森羅は胸部に痛烈を感じる。

 意図せぬ衝撃が走り、胸部には痛さと苦しさと気持ち悪さがないまぜにした感じがハットトリックで決まる。

「ブォフォ……! ゼ……! かは……!!」

 肺が軽く痙攣を起こし、心臓も普段とは違うおかしな崩れたテンポの脈動を行う。

「あー、良かった。生きてた」

 と、人垣の中から頭を飛び出させたリョーヘイが片言で言い、周りの皆も同じように無機質な感想を放つ。

「お、前らぁ…か、ハァ……! これ…ちょ、ひどく……ね……?」

 息も切れ切れに言うこちらに対し、どこかの誰かが『芋虫の死にかけみたい』とかぬかした奴は後で見つけ出して艦のへりから吊るしてやる。三日ほどでいいか、などと思っていると、

「おい!」

 人垣を掻き分け、一つの声が飛んで来た。

 森羅がそちらに視線を向けると、後ろに女子を四人引き連れた、半袖半ズボンに制服を改造した少年が立つ。

 それを見て、少し動悸どうきが安定した森羅は、右の人差し指で彼らを指し、

「あ、欲情生徒会じゃねぇか」

「その呼び方をするなぁ!!」

 半ズボンが右拳を前に突き出すのと同時だった。

 森羅に向かって勾玉まがたま型の閃光が発射された。


                         ●


 飛来した閃光が爆発した。破砕音と共に爆風が発生し、細かな破片が煙幕となって舞い起こる。人垣の中央部にいた生徒達は顔を手で遮って防御する。

 しばらくして爆煙が晴れる。そこには、勾玉の形状をした巨大な窪みが生まれていた。

 ふちの部分に真新しい紫電を発生させているその窪みの中央は、先程まで馬鹿が転がってのたうっていた場所だ。

「っぶねぇな!!」

 と、縁の向こう側から声が飛んできた。虎丸は煙幕によって見えない向こう側に半目の視線を送る。

 そこからまず、人差し指を立てた右手が出てきた。その次に、短い黒髪を持つ頭部と続き、身体が現れる。

「危ねぇだろ馬鹿! こちとら心臓に一発電気ショック受けて虫の息状態だったんだぞ!」

 馬鹿はこちらを指差し、抗議の声を立ててきた。しかしそんなもので怯むこちらではない。

「黙れ阿呆あほう! 誰が欲情生徒会だ!」

「いやお前らだろ。だって男お前だけだし。しかもお前の地位一番高い生徒会長だぜ? そんなもん全校男子がそういう風に思うのも無理ねぇべ」

「貴様だけだそんな風に思っているのは!」

 言って、呼吸を整えるために言葉を切って視線をあたりに向けると、何故か他の男子生徒達がこちらから視線を逸らしていた。

 すると後ろから藤真が一歩を出て、

「フフフ、そーなのよね。会長ったらさっき私に自分のケツ拭かせようとしたんですものね!」

「馬鹿か貴様! 何をデタラメを……! な、違う! やめろ! ネットの掲示板にそんなこと載せるな!! 全員今すぐ配線を切れ!」

 全員に呼びかけるが、視線を向けた先、生徒は皆視線は逸らすがキータッチの手だけは止めない。

「兄者……」

「獅子緒……!」

 左には妹が、悲しくも優しそうな目をこちらに向けて肩に手を置き、

「うん……まあ、噂では聞いてたけどさ、ホント、森羅の馬鹿のデタラメだと思ってたんだ……」

「そうだぞ獅子緒。お前は何も間違っていない」

「でも、まあそういうことなら、あたしは兄者を受け入れるから、そう、なるように……努力……するから……」

「獅子緒。頼むから泣きながら自分を説得しようとしないでくれ。泣きたいのは俺なんだ」

 ああ、どうすればいいだろう。あの馬鹿を殺したら妹も泣き止んでこの心も穏やかになるのだろうか。

 原因である馬鹿はこちらを指差し、『トーねえにそんなことさせるあの馬鹿を殺すぞー!』などとクラスの男子に呼びかけている。貴様を殺してやろうか!

 というかもう殺そう、と虎丸は決意し、

「神凪馬鹿! 今日貴様を粛清する!」

 馬鹿は何故か上半身を脱いだ状態でこちらに視線を向け、

「おいおい、神凪あにとかって呼称なら分かるけど、それはおかしいだろうよ?」

 虎丸は人垣を形成している左眼に眼帯をした少女を指差し、

「神凪いもうと

 そして滑るように正面にいる森羅に指をむけ、

「神凪馬鹿」

「おい、だからおかしいって。いい加減にしないと怒るぞ」

 その言葉に、虎丸はこめかみに青筋が立ったのを自覚した。

「それはこっちのセリフだ! と言うか俺はもう怒ってるんだよ!! この騒ぎは貴様が起こしたものだろう!」

「はぁ!? 違ぇよ。オメェは何でも俺のせいにしたがるな。今回のは事故だよ事故。俺がエレアのスパッツを下げようとしたら間違えてパンツも一緒に下げちまったっていう不幸な事故のせいだよ!」

 視線を人垣に向けると、皆無言で手を差し出して『どうぞ』とジェスチャーを送るので大丈夫だろう。この場での殺害許可は出た。なので、

「執行する!」

 言うと、虎丸は眼前に一枚の電子画面を展開する。

《個人所有創作術式:荒魂あらみたま ストック情報:現在所有の術式は三十七》

 その文章の下にずらりと並ぶアイコンを、虎丸は視線で選び、その中から八個を選択する。

 同時に、彼の両手両足の甲、そして両肘(りょうひじ)両膝りょうひざに、それぞれ色の違う勾玉型の光がやどる。

 虎丸は赤の勾玉が光る右拳を前に突き出し、

「行くぞ!」

 次の瞬間、地面を後ろに吹き飛ばし、前に出た。


                         ●


 森羅は、まだ少しぼやけた意識の中で、危機を察知した。

 目の前には、地面の石畳を弾き飛ばして突っ込んでくる生徒会長が見える。

 まずい、と思い、こちらも迎撃しようとするが、一瞬だけ胸に痛みが走り、それが遅れた。

 反射的につむってしまった眼を開けると、そこにはすでに赤の色が視界全てに広がっていた。

「うわぁお!?」

 とっさに頭を下げてかわすが、相手が右拳を放つために引いていた右脚が跳ね、右膝の水色の勾玉が迫ってきた。

 今度は下にさげた身体のバネを使い、思い切り後ろに飛び、距離をとった。だが、敵の攻撃はそれでは終わらない。

 突如として、水色の勾玉周囲から波紋が生まれた。よく見ると波紋はこちらに向かって幾重にも重なって発生している。

 空気が破裂すような音が、こちらに接近してくる。

 さっきから感情の高揚で動悸の鼓動が合ってきたせいか、心臓への痛みが消えてきた。なのでこちらも両腕に『赤炎』を発生させ、真っ直ぐ進んでくる波紋の動きにクロスさせるように、真横から殴りつけた。

 重い。だが、手応えがすぐに消えた。これはなんだと思っているうちに、地面に着地する。

 うおお! と周りから歓声が上がるが、うるせぇ、と一蹴した。らしくないとは思うが、必死な状態だから仕方ない。とりあえず笑顔だ笑顔、そうしておけば問題ない。多分。

 すると正面の生徒会長は、右膝を立てて上げ、そこにある水色の勾玉をこちらに示すようにする。

「今のは、攻撃を大気を介して到達させる術式『連幾重つらいくえ』だ」

 森羅はそんなことよりもと、右の人差し指で虎丸を指し、

「おいどういうことだこれは!! お前この野郎いきなり生徒に殴りかかるとか生徒会長かそれでもなのかあぁん!!?」

「黙れ。大和やまとの人間のくせに大和()もうまく話せないのかお前は。

 言ったろう、粛清だと。さっきの校舎損壊騒動に始まり、その前の六時間目のときのグラウンド陥没かんぼつと越組教室大破もお前の仕業だろう」

 後半二つのうち一つは俺のせいじゃないんだけどなあ……、と思うが、クラスの女子達は皆一様にこちらから視線を外している。あと羽撃、お前それなんで弓に矢かけてんの? あれか? 言ったら撃つって言ってんおか? 俺が言うのもなんだけどお前らも何かと最悪だな。

 まあ無駄だと思うが、と前置きを勝手に心の中で付けた上で、森羅は虎丸をなだめるため、

「あー、まあ聞けよ、トラ―――――」

「言い訳無用!!」

 構えを直したうえで突っ込んできた。

 話聞けよ、もう。


                         ●


 ルナは、人垣の列に加わりながら、事の成り行きを見ていた。

 現在、森羅と、確か……浴場生徒会と呼ばれていた人物が自分の目の前で戦っている。浴場で生徒会とは、ずいぶん綺麗好きな人なのかな? などと少し間違った解釈をしながらも、ルナは一つのことを思う。

 あの人、強い……。

 身のこなしを見れば分かる。綺麗に整った身体のラインに、滑らかな重心移動、俊敏な攻撃の速さと無駄のない戦略の組み立て。今も、右拳を左に飛んで避けた森羅に対し、まず先に右腕を折って右肘を突き出して叩き込み、両腕で受けられたと同時、今度は防御の手薄となった胸から下に向け、高速で左膝を叩き込む。それらの動作に一部の隙も見当たらない。

 しかし森羅もよくやる、とルナは思う。先程、心臓に強い衝撃を受けていたはずだが、それがもはや嘘だったかのように驚異的な速さで動きの切れを取り戻しつつある。おまけに、あの勾玉に警戒しているのか、受ける際は必ずそこに触れないように配慮もしている。

 それにしても……。

 ルナの目は、先程何故か意味もなく脱いであらわになった森羅の上半身に向いていた。

 ずいぶんと鍛えたなあ……。

 薄っすらと汗で湿り気を帯びた腹筋は、遠目から見てもその固さと強靭さが見て取れる。

 昔、彼と出会った十三年前はあんなにも柔らかで頼りなかったはずなのに、今はもう、立派な戦うものの身体へと仕上がっている。

 でも実際、あの滑らかで柔らかい昔の肌も好きだったな……。

 と考えたところで、ハッと我に返った。

 違う私はそんなのじゃない。そう、純粋に子供が好きなだけ、と自分を納得させ、隣にいるアンナにそれとなく会話を振ってみた。

「ねぇ、アンナさん。あの人、森羅と戦ってる人って?」

 アンナは、ええ、と前置きを置いて、獅子緒を指差し、

「あれは虎丸。あそこにいる獅子緒の兄で、この仁悠学園の生徒会長ですの。そして―――――」

 手を下ろし、戦いを見ることに専念しながら、アンナは言葉を続けた。

「仁悠学園最強の男。―――――あなたと虎丸だけですわね、生徒で、一対一で森羅を倒すことが出来る存在なんて」

どうも!


今回、過去の回に通信で出てきた虎丸がついに登場です。格好は生徒会長らしからぬ改造制服ですが、登場キャラの中では真面目で常識人に近いです。

そして、お気づきの方もいるかもしれませんが、文章の中でしばしば生徒会を彼以外『四人』と書いてきましたが、数違いではありません。でもまあ、その話はまた今度ということで。


それでは、また次回。

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