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第十話 イタズラは男の勲章

「にぎやかな学園ですね」

 仁悠学園二階に位置する校長室。

 来客用の革張りのソファに座り、ルナは月並みな褒め言葉を言った。

 それと言うのも、向こうの校舎の窓から飛び出た二人の男子生徒が、続いて窓から飛び出してきた光の矢の直撃を受けて、校庭の真ん中にクレーターを空けて体育の授業中の学生が悲鳴と共に非難し始めたからだ。さらに彼らが出てきた教室ではまだ騒ぎが起きているらしく、立て続けの破砕の音と煙が上り始めている。

 それに対するフォローもだが、一番の理由は吹き飛ばされた二人のうち、一人が自分の一番知っている人物だった気がしたため、それから気をそらさせる意味合いがあった。

「おいあれ森羅じゃねぇか?」

 目の前にいる理事長、裁牙は窓の方を見ながら言った。駄目だった。

 しかしくじけるものかと、

「いや、目の錯覚なんじゃないですか?」

 笑顔で話題をそらしに行ったら、窓の外から、

『きゃー!! 越組の神凪兄かんなぎあにじゃないこれ!?』

『何で全裸なの!?』

『おいおい待て待て落ち着けオメェら。俺が全裸なのはウチの暴食巫女の矢で下半身の衣服が吹き飛んで、って糸祢!? お前何俺の下で押し倒された乙女のようなポージング!?』

『お前が俺の上になって落ちたんだろうが!! あ、待て漫研女子!! 何勝手にデッサン始めてんだやめろ!!』

『日向君、そこで液体になって!! 男子のスライムプレイなんて新鮮だわ!!』

『やんねぇよ!!』

 ……あれ、変だな。目頭が熱くなってきた。

「あの馬鹿……」

 目の前で、裁牙が顔を抑えて頭を伏せた。


                         ●


「また越組の神凪か!」

 そう言ったのは、校長の一剣(いっけん)だった。

 ほとんど仕事をしない理事長の裁牙の代わりに一切の事務処理を請け負う、実質的な責任者であり苦労人。そんな位置づけのスーツ姿の壮年だ。

 彼は校長室の窓から、校庭を全力で逃げる三年序組の生徒と、それを追いかける全裸の森羅を見てうなだれる。

 彼はすぐにソファの裁牙に向き直り、

「理事長!」

「なんだよ?」

「なんだよ、じゃなくて、何とかしてください! もう何回あの馬鹿のせいで校舎破壊されてると思ってるんですか!? いくら庶務の能力があるからといっても、あれ、タダじゃないんですよ!」

「まあそうカリカリすんなって、ケン。お前昔からそうやってヒステリー起こすの悪い癖だぜ」

 パタパタと、かつての同級生は手を振って制す。

「だから! 職務中は校長って呼べっつてんだろ!!」

「だったらお前も理事長にそんなキツく言うなよ」

 言われ、一剣はハッと我に返る。対して正面に座る元同級生はのん気に茶をすすっていた。

 コイツは相変わらず人を茶化すのが得意だななどと思い、んん! と咳払いを一つして、

「大体、そう言うなら、少しは理事長らしいことしてください。いつも私に押し付けるんですから。それに、いきなり新入生だ、なんて言ってこんな女の子を連れてきて」

 一剣は裁牙の対面に座っていた少女へ目をやる。

 ルナリア=アルテミルと言った少女は、こちらの視線に脅えたように縮こまってしまった。

 一剣は慌てて、

「あ、いや、ルナリアくん、だったか。別に君の入学を反対しているとかそういうわけではない。ただ、こいつは昔から話がいきなりすぎる奴でね」

「おいおい、口調が戻ってんぞ、校長先生」

「うるさい。もう今日は解禁だ。ここに生徒はいない」

「俺の目の前、見えてない?」

「彼女はまだ我が校の生徒じゃない。本当言うと、私も疲れるんだこの喋り方」

 裁牙は口端を歪めて笑うと、テーブルの上の途中まで記載された編入用紙をルナの上に滑らせる。

「お前は昔から公私をわきまえてるから好きだな。どっかの馬鹿おいと馬鹿(めい)とは大違いだ。じゃあ、ルナ。後の空いてる空欄はお前さんが書いてくれ」

 はい、とルナは返事をすると、ペンを取って記入を始める。

 それを確認したところで、一剣は組んでいた腕を解いて手招きで裁牙を呼ぶ。

 裁牙は一度、正面で書類を書いているルナを一瞥してから立ち上がり、彼のいる窓際まで歩いていく。

「どしたよ?」

 言葉に、一剣は小声で、

「っで、実際のところどうなんだ。誰なんだあの子は」

 これは重要なことだ。さっき言ったとおり、別に編入生として彼女を扱うのは反対ではない。目の前にいる男は人を見る目はあるほうだし、長年教育者をやっている自分もそれには自身がある。

 しかし、業務上、どうしても生徒の素性と言うものを最低限知っておく必要がある。

 いきなり校長室に来て『この子今日からウチの生徒』なんて言ってとんとん拍子に話が進んでしまったが、これだけは絶対に聞いておかなければならない。

 裁牙は窓の外を眺めながら、

「あーあー、森羅の奴急所蹴り喰らってるよ。あ、復活して、あー、やめとけ。そこ行ったら―――――ほら、袋叩きだ」

「人の話を聞いてるのか!」

 少し張ってしまった声にルナがこちらを見た。一剣は無言のまま手で作業の続きを促す。

 視線を裁牙に戻し、

「真剣な話をしている。職務上、私もそれをせずに彼女を入れることは出来ないぞ」

 言うと、裁牙は薄く笑ってまた窓の外を見た。てっきり馬鹿な甥の姿を見ていたのだと思っていた一剣はその視線を追って、それが校庭を超えて、街で隠れてしまっている艦の外へと向いている。

「十三年前の大神災だいしんさい。あの時に森羅と、真白と助けてくれた恩人だよ」

 その言葉に、一剣はポカンとした顔をした。そしてすぐに眉根を寄せ、

「ふざけるな! 貴様も今言ったとおり、あれは十三年も昔のことだ! 当時五歳のあの二人が一年間も森の中で行き続けていたから何らかの手引きをした人間がいるとは思っていた。だが、それで言うと彼女も森羅たちと同い年程度だ。逆算すれば明らかに年齢がおかしい。つくならマシな嘘をつけ!」

 小声で語気を荒げながら裁牙に詰め寄っていると、不意にソファから声が上がった。見るとルナが手を挙げていて、それに裁牙が応じる。

「どうした?」

 ルナはおずおずと、

「ちょっと、どう書けばいいか分からないところがあるんですけど」

 言われ、一剣と裁牙は顔を見合わせ、二人で一緒に歩いていって書類をのぞく。

 彼女が挙げているのとは逆の手で示すのは、年齢のらんだった。

 それを見て、一剣は、

「もしかして、君は十八歳以上なのかい?」

 その問いかけに、ルナは恥ずかしそうに頷いた。

 なるほど、と一剣は納得したように頷く。彼女はどうやら実年齢より若く見える人間らしい。実際自分もよく学校間会議などで他の学校の教員に『えー!? 実年齢より若く見えますよぉ! 二、三歳くらい』と言われているから分かる。どう考えても誤差の修正範囲内だと思うが、今は目を瞑っておく。

 聞くところによると、彼女は街の外、もっと言えば外の集落にも所属していない出自不明のものらしい。なので年齢で編入を断られると思ったのかもしれない。

 そう結論した一剣は腰を落として目線を座った彼女と会わせる。子供を相手にする職業柄、このくせは相手に失礼がられることもあるが、相手に目線を合わせて喋ると言うことは、警戒心を解いてもらう初歩だ。まだ少し自分に対して硬い感じのする彼女にはこれが一番いいと判断した一剣なりの考えだ。

 一剣はそのまま口を開き、

「大丈夫だよ。確かに、中等部までなら年齢制限はあるけど、高等部からは基本、どんな年齢のものも入学の許可は出せるようになっているんだ」

 そう言うと、ルナは表情を目に見えて明るくした。

 するとそこに裁牙が割り込んで、

「そういやルナ。お前さんの事情は森羅達から聞いたけど、お前さん、今何歳なんだっけ?」

 その言葉に、年齢制限がないと聞いて嬉しかったのか、ルナは笑顔で答えた。

「はい―――――百六十八歳です!」


                         ●


 六時限目も終わり、今は放課後。

 大半の生徒は昇降口から外に出て、部活に行くか帰路に付くかの生徒がほとんどの中、昇降口前の広場にあるベンチの一つに人だかりが出来ていた。

 仁悠の制服の上着に青のジャージズボンと言う奇抜な格好をした男を中心にいる人員は、三年越組の生徒達だ。

 彼らは皆、授業が終わると同時に全裸で教室に駆け込んできた馬鹿の制裁とHRホームルームを終えた後、服を来た馬鹿に呼ばれて集まったものだ。

 全員本を読んだり、隣の者と話をしたり、買って来たジュースを飲んだりと好き放題やっている中、中心にいたジャージズボン姿の森羅がパンパンと手を叩いて視線を集めた。

「はーい! じゃあこれから皆でルナの歓迎会の作戦を練りたいと思いたいと思いまーす!!」

 そのテンション高めの宣言に、妹の真白は同じようなテンションで『イェーイ!』などと叫ぶが、皆はそこまでテンションが上がりそうにないのでパチパチと拍手が上がる。

 その拍手を手で制し、森羅はまず一言、

「っで、何すんだ?」

「決めてねぇのかよ!!」

 全員のツッコミに、森羅は子犬のように縮こまる。周りの通行人は驚いて視線を向けてくるが、そこにいるのが越組の人間だと分かるとすぐにまた友人との話などに花を咲かせはじめた。

 森羅は体制を元に戻し、口を尖らせながら、

「だってよー、パーチーだぜパーチー。俺生まれて此の方そんなん誕生日パーチーしかしたことねぇぜ。そんなおれに歓迎会だなんてもの思いつくわけねぇだろ」

 すると、集まっていたもの中で手を挙げるものがいた。おっ、と反応した森羅の視線を追って皆が見た先にいたのは、

「別に深く考えることはありませんわよ。ただ皆で集まって食事や会話を楽しむ。パーティとは得てしてそういうものですわ」

 視線の先はベンチを中心に半円になった人だかりの真ん中、そこにいた小柄な少女、アンナだった。

「えー! じゃあ羽撃が空気読まずにドカ食いしまくって最終的に皆ギクシャクした笑顔になる誕生パーチーみたいでもいいっていうのか!?」

「なんで私を出すのよ!!」

 森羅のセリフに、しかし皆は各々真剣な表情で考え込んでしまった。

「本当に、小等部時代、初めて誕生会行ったときはちょっとな……。料理とか話してる間に全部消えてたし」

「ああ。羽撃くんが大皿に残ってた誕生ケーキ全部平らげて、他が一人一個しか食べられなかったときは僕泣いたもん」

「っていうか、主役だった俺は一個も食えなかったけどな。便所行ってる間に全部無くなってて、結局俺がケーキと触れ合ったのロウソク消すときだけだぜ」

 と、糸祢が言った時点で羽撃を見ると、無理に笑顔を作ろうとした顔から涙がこぼれそうになっていたのでこれ以上言わないでおくことにした。本人にも悪気がなかったことだけは分かっているからだ。全ては暴食と言う罪が悪いのだ。

「ちょっといい?」

 すると、そんな中、もう一つ手が挙がった。皆の視線が泣きそうな羽撃からそこへ移る。

 手を挙げたのはノリエルだった。彼はあのさ、と前置きして、

「みんな今日何日だか忘れてない? 今日は僕のレースの日だよ」

 レースとは、今日七月十五日に行われる、大和全艦主催の鉄騎鎧てっきがいを用いたレースのことだ。

 言われ、一同は顔を見合わせる、そして一斉に納得したように、

「あーあー……」

「……完全に忘れてたな。言ってたじゃないか、今日は“沖縄”でレースあるからって、一ヶ月以上も前にチケット渡したじゃない。S席だよS席」

「そ、そんなことないさ。自分は記者として取材に行こうとちゃんと覚えていたぞ、ほら」

 言って、エレアは左肩に提げていた鞄の中を漁り、付箋ふせんなどが大量に飛び出た厚手の手帳を取り出し、中を開いてあるものを取り出して掲げる。

 それはキラキラとした雪のようなデザインの光沢のある長方形の紙。今日のレースのチケットだった。

「ほら、これだろ。皆も持ってるんだろ?」

 言われて、何人かは財布を取り出してそこにあったものを抜き取り、何人かは顎に手を当てて家のどこにあるのかを思い出しているようだ。そして一人、棗だけが視線を逸らしてノリエルと合わせないようにしていた。

「売ったな!! 売ったんでしょう棗君!?」

 その意味を理解したノリエルは自分より身長が高い棗の胸倉を下から掴んで持ち上げた。

「お、落ち着けノリ。いくら俺でもそこまでは―――――」

 と、棗がノリエルをなだめようとしたとき、通りがかった下校するグループの一つから男子生徒が、

「おー、棗。今日のレースのチケット、売ってくれてありがとうな。S席なんて最高だぜ!」

 言って、男子生徒はそのままグループの皆と会話をしながら去っていく。

 一秒で嘘がばれた棗は観念したように、

「すまんノリ。弟の誕生日で金が入り用だったんだ……」

「君バイトで稼ぎだけはいいでしょ!」

 言われるが、しかし棗は食い気味に、

「ウチの経済環境知ってるだろう。バイト代の大半は家計を支えるためにウチに入れてる」

「自分の手元に来るお金でエロゲー買ってるから貧困なんでしょうが君は!! いくらだ! いくらで売った!!」

「……一万五千円」

「ダフ屋の鏡だね君は!!」

 市場定価より五千円も高く売りさばいた外道を攻めるノリエルを、まあまあと皆が止める。

 そんな中、一人考え込んでいた森羅は顔を上げ、

「そうだ。ルナの歓迎会、“沖縄”のリゾート地区でやんね? あそこだったら店もたくさんあるし、そこだったら調子こいて羽撃もあんま食わねぇだろ! ついでにノリのレースも見れて一石二鳥じゃん!」

「僕はついでか……」

「ねぇ皆、アイツ殺していいかな?」

 羽撃の両サイドにいるマキとルーリィが彼女の手を抑え、残りの皆はそれに賛同した。

「いいんじゃないか。あそこのフードコートの鳥肉料理マジでうまいんだぜ」

「ああ、あの“勉夢星べムスター”って店だろ。あそこは親父とコネのあるとこだから席は確保できるぞ」

「よっ! さすがアクエリアス! 商人の息子!」

「でも料金は自分持ちだからな」

「使えねぇなアクエリアス!」

 アクエリアスと糸祢が取っ組み合いの喧嘩を始めようとしたとき、不意に後ろから声が聞こえた。

「森羅! 真白!」

 その声に、皆が一様にそちらに視線を向ける。

 そこには、黒色の仁悠学園の制服を着た、ルナがいた。


                         ●


 その場にいるものは、今歩いてくるルナの姿を呆けたように見る。

 ルナの服装は、今まで着ていたインナーと上着ではなく、ブレザーを基調とした黒の仁悠学園制服だ。越組女子との違う点は、越組勢の女子は戦闘系であるため、大半がスパッツや黒のタイツを着用しているが、彼女は黒のニーハイソックスを着用している。

 そんな彼女に見蕩れていた中で、一番早く覚醒したのは森羅だった。

 彼はベンチから立ち上がり、ルナに近づいていってマジマジと見渡し、

「すっげぇじゃんルナ! めっちゃ似合ってるよ。どうしたんだコレ!?」

 言われ、はしゃいだようにクルンと一回転してルナは言う。

「学園に呼びの制服が余ってたらしくて、それもらっちゃった!」

「って言うことは……」

 ルナはうん、と頷いた。

「編入完了! 明日からここの生徒!」

 その言葉に、越組生徒からの歓声が上がった。何事かと振り向く他の生徒達にテンション高めの奴らは絡んで行き、強制的に輪の中に入れられていく。

「そんで、クラスは!?」

 訊く森羅に、頷きと共にルナは、

「越組!」

 それでまた歓声の濃度が増した。

「やったー!! 今日から女子が一人増えるぞ!!」

「しかも数少ない清楚キャラだぁー!!」

「まともな女子だー!!」

 糸祢、リョーヘイ、切丸は武闘派女子三人に速攻で粛清された。

 森羅はルナの肩に手を回し、

「よかった。ホントよかったよ!」

 と言って、彼女を連れて校舎の影の方に連れて行った。しばらくして、

「えっ、ちょ、なんで、ちょっ!? やめて、ズボンに手をかけないで―――――ってだからって私のブレザーに手を―――――」

 羽撃が倒れた糸祢の腹に蹴りを入れた後、速攻で走って校舎の影に消えた。一度彼女の短い悲鳴が上がり、その後に鈍い音が数十回に渡って響いた後、後ろでにボロ雑巾のようになった馬鹿を引きずりながら、逆の手で制服が少し乱れたルナの手を引いて出てきた。

「はい」

 無造作に馬鹿を転がすと、鳥の群れの中にジャガイモを放り込んだように男子たちが群がり、思い思いの制裁を繰り広げた。

 そんな馬鹿を尻目に、一つの影がルナに近づいた。

 黒髪の天使族エンジェリウス、エレアだ。

「やあやあ、君が噂のルナ君だね」

 エレアは値踏みするように、ルナの身体を足先から頭まで舐めるように見る。

「自分はこういうものだよ」

 と言って、彼女は鞄から銀の名刺ケースを取り出し、ルナに手渡す。外部への取材などの際に先方へ渡す名前と所属だけを書いた簡単な名刺をルナは受け取り、はぁ、と返事を返す。

 ルナは早速と言うように電子画面を展開して録音の準備をし、ふところから手帳を取り出し、

「自分は名刺にも書いたとおり、広報委員でね。一応そこの委員長。ちょっと君と、今あそこのデカイの、イコルって言うのにブレンバスターかけられてるあの馬鹿とのお話が聞きたいなぁ、と思ってね」

 後ろの方でなにやら腐った果実が潰れるような音が聞こえてきたが、特に気にしなかった。対面にいるルナがそちらに視線を向け、口を開けて唖然とした表情をしているが、構わずエレアは質問に入る。

「じゃあ早速いいかな? ―――――ズバリ、キスされたときの感想は?」

 質問の意味が分からなかったのか、一瞬だけ沈黙と言う間が出来る。次の瞬間ルナは顔を真っ赤にして、

「ふぇ……!?」

 なんとも間抜けな声が出た。そんな彼女に構わず、まさに機銃の如く質問が口から飛び出す。

「目つむった? 舌入れられた? 歯当たった? どのくらいの時間してた? 初めて? それから―――――」

 と言ったところで、腰の辺りをつかまれる感触が来た。

 何事かと思い視線を下に向けると、何者かの手が自分のスカートの内部にもぐりこみ、腰の辺りを掴んでいる。そして、

御開帳ごかいちょうーーーーーーー!!」

 馬鹿の大声と共に、エレアのスパッツが引きずりおろされた。


                         ●


「ハハハハハッ!! おいエレア! オメェいつもマジメぶってんのにこういうときだけ本性丸出しなの悪い癖だぜ! コレで少し落ち着け!」

 高く笑いながら、森羅は視線を下に落とした。

 そこには、今引きずりおろした戦利品のスパッツがエレアの足のすね辺りで止まっている。

 そこに奇妙なものがあった。黒色のスパッツの中央、ちょうど股座またぐらを覆う部分に、白い布製品がスパッツと共にエレアの両脚を通してそこにある。

 パンツだ。純白の。

「あれ……?」

 誰もが動きを止めていた空間に、ただその声だけが響く。

 いやまて、神凪森羅! お前がおろすのはスパッツまでだったはずだ! そこはまだ経験もない穢れない青少年にとって禁忌タブーにもほどがある! と頭の中で力加減を誤ったのか指が引っかかってしまったのか考えていると、不意に動きが生じた。

 エレアが何も言わず、数歩前に進んだ。スパッツが脛の中腹で止まっているため、アヒルのようなへコヘコした歩きだ。

 そして、こちらを見る。

 その顔は頬袋にどんぐりを詰め込んだリスのような膨れっ面で、顔は真っ赤で涙目だ。

 それを見て、顔を青ざめたのはその場にいた越組勢だ。

 リョーヘイが声を張り上げて叫んだ。

「コード・3374ーーー!!」


                         ●


 いつぶりだろう。こんなことになったのは、とエレアは考える。

 そうだ。確か小学校の、そう。あのトラウマが植えつけられたとき以来だ。

 馬鹿が全裸で学校を走り回ったあの日。

 教室の扉をトイレに行くため、友達と共に会話しながら開けると、そこに、馬鹿の全裸の股間のドアップがあった。

 一瞬何が起こっているのか分からずに固まって、気付いたときには、初めて見る男子のそれは、もう顔面数センチの場所まで迫っていた。

 あの時、隣にいた羽撃が押し倒してくれていなかったら、馬鹿を殺した後に自分も死んでいたかもしれない。

 その直後に、あれが起きた。

 結果だけ言うと、それが起きたせいで、馬鹿捕獲のために用いられた被害とは比較にならない、校舎半壊という大惨事が起きていた。

 あっ、ヤバい。思い出したら我慢できなくなってきた。

 頬の張りがどんどんおおきくなり、堪えられなくなる。

 リョーヘイが避難勧告を出してくれたため、大半の者は耳を塞いで防御体制をとっていた。

 それを見て、ホッ、としたら、出た。


                         ●


 リョーヘイの声に、周りにいた他の生徒達も顔を青ざめさせた。

「3374!? また馬鹿が何かしたのか!?」

「3374だぁ!? どうせあの馬鹿の仕業だろ! 皆防御体制ーーーーー!!」

 見てもいないのに正解を言って耳を塞ぐ皆を見て、一人何をしていいか分からないルナはおたおたして、

「えっ、えっ? なに!? 皆どうしたの!?」

 言うが、皆頑なに耳を両手で塞いで歯を食いしばり、何かに対して身構えるように目を閉じていて誰もその声に気付かない。

 そんな中、一つの影が、

「耳を塞いで! 早く!!」

 言ったのは、ウェーブのかかった金髪を持つ、碧眼の小柄な少女だった。

 彼女はすぐにルナを地面に倒すように伏せさせる。

「ええ、と、あなたは―――――」

「初めまして。わたくし、アンナ=リーベンスと申すものです。って、今はとにかく耳を塞いで!」

 何故と聞く前に、アンナが手短にその訳を言った。

「あの子、エレアは楽能天使ミューザフートなんですの!!」

 それを聞いて、ルナも顔を青くして、見事皆の仲間入りを果たした。

 楽能天使ミューザフートは天界にいたときに神への歌を奉納するために生まれた天使であり、音に対する力が非常に強い。

 そんな存在であるエレアが、頬を膨らませて息を詰めていること、そして皆のとっている体勢を見ればなにが起こるのかは一目瞭然だ。

 ルナは即刻耳に両手を当てた。

 それが来た。


                         ●


 エレアが思い切り体制を仰け反らせたのを、森羅は正面で膝を付いて見ていた。

 逃げることも出来た。耳を塞ぐことも出来た。でも、それをやったら、エレアに対して失礼だと思った。

 予期せぬ事態とはいえ、こんな結果を招いたのは自分の責任。

 しかし中途半端にふざけて制裁を逃れるなど、愚の骨頂。それはふざけた相手に対してお前は命を張るほどふざけがいのある奴ではなかったと暗に言っているようなものだ。

 だったら、

 ……思い切りふざけきって、受けきってやろうじゃねぇか!!

 だから、森羅は言った。両手を合掌するように合わせ、眼前に持っていく。目線からの位置でちょうど手の合わせ目がエレアの股座と合わさったときに、両手を開き、

「―――――ぱっかーん」

 渾身のおふざけ。

 直後に、エレアの口内に溜まっていた空気が音を超え、衝撃となり、

「――――――――――!!!」

 少女の喉から出た声ならざる音が、校舎のガラスを全て割り、周りにいる者たちの鼓膜を蓋となる両手越しに震わせ、そして、目の前の馬鹿を石畳の地面に叩きつけた。


                         ●


 十数秒間、仁悠学園昇降口前から高周波が鳴り響いた。

 ピリピリと肌を痺れさせるほどの音と緊張感が辺りを飲み込む。

 やがて、声が止まる。

 残ったのは、ガラスが全て砕け、壁にもボロボロにヒビの入った校舎と、石畳をへこませ、その中心に埋まってしまった馬鹿。そして、彼女の心に刻まれた新たなトラウマだけだ。

 突如として、思いのたけを吐き出したせいか、堤防が決壊したように感情と涙が溢れ、

「……ふぇええええええええええええええ!!」

 今度はきちんとした声だった。しかしそれでもまだ声量が大きい。大型スピーカーの近くにいるような低い重振動が近くにいるものに伝わってくる。

 そんな音の波を書き分け、羽撃が近づいていく。

「あー、大丈夫だからねエレア。泣かないで泣かないで」

「ふぇえええええ!! 羽撃ー!!」

「分かったからね。今そっち行くからね。来るならちゃんとスパッツ上げて。倒れたらもう一回大惨事になるから」

 言われたとおり、しゃがんでパンツごとスパッツを上げて穿きなおし、また泣きながら歩いていって羽撃に抱きついた。

「ふぇえええええええ!!」

「よしよし。怖かったね。もう大丈夫だからね」

 頭を撫でながら、羽撃はあの時もこうして慰めてあげたなぁ、と感慨にふける。

 校舎を半壊させたショックでもう一発放って校舎を全壊させてしまいそうになったエレアを、押さえつけるように無理矢理抱いて、頭を撫でているうちに治まった。

 いつもは男のような喋り方をしているものの、こういうところはやはり女の子なんだなと思っていると、窪みから馬鹿が身を乗り出し、

「いってー……さすがに効いたぜエレア。もう体中ボロボロだ、アハハハハ!」

 なぜか校舎よりも無事な姿の馬鹿を殺す気で睨むが、それまでだ。いま身体を離してあの馬鹿をエレアに見せたらまた泣き出すかもしれない。だから制裁は他のメンバーに任せようと、今は見逃してやる。

 この事態が収まったら、そうだ、艦のへりから逆さ吊りにして三日ほど放置してやろう。あの馬鹿はそのくらいやらないと堪えないし、どうせ夏休みまで授業をサボれたなど、案外感謝されるかもしれない。よし、ならば一ヶ月間放置しよう。

 そんなことを思っていたら、横から一つの影が前に出た。

 銀髪の少女、ルナだ。

 彼女はツカツカと歩いていって、馬鹿の前に立つ。

「おっ? どうしたルナ。ビックリしたろ? あれはさすがに死んだと思ったけど、どうよこれ、俺生きんぜ」

「なんてことを……」

 少女が銀髪で目元を隠すように顔を伏せながら、そう言った。

「あ、後今日“沖縄”でお前の歓迎会やるから、って、え? 何? 何か言った? ってかさっきから何か静かじゃねお前らも」

 周りはさっき衝撃波による騒動で騒々しい中、馬鹿は首をかしげる。おそらく身体が無事でも鼓膜までは防御できなかったのだろう。だから今は一時的に音を失っている。

 そんな馬鹿も、目の前の少女が手を振り上げたので何が起こるのか理解できたのだろう。急に顔を青ざめさせた。

「女の子にあんことして……!」

「ま、待て!! 何言ってっか分かんねぇけど大体分かる! だから言いますごめんなさい!!」

 しかし全てが遅い。思い切り振り上げられた手は、先を硬い拳にし、

「駄目でしょーーーーー!!」

 放たれた拳は馬鹿の顔面を捉え、抉り、振りぬかれる。

 肉と骨が潰れる音が響く。

 馬鹿が、血を撒き散らして吹っ飛んだ。


                         ●


 皆は唖然とその光景を見た。

 あの馬鹿が。

 あの校舎を半壊させるほどの威力の衝撃波を間近で受けてもたいした傷を負わなかった馬鹿が。

 あのいつも制裁を受けても、すぐに何もなかったように復帰する馬鹿が。

 一人の少女の拳を顔面に受け、口や鼻から盛大に血を撒き散らしながら、弾丸のようなスパイラル回転で後ろに吹っ飛ぶ。

 進行方向上の皆が一様に道を明けると、鮮血のリボンを螺旋に纏う馬鹿は優に二十メートルはライナー状に吹っ飛び、後頭部から石畳の地面に落ちて何度もバウンドし、後ろに植えられていた松の木に当たって動きを止めた。

 しばらくの間、静かな空気を周りを包む。

 殴った銀髪の少女は体勢を振りぬいた状態のまま肩で息をしていて、ハッ、と我に返ると、

「し、森羅!」

 馬鹿に向かって叫ぶ。

「一生忘れない!!」

「諦めんなよ!!」

 周りにいた全員からの総ツッコミが飛んだ。ツッコまれ慣れしていないために思わず身をすくめた彼女を置いて、馬鹿の近くにいた男子学生が近づいて様子を見た。

 しばらくして、彼が言った。

「霊柩車ーーーーーーーーーー!!」

 間違えた。

「救急車ーーーーーーーーーー!!」

 間違えたのも無理はないだろう。

 脈が止まっていたのだから。

どうも!


今年最後の更新となります。いやー、一年ってあっという間。

また来年も皆さんに楽しんでいただけるよう、精進して行こうと思います。


それでは、また次回。

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